二人がゲドー商会に乗り込んだ頃、ミアはいつもどおり魔法学校に行っていた。
「あんたは留守番ね、私でも二人は守りきれないし。」
メルセデスから作戦会議のときに言われた言葉を思い出す。
(それはそうかもしれないけど……)
ミアは煮え切らない気持ちで誰も座っていないリリルの机をぼーっと見つめる。
当然、授業の内容も頭に入ってこないし、少し前の席のアランが訝しそうな目で見ていることにも気付けない。
「はぁ……」
ミアは大きなため息をついた。自分もついて行きたいとメルセデスに反論したが、結局色々言いくるめられ、この場所にいる。
(私がもっと強かったら連れてってくれたのかな……?)
結局、メルセデスがミアに言いつけた仕事は2人が帰ってこなかった時に衛兵の詰め所に駆け込む事だった。平民の子供が行くより、それなりの大きさの商会の娘が行った方が説得力があるだろうという理由だったが、ミアの心はもやもやしたままである。
「おい。」
「………」
「おい!」
「はい!!」
ぼーっとしてアランが近くで呼びかけている事にすら気付いていなかった。
「なんだ、お前もアイツと同じか。」
ぼーっとしていて二度目の呼びかけでようやく答えたミアをからかうように言う。
「申し訳ありません、少し考え事を……」
最近は麻痺しつつあるが、平民が領主の息子から話しかけられるのは恐れ多い事である。
「で、コイツはどうして休んでるんだ?」
こんこんとリリルの机を叩く。
「それは……」
「まさかゲドー商会に乗り込みに行ったか? まあそんな事は……」
「えっ、どうして知ってるんですか!?」
「なに!?」
アランに言い当てられ、反射的に声をあげてしまう。それから、しまったと思って口を手で押さえた。
「冗談で言ったつもりだったが……そこまでバカな奴とは思わなかったぞ……。」
一方で、アランはミアの意外な言葉を聞いて目を見開き、そして頭を抱えた。
「あの、あの、どうすれば……」
「知らん!!」
「ひっ!」
急に大きな声を出したアランに思わず声を上げてしまう。
「すまん……」
「あの、あの、私は待ってろって言われて……」
思わず大きな声を出してしまったアランは罰が悪そうな顔をする。そんなアランに、ミアはぽつりぽつりとリリル達がやろうとしている事を話し始めた。
◆ ◆ ◆ ◆
「くそ、なんだ!」
「暖炉に何か落ちたぞ!」
ガラス瓶の割れる大きな音とともに部屋の暖炉からうっすらと黒い霧が立ち上る。
「おい、カルロ、屋根を見てこい!」
「へい!」
ゲドーに言われ、カルロは慌てて部屋を飛び出ていっった。
黒い霧は、男達が騒いでいるうちにいつのまにか霧散していた。
「ふん、何をしたか知らんが……ふあっくしょん!!はぁ……失敗したよう……ひっく!」
「あら、それはどうかしら?」
メルセデスが言うより早く、部屋にいた男達が一斉にくしゃみとしゃっくりを始めた。
「くっ、ひっく!ふあっくしょん!!!何を……ひっく!何を……ひっく!」
「あら、何を言ってるかわからないわね。」
ゲドーたちは突然、ひどいくしゃみとしゃっくりで息もたえだえとなる。
「ふあっくしょ!…ひっく!!くっ苦し……ひっく!!」
「メルちゃん、成功だね!」
苦しむ男達を横目に、リリルはほっとした様子でメルセデスに話しかける。男達はしゃっくりとくしゃみを凄い勢いで始めた。
「おま、ひっく、やって…ひっく、しま……ふあっくしょん!」
ゲドーは指示を出そうとするも、くしゃみとしゃっくりの連続で上手く声を出せない、それどころか息をするのも苦しそうだ。
「ははん、いいザマね、せっかくだから今あんたたちが食らってる魔法薬の効果を教えてあげるわ!」
そう得意そうに言うと背中に隠れていたリリルをぐいと引っ張り出す。
「ええっ、私!?」
「あんたが作ったんだから当然でしょ!」
「うぅ……」
男達がぜいぜいとうずくまり、しゃっくりとくしゃみを我慢して、必死に息をしようとしているところを引っ張り出されたリリルは魔法薬について話す。
「この薬はしゃっくりとくしゃみを止まらなくする薬です!」
男達は自分の体に起きた異変を知ろうと、くしゃみとしゃっくりをしながら、何とか聞き取ろうとする。
「治してほしかったら、私のお店に手を出さないと誓って下さい!!」
精一杯の大きな声を出して男達に訴える。
「グ……、ひっく、そんな事が……できるかぁ……ふあっくしょん!」
「あらあら、いいのよ、これからはゲドー商会じゃなくて、汚い唾を飛ばすくしゃみしゃっくり商会ね。汚くて町も歩けないわね。」
メルセデスはうずくまる男たちを汚いものでも見るような目で見下す。
「リリル、帰るわよ!」
「えっ、メルちゃん、いいの!?」
「いいのよ、こんな状態ならコイツらは悪い事なんかできないでしょ、それにお店に近づいてくればすぐにわかるわ!」
メルセデスはリリルの手を引いて、くしゃみとしゃっくりで息も絶え絶えにうずくまる男達を蹴飛ばしながら部屋の出口へ向かう。
「でも、可哀そうだよ、ずっとこのままなんだよ!」
「いいのよ、悪党に情けは無用よ!」
「でも……」
「ああもう、わかってるの? あんたはこいつらに脅されて奴隷にされそうになったのよ!?」
「それは、そうだけど……」
リリルは息ができなくて苦しんでいる男達を見て泣きそうな顔をする。そんな様子を見て頭をがしがしと掻いた。
「もう、調子狂うわね、せっかく上手くいってるのに!」
メルセデスは小さな瓶を取り出して、太っているせいか、一番苦しそうにしているゲドーの口に無理やり突っ込む。
「ぐっ、ごほっ、ごほっ!!」
薬を口に入れると、ひどいしゃっくりとくしゃみはすぐに収まった。
「はあ、はあ、くっ貴様ら、はあ、はあ……。」
「どうすんの、続けるの?」
メルセデスはゲドーを見下ろしながら、低い声で言った。
「わっ、わかった!」
「何がわかったのよ?」
「もうお前たちには手を出さん!」
ゲドーは真っ赤な顔をして悔しそうに言う。
「本当ね?」
「本当だ!」
ゲドーは周囲で苦しむ部下を見て訴える。
「ちょっと待て、お前ら、コイツがどうなってもいいのか!!」
話しが纏まりかけた時、カルロが勢いよく部屋に飛び込んできた。片方の手ではジルの首根っこを掴んでいる。どうやらカルロはいち早く建物を出た事で魔法薬から難を逃れたようだった。
「ごめん、捕まっちまった!」
「うるせえ、大人しくしろ!」
「おお、カルロ、でかしたぞ!」
ゲドーは人質をとって帰ってきたゲドーを見て喜色を浮かべる。
「さあ、コイツの命が惜しけりゃ、大人しくするんだな!」
カルロは懐からナイフを取り出し、首元に突きつける。
「メルちゃん……どうしよう……」
「私に任せときなさい、こういうのは怯んだら負けよ、あんたはこれで寝転がってるコイツを脅しつけときなさい!」
メルセデスは懐から小刀を取り出してリリルに渡す。渡された小刀を見て、リリルは顔を曇らせる。
「大丈夫よ、食事の時に使うナイフと思っておきなさい。ちょうどここに豚肉が!!」
「ぐえっ!」
メルセデスはゲドーの背中を踏みつける。ゲドーはカエルが潰れたような声を上げて力なく床に伏した。
「上に乗って、いつでも刺せるようにしておきなさい。」
リリルは小さく頷くと、おっかなびっくりゲドーの背中に乗っかって小刀を背中に当てる。
「さあ、こっちにも人質がいるわよ。」
「ふん、そいつが人質になると思っているのか?」
カルロは不敵に笑う。
「あら、どういう事かしら、あんたのボスよね?」
「ガキにいいようにされるコイツはもう俺のボスなんかじゃあない。ウチの商会のメンツを取り戻すには新しいボスが必要だ。」
「カルロ、貴様ぁ!」
「わわっ、暴れないで!」
目の前で下克上宣言を聞いたゲドーはメルセデスに踏みつけられた痛みも忘れ、ジタバタと暴れる。リリルは振り落とされないように力一杯踏ん張る。それを尻目に、メルセデスは油断なくカルロを見据えた。
「で、あんたの要求は何?」
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