「じゃあ、行くわよ!」
「うん!」
二人は、ゲドー商会の前に立つ、リリルはぎゅっとメルセデスの袖口を掴む。
「ったく、あんた本当にそんなので大丈夫?」
服の袖を掴まれたメルセデスは、不安と緊張と恐怖が入り混じったリリルの顔を見て言う。
「だっ、大丈夫!」
とは言うものの、がちがちに緊張して、顔色もあまりよくない。
「はぁ……」
メルセデスは大きなため息をつく。
(まあ、いざとなれば建物をぶっ壊して逃げればいいしね。)
そんな物騒な事を考えながら、リリルを片手に引っ付けたままメルセデスはゲドー商会の建物の入り口をくぐる。
「邪魔するわ!」
「なんだてめぇ!?」
「あら、客に対しててめえとは、ずいぶんな言い方ね。」
入り口にいた男の乱暴な言葉遣いに怖気づくことなくメルセデスは言い放つ。
「ああ、お前らが例のガキ共か、少し待ってろ!」
男はメルセデスの耳とフードをかぶった銀髪の少女を見て、用件がわかったと言わんばかりに店の奥に消えていった。
それからしばらくして、大柄の太った男が額の汗をふきながら奥の部屋から出て来る。そして、その男は二人の姿を見ると、大きな蛙のような不気味な笑みを浮かべた。
「いやいや、ようこそいらっしゃいました。」
「へっ?」
「はぁ?」
「いやいや、すみませんね、ちょっと手違いがあったようで怖がらせてしまったようです。ささ、どうぞお上がりください。」
太った男は揉み手をする勢いで寄ってきて、不気味な笑みを絶やさず、2人を歓迎する素振りを見せる。
「メルちゃん……」
「まあ、行くしかないでしょうね、どうやらアイツが商会の一番偉い人みたいだし。」
思っていたのと様子の違う男たちに戸惑いを隠せないリリルはメルセデスを不安そうに見上げる。
「おい、お前ら客人だぞ、さっさと準備せんか!」
「へ、へい!」
黒服の男たちはゲドーに言われたとおり、慌てて上の階に上がっていった。
◆ ◆ ◆ ◆
「くっそう、なんで俺がこんな事やってるんだよ……」
西町の建物を屋根づたいにゲドー商会へと向かうジル、昨日の作戦会議を思い出す。
「じゃあ、作戦会議を始めるわよ!」
魔法薬が完成しているのを確認してから、メルセデスは全員を集めて作戦会議を始めた。
「私とリリルは奴らに従って堂々と正面から行くわ!」
えへんと胸を張るメルセデス、一方でリリルは不安そうだ。
(大丈夫か、と言いたい所だけど、最後まで話を聞くか。)
ジルはだんだんメルセデスの性格がわかってきたようで、ここで話を止めたら喧嘩になる事を学んでいた。
「で、あんたは見つからないように屋根に登って煙突からこの大きな魔法薬を投げ込む!」
「いやいや、待ってくれ、見つかったらぶっ殺されるじゃないか!」
メルセデスの突拍子もない提案に飛び上がる。
ジルの言うことももっともだ、ならず者の建物に悪戯しようとするのはよほどの命知らずか鎬をけずる対抗勢力くらいなものだ。当然見つかればタダでは済まない。
「メルちゃん、やっぱりジルを巻き込むのはやめようよ、ゲドー商会には関わってないんだし……」
リリルはすまなさそうに言う。
「あら、こんな風に言ってるけど、あんたは知らんぷりをするつもりかしら?」
ジルはメルセデスの何かを企んでいる得意そうな顔と、対照的に目に涙を貯めているリリルを交互に見て、しばらく考え込む。
「……わかった、わかったよ!やりゃいいんだろ!」
ジルはもう抵抗するのをやめた。もうやけくそである。
困ってるリリルを放ってはおけないし、自分の勘当が解けるのがいつになるか分からない以上、悪いやつらに怯えながら生活するのも耐えられない。そう思い直したのだ。
その結果が今の状況である。
材木屋の息子らしく、枝を払うためによく木に登るから、こういった高い場所での仕事は少しは得意なつもりだが、見つからないような訓練を受けた訳ではない。
それに、煙突から落とすための大きな魔法薬の瓶まで持っているのだ。
「よっと!」
手製の縄梯子のようなものを使い、屋根を渡ること数回、ジルはついにゲドー商会の隣にある建物にたどり着いた。ゲドー商会はこの付近でいちばん高い建物だから、隣の建物を利用して屋根に登るしかなかったのだ。
屋根の上からゲドー商会の前にいる2人に手を振る。2人はその合図を確認して、少し間を置いてからゲドー商会の中に入っていった。
それを見届け、腰に下げた道具入れからロープのついた四爪錨を取り出した。それをゲドー商会の屋根に向かって放り投げる。
錨が引っかかったのを確認し、繋がったロープを何度か力一杯引いて、外れないのを確認する。
「よっし、行くぞ!」
ジルは隣の建物からロープを伝ってゲドー商会の屋根の上まで、するすると登っていく。
「ふう、見つからなかったみたいだな。」
見つからなかった事に安堵して、袖口で額の汗を拭う。あとは見つからないように合図を待って魔法薬を煙突から放り込むだけだった。
ジルは地上を歩く人から見つからないように煙突の影に身を潜めた。
◆ ◆ ◆ ◆
「どうぞどうぞ、こちらです。」
商会長と名乗る男は、気味の悪い笑みを浮かべながら、2人を2階へ案内する。途中地下室へ続く道が見えたリリルは先日の記憶が蘇り身震いをしてしまう。
「メルちゃん……」
相変わらずメルセデスの袖にくっついたままのリリルは、ゲドー商会の不気味な対応に不安そうな声を漏らす。
「大丈夫よ、きっとうまくいくわ。」
小さな声で連中に聞こえないようにリリルに耳打ちする。
「……」
それでも不安そうなリリルの表情を見て、メルセデスは袖口にくっついているリリルの手を握ってやる。
「ふわぁ……」
「ん?どうした?」
驚いたような声を出したリリルに、取り巻きの男の一人が反応する。
「なんでもないわよ、さっさと案内しなさい。」
「……ちっ!」
相変わらずふてぶてしい態度をとるメルセデスに舌打ちをする男
「こちらです、どうぞお入り下さい。」
太った商会長は、2人を部屋へ入るよう促す。2人は顔を見合わせ、うなずき合ってから男に促されるまま部屋に入った。
部屋の中は赤い絨毯や革張りのソファーなど、高価そうな家具で彩られていた。
「あら、どういう風の吹き回しかしら?」
「だから、言っているではありませんか、ほんの手違いがあって誤解を招いていると、今回お呼びしたのはその誤解を解くためです。我々にエルフや一般の方々をどうこうしようという気はありません。」
気味が悪いが、とりあえず今は危害を加える気がないようなので、2人は促されるままに応接セットのソファーに座った。続いて商会長が一人用の大きな作りのソファーにぴったりの大きさの尻を収めた。
「おい、気がきかんな、菓子くらい用意せんか!」
「へい!」
手下の一人が慌てて子供が好みそうなお菓子をテーブルの上に準備する。
「わぁ……、痛っ!」
メルセデスは準備された菓子を見て思わず緊張感のない声を漏らすリリルの手を抓る。
「安心して下さい、毒なぞ入っておりませんぞ。」
「怪しいわね、あんたが食べてみなさいよ。」
「何だと!」
「やめんか!」
商会長は声を荒げた男を静止し、お菓子の一つを摘みあげ口に放り込む。
「ほら、毒など入っていないでしょう。」
ゲドーは得意げに言う。
「まあ、手が進まないのもわかります。それより、話の種にエルフの魔法を見せていただけませんか?」
「……なんであたしがやんなきゃいけないのよ。」
「いやはや、これだけ生きてきてエルフと会ったのは初めてでしてな、冥土の土産と思って頂ければ。」
ゲドーは禿げた頭をぽんと叩いて可笑しそうに言う。
「しょうがないわね……」
それほど難しい魔法をする必要はないと思ったメルセデスは簡単な水の魔法を使おうと手に魔力を込めようとするが……。
「……あんた、何かした?」
魔力の溜まらない手のひらとゲドーの気味が悪い笑みを交互に見て、狐に摘まれたような顔をするメルセデス、その様子を見てゲドーは不敵な笑い声を上げ始めた。
「そうですか、使えませんか、くっくっく………」
「何が可笑しいのよ。」
「いやいや、可笑しいですよ……おい!客人は魔法が使えんぞ!」
ゲドーは勢いよく立ち上がり声を上げる。その声を合図に黒服の男たちが部屋に押しかけてきた。
「ふっふっふ、舐めたマネをしおって、この部屋に入ってきた時点でお前らの運命は決まっているんだ!」
ゲドーは懐から銀色の柱のような物を取り出す、先には握りこぶしくらいの魔石がついている。
なんとなくその道具が魔法を使えないようにしているのだと2人は直感で感じる。
「お前ら、覚悟しろよ!」
部屋に入ってきた男たちが大声を出して威嚇する。
2人は慌ててソファーから飛び上がり、男たちから逃れるように壁を背にする。
そして、リリルは懐から小さな笛を取り出して息を吹き込んだ。
「メルちゃん、これ!」
続いて服の下に隠し持っていた小瓶をひとつメルセデスに手渡し、二人で一気に呷る。
「ふん、何をするかと思ったら、鳴らない笛と妙な薬を使ってどうしようというのだ!」
ゲドーは興が乗ってきたのか、ソファーから立ち上がり得意そうに喋り始める。
「おとなしくするなら、これからの処遇を少しは考えてやらんでもないぞ、奴隷だがエルフのお前にはご主人くらいは選ばせてやる。」
「奴隷って悪い事をしないとならないんじゃぁ……」
奴隷という言葉を聞いてリリルは聞き返す。
「ふん、この世には抜け道がいくらでもあるんだ、そうだな、お前は平民だから娼舘の人買いに売りつけてやろう、どうだ嬉しいだろう。」
「ひっ……」
嘗め回すような気味の悪い視線を感じたリリルは小さな悲鳴を上げる。
「そういう事は捕まえてから言う事ね!」
メルセデスはゲドーの視線からリリルを庇うように前に立った。
(ったく、遅いわね、アイツ、早く魔法薬を落としなさいよ!)
メルセデスはほんの少し視線を部屋の暖炉へ向ける。手はずではリリルが笛を吹いたら煙突から魔法薬を落とす手はずだった。
リリルが吹いた笛は魔道具の初級に作り方が載っていた「共鳴の笛」という魔道具で、一方が笛を吹く事でもう一方の笛が鳴るという便利な代物である。当然しっかり動くか確認もしている。
ゲドーの魔道具が悪さをしていなければ、屋根上にいるはずのジルには笛の音が聞こえているはずだった。
「メルちゃん、これ!」
ジルの行動を信じて、リリルは行動を起こす。ごそごそと背中ごしにメルセデスに魔法薬の瓶を渡す。
「おい、おとなしく、がはっ!」
一人の男が、メルセデスとリリルを引き剥がそうと近づいてくるが、側頭部にメルセデスの長い足から繰り出された蹴りがおみまいされ、男は不意の一撃を受けて倒れこんだ。
「ふん、エルフを魔法だけと思ったら大間違いよ!」
「てめえ!」
仲間の一人が倒れこんだ光景を見て、黒服の手下たちは色めき立つ。
「はっはっは、商品に傷をつけないように気をつけなさい、器量のよい商品は傷、あざ一つに金貨1枚減ってしまいますからね。」
ゲドーは愉快そうにそんな事を言いながら、2人に手下たちがにじり寄るのを見守る。
(手持ちの魔法薬じゃ足りないかもしれないけど、やるしかないわね!)
メルセデスが決心して行動に移そうとした時、大きなガラス瓶の割れる音が部屋の暖炉から響きわたった。その音は二人が待ちわびていたものだった。
戦争のニュースばかり見てしまいしばらく書けませんでした。
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