「ったく、何で俺が……」
悪態をつきながら暗くなった大通りを歩く。大道りには魔石ランプが街灯として使われてるものの、それほど明るい訳ではない。せいぜい通りすぎる人の顔の輪郭がわかる程度である。
「やべっ、お金わすれちまった!」
夜に食料品を売っているところなど、ギルドか酒屋くらいである。それを知っていたジルの足は比較的安く買えるギルドへ向かっていた。その途中でお金を持ってきていないことに気がついたのだった。
「まあ、ギルドでお金をおろせればいいか。」
胸にかけたギルド証をたしかめて、それほど深く考えることなく石畳で舗装された道を歩いていった。
しばらく歩くと、見慣れた大きな建物が見えてきた。その大きな建物の正面の、これまた大きな両開きの扉を開けて中に入る。
中では何人かの大人の冒険者が酒を飲んだりゲームをしたりと、今まであまり見たことがない昼間とは違った雰囲気が漂っていた。
ジルはその様子を横目で見ながらいつもの窓口に向かう。
日が沈むと、窓口は当番の職員しかいなくなるため、呼び鈴を鳴らして職員を呼ぶ。
「あら、こんな時間に珍しいわね。」
「げっ、ミーナさん!?」
「げっ、って何よ、私が夜の窓口担当で何かおかしいの?」
丁寧だが、少し怒ったような声でジルに言う。
(ミーナさんが出てくるなんて、参ったな…。)
最近はギルドに行って顔を合わせるたび、冗談なのだろうけど、危険な依頼を押し付けようとしてくるため、少し苦手意識があった。
(でも、お金を引き出すくらい、何も言われないよな。)
依頼の斡旋よりすぐに終わるし話す事も少ないだろうと判断したジルは意を決してミーナに話しかける。
「あの、ギルドで食べ物を買いたいので、銀貨一枚引き出して下さい。」
ジルはそう言って首にかけていたギルド証をミーナに差し出す。
「あら、依頼を受けに来たんじゃないの、残念ね。せっかくアーミーアントの依頼をお願いできると思ったんだけど……。」
ジルのギルド証を受け取りながら、心底残念そうに言うミーナ
ちなみにアーミーアントとは、強固な外殻を持つ、人間の赤ちゃんほどの大きさの蟻だ。一体一体は強くないが、群れになると猛烈な強さを発揮し、獲物を骨まで食べ尽くす魔物である。
「遠慮しときます!早くお金を下さい!」
「はいはい、慌てないの。それにしてもあなたが買い物なんて珍しいわね。リリルちゃんはどうしたの?」
「ああ、アイツ、ちょっと怪我して寝込んでるんだ。だから俺が代わりに買い出し……。」
話の途中から、正面の女性、ミーナの放つオーラに押されて言葉を切った。
「あら、もう一度言ってくれる?」
ミーナの放つ不穏な雰囲気に押されて、改めて顔を見ると、笑顔ではあるが、目はまったく笑っていなかった。
「あっ、しまった!」
不注意で口に出してしまった言葉に思い至って両手で口を塞ぐが、時既に遅しである。一瞬のうちにミーナの手が胸倉に伸びてきて、身動きできなくなってしまった。
「詳しく教えてもらってもいいかしら?」
笑顔のミーナの迫力に何もできず、ジルはただただ震えながらうなづく事しか出来なかった。
◆ ◆ ◆ ◆
「はぁ、よくわかんないわね。」
ミアがゲドー商会からくすねてきた沢山の書類を、額に皺を作り、険しい表情で見る。
交渉の材料となりそうな文書を探すが、商会の使っている書類の事など、すぐに読み解けるものではなかった。
「こんな事ならミアに協力させてから帰せばよかったわ。」
そんな事を言っても後の祭りであった。ほとんどメルセデスのせいなのだが……。
「ふぁあぁぁぁ~!」
大きなあくびをして、持っていた羽ペンを置く。
そう言えば、今日は朝から準備をしてから、ほとんど休まずに今まで来てしまっていたので、さすがのメルセデスにも疲労の色が見えていた。
奴らが自ら違法と言っていた奴隷商とのやり取りを探すためだ。
何枚も書類をめくるが、いま一つ手がかりとなりそうな物は見つからない。
そうこうしているうちに、疲れと睡魔で頭がぼーっとして、メルセデスはうつらうつらと舟を漕ぎ始めた。
「きゃあぁぁ!?」
意識が朦朧としているところに突然、ドカンという音でたたき起こされ、睡魔に負けそうになっていたメルセデスは椅子から転げ落ちそうになる。
「な、何よ!?」
大きな音をたてて開いた方を見ると、見知ったギルドの受付のお姉さんが立っていた。
(な、何でギルドの人が来るのよ!)
そして、首根っこを引っつかまれているジルを見て、だいたいの事態を察する。
(このバカ、買い物もまともに出来ないなんて!)
メルセデスは心の中で悪態をつく。
「ちょっと、なんで入ってくるのよ!」
メルセデスの静止を無視し、そのまま家の中にずかずかと入ってくるミーナを止めようとするが、ミーナは意に介さずに、家の奥へ進んでいく。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
そして、ミーナはリリルが寝ているであろう部屋にたどり着くと、ためらう事なくドアを開けた。
「えっ、ミーナさん?」
音に気づいてベッドで体を起こしていたリリルは意外な人の登場に困惑気味だ。
「リリルちゃん!」
リリルを見るなり、ミーナはぎゅっとリリルを抱きしめた。
「ふぁ、ミーナさん!?」
「怪我したって聞いて、心配で来ちゃった。」
ミーナはリリルの無事を確認するように優しく背中や頭をなでる。
「怖かったわね。」
「うぅ……。」
ミーナに抱きしめられ、今まで我慢していた物が溢れてきたように目から涙があふれてくる。
「うわ~ん、ミーナさ~ん!!」
リリルは堰を切ったように泣き始めた。
それから、ミーナはリリルが泣き止むまで抱きしめ続けた。
◆ ◆ ◆ ◆
「どうして私に相談してくれなかったの?」
しばらく泣いて、ようやく落ち着いたリリルにミーナは問いかける。
「ぐすっ、あの、借金はお店の問題だし……。」
ミーナは黙ってリリルの話を聞く。
「それに、関係ない人が悪い人に目をつけられると迷惑がかかっちゃうから……。」
俯いてぽつぽつと話すリリルの頭を優しくなでる。それから不安を取り除くよう、優しい声色で話しかける。
「そっか、色々心配してたのね。でも、リリルちゃんはお店の店主かもしれないけど、まだ子供なんだから、大人を頼って迷惑をかけてもいいのよ。」
「でも、おばあちゃんもいないし、どうすれば……。」
「そこは、お姉さんに任せなさい!」
ミーナは任せろと言わんばかりに胸に手をドンと当てる。
「ふえっ!?」
「子供がこんな怖い目にあってるのに、黙って見過ごすなんて間違ってるわ。後は私に任せて、ゆっくり休んでなさい。」
「でも、ミーナさんはギルドのお仕事もあるし、それに……。」
「子供はそんな心配しないの!」
安心させるために、リリルの頭をぽんぽんと叩く。
「でも……。」
「じゃあ、協力する代わりに報酬をもらおうかしら、それでいい?」
「報酬……。」
「リリルちゃんが作った物を定期的に持ってきてくれたら協力してあげるわ。」
納得いかない様子のリリルにミーナは一つの提案をする。
「えっ、それって……。」
今までと変わらないんじゃあと頭に?マークを浮かべるリリル
「報酬は払えそう?」
「はっ、はい!」
「じゃあ決まりね、大人のやらかした事は大人が片付ける。リリルちゃんは安心して寝ていなさい。」
不思議そうな顔のリリルを押し切って、大丈夫だと安心させる。そして、笑顔を向ける、だが、その表情の裏には怒りの感情が赤く燃え上がっていた。
受験という戦争に巻き込まれております。