「やったぁ、出来てる出来てる!」
翌朝、早起きをして調合釜の蓋を開けると、見事に澄んだ青色の上澄みが出来ていた。青色回復薬の完成である。
リリルは手際よく上澄みを掬いギルド規格の小瓶に詰めていく。
「ふわぁ…赤色も綺麗だけど、青色も綺麗……。」
小瓶に詰まった薬は、夏空のように澄んだ青色をしていた。
「よっし、これはミアちゃんの分で、これは納品用で……あと、受け取ってくれるかわからないけど、もう一つお詫びに持って行こうっと。」
完成した回復薬を瓶に詰めおわり、勉強道具の入った鞄にそのうち二つを入れ、残った瓶を籠に入れて調合室を出る。
それからメルセデスが準備した朝食を口に放り込んで家を出る。
「メルちゃん、今日の納品よろしくね!」
ぱたぱたと軽い足音をさせ、リリルは学校へ続く道を走って行った。
◆ ◆ ◆ ◆
「さてと、手がかりを探しましょうか……」
リリルが学校へ出かけたあと、メルセデスは朝食の後片付けをして昨日教えられた十冊の本のある物置に入った。
(あれほどの本なら世界樹を何とかする手がかりがあるかもしれないわ。)
最初に薬の上級の本を手にとって開いてみる。世界樹の図書館にある分厚い百科事典なみの厚さの本は、驚くべきことに、挿絵も含め、すべて手書きであった。
「すごいわ、不老の薬に巨大化、小人化、思い描いた姿になれる変身の薬、何でもありそうね……」
メルセデスは興味の赴くままにページをめくっていく。
「これは、不死の薬……」
本の後半のほとんどは不死の薬について書かれていた。研究を見る限り、理論は完成していたが、材料が足りずに作るまでには至らなかったようだ。
「なるほど、人族は寿命からは逃れられないから、一度身体を魔力体に分解して再構成すれば理論上は永遠の命が得られると、そのために必要な物を書いているのね。でもそうなるともはや人族じゃなくなるわね……」
上級編の最後のレシピということで興味をひかれたメルセデスは不死の項目を読み進める。
「最後に必要な材料は……吸血鬼の灰と……吸血鬼の灰!?」
最後に書かれていた驚くべき内容に本を取り落としそうになる。足の上に落ちたら悪夢である。落としそうになった本を持ち直して続きを読んでいく。
「もしかして、あの子はこのために生かされてるとか?これを書いたおばあちゃん?は材料集めのために旅に出てる可能性もありそうね……」
不死の薬の最後に書かれていた材料を見て物騒な考えが頭をよぎる。
「まあいいわ、リリルの言うおばあちゃんがどんな人かわからないし、いない人の事を考えてもしょうがないわよね。それに、いざとなれば連れて逃げれば良い訳だし……。」
いったん物騒な考えを棚上げし、ふたたびページをめくる。
「なんにしろ、手がかりを探しておかないと。」
それから上級を探してみるが、目的の世界樹に関することは見つからなかった。
「すごい内容だったけど、探してるものじゃないわね。中級を探してみましょう。」
メルセデスは次に犬(恐らくオオカミ)の象形文字の書いてある本に手を伸ばす。
「このあたりは身体強化系ね、それに媚薬、惚れ薬に自白剤、いったい何を目指しているのやら、こんなのあの子に作らせるつもりかしら……」
中級には雑多な薬の作り方が書いてあり、ところどころに記されている変な薬に眉をひそめる。使い道のなさそうな薬屋からしょうもない薬まで、本の中には思いつくだけのレシピがあった。
それから、しばらく本をめくっていると世界樹に関する考察と書かれているページを見つけた。
メルセデスは逸る気持ちを押さえて内容に目を通す。
「なになに、一般に世界樹は瘴気を浄化する存在と考えられているが、逆に瘴気が枯渇することで世界樹が不安定になる可能性がある……」
「つまり、あの子が言っていた数百年前にあった人族と魔族の戦争で人が勝利したから世界樹は衰えている、そんな仮説ね……」
メルセデスは本を読み進める。
「世界樹の衰えによる影響は……」
・瘴気の浄化が遅くなり瘴気溜まりができ、魔物が大量発生する。
・それにあわせて魔物を統べる知能を持った魔族が生まれやすくなる。
・これらの現象は約300年周期で生起し、過去にはその反動で世界樹が魔族に滅ぼされた記録がある。
・この現象を防ぐには世界樹の近くで瘴気を発生させ干渉することが有効と考えられる。
「なるほど、理にかなってるわね。それで干渉するための方法は……」
ようやく解決の糸口がみえてきたメルセデスは次のページをめくる。
この事態に対処するには、世界樹を材料に使った活性剤(中級の薬参照)と瘴気発生装置(中級の魔道具参照)を用いることで影響を和らげることができると考えられる……まあ、そんな事に関わる事はないと思うけどね。
「すっごく関わってるわよ!!」
真剣な内容から急に話し言葉で締めくくられている文章を見て、危うく本を投げつけそうになる。下手すると人族も滅ぶような内容なのに扱いが適当すぎて眩暈がした。
「つまり、この活性剤と瘴気発生装置を作れば世界樹が滅ぼされるような事はなくなるのね。」
そこから、メルセデスは必要と書かれていた2つの作り方を本で探し始めるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「ミアちゃん、おはよっ!」
「おはようリリルちゃん、上手くいったみたいね。」
「うん、青色回復薬なんだけど、ちゃんと出来たんだよ。」
「よかったね!よくギルドに納品してるって言ってた赤色とはどう違うの?」
「えっと、赤色は血を止めたりするのに使うらしいんだけど、青色はもっとひどい怪我でも治るんだって。あと、えっと……」
リリルは話しながら自分の鞄をごそごそと探る。
「ミアちゃん、いつもありがとう、受け取って下さい!」
渡そうと思っていた瓶を両手で持ってミアに突き出す。
「わぁ……綺麗な水色ね。私のお店でも置いてあるんだけど、こんなに綺麗な色の物は見たことないなぁ……」
ミアは差し出された瓶を手に取って明るい方に翳すと、水色の薬は光を受けてきらきらと輝いて見えた。
「リリルちゃん、ありがとう、大切にするね。」
受け取った瓶をミアは大切に鞄の中にしまった。
「大切にしてほしいけど、でも、周りの人やミアちゃんが怪我したら使ってよね!」
「わかった、友達に優秀な薬屋さんがいればまたすぐに手に入れられるものね。」
「優秀だなんて、そんなことないよぉ……」
ミアに言われ、恥ずかしさ半分、嬉しさ半分といった様子でもじもじする。
「そう、じゃあなんて呼べばいいの?」
「もう、ミアちゃん、からかわないでよぉ……」
「お前たちはいつも騒がしいな。」
少し遅目に教室に入ってきたアランが不機嫌そうに言った。
「わぁ、ごめんなさい!」
「ふん、わかればいいのだ。」
「あの、アラン様」
いつものように座ろうとしたアランに声をかける。
「なんだ、何か用か?」
「この前のお茶会のお礼です、受け取って下さい!」
「ちょっと、リリルちゃん!」
リリルの意外な行動にあわてて声をあげてしまうミア、領主の息子にいきなり贈り物をするなど非常識極まりなかった。周囲もその行動を見て急に騒がしくなる。
差し出された小さな薬瓶を見て、変な生き物を見たかのように目を白黒させるアラン
「はぁ……」
アランは一つ大きなため息をつき、差し出された小瓶を受け取った。相手は平民で、要するにそんなルールなど知らないのだと悟ったのだ。
「それで……腹痛は治ったのか?」
「はい!もう大丈夫です!」
声をかけられ、緊張気味に答える。
「そうか……これはもらっておこう。剣術の修行では怪我をすることが多くてな。」
そう言うと、話は終わったと言わんばかりに席に着き、前を向いた。いつもの声をかけられないアランの完全である。
「リリルちゃんって案外大胆なんだね……。」
ひそひそとリリルに話しかける。
「えっと、ミアちゃんから勇気をもらったからかな、えへへ……」
(ううん……ちょっと勇気をあげすぎちゃったかな……)
困ったように笑うリリルを見て、そう思ってしまわずにはいられなかったミアだった。
ブクマ、評価等ありがとうございます、やる気がアップしました!