それ以上は多分私の脳が溶ける……
「に、兄様ですよね⁉」
「うっ……」
若干半泣き気味の真那の姿に、俺は思わずたじろぐ。
いや無理だろ? 妹がこんな泣きそうな顔してたら誰だって思わず身を引いちまうだろ……⁉
てか、今はそんな場合じゃないんだよなぁ。
「時崎、動けるか?」
「……ええ、まあ。しかし、どうなさるおつもりで?」
「真那に関しては……無視する。アイツには悪いけど、俺はアイツの兄貴じゃない。それより問題は、エレンの方だ」
「では、貴方は真那さんを。わたくしがエレン・メイザースを足止めしますわ」
「えっ、出来るのか? さっき吹っ飛ばされてたんじゃ――」
「二対一でしたので。一対一なら何とかなりますわ……恐らく」
「分かった、信じるぞ」
時崎が出来るというなら、大丈夫だろう。
「(……よくそんな簡単に信頼できますわね)」
「?」
時崎が何かを呟いた気がしたが、よく聞こえない。
聞こえないのは仕方ないので、俺は自分の敵を見据える。
エレンは俺たちが話を終えるのを確認すると、見せつけるように剣の切っ先を向ける。
「作戦は決まりましたか? では――」
「ま、待ってください!」
戦闘に移ろうとしたエレンを、真那が割り込んで制止する。
「何のつもりですか?」
「兄様がここにいるなんて聞いてねーです!」
「それはそうでしょう。私も知りませんでした」
「そ、そうじゃねーです! とにかく、兄様を攻撃するのは待ってください! きっと何か事情が……真那が兄様を説得します! だから――」
「邪魔です」
「――! 真那!」
俺は真那の名を呼び、彼女の元へ駆ける。
真那は俺の方を振り向き……そのせいで、エレンが自身に向かって刃を振るうのを見逃してしまっていた。
エレン自身も威嚇のつもりだったのか、そこまで速い攻撃ではなかった。俺の肉眼でも捕らえられる程度の物だ。
俺は真那の体を抱き寄せ、エレンの一撃を背に受けて彼女を守る。
「ぐっ‼」
「に、兄様⁉ え、エレンさん、何を――⁉」
「真那、貴女はもう使えません。
「えっ……?」
酷く間抜けな声が真那の口から洩れる。
それに構わず、エレンは俺を見て、
「兄……ですか。しかし、不自然ですね。どう見ても真那と同年代程度にしか見えませんが」
「……知るか。お前には関係ねーだろ」
背中の傷が炎で癒されるのを感じながら、俺は真那を背に庇うように、エレンに立ち塞がる。
「兄、さま……?」
「……ごめん、真那。俺は気安くお前の兄を名乗れない……でも、守る」
大切なものとは簡単に増える物なんだなと、俺は奇妙な感覚で感じていた。
いや、違うな。俺は、全部が大切なんだ。優劣なんてない、俺の傍にあるものすべてが……。
欲張りな奴だなと自分でも思う。でも、だからこそ―――。
俺の、みんなを守りたいという気持ちは、本物だ――!
「エレン、お前に勝つぞ」
「気安くファーストネームで呼ばないでください。それと――」
僅かに不愉快そうに眉を寄せた後、エレンの姿が
俺が驚く暇もなく、エレンは俺の眼前に立っていた。
既に彼女は、その手の刃を振り下ろす寸前だった。
「出来もしない妄言を吐くのも、非常に不愉快です」
「くっ――⁉」
「士道さん、伏せてくださいまし!」
背後から飛ぶ時崎の叫び。
それを背に受けた俺は、彼女の指示通りしゃがみ込む。
瞬間、銃声が鳴り、同時に金属音が俺の耳を突き刺した。
「これは……」
エレンの体が凍ったように止まっていた。
間違いない、時崎の天使の能力の一つ【
すると、俺の体が地面の中に引きずり込まれ……何故か二亜の隣にいた。
「「えっ?」」
「そこにいる方が安全でしょう。あとはわたくしにお任せくださいまし」
「ちょ、ちょっと待て。真那は――!」
どうやら、時崎の影に引きずり込まれ、二亜のいる隔離エリアに移動されたらしい。
しかし、近くには二亜の姿だけ。真那は見えない壁の外側だ。
「時崎! 頼む、真那もこっちに――!」
「申し訳ありませんが、もうその余裕はありませんわ‼」
その時崎の宣告と共に。
戦闘が始まった。
銃声が轟き、金属の弾ける音が反響する。
悪魔と最強が躍る戦場を、真那は一人呆然と眺めていた。
分からない。どうしてエレンは自分を攻撃したのか。
分からない。どうして兄は、自分の兄じゃないと言ったのか。
分からない。どうして自分は、指の一本も動かそうとしないのか。
どうして。どうして。どうして。
疑問は繰り返し真那の頭で反復される。しかし、それに答える解答を、彼女は持ち合わせてはいなかった。
「あ」
戦闘の余波に巻き込まれた真那の体が、端まで吹き飛ばされる。
ああ。本当なら、今はエレンの味方をしているべきのはずだ。記憶をなくし、身寄りのない自分を引き取り、仕事までくれた、命の恩人。
なのに、彼女の体は動かない。正確には、動かそうとしているのに、体が鉛のように重く、動かせない。
その時、狂三に言われた言葉が突如浮上してきた。
『まさか、貴女の体はDEMに弄繰り回され、既に余命十数年程度しかないだなんて。本当に、本当に……悲しいですわァ』
憎たらしく言う狂三の顔を想像し……しかし、気力は湧き上がらない。
なんだ、簡単な話ではないか。エレンが自分を攻撃したのも……つまり、そう言うことだ。
「真那は……騙されてたんですね……」
ポツリ、と真那の瞳から涙が伝う。
ずっと信じてきた。ずっと頼りにしていた。ずっと……そこが自分の居場所だと思っていた。
でも、そう思っていたのは自分だけで……彼女たちからすれば、自分は都合のいい人形でしかなかったということか。
「……真那は……今まで、何の為に……」
体が震える。
寒さではない―――これは、恐怖だ。
何もなかった自分に意味をくれたDEMが、自分の信じていたDEMが死んだ。
その事実が、真那の精神に深刻なストレスを与えた。何より、自分が殺されそうになったというのが……その理由が、自分はもう使えないと判断されたからだなんて。
とても、耐えられることじゃなかった。
「真那ァ――――――‼」
鼓膜が震えた。
壊れたブリキのような動きで、真那は声の主に向けて首を動かす。
五河士道。
自身の持つロケットペンダントにある写真と瓜二つの少年。
彼は見えない壁に両手をつき、懸命に叫ぶ。
「絶望するな‼ お前は今まで頑張ってきただろ⁉ だったら大丈夫だ、これまでも、これからも‼ お前は絶対に挫けない‼‼」
不思議だ。
彼は何も知らないはずだ。自分が時崎狂三を何度も殺してきたことも、精霊の存在も……。
しかし、不思議と……彼はすべてを理解してくれていると思った。
兄の存在が、壊れかけた真那の心を埋めていく。
ああ、暖かい……この感覚を、真那はよく覚えている。
即ち……生きている。
彼女は今、心から生き返った――再び。
「……当ったり前じゃねーですか。真那はいつだって、全力全開でいやがりますよッ‼」
少女は立つ。
そして、向かう場所は――――戦場だ。
「真那……」
真那は再び立ち上がった。それはいい、あそこまで落ち込むのは予想外だったから発破をかけたが、上手くいって何よりだ。
もしかしたら時崎は、真那が再び立ち上がって戦うことを分かっていたのかもな。
「で、どうするの……?」
その言葉に、俺は思わず黙り込んだ。
相手は最強の魔術師。そう簡単に崩せる城ではない。真那と時崎が手を組んで戦っていても、戦力は五分五分……。
「うぐっ⁉」
「真那⁉」
エレンの攻撃に吹き飛ばされた真那が、俺の前に聳え立つ壁に叩きつけられる。
「ぐっ、情けねーです。意気揚々と混ざってこのザマは……ホント、笑えねーです」
「だ、大丈夫か真那⁉」
「ええ、何とか……ただ、このままだとホントにまずいです、兄様……早く逃げないと」
「させません」
突如。
俺たちを守っていた見えない壁が、吸い込まれるように下にスライドする。
それを認識できたのは、スライド音と、ひび割れが地面に向かって進んでいたのを見たからだ。
だが、問題はそこではない。
「まずい……! 兄様‼」
「邪魔です」
「あがッ⁉」
「真那‼」
俺を守ろうと立ち上がった真那が、エレンの蹴りを顔面に受けて吹き飛ぶ。
彼女の小柄な体はサッカーボールのように飛び、壁を突き抜け外に追い出された。
瞬間、銃声が響く。
エレンは振り向きざまに剣を盾のように構え、銃弾を弾く。
「その程度の不意打ちで、私が倒せるとでも?」
「ハァ、ハァ、ハァ……ちっ、面倒ですわねェ……!」
息を切らしながら、時崎がエレンを牽制する。
その様子を……俺は黙って見ているしかできない。
二人の少女が命を懸けて戦うのを、俺は指を咥えて見ているだけ。
どうしてだ。本当なら、俺が最前線に出て戦わないといけないのに――!
俺はいつも傍観者だ。霊力が封印できても、それを扱えない無能。だから俺は、あの時も二亜を守れなかった。今も、彼女たちが傷つくのを見ているしかできない。
無意識に、そして意識的に強く拳を握る。戦いたい、守りたい……その気持ちだけが独り歩きしている。
そんな俺の手を、背後から握る者が一人。
本条二亜。
俺を理解し、救えるであろう精霊の一人だ。
「二亜……」
「大丈夫だよ」
彼女は安心させるように、俺に微笑む。
何が大丈夫なのか、俺にはさっぱり分からない。
「キミの道はキミの想いが、願いが……必ず切り開く。その時を、今は待つんだ」
「待つって、言われても……がッ――⁉」
いきなり、脇腹に衝撃を受けて壁に叩きつけられる。
痛みを堪えながら自分が先程までいた場所を見ると……。
「二亜‼」
「うぐっ……!」
二亜の首を片手で締め上げ、その首筋に刃を添えるエレンの姿が。
まさか、時崎がやられたのか……⁉
「ま、だ……負けて、いませんわよ……!」
「ええ。しかし、この室内ではあの分身を出すには不向きでしょう。影の潜伏、不意打ちも既に完璧に対応させていただきました。負けはなくとも、貴女に勝ち目はありません」
「時崎!」
ボロボロだった。
霊装は綻びだらけ、体中傷だらけ。息も絶え絶えで、銃を持つ手が、力が入らないからか震えている。
そんな状態になっても、彼女は立ち続けている。
でも、俺は何も出来ない。
「先ほど貴方に喰らわせた傷が塞がっていますね。貴方も精霊なのでしょうか?」
「……ちげーよ、それより、二亜を離せテメェ……‼」
「ふむ、では……こうしましょうか」
ズシュッ、という肉が貫かれる音がした。
「あ、がァ……⁉」
「二亜ァァァァァァァああああああああああああああああ――――――‼‼‼」
穴が開いているようだった。
二亜の脇腹から、生えるように剣が突き出ていた。一切の呵責なく、何の躊躇いもなく、エレンは二亜の脇腹を貫いたのだ。
許せない。腹の底からマグマのような怒りが湧き出てくる。
俺は痛みなど無視して立ち上がり、エレンに殴りかかる。
「それは要りません。私が求めているのは、貴方が天使を行使できるのか、否か。それだけです」
「ふざけ――」
あまりにも身勝手な物言いに抗議する間もなく、俺の左目が裂かれた。
激痛から苦悶の声を漏らし、俺は蹲る。
「少年‼」
「さて、次は貴女の左目を裂きましょうか」
「――ッ! ま、ちやが、れ……‼」
立つ。立って、立ち向かう。
目が熱い。しかし、痛みは柔らいでいる。再生するのを感じながら、ゆっくりと目を開け、俺は両目でエレンを見据える。
「やるなら俺にしろ……二亜に手を出すな‼」
「な、にを……何を言ってるんだ少年! そんなこと――」
「止めたいのなら、貴方が天使を出せばいい……安心してください、
そう言いつつ、今度は首元に光の剣が添えられる。
つ、と剣先に僅かに触れた皮膚が裂け、少量の血を流す。
「では、精霊は首を斬っても死なないのか、試してみるのも一興でしょう」
「待、て……‼」
「いざ」
「待てェェェェェェえええええええええッッッ‼‼‼」
走る。
だが、俺がエレンのもとに辿り着くより、二亜の頭と胴体が泣き別れする方が早いだろう。
それを頭が理解し……瞳から涙が溢れる。
嫌だ。そんなの嫌だ、絶対に嫌だ……‼ いくら
その、ほんのわずか一瞬の時。
二亜が俺の方を見て……薄く、儚く笑った。
「やめろォォォォォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ‼‼‼」
俺は二亜に向かって手を伸ばし―――――
五河琴里は、兄のベッドの上で目を覚ました。
どうやら、兄を待ち続けそのまま眠ってしまったらしい。
眠気眼を擦り、琴里は周囲を確認する。
士道はどこにもいない。もうじき夜が明ける時間だというのに、家に戻ってもいない。
琴里は脇にある枕を手に取り抱き寄せる。
「……おにーちゃん」
寂しい思いを押し殺せず、琴里は兄の名を呼ぶ。
駄目だ。どれだけ強がっても、心に穴が開いたような空虚な気持ちが押し寄せてくる。
傍にいてくれないと、一人ぼっちにされると……とても辛い。
「――ッ⁉」
バッ、と琴里が振り返る。
視線は窓の奥、遥か彼方の空へと向けられる。当然、そこには何もない。
ないのに……言いようがない不安が込み上げてくる。
「……お願い」
神様がいるかは分からない。
仏様が助けてくれるかは不明瞭だ。
だから、今自分がその存在を確かに認識し、縋れるものに祈る。それが、自分の忌み嫌うものだったとしても。
その名を、彼女は呼ぶ。
「〈
振り下ろされるはずだった刃が、甲高い金属音を立てて弾かれる。
その状態を、エレンは僅かに訝しみ……すぐに口元に笑みを作った。
彼女の見据える先には、二亜を背にした俺が、
「これは……?」
その困惑は俺の発した物だった。
どうして俺の手に〈
原因は分からない。何かのピースが偶然揃ったということだろうか。だとしても、それが何なのかは結局分からず仕舞いだ。
けど、ありがたい。
「琴里……力を貸してくれ!」
俺は〈
「勝負だ……エレンッ‼」
あれ、真那ってこんなにDEMのことで思い詰めてたっけな?
それはそうとカマエル登場! 二亜編最初の特訓パートは伏線だったのか……