「おはよう、ミアちゃん!」
「おはよう、リリルちゃん!」
結局、貴重な休みであった昨日は魔法薬の下準備であるマンドラゴラの処理や魔石の粉砕で終わった。あとはミアにお願いした材料が届けば魔法薬は何とかなりそうだった。二人は教室で挨拶を交わすと、こそこそと話を始める。
「ミアちゃん、お家で集めてきたんだけど、これでどうにか……。」
リリルは懐から小さな袋を取りだす、中身は銅貨だ。
「リリルちゃん、大丈夫、足りない分は私のお小遣いで何とかするよ。」
「ミアちゃん、ありがとう!」
「私にだって関係ある話なんだから、当然よ。」
ミアはふんと胸を張る。
「おい!」
「ふわぁ!?」
「アラン様!?」
重要な話をしていたため、アランが来ているのに気づかなかった二人は、思わぬ人物に声をかけられ飛び上がる。
「お前ら、ちょっと来い!」
二人そろって呼び出され、慌てて教室の外へ出た。
「お前ら、ゲドー商会で何をしていた?」
「ふえっ!?」
「わぁ!?」
いきなり核心をつかれた二人は短い悲鳴を上げた。
「ふん、その様子だと本当だったようだな。」
「なっ、なんで知ってるんですか?」
「あの商会は父上が目を付けているんだ。誰が出入りしているかなど把握して当然だ。」
驚く2人にアランは当然と言わんばかりの態度である。
「あわあわ……」
「あの、アラン様、リリルちゃんのお家に借金取りが来て……」
「なに、罰金だけじゃなく借金まであるのか?」
「うう……」
言われたくない事をばっさりと言われ俯くリリル。
「あの、それだけじゃないんです、借金を肩代わりしてやるから薬を作れって言われて……。」
「それで、奴らとは取引をしたのか?」
俯くリリルの代わりにミアが事の顛末を話す。
◆ ◆ ◆ ◆
「ケイマの実から出来る薬か……。」
アランは少し考えるそぶりを見せる。
「リリルちゃんがその薬を作れって脅されて、地下室に閉じ込められて……」
閉じ込められたと聞いてアランはほんの少し眉を動かすが、相変わらず、ほとんど無表情である。
「事情はわかった、お前たちがゲドー商会と取引をしていないのであればいい、話はそれだけだ。」
「あの、ゲドー商会は悪いことをしてるのに、どうして罰を受けないんですか?」
リリルはゲドー商会の噂話をミアから聞いて、素直に思った事を聞いてみる。領主の息子であればわかると思ったからだ。
「ゲドー商会は多少あくどい事をやっているという噂はあるが、この町の西地区を纏める立派な商会だ。」
一言、そう言うと、アランは二人を解放する。
二人は決して助け船を期待していた訳ではなかったが、領主様の息子であるアランに突き放された態度を取られ、暗い気持ちになる。
「ミアちゃん……」
「大丈夫だよ、きっと上手くいくよ!」
ミアはリリルの手をとって慰める。こんな平民と商会のもめ事に領主の息子が口を出す方がおかしいのだ。二人に出来る事は、ゲドー商会の手下が何かしてくる前にメルセデスの作戦ができるように準備を進める事だけだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「ミーナさん、これ、よろしく、あとこれも!」
リリルが学校に行っている頃、冒険者ギルドでジルはたまたまミーナに依頼の達成報告をしていた。
「ああ、農地を荒らすスライムの討伐ね、それと……」
ジルはリリルに頼まれた薬の納品をついでに済ませるように頼まれていた。昨日までそれをやっていたメルセデスは店番である。
用心棒とも言えるが……。
ミーナは差し出された見覚えのある薬入れと、リリルのギルド証を見て眉を顰める。
「あなた、どうしてリリルちゃんのギルド証を持って納品に?」
「ああ、昨日からアイツん家にお世話になることになって、ついでに納品してくれって頼まれたんだ。」
「へえ……、お世話になってるってどういう事?」
ミーナの目がすっと細まった。
このジルという男の子は、今回のエルフ騒動に関わっているのをミーナも当然知っていたが、家にお世話になるという言葉は聞き捨てならなかった。
「いやあ、恥ずかしいんですが、先日の裁判の罰金で家を追い出されちゃって、家に入れてもらえるまでリリルの家に住まわせてもらうことにしたんです。」
頭を掻きながら話すジル、ミーナの目の色が変わっていることにまったく気付いていなかった。、
「へえ……一緒に住んでるのね……。」
ミーナの目がぎらりと光り、ジルを見据える。
(リリルちゃんと同い年くらいの男の子が一つ屋根の下、うらやま……けしからん事だわ!)
「そうそう、でも自分の食費は自分で稼がないといけないから、また依頼持ってくよ。何か割のいいのない?」
ジルは依頼の報酬を受け取りながら、ミーナに尋ねる。
「依頼、ああ、それならこのサラマンダー狩りなんてどうかしら、金貨5枚で罰金が払えるわよ。」
「いやいや、冗談やめてよ、俺はEランクだぜ、そんなの倒せないよ!」
「あらあら、倒せなくてもサラマンダーの餌にはなれるわよ。」
さらりとひどい事を言うミーナ、もっともリリルと一緒に暮らしている男という時点で扱いはもはや敵であった。
「いや、死んでるじゃん、もっと簡単な死なない依頼を頼むよ!」
「このギルドに簡単な依頼は存在しないわ。この熊狩りなんてぴったりだと思うけど……」
慣れた手つきで依頼を取り出す、とある熊の魔物の肝を取ってきてほしいという依頼だった。
「いやいや、パーティーも組んでないんだから、さっきと一緒で餌になっちまうよ!」
ジルは依頼を見てぶんぶんと首を振る。
「物分かりが悪いわね、餌になれって事よ!」
「うえ、ミーナさん、今日はおかしくないですか!?」
急にきつく当たられるようになったジルは目を白黒させる。ジルがリリルと一緒に暮らしているという事で、ミーナに火をつけてしまったのをジルは知る由もなかった。
(くっ、こんな男がリリルちゃんと暮らしてるなんて、これは早急に家に行ってリリルちゃんの考えを改めさせる必要があるわね。)
一人決心するミーナであった。
◆ ◆ ◆ ◆
「父上、なぜゲドー商会を取り締まらないのですか!」
5の鐘が鳴る頃、領主の屋敷、それも領主の執務室では珍しくアランが父に感情的になって領主である父に話しかけていた。
「なんだ、お前には前にも説明したと思ったが……」
「あの商会に苦しめられている者がいるのです!」
「そんな事は分かっているし知っている。だが西町の荒くれものを纏められるのは今のところあの商会しかないのだ。それに、あのような商会でも、役に立つ事はあるんでな。」
「しかし!」
「商会などに興味のなかったお前が、急にそんな事を言ってどうしたんだ?」
領主は町の運営に興味のなさそうだった息子が急にそんな事を言い出したのを見て訝しむ。
「それに苦しめられているのはほんの一部の平民、その中のほんのひと握りの者たちだろう。あの商会は人殺しや人さらいをしている訳でもない、昔に比べれば可愛いものさ。」
アランの父は昔を懐かしむように言った。前の領主が不祥事を起こし、更迭された後任として、この町に来た時の様子の事を言っているのだ。西町のとある商会が暴力を背景に町全体を自分の勢力下に置こうとしていた時代だ。
「ですが、実際に苦しめられている者がいるのです!」
「ほう、それは誰だ、まさか自分の知り合いとは言わないよな?」
「それは……。」
知り合いのために便宜を図る事は、為政者として避けるべき事であると、常日頃から教えられてきたアランは口をつぐむ。
「困っている者に手を差し伸べようとする姿勢は結構、だが、領主になる者として、という部分では落第だな。」
アランの父は諭すように言う。
「いいか、お前は将来この町の運営を任される立場にある。そんな立場にあるお前が、軽々しく力を使うとどうなる?」
「……大勢の者に苦労をかける事になります。」
「そうだ、例えば目の前の困っている者を何も考えず助ける、そうすると、それを見た者達が不公平に思い、大げさかもしれんが暴動が起こる事もある。それに権力者が軽々しく発した一言で、何人もの部下を死に追いやる事などよくある事だ。次期領主であるお前はそれを肝に銘じて軽々しい行動はするな。」
「……父上の言いたい事はわかりますが。」
「何だ、言いたい事があるならはっきりと言うんだな。」
「…いいえ、ありません。」
落ち込んだ様子のアランを見て、父はため息をつく。
「だが、思い悩むのは大いに結構、上に立つ者の不安は容易に伝染する。顔に出して悩めるのは責任ある立場にない今のうちだ。」
「では、父上は私に困った者を見ても悩むだけで手を出すなと言うのですね…。」
「何もそんな事は言っていない、責任を取れないなら行動するなと言っている。動くなら、何が起こっても最後まで責任を取る覚悟で行動しなさい。」
一言言うと、アランの父は息子に背を向けた。
「責任ですか?」
「ああ、行動には結果が伴うが、どんな事になっても逃げずにそれを受け入れる覚悟の事だ、例え多くの者が死ぬような事になってもな。」
「結果……。」
「何にせよ、今のおまえがどうしても何かをやりたいと思うなら、領主の息子という立場は横に置いて、まず覚悟を決める事だ。何せ俺はお前がやろうとしている事については何一つ指示を出していない。だから、その行動の責任はお前にある、お前が決めるんだな。」
「わかりました、もう少し考えてみます……。」
「念を押すが、自分の意思で動くなら、最後まで責任を取りなさい。責任ある立場になる者として、重要な事だ。」
「はい!」
アランは短い返事をすると、話しは終わったといった風に執務に励み始めた父を見て、書斎を後にする。