「はっ!」
ミアは目を覚まし、がばりと勢いよくベットから起き上がる。
幸せな夢を見ていたような気がするが、なぜか後頭部がずきずきと痛む。見覚えのない部屋を見回してみると、石造りの壁、ベッドの他にはきれいに整頓された本棚、そして……。
「きゃあああああぁー!!!」
どこかで見た光景である。
「ミアちゃん、どうしたの!?」
叫び声を聞いてリリルが慌てて部屋に入ってくる。
「リリルちゃん、逃げて、おっきい熊がいるよ!」
ミアは恐怖のあまり毛布を被って震えている。
「大丈夫だよ、ミアちゃん。この熊ははく製だよ。」
「えっ?」
おそるおそる毛布から顔を出してみると、リリルが得意そうに熊の頭をとんとんと叩いている。
「なんだ、よかったぁ……」
次にミアはリリルの顔を見て、恥ずかしさのあまり再び毛布を頭から被る。
(うう、あの甘い香りを嗅いだら頭がぼうっとして……、まさかあんなことをやっちゃうなんて……、絶対嫌われちゃったよ……。)
ミアの記憶はメルセデスに殴られて気を失うまではっきりと残っていた。それこそ、リリルが目をつぶって楽になるならと、不安そうに涙を溜めた目をきゅっと閉じたその瞬間まで。
「ミアちゃん、どうしたの?熊さんが怖いならシーツをかけておこうか?」
リリルは何事もなかったかのようにミアに話しかけるが、その声を聞くと地下室での事を思い出して、恥ずかしさで死んでしまいそうになる。
「リリルちゃん……、ごめんなさい!」
毛布を被ったまま消え入りそうな声で謝るミア。
「ミアちゃんが謝る事なんてないよ!私がおバカだからあんな所に行っちゃったんだし……」
リリルはあの後、メルセデスにこっぴどくお説教を受け、おバカの烙印を押されてしまっていた。
「それにね、ケイマの実の結晶はもう一つ効果があったんだよ。」
「もう一つ効果?」
「結晶を燃やすと、甘い香りがして、それを吸うと幸せな夢が見られるんだって。」
本に書いてあった通りの言葉で話す。幸せな夢とはオブラートに包んだ表現だが、要するにケイマの実は人を狂わす麻薬の類だった。
「それに、ミアちゃんが来てくれなくて……、ひとりぼっちで閉じ込められてたら、叫ぶ元気もなくて、メルちゃんにも見つけてもらえなかったかも……。」
だんだん涙声になっていくリリルの声を聞いて、ミアはようやく毛布から顔を出した。
「ミアちゃん、色々あったけど……無事でよかったよぉ……」
毛布ごとミアに抱き着いて鼻をすするリリル。それにつられてミアも本当に怖い目にあったのだと実感し、泣きそうになる。
「あら、昨晩の続き?ご飯は後にしましょうか?」
いつのまにか部屋に入って来ていたメルセデスが茶化すように言う。
「ちっ、違うよぉ、ミアちゃんがああなっちゃったのはケイマの実のせいなの!」
「うう……」
地下室での出来事を茶化されて、ミアは顔が真っ赤になる。
「ミアちゃんも、あれは薬のせいなんだから気にしないで!」
リリルは再び毛布を被ってうずくまるミアをなぐさめる。
「まあ、終わった事はどうでもいいわ、これからの事を考えましょ。」
メルセデスがもっともな事を言う。
「そうだよね、怖いけど、借金は返さないと……」
「ったく、アンタ、あんな目にあって、まだお金を払う気でいるの?とんだお人よしね。まあいいわ、それも含めて話があるから来なさい!」
「ええっ!?」
「そうそう、巻き込まれついでにあなたにも聞いてもらうからね!」
メルセデスは部屋を出る前にミアに声をかける。
「はっ、はい!」
突然声をかけられたミアは毛布を頭からかぶったままの間抜けな姿で慌てて返事をする。
◆ ◆ ◆ ◆
それから、集められた2人はメルセデスが話を始めるのを今か今かと待つ。
そんな二人を見て、メルセデスは十分にもったいぶってから話を始めた。
「はい、注目、最初に、例の借金の話だけど、これな~んだ?」
メルセデスは1枚の紙を取り出した。
「えっ!?借金の証文だけど……」
「違うわよ、よく見なさいよ!」
「借金の原本、なんでこんなところに!?」
ミアはメルセデスがちらつかせる紙の内容に気づいたのか、目を丸くする。
「そう、原本よ、あのアニキって奴が不用心にも机の上に置いてたから、失敬してきたわ。」
黒服の男の一人を締め上げて出させたのは秘密だ。
「ええっ、メルちゃん。それ、どうするの?」
「こうするのよ!」
一言言うと、メルセデスの指先にマッチ程度の火が現れ、紙が燃えていく。リリルとミアは啞然としてその様子を見守る。
「さあ、これで例の金貨10枚の借金はチャラよ!」
「ねえ、ミアちゃん、なんであの紙を燃やすと借金がなくなるの?」
メルセデスの行動を、いまいち納得がいかない様子で分かっていそうなミアに声をかける。
「借金の証明には、写しと原本があって、原本が借金の証明書になってるの。それがなくなったら借金をした証明ができなくなるの。」
「そっ、つまりあの紙がなくなれば借金はなくなるのよ。」
メルセデスが得意そうに胸を張る。
「やったぁ、メルちゃんって凄い!!」
「いい、借金がなくなっても、奴らはあの手この手で手を出してくるわ。」
「はい、メルちゃん大先生!」
金貨10枚の借金がなくなったためか、リリルは嬉々としてメルセデスに質問をする。呼び方も尊敬を込めて大先生である。
「なに、おバカ」
「もう、おバカって呼ばないでよ!」
メルセデスにバカにされて頬を膨らませる。
「はいはい、なんでしょうか。」
「どうして手を出してくるんですか?」
「そりゃあ、顔を潰されたからよ。」
「顔をつぶされる?確かにあの男の人は顔に椅子が当たってたけど……」
リリルはよくわからないといった様子でメルセデスに聞くが……。
「おバカさん1点減点!」
厳しいメルセデス大先生である。
「リリルちゃん、顔をつぶされるって恥をかかされたって意味だよ。」
「そう、ミアさん正解、さあ、たった1人の美少女エルフにぼこぼこにされて恥をかかされた悪い人たちはどう思うでしょう?」
「うう~ん……、悲しくなる?」
リリルは首をかしげてうんうんうなって考えるが……
「はい、おバカさん、1点減点!」
「うう…難しいよう……。」
「リリルちゃん、悪い人にはお礼参りって考えがあって、やられたらやり返しに来るんだよ。」
「ええっ、怖い人がお店に来るの!?」
リリルはミアの言葉に衝撃を受ける。あんなに怖い人が来たら、どうしていいかわからないからだ。
「はい、ミアさん正解、じゃあ、そのお礼参りを防ぐにはどうすればいいでしょう?」
「うう~ん、怖い人が来ないようにするには……」
リリルは自分のお店の事だからとても真剣に考えているが……
「……わかりません。」
観念したのか、お手上げのポーズをとる。
「はい、おバカさん、1点減点!」
メルセデスは容赦なく減点していく。
「ねぇ、メルちゃん先生、減点されると罰とか……ないよね?」
「さあ、どうかしらね?」
メルセデスは減点が続いたためか、小さくなって伺うように聞いてくるリリルを見て悪戯っぽく言う。それから、本題だと言わんばかりに胸を張る。
「いい!?大事なのは、奴らが二度と手を出したくないと思うほどの痛手を負わせてやることよ!」
メルセデスは机をバンと叩いて強調する。そして、あの赤い本を取り出す。
「ああっ、メルちゃん、10巻目はダメだよぉ!」
例の赤い本を取り出してきたメルセデスを見て血相を変えるが……。
「っと思ったけど、奴らにはこれくらいで十分ね。」
メルセデスは10巻目の赤い本を後ろに隠し、代わりに青色の兎さん、魔法薬初級の本を取り出した。そして、あらかじめ目星をつけておいたページを開く
「さあ、エルフの諺どおり、報いは10倍にして返しましょうか!」
嬉々として言うメルセデスを見て、エルフ族は思っていたよりも過激な集まりなのだと失礼な事を思う二人であった。
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