ゲドーに決定的な場面を見られたと察したメルセデスは、例の薬をもう一度ゲドーと、気絶しているカルロに喰らわせた。
そして、ゲドーに薬の効果が出たことを確認し、一階に降り、騒動で誰もいなくなった部屋をひっくり返す勢いで書類を集めていたミアに声をかける。
「えっ……、リリルちゃん!!」
血まみれの三人を見たミアは、メルセデスに背負われてぐったりしているリリルに慌てて駆け寄った。
「大丈夫よ、生きてるわ!」
我を忘れたミアを止めようと、メルセデスは出来るだけ大きな声でミアに言い聞かせる。
「でも、でも、血が……」
アランとメルセデスの服が血まみれで、さらにぐったりとした様子で背負われたリリル、それを見たミアは気が気ではない。
「大丈夫だ、よく分からんが無事だ。それより何か見つけられたのか?」
相手を落ち着かせるような低い声でアランがミアに話しかける。
「はっはい!」
ミアは慌てて床に落としてしまった紙束を拾い集める。
「そうか、中身は後で確認すればいい、それだけあれば何か出てくるだろう。おい、お前!」
「うぇ!?」
いきなり呼ばれたジルは、豆鉄砲を食らったような声を出す。
「さっさとこの建物を出るぞ、人目のつかない場所に案内しろ!」
「わ、わか、わかりました!」
貴族様相手に話した事がないジルは、咄嗟に敬語を絞り出して答える。
それから、土地勘のあるジルを先頭に、4人は人目につかないようにコソコソと裏路地を使いながらリリルの店まで辿り着いた。
◆ ◆ ◆ ◆
「で、どういう事か説明してもらおうか。」
気を失っているリリルを寝かせて、4人は小さなテーブルを囲って顔を突き合わせていた。
重苦しい空気の中、最初に言葉を発したのはアランであった。
アランは言葉を発したあと、事情を知っているらしいメルセデスを真剣な眼差しで見つめる。
「ええ、隠してもいい事なさそうだから、私が知っている事を全部話してあげるわ。」
それから、メルセデスはこの町に来た理由、つまり世界樹の危機や予言の話し、それと、なぜリリルが吸血鬼だと分かったのかを包み隠さず説明する。知られた相手が相手だから、下手に隠して疑念を持たれるより、協力者として引き込んでしまおうと考えたのだ。
人間と敵対関係にある魔族の、それも吸血鬼を匿っていたことが公になると、町への不法侵入などとは比べものにならない罰則があるのは目に見えていた。
それを避けるためには、まずは何としてもアランを協力者か、または傍観者としての立ち位置に引き込んでおかなければならなかった。
メルセデスが話している間、アランは真剣な表情で聞いていた。
「で、私は世界樹に活力を取り戻させるために、あの子を里に連れて帰る必要があるのよ。それは世界のためにも必要なことだわ。」
「「……」」
ジルとミアは、あまりに大きいスケールの話しにポカンとしている。
「いくつか質問がある。」
しばらく考えこんでいたアランが鋭い目つきでメルセデスを見据える。
「ええ、何かしら?」
「まず、あいつは自分が魔族だと知っているのか?」
「知らないでしょうね、どういう因果か人間に育てられたみたいだし。魔族って知ってたならあんな弱っちいのが人間の町で暮そうとは思わないでしょうね。」
「……そうだろうな、ナイフで刺されて死ぬ程度の魔族がわざわざ敵対している人間と暮らす訳がない。」
魔族とは、魔物の上位に位置するもので、数百年前の人魔戦争においては、数多くの英雄を屠ってきた強力な存在として語られている。そして、吸血鬼とはその能力で眷属をふやし、一国をも滅ぼしうる存在として語り継がれているのだ。
「もう一つ、お前は血を吸われたそうだが、吸血鬼になっていないという保障はあるのか?」
「……それは、分からないわ。でも、私はあの子に操られたり命令されたりして動いてる訳じゃないわ。今日の有様が証拠かもしれないけど、まあ、信じてとしか言えないわね。」
「そうか、確かに眷属になっていたなら、わざわざ本体が身代わりになるような事もなかっただろう。そこは信じるしかないな。」
アランは1人納得したように頷いた。
「おい、ちょっと待て、結局あいつをどうするつもりなんだよ、もしかして……。」
リリルをどうするか、明確に答えないアランに不気味な空気を感じたジルは食ってかかる。
「なに、すぐにどうこうという事はない、ナイフ一本で殺せるような魔族だ。今の段階だと、どうとでも処置できるのだ。どうするかはゆっくり考えるさ。」
アランはそう言うと、側に置いてあったコートと剣を取って席を立った。
「言っとくけど…」
メルセデスは帰ろうとしているアランの背中に声をかける。
「あの子に何かしようとするなら、めいっぱい邪魔させてもらうからね。何しろ私たちの世界樹の存続がかかってるんだからね。」
「ふん、そうならないようにしたいものだ。」
アランはそう言うと、振り返りもせず店を後にした。
アランが店の扉を閉める音とともに、部屋は再び重苦しい沈黙に満たされた。
「で、あんたはどうすんのよ?」
メルセデスはポカンと口を開け、ついさっきアランが出て行った扉をぼーっと眺めるジルに声をかけた。
「いやいや、俺なんて何も出来ねえよ、世界樹とか世界がどうなるとか、わけわかんねーよ!」
「違うわよ、知らないふりして手を引くなら今のうちって話しよ、バレたら私たちは魔族をかくまってるって事になるのよ。それも滅んだはずの恐ろしい吸血鬼を!」
「えっ!?」
「人間の作ったルールには詳しくないけど、その……、不味いんでしよ?」
「言われてみれば……、不味いような、魔族に協力した者は死刑になっちゃうんだっけ?」
ジルは困ったように頬をかきながら目線を彷徨わせる。
「何で私に聞くのよ、私が知ってる訳ないじゃない!」
「いや、会いもしない魔族を匿った時にどうなるかなんて知ってる訳ないだろ!」
ジルの言う事ももっともだった。大昔の戦争で魔族の生息域が狭まってしまった世の中で、魔族に会う確率など、ほとんどないのだから。
「言っとくけど、もう領主の息子っていう、この町の大物に知られちゃってるのよ。アイツがどう出るかで私たちがどういう目に遭うか決まっちゃうのよ!」
「わかってるよ、でも、助けに来てくれたんだろ。そんなに悪い奴じゃないと思うけど……」
「だからって完全には信用できないでしょ、万が一、あいつが領主に告げ口すれば、明日にはこの家は兵隊に取り囲まれてるわ。」
「そうかもしんないけどよぉ……」
「わっ、わたしっ!」
そんな風に押し問答をする2人の間でミアが声を上げた。
「私は、リリルちゃんが吸血鬼だって関係ない、だって、普通にお話しして、友達になって、今日だってリリルちゃんのために自分で選んでアラン様についてきたの!」
「それに、リリルちゃんは物語の吸血鬼みたいに悪い事なんてしない、優しい女の子だって知ってる!」
一息で言い切ったミアは、目に涙を溜めながら、ぐっとメルセデスの目を見据える。
「へえ、そんな事言っても、この子のために命まで賭けられるの?」
「えっ!?」
命という言葉が出てきて、ミアは怯んでしまう。
「だって、魔族を庇ってるなんて知られたら、きっと酷い目に遭うわよ。」
「でも……」
「まあ、いいじゃねえか、あのアラン様?も、すぐにどうという事はないって言ってたし、別に今日明日って訳じゃないと思うぜ。相手の出方を見て考えようぜ。それにゲドーだって、あの薬が効いてるうちは何もできないだろ。」
ジルが物騒な話しが始まったと思い、慌てて間に入る。それとほぼ同時に、日没近くを知らせる5の鐘が聞こえた。
5回の鐘が鳴り終わるまで、3人は言葉を発する事なく、ただ重苦しい空気だけが場を支配していた。
「わっ、私、もう帰るね!」
そうして、鐘がなり終わると同時に、ミアは逃げるように店を出て行った。
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