「メルちゃん……ごほっ……」
「しゃべらないで、何とかしてあげるから!」
「メル…ちゃん……」
「待っててね、見てあげるから!」
焦点の合わない目でメルセデスの顔を見上げる。
メルセデスは安心させるよう声をかけ、胸に突き立ったナイフを動かさないよう慎重に上着を脱がした。
「……」
「……」
刺さったナイフを見た二人は、お互い顔を見合わせ、表情を曇らせる。ナイフが規則的な鼓動で動いていた。つまりナイフは……。
(ダメだ、どうにもならん。)
アランはリリルに聞こえないよう小声でメルセデスに言った。
父親とその私兵とともに魔物の討伐について行ったことがあり、幾度か人の死を見てきたアランは、この部分に深手を負う意味をよく分かっていた。それは故郷の森で何度か狩りに出ていたメルセデスも同じである。どんなに軽量の防具でも、この部分を必ず守るように出来ている意味を知らない訳ではない。
「おい、大丈夫なのか?」
「え、ええ、大丈夫よ!」
後ろから心配そうに声をかけるジルに震える声で答える。
「ふん、ざまを見ろ、その小娘は死ぬのだ、我が商会を舐めた罰だ!」
蓑虫のように床に転がった状態であるが、ゲドーは目に物をみせてやったといわんばかりの声色で得意げに言う。
「うるさいわね、あんたはあとでもっとひどい目にあわせてやるわ!」
「ふん、できるものならやってみろ!」
「……貴様は黙っていろ。」
「ひぃ……。」
調子に乗り始めていたゲドーは、アランの怒気を含んだ一声に口を噤む。
「ごほっ、メル…ちゃん、私って……ごほっ…死んじゃうの?」
「何バカな事言ってるのよ、あんなクズのいう事なんて信じちゃダメよ!」
目から涙をこぼし、声を振り絞ってメルセデスに問いかける。咳をするたびに血が飛び散り、だんだんと顔が青白くなっていく。まるで命がどんどん抜けているようだった。
(あんた吸血鬼でしょ!? どうしてナイフ一本で死にかけてるのよ!?)
メルセデスは叫びたい衝動に駆られる。彼女が知識として知っている吸血鬼とは、銀の武器や聖水などを使わない限り、まったく手に負えない化物のような存在である。一方で、腕に抱きかかえている少女は今にも息絶えそうになっていた。
(どうすればいいの!? 考えるのよ!)
メルセデスは、なんとか助ける方法はないかと、一度頭を落ち着かせるため深呼吸する。
予言の相手が吸血鬼と知った時から、世界樹にある図書館で吸血鬼の情報を集めてきた。
その中には吸血鬼を殺す方法も含まれていた。
(吸血鬼を武器で殺すには……、心臓を銀の杭で打ち抜くか、魔法具を打ち込んで魔力を完全に失わせる。じゃあ、このナイフを抜いてみる?でも間違ってたら……。)
どんどん顔色を悪くするリリルを見て、何か助ける方法がないかと、今まで詰め込んできた知識や出会ってからのできごとに頭を巡らせる。そして、体調を崩していたあの日の事に思い至る。
(上手くいくか分からないけど、急がないと!取り返しがつかなくなる前に!)
メルセデスは決心すると、リリルの胸に深々と刺さったナイフに手をかける。
「おい、抜くと血が吹き出るぞ!?」
胸に刺さったナイフに手を伸ばしたメルセデスを慌てて止めに入る。
「このままだとどうせ助からないわ!」
「……なにか考えがあるのか?」
「ええ、いちかばちかだけど、あなたは傷口を押さえてちょうだい。」
「わかった……。」
メルセデスの覚悟を決めた顔を見て、アランは頷いた。このままにしておいても助からないのは明らかで、それならメルセデスの考えに乗ろうと思ったのだ。
「きっと助けるから、ちょっとだけ耐えるのよ!」
「ごほっ、ごほっ…メルちゃん……」
「行くわよ…」
メルセデスは胸に痛々しく刺さっているナイフを両手で握った。
「ごほっ……待って……」
いざ、抜こうという時に、リリルの小さな手がメルセデスの手に乗せられる。
「メルちゃ……、死んじゃったら、おうちをあげるから、好きに……使ってね。」
「あんた、何言ってるのよ、そんなふざけた事言わないの!」
「えへへ、でも、おばあちゃんが帰ってきたら……返してあげてね。」
苦しさを我慢して、力を振り絞ってメルセデスに言う。
「分かったわよ、分かったから黙ってなさい!」
「メルちゃん、ありがと…」
そう言うと、リリルは糸の切れた人形のようにぐったりとした。
「…おい、やるなら早くしろ!」
アランが声を荒げる。
何とか血を止めようと傷口を押さえていたアランの手は血で真っ赤に染まっている。すでにリリルの小さな体には危険なほど血を流しているのだ。
「わかってるわよ!」
慌てた様子でメルセデスはもう一度、胸に突き立ったナイフの柄に手をかけた。
「いくわよ、せーの!」
気合いを入れてナイフを引き抜いた。
ナイフを引き抜くと同時に、傷口から血があふれ出す。
「くそっ!」
アランは馬乗りになり、少しでも血を失わないように力を込めて必死に傷口を押さえつける。
「おい、何やってんだよ!?」
背中越しにジルの大声が聞こえ、アランはメルセデスの方に反射的に視線を飛ばす。すると、目を疑う光景があった。
「いたたた……、自分で切るのって結構きついわね……。」
メルセデスが自分の手をナイフで切り裂いていたのである。
「おい!何をするつもりだ!」
「私の考えが間違ってなければ……。」
アランの声を無視してメルセデスは傷口から滴る血をリリルの小さな口に垂らしていく。
「きっとこれで……。」
祈るようなメルセデスの表情に、二人は黙って事の成り行きを見守る。
「血が……止まってる?」
はじめに異変を察知したのはアラン、両手で押さえていた傷口から溢れていた血がいつの間にか止まっていたのだ。
死んだのかとも思ったが、傷口を押さえている手の平からは確かな鼓動が感じられた。
顔色もいつの間にか青白い色から血色を取り戻しつつあった。
「これではまるで……。」
血を飲むことで命をつなぐ、アランは思い当たる物の名前を口にしそうになる。
「そんなバカな…こんな事が……」
「……場所を変えるぞ。」
ゲドーの呟きに我に返ったアランは、低い声で2人に聞こえるように言った。あまり見られていい物でないのは直感的に理解できたからだ。
「ええ…」
メルセデスは顔色を取り戻しつつあるリリルを確認すると、自分で切った傷口に布を巻き付け縛り付ける。少し深く傷つけすぎたようで、痛みを我慢してるためか、額からは大粒の汗が流れていた。
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