吸血鬼な薬屋さん   作:gotsu

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お茶会の参加者

 お茶会の日、リリルはそわそわして来るであろう馬車を待っていた。

 

 すると、大通りに続く路地から馬車らしき音が近づいてくるのが聞こえてきた。こんな道に馬車が通る事なんてほとんどないからすぐにわかった。

 

 リリルにとって、今まで馬車は通りを通っているのを見るものであって間違っても乗るものではなかった。

 また、遠くの町に行くために定期的に町の駅から馬車が出ていることは知っていたが、それに乗るような用事はなかったし、他の町に行くなんて考えたこともなかった。

 だから、これから乗る馬車が見えた時にはワクワクして踊り出したい気分だった。もっとも、みっともなので借りてきた猫のように大人しくしていたが。

 道の曲がり角から、徐々に馬車が現れ、近づいてくる。そして、それは店の前で止まり、前に乗っていた御者が降りてきた。

 

「お待たせしました、どうぞお乗り下さい。」

 

 御者は紳士的に挨拶をし、馬車のドアを開ける。リリルはそれに従って馬車に乗った。

 

「失礼ですが、もうお一方はどちらに?」

 

「えっ?」

 

「私は主人に、お連れするのはお二人と聞いておるのですが……」

 

「お二人って……」

 

「はい、メルセデスという方です。」

 

「ええ!メルちゃん!?」

 

 御者に言われてリリルは慌てて馬車を降りて店に入っていく。

 

「メルちゃん、大変だよ!」

 

「何よ、さっさと行ってきなさいよ。」

 

 お茶会に行ってくると言ったリリルを見送ったメルセデスはまた忘れ物かと邪険にあつかう。

 

「メルちゃんも呼ばれてるんだって!」

 

「はあ!?」

 

「だから、メルちゃんもお茶会に呼ばれてるんだよ!」

 

「はぁ!?私は行かないわよ!」

 

「そんな、困るよぉ、相手は領主様の息子様だよぉ!」

 

「……なんでそんな大物とお茶会する事になってるのよ。」

 

「私にもわかんないよぉ……」

 

 泣きそうなリリルを見て、しょうがないと重い腰を上げる。

 

「わかったわよ、お茶会に行けばいいのね。」

 

 メルセデスは何事もないように立ち上がる。

 

「大丈夫なの?」

 

「何が?」

 

「えっと、私も昨日知ったんだけど、お茶会にはお作法が……」

 

「そんの、なるようになるわ。それに私はエルフ、人族の細かい作法を間違ったところで知った事ですか。」

 

 胸を張って宣言するメルセデスにリリルは不安をつのらせる。そして、ごそごそと準備を始める。

 

 

「待たせたわね、行くわよ!」

 

 準備を終えて、メルセデスは特に気にした様子もなく、馬車に乗り込んだ。リリルもメルセデスに続いて馬車に乗り込む。

 

 馬車は二人が乗り込んだのを確認し、出発していった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「ふわぁ、おっきなお家だね。」

 

 町の中央にある領主の家の門をくぐったリリルは感嘆の声をあげる。領主の家は町の最後の防衛施設として堅牢につくられており、避難民や兵士を収められるように、広い庭を持っていた。

 

「そうね、なかなかのものね。」

 

 馬車の窓から見える庭を見て、リリルとメルセデスはそれぞれの感想を言い合う。リリルはやれ花がうわっているとか、石畳が白いとか、完全にお上りさんである。

 

 そうこうしているうちに玄関先に到着し、馬車が止まり御者が扉を開けた。

 

 2人は促されるままに馬車を降りる。促されるままに玄関先に連れていかれると、入り口に侍っていた侍女2人が礼をして、玄関を開ける。その先には、いつも不機嫌そうに前の席で座っている男の子と、もう一人、リリルよりほんの少し身長の小さい赤いドレスを着た可愛らしい女の子が待っていた。

 

「ようこそウォートン侯爵家へ。」

 

 赤いドレス姿の女の子が言った。

 

「この度はお招きいただきありがとうございます!」

 

 帽子を取ってミアの家でならった通りに膝をついて挨拶をする。一方でメルセデスは堂に入ったカーテシーをする。メルセデスにとって、相手は一応は、自分が暮らす街の権力者だから敬意を表す必要があった。

 

「顔をあげてくれ、突然の誘いに応じてくれて感謝する。」

 

「そうですわ、お兄様ったら女の子のお茶会を明日来いだなんて、誘い方も知らないんですもの。」

 

 赤いドレスの女の子に言われ、今まで見たこともないような困った顔をする貴族の男の子

 

「いいえ、大丈夫です!」

 

 初めて貴族の家、それも領主様の家に招かれ、かちんこちんに緊張して答える。自然と返事に力がはいってしまう。そんな様子を見て赤いドレスの女の子は笑顔を見せる。

 

「はじめまして、私はウォートン伯爵家の次女、シャルロッテです。お兄さまからお話は聞いています。」

 

 コストゥラの町を含めたこの地域一帯は、辺境伯を中心として配下の4人の伯爵が管理をしている比較的大きな町だ。さらに、それをいくつか束ねる侯爵がいるのだが、それはまた別の話だ。

 

「ウォートン伯爵家長男、アラン・ウォートンだ。」

 

 初めて名前を聞いたなと思うリリルを置いて、アランは上品な仕草で挨拶をする。

 

「そちらの方はエルフとお伺いしています、よろしければお名前を教えていただけませんか?」

 

「お招きありがとうございます、メルセデス・ユグドラシアと申します。訳あって今はこの町に住まわせていただいています。」

 

相手にも引けをとらないほど、流れるような仕草でメルセデスは挨拶を返す。

 

(メルちゃん、こんなふうにあいさつもできるんだ。)

 

 意外な一面に内心驚くリリル、いったいどこで習ったのだろうか。

 

 シャルロッテは緊張しているリリルの手をとる。

 

「初めまして、あなたが時々お兄様の話に出てくるお薬屋さんですね、よろしくお願いします。」

 

 学校でも、なかなか話す機会がない貴族の女の子に手をとられどぎまぎする。

 

「それに、エルフの珍しいお話も聞かせていただきたいです、どうぞこちらへ。」

 

 勧められるがままに応接室らしい部屋に通される。そこでは既に侍女たちがお茶の用意を始めていた。リリルたちは勧められるがままに椅子に座る。

 

「用意した紅茶はこの領地で作られた葉を使っています。高級品ではありませんが、淹れ方に気をつければ高級品と言われる茶葉ともひけを取りませんわ。」

 

 シャルロッテが合図をすると、侍女が人数分の紅茶を用意して持ってくる。部屋には清々しい紅茶の香りが広がった。

 

「ふわぁ、いい香り。」

 

「そうでしょう、この紅茶は王都にも出荷されてるんですよ。」

 

「我が領地は紅茶だけでなく、色々な食糧を王都に送り出している。そのおかげで今の領地の安定があるんだ。」

 

「お兄様、そんな事より言う事があるんじゃないですか?」

 

「あっ、ああ……」

 

「侍女の方々は少し外していただけませんか。」

 

 シャルロッテが一言言うと侍女たちは一礼し部屋を出て行った。

 

「さあ、お兄様、場は整えましたよ。」

 

 シャルロッテは後は知らんといったふうに紅茶に手をかける。

 

 すると、アランはすっと目線をリリルに向けた。

 

「この間は疑ってすまなかった、エルフなどいるはずがないと思っていたんだ。」

 

「えっ、えっ!?」

 

 いつもの様子とはうって変わって申し訳なさそうに頭を下げるアランを見てリリルは慌てて立ち上がる。この町では、貴族と庶民では大きな差がある。領主の息子から謝られるとはよほどの事態だった。

 

「領主を継いでしまえばそう簡単に謝れなくなる。俺は非を認められるうちはしっかりと謝ると決めているんだ。」

 

「お兄様もこうなってしまうと頑固ですから、許してあげて下さいまし。」

 

「わかりました、お許しします、お許ししますから、顔を上げて下さい!」

 

 リリルは目の前の光景に頭がついていかないものの、何とかしようと思い、半ば叫ぶように言った。

 

「ありがとう、今日は急に呼び出してしまってすまなかった。」

 

「お兄様、女の子には準備の時間が必要なのですよ、次から気を付けて下さいね。」

 

「ああ、次から気を付ける……。」

 

 妹に指摘されて、恥ずかしそうな素振りを見せるアラン。いつもの不機嫌そうな顔しか知らないリリルにとっては新鮮な光景だった。

 

「さあ、湿っぽいお話はこれでおしまいにして、ようやくお茶会が進められますわね。」

 

 それから、アランはいつもの調子に戻り、そんなアランを置いて、リリルとメルセデスはシャルロッテに勧められるがままに、今まで見たこともないようなお菓子と紅茶を楽しんだ。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「失礼する。」

 

 お茶会を始めてから1つの鐘が鳴った頃、急に扉が開き、上品に仕立てられた貴族らしい服を着た背の高い男性が入ってくる。髪の色や顔立ちは何となくアランに似ているようだった。

 

「父上、今日は帰りが遅いと聞いていましたが……」

 

「ウチの息子が珍しく茶会を開くと聞いてな。何を招いているかと思ったら、こんなに可愛らしいお嬢さん方を招待していたとはな。」

 

 領主は招かれた二人を見て心底驚いていた。

 

「初めて学校の友達を招待したんだから、少し早いが、今日は夕食も食べて行ってもらいなさい。」

 

「父上、食事は5の鐘が目安です、そこまで引き留める訳にはいきません。」

 

「あら、お兄様、さっき4の鐘は鳴りましたわ。料理人に言って少し早めに用意していただきましょう。」

 

「そう言っても、あまり引き留めても悪いだろう。」

 

「あら、そうでしょうか。じゃあ、本人に聞いてみましょうか。」

 

 シャルロッテは領主の登場で小さくなっているリリルに視線を飛ばす。

 

「あの……、だ、大丈夫です!!」

 

 領主とその娘に逆らえるはずもなかった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「さあ、冷めないうちにいただきましょう。」

 

 あれよあれよという間に夕食の席に案内され、領主様の合図で銀色の丸い蓋が取り払われる。目の前には見たこともないような豪華な料理が並んでいた。

 

 リリルもおっかなびっくり高級そうな純銀製のカトラリーを使ってミアのお母さんに習った範囲で気を付けて食事を始める。

 

(あれ?おかしいなぁ、おいしそうな食事なのに味がしないよ……)

 

 いい香りのする料理を一口食べて異変を感じる。何の味もしないのだ。変に思ったリリルは、味のしない料理を何とか飲み下して、隣で上品に食べているメルセデスを見る。

 

(メルちゃんは美味しそうに食べてるし、私がおかしいのかなぁ……)

 

「どうですか、お口に合いますか?」

 

 領主様から話を振られたリリルは焦る、味がしないとはとても言えない。

 

「とても美味しいです。この肉も下処理が完璧で生臭くありません。領主様はよい料理人を抱えていらっしゃるようですね。」

 

 リリルがどう答えようかと考えていたところにメルセデスが流れるように答える。

 

「ほう、そのように褒められるとは光栄だ。エルフ族は肉が苦手だと思っていたが……」

 

「それは迷信です。私達は日々の糧を得るために森で狩りをするのです。狩った動物などは余す事なく利用します。」

 

「そうですか、やはり、どんな本や噂話も本物の説得力には敵いませんな。」

 

 領主様は楽しそうにメルセデスと話す。

 

「ところで、あなたは食事の作法も見る限り完璧だ、どこで習われたのかな?」

 

「エルフはただ漫然と長い生を過ごす訳ではありません。日々様々なことを学んでいるのです。」

 

「それは素晴らしい、今すぐ我が屋敷の侍女として働けそうだ。あなたがよければ侍女として働いていただきたい。」

 

「残念ですが領主様、私はこの町ですでに一人に大きな借りを作っています、これ以上その借りを増やしたくないので、その話はお断りさせていただきます。」

 

「ええっ!」

 

 話を断ったメルセデスに驚いてつい声を出す。

 

「……なによ、行ってほしかったの?」

 

「ううん、でもお金は早く返せたほうが……」

 

「あなた、わかってないわね、エルフにとって1年も一か月も大してかわらないのよ。」

 

「ははは、食事の席でこのような話は無粋だったな。」

 

「そうですわ、お父様、食事中は仕事の話から離れて下さいまし。」

 

 不機嫌そうに言うシャルロッテ。

 

「ウチの息子が、まさか女性を二人も茶会に呼ぶとは思わなかったからつい、な。」

 

「父上!」

 

「貴族というのは、偉くなってしまうと貴族か町の権力者としか話さなくなってしまうものだ。ウチの息子はこの領地を継ぐことになるが、それまでに少しでも市井の生活を知ってもらえればと思っていた。」

 

 領主様は話しを続ける。その話す表情はどこか嬉しそうだった。

 

「最近は夕食の席で時々魔法学校での事を話してくれるが、学校に行くようになって初めて町の人の生活について興味を持ってくれたようでな。今まで剣術ばかりだったこの愚息も、少しは領主の自覚が芽生えたと見える。」

 

「今期には2人も魔法を使える平民の方がいると伺っていますわ。本当に珍しいですわね。」

 

「そうだな、一人は母親が貴族だったと聞いているが……」

 

「父上、そんな事はどうでもいいではありませんか。魔法学校には建前かもしれませんが、身分の差などありはしないのです。」

 

「そうだな、そうでなければお前がお茶会を開くのは、あと数年は先になっていたな。」

 

「まあ、その通りですわね。」

 

 シャルロッテが楽しそうに領主の言葉に同意する。

 

(……貴族ってそんなに怖い人じゃない?)

 

 そんなことを思ったリリルは、領主やシャルロッテから振られる話を緊張気味に答えながら、なぜだか味のしない食事を咀嚼する。

 

(メルちゃんも領主様も、アラン様も美味しそうに食べてるし、味がしないのは緊張しているせいかなぁ……)

 

 だが、領主様から出された食事を残す訳にもいかず、何とか食事を終えた。

 

 それから、夕食を終えた二人は、いつくかのお土産を持たせてもらって領主の家を後にした。


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