琴里が精霊となってから数日が過ぎた。
俺はその日の夜、家族に気づかれないようにこっそりと家を抜け出し、山へと走っていた。
その目的は至ってシンプル。
トレーニングだ。
「はっ、はっ、はっ」
とはいえ、俺は別にアスリートや格闘家になりたいわけではない。
走っているのはなるべく早く到着したいからであって、他意はない。
俺がしたいトレーニング、それは――――。
「……ふぅ、よし。……来い、〈
満を持して、俺は右手を空に突きあげ、天使の名を叫ぶ。
……しかし何も起こらない。
そう、俺は天使を顕現させるトレーニングをしていたのだ。というか、今も絶賛している最中だ。
死にかけた時、再生の炎が出たから霊力を封印できたのは間違いない。
「……駄目だな。いや、分かってはいるんだけど、俺としては今後の為には早めに顕現できるようにしておきたいんだよなぁ」
「ほうほう。それは大変だね少年くん」
「そうなんだよ、ホント大変で―――」
ちょっと待った、今の何だ?
俺は慌てて振り返る。すると、木の陰からこちらをジッと観察する謎の女性がいた。
ショートカットの灰色の髪にトルコ石のような瞳をした眼鏡の女性だ。
「……えっと」
「あ、気にしないで。どうぞ続けてください」
「いや無理だろ」
こういう状況になるのが嫌だったからわざわざ山に来てたのに……そして人の少ない夜の時間にやってたのに。
「つか誰だ⁉」
「いやホントに気にしないでいいよ?」
「何で疑問形……いや待て、お前の持ってるその本は……」
少女は奇妙な形状の本を片手に持っていた。
明らかに普通の本とは一線を画すそれを、俺は知っていた。
「本条……二亜?」
「あ、やっぱり
「なっ――」
俺はこの時、心臓が止まるかと言うほど動揺していた。
〈
本条二亜の天使にして、この世現在の全てを知ることが出来る本だ。分かりやすい話、FGOマーリンの千里眼みたいなものだ。未来は知れないが、現在は余裕。更に未来の事象を自分で決められるとかいうチート機能……それどこの白ウ〇ズ?
そして、だ。
彼女の口ぶりから、〈
だが、〈
「
「ハハハ、おかしなことを聞くね少年? 君はよく知っているだろう? ……全部だよ」
俺の尋問に笑いながら飄々と返す二亜。
しかし、顔に浮かぶ底の知れない笑みはやはり、長年精霊をやっている賜物なんだなと理解した。
彼女に高い戦闘能力はない。ぶっちゃけ、精霊の中じゃ最下位に等しい。だが、その全知の天使はあまりにも
「で、何の用?」
「あっはっは、冷たいじゃないの。キミの役目は精霊の霊力を封印することなんじゃないのかい?」
「それはそうだけど、それをすると後々面倒になるのも事実だしな」
「やっぱりキミって特別だね。あたしの〈
「そうだな。……そうだ、一応、そんな未来の分かる五河せんせーが忠告してやるぞ? 闇討ちには気を付けな。特に今年は、な」
「忠告痛み入ります」
「いつの時代の人間だよ」
やっぱり二亜には独特のノリがあってやりずらいな。
まあ、こっちの事情を全部把握してくれるって言うのは、説明の必要もなくて楽だ……け、ど……。
「何か、おねーさんに言いたいこととかないのかい、少年?」
……………。
俺は一瞬だけ押し黙るが、直ぐに虚勢を張って言い返す。
「バーカ、ンなもんねえよ。もういいだろ? お前が何を目的に接触してきたのかは知らんが、お前としても、俺なんかと関わるのは御免だろ?」
「
「……しつこいな。識別名〈シスター〉だからって聖女気取りか? 俺は別に――」
二亜がしつこく聞き返してくるものだから、ついカッとなって強い口調になっていた。
しかし、二亜はそんな俺の態度に気を悪くすることもなく、むしろ慈しむような笑みを見せ、
「ほーらほら! おねーさんの胸に飛び込んでみなさーい!」
「⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉」
何故か抱き寄せられた。
固い平面が俺の頬を打ち付ける。俺は慌てて振りほどこうとするが、相手は腐っても精霊、簡単には振りほどけない。
「ちょ、お前、いきなりなんだって――」
「分かるでしょ? 〈
「……〈
「少し前に偶然キミのことを知ってね。その時に興味が湧いたんだ」
少し前……か。
俺が二亜の興味を惹くようなことをした覚えはないが、心当たりはある。
八月三日。つまり、琴里が精霊になったあの日のことだろう。あの日、何処かのタイミングで二亜に見られていたのかもしれない。まあ、街を覆う大火災なんだし、誰しも関りはあるだろうけど。
「正直、開いて少し後悔したよ」
「? ネタバレ喰らったからか?」
「いいや。
「――――」
俺は、自分の存在がどれほど影響を与える物なのかを、この時改めて認識した。
そうだ。二亜は現実に人間の黒い部分を直視できなくて、二次元に
だが俺からすればこの世界は二次元の世界同然。つまりそれは、俺の事情を知る彼女から見れば、
俺は間接的に、彼女の逃げ場を奪ってしまったことになるのだ。
……クソッ、俺は存在するだけで誰かに迷惑をかけるのか……っ!
「……すまん」
「どうしてキミが謝るんだい?」
「……お前の救いを潰しちまった」
「キミに責任はないよ。全部あたしの自業自得さ。〈
「じゃあ俺のせいだ。俺がいなきゃ、〈
「うっわ、重症だなこれ……」
うっわとはなんだ。てか、重症ってどう言う意味だよ。
「キミはテレビの奥で事故に遭って死んだ人間に、自分がいなきゃ死ななかったって言うのか?」
二亜の問いは、非常にシンプルだが、それゆえに何を言いたいのか分かりやすい。
「事故とは訳が違うだろ。明らかに俺のせいだ」
「そう言うところが重症なんだよねぇ。キミ、結構主人公気質?」
「どう言う意味だよ……つか、いつまで抱き着かせてんだ」
「おっと」
軽い声を出すと、バッと俺を話す二亜。
俺は首を振って音を立てつつ、彼女に向き直る。
「そうだ、俺に出来ることなら何でもするが……」
「ん? 今何でもするって――」
「淫夢やめろ」
「冗談冗談。というか、あたしは別に……ふむ、そうだ」
二亜が右の人差し指を立て、提案をする。
「これから家に来てマンガ書くの手伝ってよ。詳しい話もそこでしようか」
詳しい話……?
よく分からないが、彼女がそれを求めるなら、俺は答えるだけだ。
多分、二亜は自分のことを心底憎んでいるだろう。反転体になっていなかったのは奇跡に等しい。
自分が唯一居られる場所だった二次元を破壊した俺を、彼女がそう簡単に許すとは思えないが、かと言って彼女が拷問を好む性格かと言われれば違うだろう。
大方、コミケで売り子をやらされたり、今回みたいにアシスタントをやらされるのが関の山。しかし、だからと言って手を抜けない。
漫画なんて描いたことないから分からないが、知れば俺にも出来るだろう。最悪、二亜の天使で俺の未来を制限すればいいだけだ。
とにもかくにも、彼女の気が済むまで付き合う。彼女を危険から遠ざける。両方やるのが、今後の方針だと定まった瞬間だった。
二亜の喋り方難しい……原作買おう()