ミアの家の前では、目に隈を作った貴婦人が心配そうに立っていた。ミアの母親である。
「ミア!」
「お母さん!」
ミアとミアのお母さんは、互いの姿をみつけると、駆け寄っていく。そして、ミアはお母さんの胸に飛び込んだ。
「ああ、ミア、心配したのよ、どこに行ってたの。」
ミアのお母さんは、胸に飛び込んできた娘の頭を優しく撫でる。
「うん、うん、お母さん、ちょっと怖い目に会っちゃった、でも大丈夫だよ!」
「怖い目!?」
ミアの意外な言葉に驚く。
「今はまだ言えないけど、どうにもならなかったら話すね。」
娘が珍しく見せる強い意志を持った目を見て、ミアのお母さんはため息をつく。
「あのお友達に関係があるの?」
ミアの意志のこもった目と、一緒に来た二人を見て、何となく事態を察する。今、町で噂のエルフと、その保護者の見知った少女である。
「うん、友達を助けるために頑張ろうと思うの。」
「あら、あなたがそう言うなんて珍しいわね。いいわよ、でも2つ約束してね。」
「なあに、お母さん?」
「無茶はしないこと。それと、どうにもならないことがあったら必ず大人を頼る。」
ミアのお母さんはミアの目を見て、気弱な娘が珍しく自分の意志で動こうとしているのに気づいて、心配だが理由を聞かずにミアのやりたいようにさせる事にした。
「うん、お母さんありがとう!」
ミアのお母さんは娘をもう一度抱きしめる。
そんなミアとお母さんとのやりとりを遠くから見ていたリリルは、メルセデスの袖をきゅっと掴む。
「あらあら、ああして欲しいの?」
「えっ!?ち、違うよぉ……」
口ではそう言っているが、メルセデスの袖口を掴んだままである。
「はいはい、あなたが甘えんぼなのはわかってるわ。」
メルセデスはぽんぽんと帽子の上からリリルの頭を叩く。
「もう、メルちゃん!」
メルセデスにからかわれ、リリルは頬を膨らませる。だが、袖口は掴んだままである。
ちょっとミアが羨ましいと思ったのは内緒であるが、バレバレだった。
「でも、ここでミアが降りたらどうするの?」
「それは、しょうがないよ。私のお店の問題だもん、無理に協力してとは言えないよ。それに危ない目に合うかもしれないし……。」
「まあ、そうよね。」
メルセデスはもっともといったように頷く。
「あら、こっちに来たわよ。」
ミアはうれしそうに二人のもとに走ってきた。
「リリルちゃん、お母さんが許してくれたよ!」
「ええっ、ほんと!?」
「うん、今日から魔法薬の材料集めを始めるね!」
ミアは家が商家なのを利用して、少しでも安く必要な材料を調達できるよう手筈どおり行動を始めるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「これで材料は何とかなりそうね。」
「うん、初級だから材料は難しい物はなかったし、マンドラゴラもお家にあるから。」
ミアの協力を取り付け、魔法薬の生産は何とかなりそうだと一安心した2人は、軽い足取りでお店に帰る。
「ちょっと、お店の前に誰かいるわよ!」
メルセデスに言われ、慌てて物陰に隠れて、お店の様子を伺う。
すると、店の前で誰かが座り込んでいるのが遠目に見えた。
「ふあ、誰だろう?」
「さあ、でも昨日の連中じゃないみたいね、それに大人でもないみたい。」
とりあえず、一安心してお店に戻る。すると、お店に戻ってくるリリル達に気づいたのか、座り込んでいた子が顔をあげる。
「ああっ、ジル!?」
座りこんでいる子供が材木屋の息子、ジルだと気づいて駆け寄るリリル。それを見てジルは複雑そうな顔をする。
「ねえ、どうしたの、こんなところで?」
リリルは目線を泳がせるジルに問いかける。
「ああ、えっと、あのな……」
「うん……。」
口をもごもごし、言いにくそうにするジルの言葉を待つ。
すると、ジルは覚悟を決めた顔をして、突然、膝をつき両手を地面に当て、頭を下げた。いわゆる土下座のポーズである。
「ごめん、リリル、しばらくお前の家に泊めてくれ!」
「えっ、ええっ!?」
思っても見なかった言葉に驚く。ジルは材木屋でしっかり働いていたハズなのだ。
それから、詳しい話を聞いてみると、両親から金貨5枚の罰金を払ってもらったものの、ジルはその失敗を取り戻そうとするあまり空回りして失敗をたくさんしてしまったそうだ。そして、今朝、高価な仕事道具の一つを不注意で壊してしまい、とうとう家を追い出されてしまったそうだ。
「うう~ん、困ったなぁ……」
ジルの申し出を聞いて首をひねって考え込む。
部屋は狭く、3人分のベットもなければ3人分の食費も大変だ。だが、家を追い出されて困っているジルを放っておく訳にはいかない。
「あら、いいんじゃない? コイツ冒険者なんでしょ、自分で稼がせればいいのよ。」
「ええっ、メルちゃん、いいの?」
意外にも、メルセデスが賛成の意志を示す。前回、前々回と会った時は口げんかばかりをしていたから、当然反対するものだと思っていたのだ。
「それに、奴らに顔が知られていない奴が一人でも使えたほうがいいわ。」
そうリリルに小声で耳打ちする。
(うう、そうかもしれないけど、ジルを巻き込む事になっちゃうよぉ……)
「頼む、リリル、今日寝る場所もないんだ、俺に出来る事ならなんでもするから……。」
「なんでもするって言ってるわよ。」
メルセデスにとってはいい話の流れだった。人間の男と同じ家で暮らすのは耐えがたいが、あの悪い連中をわからせるための手段を確保する方が優先であった。
「うう……わかったけど、私のお家は狭いからね!」
「ホントかよ、ありがとう!」
観念して、住まわす事を了承したリリルの返事を聞いてジルは嬉しさのあまり、リリルの手を取ってぶんぶん振る。
(困ったジルを放ってはおけないし、しょうがないよね……)
当然、ジルはゲドー商会とのトラブルなど知る由もなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
「えっと、言いにくいんだけど、ジルの寝る場所はこの物置ね。」
「ああ、無理を言ってるのはこっちだし、大丈夫だ。」
ジルは埃のたまった物置を寝る場所として宛がわれたが、無理を言っている手前、特に文句はないようだ。
「確か、ここに……。あった!」
リリルは物置の隅からハンモックを取り出し、ジルに渡す。
「ベッドもないからこれで我慢してね。」
「ああ、野宿だって経験があるんだから大丈夫さ。」
ジルも一通りの生活用品は持ってきているようで、住むだけなら何とかなりそうだった。
「明日はギルドで仕事を取ってくるよ、あのエルフも言ってたみたいに食費くらいは自分で稼ぐさ。」
「うん、あと、お店の手伝いもしてくれると…嬉しいな……。」
「あっ、当たり前だろ、何でも言ってくれよ!」
上目遣いで聞いてくるリリルに嫌だと言える訳もなく、ジルは快諾する。それを聞いてリリルはぱっと顔を明るくする。
「ふわぁ、ありがとうジル!」
「ああ、これからよろしくな!」
二人は固い握手を交わす。ジルは知らなかった、店の手伝いの一つにメルセデスの計画するゲドー商会をわからせる作戦が入っている事など……。