五河士道に憑依した   作:山羊次郎

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最強の魔術師

「ぐおおおおおおおおおお―――ッ⁉」

 

 雄叫びを上げ、俺はラストパートを駆ける。

 時間は深夜を越え、もうじき朝になる時間帯だ。中学生である俺の身体には非常に不健康である。

 しかし、そんなことは知らない。俺はこれを描き切るだけに、命を燃やす……!

 

 そう、この――――――ベタ塗りを終えるまではッッッ‼‼‼

 

 ……何やってんだ、俺……。

 

「おっ、終わったかい少年?」

「ぜぇー、ぜぇー、お、終わりましたよ……」

「いやーすまないね。キミ、絵を描くの苦手なんだね。締め切りも近いからって頑張ってもらっちゃってさ」

「い、いや……これくらい、大丈、夫です……よ」

 

 正直眠気に勝つことのほうが大変だった。

 俺はぐったりと机に倒れこむ。

 

「あっはっは、こりゃあ駄目そうだね?」

「……そもそも、漫画なんて描いたことなかったからなあ。絵、下手糞だし……」

「初心者にしてはよくやってる方だと思うけどね。いや、感覚を掴むのが上手いのかな」

「まあ何でもいいけど……」

「あ、目が死んだ」

 

 失礼な、と俺が抗議しようとすると、部屋の窓が俺の顔を映した。

 俺の視線は偶然その窓に向いてしまい……見えてしまった。死んで一ヶ月経った魚のような目をした自分の濁った瞳が。

 

「……曇ってるな」

「曇り系はあたし得意じゃないなぁ」

「……なあ、そろそろいいか?」

「?」

「いや、? じゃなくてだな。話があるんじゃないのか?」

 

 おお、そうだった、と言わんばかりにポンと手を叩き、机の上の物を大急ぎで片付け出す二亜。

 あっという間に綺麗になった部屋の中で、俺と二亜が向かい合う。

 

「さて、それでは個人面談を始めます」

「学校かよ」

「まずキミの性格ですが、とても人間とは思えません」

 

 えっ、いきなり人格否定? 面談とはいえやり過ぎじゃない? 泣くよ俺?

 唐突な宣言に若干困惑していた俺だったが……次に発せられた二亜の言葉に固まった。

 

 

「――なあ、少年。キミはどうして、そんなにも自分を大切に出来ないんだい?」

 

 

 ――――――。

 俺は二亜の言葉を理解するのに五年は掛かるかと本気で思った。

 

「何を、言って……」

「五河琴里……キミの妹の時もそうだった。キミは自身が傷つくことも厭わず彼女を助けに行った」

「そんなの……妹が苦しんでるんだ。助けるのは当たり前だ」

「ダウト」

 

 二亜は俺の返答をバッサリと切り捨てる。

 

「キミはそんなお兄さんじゃなかった。むしろキミは、彼女の兄であることの方が苦しいのだろう? 少なくとも、あの時まではそう感じていたはずだ」

「…………」

 

 言い訳も何もなかった。

 …………確かに、そうだ。否定はできない。俺は自分が五河士道であることが苦しかった。自分が別人であるということはハッキリとわかるのに、自分に関する記憶がなくてそれを打ち明けられないのも拍車をかけた。俺は、琴里の兄には相応しくない。それは端からわかっていたことだった。それでも、彼女を苦しませない為に兄であり続けた。

 だが、俺はあの時……逃げようとしたのだ。琴里の兄であるという役目を放って、くだらない言い訳を重ね、自分一人で助かろうとしたんだ。

 

「俺は……最低だよ」

「そう思うのはキミだけさ」

「そんなことない! 誰から見たって、俺が一番悪いんだ! 人一人の人生を奪って、家族の団欒も、いずれ掴める幸せも……その全ての機会を、未来を‼ 俺は奪ったんだ……ッ!」

 

 そうだ。全て俺が奪った。

 だと言うのに、与えられた役目もこなさないまま逃げようとした。そんな男が最低でなくて何だというのだ。

 

「お前の言う通りだ。俺はただの下衆野郎だ」

「そこまでは言ってない。ったく」

 

 俺の言葉を否定する二亜は、立ち上がり俺の元へやってくる。

 

「キミは精霊を救うんだろう?」

「……ああ」

「どうやって?」

 

 それは、と言おうとしたところで詰まった。

 精霊の対処法は主に二つ。武力を持って制するか、対話による和解と霊力の封印。この二つだけだ。

 だが、どちらとも俺に出来るとは、改めて考えてみれば思えなかった。こんな最低な奴に、精霊たちが心を開くはずがない。

 

「そうかな? あたしはそうは思わないよ」

 

 まるで俺の考えを読んでいるのかのような言葉を、そしてそれらを否定するモノを、二亜が発した。

 

「……は?」

「だって、キミはあたしを()()()から。それは間違いないよ」

「……何を」

 

 何を言っているんだ。俺が、お前を救った……? そんなはずがないだろう。むしろ逆だ、俺はお前の救いを潰したんだぞ……。

 

「そうでもないさ。キミは確かに、あたしの逃げ場を奪ったんだろうけど……同時に、最後の希望になったんだ」

 

 分からない。

 俺には、二亜が何を得たのかが分からない。

 

「二亜……?」

「あたしはね、現実の人間の黒い部分を受け入れられなかった。だから、二次元にしか恋をしたことがなかったし、他人に対しては達観と言うか、何というか……まあ、キミはよく知ってると思う」

「…………」

「でもね、〈囁告篇帙(ラジエル)〉でキミの心を読んでね……ちょっと、感動したんだ」

「えっ……?」

 

 予想外の台詞に、俺は間抜けな声を上げる。

 感動? 現実の人間に、二亜が……?

 

「命を懸けて誰かの為に、精霊の為になる――なろうとする……その本心を知ったから。そんな、漫画の主人公みたいなキミが……そんな人間であるキミは、あたしの全てを奪ったキミが、最後の希望になってくれたんだ」

 

 それは、何て皮肉な話なんだろう。

 彼女の居場所を奪った自身が、彼女が最後に縋り付く場所になったということなのか。

 正直に言うと、俺にはその話はとても信じられなかった。奪った人間が、奪われた者の居場所になり得るなんてことが、本当にあるのか……。

 二亜は宝石のように輝いた笑みを浮かべ、

 

 

「ありがとう。あたしはさ、逃げる場所を無くしたけど……そのおかげで、ようやく前に進める。そんな気がするんだ」

 

 

 俺はただ、彼女の言葉を無言で聞いているだけだった。

 いや、ちゃんと聞けていたのかも怪しい。それほどまでに、俺は放心していた。

 ありがとう、と。

 そんな風に言われたことは初めてで……自分の存在を認めて貰えた気がして……。

 自然と、俺の目の端から涙が零れていた。

 ……だから。

 

 バリィィィィィンッッッ‼‼‼ と。

 部屋の窓が凄まじい音を立てて吹き飛んだ。

 そして、目にも止まらぬ速度で何かが部屋に侵入し――

 

 

「――ごふッ⁉」

 

 その光景を、俺の心は、脳は、一切受け入れようとしていなかった。

 ――二亜の胸を刃が貫き、彼女が血の塊を吐き出して倒れ伏す姿を、俺は呆然と眺めていた。

 

「……え、は……?」

「目標、制圧完了」

 

 女がいた。

 倒れ伏す二亜を道端の(ごみ)を見るような目で見降ろし、左手を耳元に当てて独り言を呟いている。

 背中にはメカメカしい機械、右手には鮮血が流れる光の剣―――それを、思い出したかのように二亜の身体から強引に引き抜く。

 瞬間、彼女の身体からさらなる出血が発生し、俺の左半身を紅く染め上げる。

 

「ええ、はい。重症ではありますが、霊結晶(セフィラ)は傷ついていません。すぐに目覚めるでしょう。はい、ネリル島行きの飛行機を、二時間以内に。ええ――」

「……待てよ」

「頼みます。それでは――」

「待てって言ってんだよッ‼」

 

 憎悪を全て拳に乗せ、俺はノルディックブロンドの長髪の女に殴りかかった。

 無論、敵わないのは理解していた。彼女の正体など、一々確かめなくても分かる。

 エレン・ミラ・メイザース。

 世界最強の魔術師と呼ばれ、DEM社の第二部執行部部長。全ての元凶、アイザック・ウェストコットの秘書でもある。

 対し、俺は未だ一般人の中学生。霊力もまともに扱えず、天使を顕現させる力もない。そんな俺が、逆立ちしたって、百回やったって、千回やったって、こいつには勝てないだろう。

 しかし、そんなことは俺にはどうでもよかった。ただ目の前の理不尽を殴り飛ばすこと以外、頭には無かった。

 

「ガッ⁉」

「? ……ああ、貴方、まだいたのですね。もう既にこの場を去っているものとばかり」

 

 殴りつける瞬間、俺の体がまるで磁力に弾かれるように吹き飛んだ。

 背中から壁に叩きつけられ、肺の中の酸素がすべて吐き出され過呼吸に陥る。

 激しく呼吸を繰り返しながら、俺は冷静に敵の手の内を思い出す。

 CR-ユニット。

『戦術顕現装置搭載ユニット』の略称であり、魔術師の要でもある〈顕現装置(リアライザ)〉を運用するための装置の総称だ。

 詳しい説明は省くが、これらには『随意領域(テリトリー)』と呼ばれる不可視の領域を展開する機能が備えられており、今弾かれたのはこの『随意領域(テリトリー)』に妨害されたからだ。

随意領域(テリトリー)』は文字通り使用者の思い通りになる空間であるため、これらを破るのは並大抵の武器では不可能だ。ましてや、素手なんて話にならない。

 

「ち、くしょう……ッ!」

「目撃者ですから、始末させてもらいましょう。私に意識を向けさせなければ、長生きできたかもしれないのに……哀れな方ですね」

 

 言葉通り、エレンは心底憐れむように俺を見下す。

 殺される。俺は死ぬ。

 その事実は、ストンと俺の胸の中に落ちた。自分でも予想外なほど簡単に受け入れられた。いや、むしろ心のどこかでそれを望んでいる節がある。

 なのに。

 俺の脳裏には、琴里や両親、二亜やまだ出会ったことのない精霊たちが笑う姿があって……。

 

「に、あァ……ッ!」

「さようなら、名も知らぬ少年」

 

 死んだように倒れる二亜に、届くはずもない手を伸ばし続け……。

 俺の心臓に、無慈悲な刃が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は、夜の街を一人眺めていた。

 黒い髪に赤い右目、片方は眼帯で隠されている――その、異様な雰囲気を纏った少女は。

 何かを見下ろすように、ビルの屋上の()()()に立っていた。

 

「あらあら、これは……面白いことになりそうですわねぇ」

 

 心底愉しそうに、少女はきひひひと嗤う。

 少年の無念を嘲笑うように……しかしどこか、鬱陶しい物を見るような、イラつきが、彼女の胸にあった。

 重なるのだ。自らが討った友人の姿が、あの第二の精霊と。

 それらに対し、己の無力を呪う姿が、かつての、そして今の自分と……。

 何度も何度も頭の端を掠め、彼女は不快になり……それを少年の無様を見て解消する。そのサイクルの繰り返しだった。

 

「はァ、いい加減見ているだけなのも退屈ですし、そろそろ鬱陶しいですし、あの精霊さんには用もありますし」

 

 少女―――時崎狂三は、口の端を吊り上げ、柵を飛び降りた。

 少なくとも、まともな人間ならまず助からないだろう高さ―――しかし、彼女の表情に、自殺者のような悲壮感など一切ない。

 数メートルほど落下したところで、彼女の体が影に包まれた。

 その姿が、至って普通のお嬢様と言った装いから、赤と黒を基調としたドレスに変化する。黒髪は左右非対称のツインテールに、眼帯で隠れていた片目は解放され、黄金に輝く時計のような目が露出する。

 識別名〈ナイトメア〉。

 最悪の精霊と呼ばれる少女が、動き出した瞬間だった。

 

「きひ、ひひひひひ! さあ、わたくしの戦争(せんそう)を始めましょうか!」

 

 




最後に全部持って行った精霊がいるんだが……(困惑)
きょうぞうちゃんまじパネェわ
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