「まったく、何やってんのよ……。」
アランとミアが帰った後、メルセデスは一人、リリルを看病していた。
つい最近知り合ったばかりの自分を庇って死にかけるなんて、馬鹿げた事をやってくれたとおもう半面、調子に乗った自分が招いた事態である事も自覚していた。そんな相反する感情に対して向けられた呟きは、誰にも答えられる事なく宙に溶けていった。
受けた傷は完全に塞がっているようで、命に関わる事は無さそうだが、時折うなされているようだった。
「あんたが死んじゃったら、私の旅の苦労はパァなのよ、分かってるの?」
メルセデスは眠っているリリルの頬をペチペチと叩く。
「それに、世界樹はどうするのよ、あんたが死んだら大変な事になるのよ、分かってるの?」
そう、エルフの巫女の予言にあった吸血鬼を見つけ、力づくでも里に連れてきて世界樹をなんとかする。それを目的に今まで旅をしてきたのである。
メルセデスはぺちぺちと叩くのを止め、頬を引っ張ってむにっと伸ばしてみるが、さっぱり目覚める気配はない。
「それに、また借りが増えちゃったじゃない、どうしてくれるのよ。」
今度は人差し指で頬をぷにぷにと突っつきはじめる。柔らかいリリルの頬は、メルセデスの指に合わせてふにふにと凹む。
「まったく、あんたが吸血鬼なんて、似合わないのよ。」
メルセデスの旅の目的は明らかである。しかし、旅の目的を果たそうとすると、この子が吸血鬼であると突きつけるようで酷く残酷に思えてきたのだ。
適当に誤魔化せば、この子はついて来てくれるだろう。
でも、自分が本当は魔族だと知った時、どんな顔をするのだろうか。そんな事を考えてしまうようになった。
世界樹と、そんなつまらない感情、天秤にかけるまでもない事を真剣に考えるようになってしまった。
「ほんっとバカね。」
自分に向けたのか、眠っているひ弱な吸血鬼に向けた言葉か、それだけを呟き、ふと手を止める。部屋にはしばらくの間、リリルの規則正しい寝息だけが響いていた。
「そっか、吸血鬼!」
もっと血を分け与えると目覚めるのだろうか。ふと、そんな事を思いつき、勢いよく立ち上がる。
幸いにも、血を止めるための回復薬はお店にたくさんあった。聞いたところによると、回復薬は手や足などの末端の切創や挫滅にはそれなりに効くらしいが、内蔵まで達する深手には血止め程度しか効果はないそうだ。それでも目的には十分である。
「待ってなさいよ、すぐに起こしてたんまりと説教してやるんだから!」
メルセデスは寝室を出て、刃物を取りに台所に急いだ。
◆ ◆ ◆ ◆
いつの間にか、リリルは真っ白な空間にいた。まっ白な空と白い地面とで、その境界が分からないような不思議な空間だ。
「天国、かなぁ……。」
何となく神聖な雰囲気を感じたリリルは、ぽつりとつぶやく。
アラン様がやっつけたはずの悪い男が起き上がって、メルセデスに襲いかかってきたのを必死で庇ったことを思い出す。
「みんな、大丈夫だったかな……。」
なんとなく刺さったナイフの感触が残っている気がして、胸元をさすってみるが、当然そこには何もなかった。
まっ白な無機質の空を見上げていると、じわじわと死んでしまった実感が湧いてきて、涙が溢れてくる。
「メルちゃん、ミアちゃん、ジル……」
足から力が抜け、その場にへたり込む。涙は後から後から溢れ出して、白い床に水溜りを作る。
「あらあら、そんな所で泣いて、どうしたの?」
座り込んでグスグスと泣いていると、優しい、どこか懐かしい声が聞こえて顔を上げる。
すると、いつの間にか目の前に、部屋とは真反対の真っ黒な髪の少女がいた。
宝石のように澄んだ赤い目で見つめられ、ほんの少しどきりとしたが、不思議なことに、嫌な感じはしなかった。
「あの、私、死んじゃって……」
リリルは涙を拭いて困ったように笑う。黒髪の少女はその呟きを聞いて、ほんの少し驚いた顔をした。そして、また俯いてしまったリリルの頭に手を伸ばす。
「そっか……、大変だったわね。」
自分より、ほんの少し年上で、ほんの少し大人っぽい優しそうな人、そんな初めて会った人に頭を撫でられ、最初は恥ずかしかったけど、撫でられるたびに穏やかな気持ちになった。
「お姉さんは、悪魔か天使様なの?」
「さあ、どうでしょうね。」
「私を迎えに来てくれたんでしょ?」
「ふふっ、それもいいかもしれないわね、でも、もういいの?」
少女は楽しそうに、でも、どこか残念そうに言った。
「ううん、おばあちゃんが居なくなって寂しくなっちゃったけど、最近はすごく楽しくて……、ぐすっ…。」
話すと、色々なことを思い出し、声を詰まらせてしまう。
「そっか、どんな事があったか聞かせてくれる?」
優しい声で話しかけると、少女はリリルの隣り、肩がくっつくくらい近くに腰掛けた。
リリルは何となく頭を少女の肩に預ける。理由はわからないけど、それが正しいように感じたからだ。
隣に座った女の子の体温を感じると、なぜか撫でられた時のように、胸の奥が暖かくなって安心できた。
「あの、森でメルちゃんってエルフの子に会って……」
リリルは最近の面白かった事を拙い言葉で話し始める。黒髪の少女は時折相槌を打ったり、質問したり、驚いたり、ころころと表情を変えながらリリルの話しを聞いていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「それでね、メルちゃんって、世界樹って大きな木を助けようと頑張ってるんだって。それで、私も力になりたかったんだけど……。」
どれくらい時間がたっただろうか、学校の話しやおばあちゃんの話し、友達の話しをしていた。黒髪の女の子は、リリルの話しを自分の事のように聞いてくれて、お話しをすればするほど嬉しくなった。
「そう、一人で頑張って偉い子ね。」
「うん、でも……、死んじゃったら助けられないよね……。」
また俯いてしまったリリルの背中を、女の子は励ますようにポンポンと叩く。
「そんな事ないわよ、メルちゃんは吸血鬼を探してるんでしょ?」
「うん、でも、吸血鬼なんてほんとにいるのかなぁ……」
「そう?吸血鬼は思ったより近くにいるかもしれないわよ。」
女の子は楽しそうに言葉を繋ぐ。
「ええっ、そんなの怖いよぉ……」
「あら、そう?」
「だって、吸血鬼は人の血を吸って悪い事をするんでしょ?」
「そんな事ないわよ、悪い事をする吸血鬼もいれば、森でのんびり暮らしたり、人間と仲良く暮らす吸血鬼だっていたわ。人間だって同じでしょ?」
「それは、そうかも……。」
リリルはゲドー商会の男たちを思い起こす。人間にだって悪者はいるのだ。
「いい吸血鬼を見つければいいのよ。」
「うう、難しそうだよぉ……。」
「大丈夫よ、私は少なくとも、一人はいい吸血鬼を知ってるわよ。」
「ええっ、本当ですか!?」
メルセデスを助けられそうな話しに目を輝かせる。
「ええ、本当よ。」
黒髪の少女は意味深に微笑む。
「だから戻ったら力になってあげなさい。」
「もどる?戻れるの?」
「ええ、ほら、あっちの方から何か聞こえない?」
ふと、少女が指差す先には、いつの間にかぽっかり穴が空いていて、青色の空がのぞいていた。そして、その穴からよく知った人の声が微かに聞こえてきた。
「ありがとう、お母さん!」
リリルは無意識に口をついて出てしまった言葉にハッとして恥ずかしそうにはにかんだ。
「えへへ…、間違えちゃった…、あの、ありがとう、天使様?」
言い終わると同時に、リリルはぎゅっと女の子に抱きしめられた。
突然の事にほんの少し驚いたリリルだったが、すぐに、暖かくて懐かしい気持ちになって、おずおずと、少女の背中に同じように手を伸ばした。
「また、辛い事があるかもしれないけど、頑張ってね、リリル。」
「はい、ありがとう、天使様」
それから、2人は体温を交換するように、互いをぎゅっと抱きしめ、しばらく目を閉じた後、笑い合いながら体を離した。
「あの、天使様……、また…会えますか?」
リリルは自分よりほんの少し背が高い女の子に恥ずかしそうに、上目遣いでもじもじと聞いてみる。
「そうね、あなたが扉を開けられるようになったら、また会えるかも知れないわね。」
「とびら?」
「そう、扉よ、きっといつか分かる日がくると思うわ。それまでは、ここに来ちゃダメよ。」
言い終わると、黒髪の少女はリリルのおでこにキスを落とした。
「ほんの少し、天使の力を分けてあげる。きっと助けになると思うわ。」
「天使の力?」
「そう、ちょっとしたサービスよ。さあ、行って、あんまり長居すると悪魔が来ちゃうかも。」
黒髪の女の子は悪戯っ子のように唇に指を当てると、リリルの後ろにするりと回って、青空の見える方へ背中を押す。
「ありがとう、天使様!」
リリルは押された背中の温もりを感じながら、振り返る事なく青空の覗く方にかけていった。
この二週間で何が起こったかわかりませんが、週間のオリジナルのランキングとかに載ることができました!
評価して下さった方々、応援して下さっている方々、本当にありがとうございますm(__)m