吸血鬼な薬屋さん   作:gotsu

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プロローグ

「はぁ、はぁ、はぁ……。」

 

 少女は白い布に包まれた物を大事そうに抱え、まっ暗闇の森の中を息も絶え絶えに走る。

 

「あぁっ!」

 

 木の根に足を取られた少女の体が宙に浮き、持っている白い布をかばうため、盛大に地面に転がった。

 

「うぅ……。」

 

 転んでしまった少女は泥だらけになりながら呻く。その背中には一本の矢が深々と刺さっていた。ふいに近くの茂みがガサリと音を立てる。

 

「も…う…こんな所まで…。」

 

 少女の顔が恐怖と絶望で歪む。

 彼女は何かに追われていたのだ。

 持っていた白い布をぎゅっと抱きしめ、覚悟と恐怖の入り混じった顔で音を立てた茂みを睨みつける。

 

 

「おや珍しい、吸血鬼とは。」

 

 彼女の予想に反して茂みの中から出てきたのは追手ではなく年老いた老婆だった。

 

「あなた……は?」

「ああ、アタシはただの人間の老婆だよ。」

 

 少女はもうろうとした意識の中で思考を巡らせる。

(ここは普通の人間が入ってこれるような場所じゃあ……)

 

 少女が走っていたこの森は空気中の魔素が濃く、魔力を持たない人間が入ると数日もせずに魔力に侵されて死んでしまう厳しい場所だ。

 

「あぅ!」

 

 追ってじゃないと分かり気が抜けたのか、思い出したように身体中に痛みが走り声をあげてしまう。

 

「アンタ、ちょっと見せてみな。」

 

 苦しそうな少女の様子を見て老婆は言った。それから、手馴れた手つきで彼女のマントを剥いで矢の刺さっている背中を見る。銀色の矢が深く刺さり、その周囲はどす黒く変色していた。

 

「法儀礼ずみの純銀製の矢、対吸血鬼に特化した武器かい。アンタ、なんで教会なんかに狙われてるんだい?」

 

「わ…たしが……真祖だから……」

 

「ほう、真祖とは、絶滅したと思っていたが、長生きはしてみるもんだ。分かっていると思うがアンタはもう助からないよ。」

 

「は…い……。」 

 

 老婆の言葉に少女は苦しそうに返事をする。彼女の背中に刺さった矢は刻一刻と彼女の命を削っていた。吸血鬼の弱点である銀の鏃は確実に彼女の生命力を奪い、鏃にかけられている魔法は刻一刻と彼女の体の自由を奪っている。矢を抜こうものなら既に消耗の激しい彼女は痛みに耐え切れずに死んでしまうだろう。

 

「それにしても、まだ吸血鬼が残っていたとはね……。」

 

 そう言いながら老婆は懐から小瓶を一つ取り出し、少女を抱き上げた。

 

「これは気休めだが、少しは楽になるハズだよ。」

 

 少女に小瓶に入った液体を無理やり飲ませる。すると、ほんの少し苦しそうな顔が和らぎ、少女の赤い瞳に光が戻った。

 

「あの…この子を…助けて…下さい…」

 

 少女は大事そうに抱えている白い布を老婆に差し出す。老婆がそれを受け取ってみると、その包みには生後間もない真っ黒な髪をした赤ちゃんがいた。その顔立ちは、幼いながらもどこか少女に似ていて、彼女の親族なのが一目みてわかった。

 

「いいのかい、私なんかに託して?アタシはついさっき会ったばかりの人族なんだよ。吸血鬼の子供を欲しがる人間は星の数ほどいる、もしかしたらその子をどこかの人買いに売るかもしれないよ。」

「そんな人なら……私に薬を…ゴホッ…飲ませたり…しません。」

 

 赤い目に黒い髪の少女は苦しそうに、それでも意思を持った深い赤色の目で老婆を見る。そして…。

 

「アンタ、やめな!」

 

 少女が一瞬だけ覚悟を決めた鋭い目をしたのを見て、何かをしようとしているのを察知した老婆は止めに入ろうとするも……。

 止めに入る間もなく、少女は残る力を振り絞り、魔力を宿した左手を振るった。それはまるで、ろうそくが燃え尽きる前にほんの少し強く燃えるような、強い、そして温かい魔力だった。少女はそっと左手を赤ちゃんにかざした。すると赤ちゃんの真っ黒だった髪がみるみるうちに銀色に変わっていった。

 

「どうか……この子が…リリルが幸せに……なれますように……」

 

 魔法をかけ終わり、ほんの少し安心した表情をして、彼女は息絶えた。

 

「驚いた、初めて見る魔法だね。それにしても、えらいものを預かっちまったもんだ……。」

 

 赤ちゃんを抱いたまましばらく思案していると、何者かの気配が近づくのを感じ取った。気配の消し方から見るに人間、それもなかなかの手練れのようだ。

 赤ん坊を託した少女はいつの間にか灰になって崩れ落ちていた。老婆は後に残された黒いマントを拾い上げ、ため息をつく。

 

「はあ、まったく、会って数分もしないうちに面倒ごとを押し付けられたもんだ、名乗りもせずにこんな物を託して……。」

 

 そう言って渡された子供に目を落とすと、布に包まれた赤ん坊は肉親が死んだ事など何も知らないかのようにすやすやと眠り続けていた。

 

 感じた気配はどんどん近くなってくる。その気配には、ほんの少しの光の魔力が感じられる。おそらく教会の手の者だろう。今まで教会に関わった事は何回かあるが、どれも碌なことにならなかった。

 この距離で気配を察知できる相手に遅れを取るとは思わなかったが、教会は面倒事を起こすには少し厄介な相手だ。それに数も多い、そう考えた老婆は懐から魔方陣が書かれた1枚の紙を取り出す。

 

「齢120にして子供を託される、人生何があるかわからないね。」

 

 次の瞬間、取り出した紙がまばゆい光を発し、その光が消えるに合わせて老婆の姿もかき消えていた。




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