某空港にて。
深夜であるにも拘らず、DEM社製の貨物輸送用飛行機が飛び立とうとエンジン音を鳴らしていた。
そこに運び込まれるのは、奇妙な機械を身に纏った少女たちが護衛する『資材A』だ。
外から中は見えない。しかし、少女たちはそこに何が入っているかを正しく認識している。
……ただ一人を除いて。
「しっかし、こんな深夜から出勤なんて、偶に人使い荒くねーですか?」
青い髪に黄色い瞳。左目の下にある泣きぼくろが特徴的の少女だ。
彼女の名は崇宮真那。過去の記憶を失い、身寄りのないところをDEMに保護された少女だ。
そんな彼女の愚痴に、隣にいるエレンが端的に答える。
「仕方ありません。アイクの指示なのですから」
「まあそこは割り切ってんですけど。……そーいや、この荷物って何なんですか、エレンさん」
「さあ、私も聞かされてはいません」
エレンは真那の存在をそれなりには認めている。
自分に敵うことがないにしても、最も近い人間は彼女だと認識しているほどだ。
尤も、それはあくまでもASTという括りに置いての話だが。
それはともかく、自分たちにとって都合よく立ち回ってくれる彼女は、別に居なくてもいいがあった方が便利。エレンは少なくとも、そう認識している。
だからこそ、くだらない嘘で誤魔化すのだ。
「〈アデプタス1〉! 報告が!」
コードサインで呼ばれたエレンが声の方に振り返ると、空港の外を警備していたはずの部隊の少女が息を切らしてそこにいた。
そのあまりの様子にエレンの他の少女たちも訝しむ。
「どうかしましたか?」
「〈ナイトメア〉が出現しました! 半径二百メートル圏内に、その数およそ
「なっ⁉」
驚きの声を上げたのは、真那のほうだった。
識別名〈ナイトメア〉。
最悪の精霊と呼ばれるそれは、今まで何度も出現しては真那に殺されるというサイクルを繰り返している。
一体なぜ、殺されたはずの精霊は生きているのか……長年の謎であったソレが、意外な形で明らかとなった瞬間だった。
「さ、三〇〇……⁉ ど、どういうことですか⁉」
「わ、分かりません……で、ですが――」
隊員の声を遮るように、バンッ‼ という破裂音と共に空港の一部から火の手が上がった。
直後に、暗闇から無数の人影が飛行機に向けて飛来してくる。
赤と黒のドレスの少女―――――〈ナイトメア〉だ。
「出やがりましたね……! ここで会ったが百年目。奴が死なない理由も何となく分かりましたし……全部片づけてやりますよ‼」
「貴女達も彼女に続きなさい。私は『資材A』の積み込みを完了し次第、応援に向かいます」
『はい‼』
真那が意気揚々と一番手に出て、他の隊員もエレンの指示に従って〈ナイトメア〉の迎撃に向かった。
それらを見送ったエレンは、すかさず荷物を飛行機に積み込む。
「着きましたよ」
そう言って、彼女は荷物をその手に持つ剣で細切れに破壊した。
すると、細切れになった箱から一人の少女が現れた。
色濃く疲れの見える表情をする、手錠で拘束された眼鏡少女。
本条二亜。
この世に出現した第二の精霊だ。
「……何のつもり?」
「生憎、貴女一人に構っている時間はないのです。安心してください、こちらの事情が片付いたら、すぐに目的地に送り届け―――――拷問を執り行います」
なにも安心できないよ、という二亜の小さな声は意図的に無視された。
エレンはそのまま彼女を放って、〈ナイトメア〉迎撃に向かうのだった。
ああ、遂にその時が来たんだな、とあたしは何となく達観した気持ちになった。
ついさっきの話だ。あたしはDEMの刺客に捕まって、こうして輸送されそうになっている。
さっき拷問とかいう単語が出てたけど、一体どんなことをされるのだろう。
脳を弄るとか、体を改造するとかは二次元の定番だけど……人間は目的のためならどこまでも残酷になれる。
これは現実だけじゃなく、二次元でもそうだ。
悪役をとことん悪く描くために、底なしの悪党にする……そのために、考え付くだけの悪事をさせる。
それをされる側としたら堪ったものじゃないだろう。実際、あたしもそう思っている。
ふと、あたしは何となくあの金髪の女が出て行った方に足を動かす。
けど、途中で見えない壁のような物に阻まれた。
どうやら、逃がすつもりはないらしい。
「しっかし、拷問かぁ……」
ふと、自分の手を見た。
震えている。まるでこの部屋の温度が低温に下がったかのように、それに呼応するように……。
けど、この震えの正体は、寒さなんかじゃない。
「……怖いよ」
一人きりだからだろうか。
あたしの口からは、偉そうな手紙を書いて、カウンセリングをした時とは百八十度別人になったかのような弱々しい嗚咽が漏れていた。
怖い。これから自分がどんな目に遭うのか……それを想像することすらできないのが、さらにあたしを恐怖させる。
でもそれ以上に、あたしを恐怖させているものがあるとするなら……。
「会いたいなぁ……!」
あたしは絶対に叶わない望みを口にする。
分かってはいる。そんなことが起きるはずがない、彼がここに助けに来るはずがないんだって。
なのに、心の何処かはそれを求めていて……同時にあたしは、それを強く否定している。
彼が助けに来たら、あたしが今までやったことすべてが無意味になる。
あたしは彼を助けたかったのに、彼がここに来たら……彼はすべてを受け入れてしまう。
だから、どうかあたしを助けに来ないで欲しい……そう思いながら、あたしは彼にもう一度会いたいと思って、そんな自分に嫌気が差す。
どうしてあたしは、こんなにも自分勝手なのだろうか。彼の気持ちも考えず一方的に救おうとし、その癖彼に救いを求めている。
最低だ。こんなに醜い女は見たことがない。
「……ああ、そっか」
これが、人の心なのか。
矛盾した気持ち。底のない悪意。果ての見えない闇。
どこまでも醜い心を持った生物で―――――けど、そんな混沌の中に、一筋の光を持っている。
そんな、希望にあふれた生き物。
「なんで」
震えた声で、あたしは疑問を呟く。
答えなんて分かりきっていることだ。重要なのはそこじゃないのに……あたしの口は留まることを知らない。
「なんで、キミは来るんだよ……‼」
「決まってんだろ。お前の為……と、俺の願いの為だ」
五河士道。
あたしが初めて、心の底から信頼し、心の底から救いたいと思い、心の底からこの場に来て欲しくないと思った少年は。
やはり、あたしの願いも救いもすべて踏みつぶし、あたしに新しい希望をもたらしに来た。
間に合った。
まだ飛行機が飛び立つまで時間はある。
俺は時崎に連れられ、空港にやってきた。そこで彼女と別れ、俺は二亜の元へ。時崎は陽動と、作戦通りに動いた。
遠目に見て、敵の中に崇宮真那がいたのは想定外だったが……まあ、時崎なら何とかしてくれるだろうし、彼女が死ぬことはないだろう。
ならば、今の俺がやるべきことは一つだけ。
「さあ、行こう」
「……あたしはさ」
二亜が俺の言葉に答えず、俯きながら何かを言う。
「あたしはさ、キミに救われて欲しかった。そのために手を尽くしてきた」
「……うん」
「キミが救われてくれるなら、あたしもそれでよかったんだ! なのに、なんでキミは……そうやって、あたしの望みを……‼」
「……その望みは間違っているからだ」
「――ッ!」
俺はこれ以上ないくらいハッキリと、堂々と二亜を否定する。
ああ、かつての俺なら考えられなかっただろうな。こんな残酷な事、頭に浮かぶことすらなかっただろう。
でも言わないと。そうじゃないと……俺には、そうしないと、二亜を救えない。
「お前は自分と一度だって向き合おうとしない。だからいつも、本当の望みを押し殺すんだ」
「……うるさいよ」
「それじゃあ駄目なんだ。キチンと自分の本心と向かい合わないと――」
「じゃあ‼」
二亜の怒号のような叫びに、俺は言葉を詰まらせる。
それに構わず、彼女は感極まったように叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ――。
「どうすればよかったんだよ‼ あたしはどうやったらキチンと向かい合えるの⁉ 人間に失望しなくていいの⁉ ……キミを、救えるの……ッ⁉ ……あたしは――」
彼女の両眼から涙が零れる。
それを見て、やっぱり俺は、五河士道に成れないんだなと納得した。
彼ならきっと、こんな風に女の子を泣かせることはしないだろう。
「あたしは、どうやったら救われるの……? もう、分かんないよ……全部一杯一杯で、分かんないよ――ッ‼」
見えない壁があって、二亜の元へ行けない。
それでも、と俺はその不可視の壁を叩き、彼女に叫ぶ。
「俺を求めろ‼ 俺が救う、必ず救う! 何があっても救う‼ 絶対にお前を裏切らない、絶対にお前を見捨てない‼‼‼」
俺には人の心なんて分からない。
だから、二亜に対し掛ける言葉がこれで本当に正しいかなんて分からない。
でも、俺はこの言葉を、頭で考えて言ったわけじゃない。
心からの叫びだった。この言葉だけは紛う事なき俺の本心―――――だからこそ、伝わって欲しい。
「――――本当に……?」
二亜はゆっくりと顔を上げ、
「本当に……あたしを、裏切らない……? 救って、くれる……?」
まるで、雨の中で涙を流す少女のような……その表情を見た時。
俺は頭で考えるより先に、言葉を発していた。
「ああ、俺が救う。……代わりに――――お前も俺を救ってくれ」
俺の続けた言葉に、二亜は目を丸くして、
「……しょうがないなぁ」
そこには、悲哀に塗れた少女の姿はなく。
涙ながらも、お調子者のような、彼女本来の姿を取り戻していた。
「でも、あたし一人じゃちょっと荷が重そうだしなぁ。あと
そう言って、彼女は笑う。
それを確認し、俺は安堵の息を吐く。
……同時に―――。
ヒュウッ‼ という風を切るような音と共に、飛行機の出入り口から何かが飛来した。
「「――ッ⁉」」
飛来物は、見えない壁に激突し、蜘蛛の巣のようなひび割れを生み出した。
それは、一人の少女だった。
赤と黒のドレスを着た、拳銃を二丁、両手に構える少女。
時崎狂三。
最悪の精霊と呼ばれる彼女が、口の端から血を流し、倒れていた。
「なっ、時崎⁉」
「ぐっ……士道さん。どうやら、まだ目的は達せられていないようですわね」
「お前……どうしてこんな……!」
「迂闊でした。あれだけの大軍を一度に操りながら、それらが天使の能力の一端でしかないとは」
俺は背筋が凍るのを感じた。
まさか……いや、時崎程の精霊をここまで追い詰めることが出来るとしたら、それは彼女しかいないだろう。
けど、こんなに早く……しかも、
「おや、貴方は何処かで見たことがあるような……思い出せませんが、〈ナイトメア〉の協力者ですね。ならば、遠慮はいらないでしょう」
彼女がその矛先を俺にも向けた。
自分に殺気が放たれているのを肌で感じながら、俺は打開のために頭を回転させる。
「に、兄様⁉」
「えっ……?」
しかし、回転が止められる。
俺のことを兄と呼ぶものが現れたことに、一瞬だけ動揺してしまった。
「ど、どうしてここに……⁉ こ、これは一体……⁉」
崇宮真那。
崇宮真士の妹であり、記憶を無くしてDEMに従っている少女が、俺を見てその顔を驚愕に染めていた。
おかしいな……初期の頃はオリ主道くんをとことんまで曇らせるはずが、いつの間にか王道主人公になってる……。
そんな馬鹿な、僕のデータにないぞ⁉