日が沈み始め、だんだんと暗くなってきた大通りをミアは重い足取りで歩いていた。
(「命まで賭けられるの?」)
メルセデスに言われた言葉が頭の中で何度もくり返される。
周囲は仕事帰りの大人がちらほらいたが、そんな喧騒は彼女の耳にはまったく入ってきていなかった。
「そんなの、わかんないよ……」
(メルセデスさんの迫力に押されちゃったけど、リリルちゃんは大切な友達で、それが吸血鬼でも、あの時に言ったみたいに気持ちはぜんぜん変わっていない。でも……。)
「魔族……。」
実感のない言葉を呟く。
魔法学校の授業で人魔戦争の後に魔族を匿っていた村が、教会の聖騎士団に村ごと滅ぼされたという話があった。
その話しを聞いた時は、魔族に手を貸したんだから、滅ぼされるのも仕方ないと簡単に割り切れたし、それが普通だと考えていた。
「でも、その魔族が……。」
「その魔族が…、リリルちゃんみたいな子だったら……。」
世界樹の話を聞く限り、メルセデスはきっと命も賭けられるんだろう。現実感はなかったが、世界樹という物語の中にしか聞いたことのない存在を助けようと旅をして、ようやく見つけた手がかりが吸血鬼のリリルなのだ。
だが、ミアは考えてしまう。自分に授業で聞いた町のように滅ぼされる覚悟があるんだろうか。そして、この事が明るみになることで起こることに、自分は耐えられるのだろうかと。
頭の中で悪い考えが広がっていき、それと同時に、今まで常識と思っていた事がガラガラと崩れていく気がした。
そんなとりとめのない事をぐるぐる考えながらも、足だけは知った道を歩いて、いつの間にか家に着いていた。ミアは重い足取りでお店の入り口をくぐる。
店先では閉店準備をしている人と、それに混じってミアのお母さんもいた。
ミアのお母さんは、ミアが帰ってきたのを見て、手を止める。
「あら、お帰り……、どうしたの、酷い顔よ!?」
「ううん、何でもない!」
呼び止められたミアは、足早に自分の部屋に入り、服も着替えずにベッドに突っ伏した。
お母さんに言われたように、自分は見れば分かるほど酷い顔をしているのだろうか。
「こんな事、私どうすれば……。」
友達が魔族だったなんて誰にも相談できない。それにメルセデスの言うとおり、これ以上関わると、自分の家族にまで迷惑がかかってしまうかもしれない。そして、そんな友達を捨てるような事を考える自分が嫌になった。
◆ ◆ ◆ ◆
「リリルが吸血鬼……。」
同じ頃、ジルも物置の柱に引っ掛けたハンモックに寝そべって考えていた。
ジルはミアと違って血を飲んで怪我が治る様を直で見ていたので、その事実は、なぜか当たり前のように理解することが出来た。
「でも、こうやってアイツが吸血鬼だってバレちゃったのも俺のせいなんだよな……。」
寝返りを打って昨日の光景を思い起こす。知っている女の子が苦しそうにしている現実感のない光景だ。そして、その現実感のない光景を思い起こすたびに、次第に、それが実際に起こった事だと実感が湧いてきたのだった。
「俺が捕まらなきゃ、アイツだって刺される事はなかったんだろうな……。」
そう思うと胸の中が悔しさでいっぱいになる。
現に、ジルは屋根に恐ろしい形相で登ってきた男に怯えてしまい、難なく捕まってしまったのだ。
体がいつも通り動けば上手く逃げられたかもしれないが、十代前半の子供が、悪事に慣れている大人に怒鳴られれば、臆せずに動くのは難しいのは当然で、それはある意味仕方のない事なのだが……。
「俺がもっと強かったら、あの男をやっつけて作戦通りにいって、リリルが吸血鬼だって知られる事もなかったんだ。」
ジルは薄暗い天井に向けて手を伸ばし、拳を握る。
「そうだ、別にすごく強くなくてもいいんだ、アイツを守れるくらいの力と勇気が……。」
「いいや、目標は高く、すごく強くなってやる!」
そうすれば、冒険者としてお金だって稼げるし、次にこんな事があった時は助ける事ができるかもしれない。
「それに、もっと稼げれば同じ居候のアイツにバカにされる事もないし……」
家主の女の子の顔と、居候エルフの何かを企んでそうな嫌な含み笑いを思い出し、居ても立っても居られなくなりハンモックから勢いよく飛び降りた。
「そうと決まったら特訓だ!」
そして、気合を入れて傍にあるいい塩梅の木の棒を拾い上げ、物置から飛び出した。
「えっ?」
物置を出たところで、ジルは間抜けな声を出す。タイミングよく、料理に使うナイフを持ってリリルが眠っている部屋に入っていく居候エルフの姿を目撃したのだった。