⭐︎
「ったく、鬱陶しい天気ね」
太陽を遮る紅い霧に悪態をつく霊夢。
彼女は今、幻想郷唯一の人間の集落である《人間の里》の上空を飛び回っている。
ただ飛ぶだけでは無く、手頃な場所を見つけてはそこにお札を貼り付ける。
何枚かのお札を貼り付けると人里の入り口へと飛ぶ、そこには八雲と何人かの人里の人達がいた。
「八雲、準備できたわよ」
「かしこまりました巫女様」
八雲は丁寧にお辞儀をすると両手を合わせ念じる、すると霊夢の貼ったお札が反応し人里を包み込むほどの巨大な結界を作り出す。
八雲の張った結界は里の内部の霧を浄化し、外より侵入しようとする霧を遮断した。
「ふぅ、これで霧の心配はありません」
「おお、ありがとうございます」
「いえ、これも巫女様が作ったお札あってこそです」
「そうでしたな、ありがとうございます。流石は博麗の巫女様です」
「博麗の巫女として当然のことをしただけです。でも念の為外出は控えて頂戴」
霊夢達にお礼を言うと里の人々は自分の家へと戻って行き、それと入れ替わるように一人の女性が二人に近づく。
「お疲れ様二人とも」
「あ、慧音さん」
「あら、あんたも来たの?」
青いメッシュの入った長い銀髪、六面体と三角錐の間に板を挟んだような形の青い帽子を乗せている。
「二人が来てくれて助かったよ。突然の出来事に里のみんなはパニックになっていたからね、これで落ち着きを取り戻すだろう」
「別に、さっきも言った通り巫女として当然の事をしただけよ」
「慧音さん、子供達は大丈夫でしょうか?」
「ああ、授業中だったが無事家に送り届けたよ。二人はこれから異変解決に行くのだろう? 気を付けて行って来るんだぞ」
「当然よ。誰に言ってるの?」
「ありがとうございます慧音さん。じゃあ行こう霊夢」
八雲の言葉に霊夢が頷くと二人同時に飛び上がる。
手を振って見送る慧音に八雲はお辞儀を返し、霊夢は無視して飛んで行く。
八雲の張った結界を通り抜けた瞬間、凄まじい妖力が二人の全身に浴びせられる。
「う……凄い妖力、今回の主犯はかなりの大妖怪みたいだね」
霧から発せられる妖力に顔を歪める八雲に対して、全く意に返さず突き進む霊夢。
「この程度で何言ってんのよ。とっととそいつをブッ飛ばしてこの鬱陶しい霧を晴らすわよ」
「もう、そんな事霊夢だから言えるんだよ」
八雲と霊夢は己の霊力によって守られているが、紅い霧の妖力は並の人間ならば体調に支障をきたす程。
生まれつき強い霊力を持つ霊夢にはこの霧の危険性は分からない。
実際霧が出た瞬間、霊夢は人里では無く霧の発生源に向かおうとしていた。
「さっさと倒して霧を無くした方が人里も安心でしょ?」
「自分達の役目は人間を守る事。だったらまずは人里の安全の確保が一番だよ」
真っ先に発生源を潰そうとする霊夢と、人里の安全を確認を優先する八雲。
どちらの言う事にも一理ある、しかし二人の性格の違いの為討論は尽きない。
「だったらアンタだけで結界張ってくればよかったでしょうが! その間に私が退治して来るわよ」
「駄目だよ。突然の異変で巫女が助けに来ないなんて人里の皆さんが不安になっちゃうでしょ? そうなったら博麗神社のイメージが悪くなっちゃうよ、ただでさえ霊夢評判悪いのに……」
霊夢はよっぽどの事がない限り人里に顔を出さない。
その為そんざいを知らない人間も居て、寧ろ買い物の為によく顔を出す八雲の方が知られているぐらいだ。
その上博麗神社は『妖怪神社』と言う噂まで立ち恐れている人もいるほどである。
「こう言う時こそ巫女が直接顔を出して、少しでも博麗の巫女が凄い人だって思って貰わないと」
「面倒くさいわね」
「面倒くさくてもやるの!」
そんな軽口を叩きながら霧の発生源へと飛行を続ける。
すると湖へと差し掛かった時、二人の視線の先に黒い影が映った。
「あれは……」
比喩では無く、文字通り黒い影。
球体のような姿のその物体は、霊夢へ向かって凄まじい速度で飛んで来る。
「っ!? 霊夢!」
それが敵襲だと察した八雲は霊夢がお祓い棒を構えるよりも先に、彼女の前に出て結界を盾のように張る。
ブレーキを一切せず止まる気配の無い黒い物体は、そのままの勢いで八雲の張った結界へと衝突した。
本気で張ればマスタースパークすら防ぐ八雲の結界は、一切傷を付けず衝突した黒い物体はズルズルと滑り落ちていく。
すると黒い物体が霧のように消滅していき、中から黒い服の金髪の少女が現れる。
「そ〜う〜な〜の〜か〜…………」
顔面から結界にぶつかり気絶した少女は顔を赤く腫らし、目を回して落ちていった。
「やっぱり今のってルーミアよね?」
「……うん」
《ルーミア》
常闇の妖怪で自分の周りに光を遮断する闇を発生させて、迷い込んだ人間を食べる恐ろしい妖怪。
しかし闇を発生させている間は自分も何も見えなくなるなどマヌケな部分も目立ち、そこまで強く無い低級の妖怪である。
そんな彼女に二人は違和感を覚える。
確かにルーミアは低級の妖怪だが、あそこまで猪突猛進に突っ込んで来るほどバカな妖怪では無い。
落ちて行った彼女を追い高度を落とすと、木の根っこの側で逆さまに倒れたルーミアの姿があった。
八雲はふとルーミアの顔が赤らんでいるのに気付いた、それは結界にぶつかっただけでは無く耳まで真っ赤になっている。
「コイツ……もしかして酔っ払ってる?」
「……みたいだね」
同時に霊夢も気づたようだ。
二人はルーミアの変化がこの霧によるものでは無いかと推測する。
「もしかしたらこの霧ってお酒みたいな効果があるのかもね」
「うん、確かにこの気持ち悪さって二日酔いの時の感覚によく似ているかも……」
基本的に人間よりも妖怪の方が酒に強い、人里の人間や酒に弱い八雲が気分を悪くしているのはそれが原因なのだろう。
「まったく、お酒は美味しいけどただ酔わされるなんて溜まったもんじゃないわ。とっとと解決するわよ!」
互いに頷き合うと再び飛び上がり、より妖力の強くなる霧の発生源へと向かった。
⭐︎
「きゃははははっ!」
「うおっ!?」
赤いドレスの少女から放たれる弾幕を掻い潜りながら飛行を続ける魔理沙。
彼女の弾幕は威力が高く避けるたびに大きな爆発が館に発生する。
その威力からかなりの力を持った妖怪だと察し、まずは距離を取ろうと魔理沙が迷い込んだのは、びっしりと本が挟められた巨大な棚が数えられない程に設置された広い図書館だった。
「おいおい、本は大事にしろよな! 壊れたらどうするんだよ」
「知らなーい。どうせ私のじゃ無いしっ!」
魔法を学ぶ魔理沙からすればまるで宝の山、しかし少女は気にせず弾幕を放ち本棚が爆発に包まれる。
「ったく、そんな雑に扱うなら私が幾つか貰ってやるのに」
「そんな気遣いは無用よ」
「え?」
「……!? きゃあっ!?」
突如魔理沙と少女の間に小さな滝が現れ二人を分断する。
そしてその水はドレスの少女の周りに纏わりつき、丸い水の檻を生成する。
「くっ! パチュリー!!」
「私の図書館で暴れないでって言ってるでしょ、フラン」
フランと呼ばれた少女がドスのきいた声で水の出現位置を睨みつける。
すると本棚の影から紫色のドレスの少女が姿を現す。
「……お前魔法使いか?」
「私の名はパチュリー・ノーレッジ、この図書館の管理者よ。ここにあなたにくれてやる本なんて一冊も無いわ」
そう言いパチュリーが腕を振るうと突風が吹き、爆発によって起きた煙が吹き飛ばされる。
煙が晴れた図書館は、先程まで爆発が起きていたとは思えないぐらいに傷一つ付いていなく綺麗なままだった。
(魔法で守ってるのか。こんなバカデカい図書館を覆うほどの結界とは、どんな魔力してやがるんだ……?)
「……あなた、さっさと帰りなさい」
「……なんだって?」
「見逃してあげるって言ってるのよ。私たちはこれから博麗の巫女の相手をしなければならないの、少しでも無駄な体力は使いたくないのよ」
「へっ!舐めるな! 異変解決は巫女だけのものじゃねぇ、この魔理沙様の極めた魔法にかかればお前らなんか一捻りだぜ!」
魔理沙は啖呵をきりながら魔法陣を展開すると、パチュリーへと星形の弾幕を放った。
それに対しパチュリーは冷ややかな視線のまま動く気配を見せず、魔理沙の弾幕は彼女に全弾命中し爆煙に包まれる。
「……実力の違いも分からないのね」
「なっ!?」
しかし煙が晴れるとそこに居たのは、無傷のパチュリーの姿、その周りには彼女を守るように魔法陣が張られている。
パチュリーがため息を吐きながら手に持っていた分厚い本を捲ると、彼女の背後に魔理沙の魔法陣の10倍はあるかという巨大な魔法陣を3つ展開させる。
「
「くっ!」
繰り出されるであろう大魔法に対し、魔理沙は箒を握る力を強くしもう片方の手に八卦炉を構える。
⭐︎
「ここだよね?」
「間違い無いわ。しっかし趣味の悪い洋館ね」
ほぼ同時刻、霊夢達もまた紅魔館へと到着していた。
「でも噂で聞いていたのよりずっと綺麗だね?」
「何でも良いわ、さっさと中に入るわよ」
「あ、ちょっと! 門を飛び越えるなんて行儀が悪いよ!」
「鳥居じゃあるまいし別に良いでしょうが、ほらアンタも来る!」
「ひ、引っ張らないで〜!」
律儀に門から入ろうとする八雲の腕を引き入り口の前に立つ。
再び律儀にノックしようとする八雲をどけ、扉を思いっきり蹴り破った。
「もう、乱暴なんだから。せめて手で開けてよ」
「どうせ掃除するのはここの住民だしいいのよ」
巫女とは思えない粗暴な行いに苦言を呈するが、霊夢は気にせず中へと入っていく。
大きな扉にはクッキリと霊夢の靴の跡が残っていた。
「まったく、扉の開け方も知らないのかしら?」
「せっかく鍵を開けたままにしておいたのに」
二人が広場らしき所まで歩くと、その先にある二又に分かれた階段の向こうから二人の女性が姿を現す。
一人はナイフのように煌びやかな銀髪に、動きやすそうな短いメイド服の少女。
一人は炎のように燃えるような紅髪に、緑色の中華服を着た長身の少女。
コツコツと階段の音を鳴らし、階段の合流地点で並んだ二人は霊夢を睨み付ける。
「お待ちしておりました、博麗の巫女」
メイドの少女が丁寧にお辞儀をする。
もう一人の中華服と違い、彼女からは妖怪の気配を感じない為人間だと二人は気づいた。
「あんたがこの霧を出している犯人? 気色悪いからさっさと消して欲しいのだけど?」
「いいえ私ではございません。あれは我が主人、『レミリアス・カーレット』様によるもの。正しくはその友人様が出した物ではありますが、まぁそれはいいでしょう」
「ええ、どうでもいいわ。じゃあその何とやらって奴の所に案内しなさい、人間の身で怪我したくは無いでしょ?」
「暴漢を主人に近づけるメイドはいませんよ? それにそんな気遣いも無用です、たかが人間に怪我させられるほど柔ではありません」
「………」
たかが人間、博麗の巫女を前にしてはっきりと言い切るメイドに霊夢は眉を顰める。
だが彼女が油断や奢りで言っているのではない事は分かる、その立ち振る舞いから只者では無いことを二人は察する。
「この霧は太陽を隠すだけでなく妖怪を酔わせる、たとえ力が強くても弱体化は逃れられない。あとは例外である博麗の巫女を倒せば幻想郷はお嬢様のものとなります」
「随分と素直に教えてくれるのね?」
「お嬢様のご希望です。気掛かりがあって実力を出しきれない巫女を倒すのはお嬢様の望みではありません」
霊夢の軽口にも調子を崩さず冷静に淡々と喋る。
「しかし、お邪魔虫も居るようですね?」
「む……」
先程まで霊夢へと向いていた視線が八雲に移る。
突然見つめられ八雲は錫杖を構え警戒する。
「恐らく噂に聞いた守護者ではないですか?」
「ああ、そんなのも居たわね。てっきりパチュリー様の方に行っているのがそれかと……」
「どうしますか咲夜さん?」
「問題無いわ。私が巫女をやる、貴女はあっちの……男?を任せるわ」
「はい」
話し合いを終えると、彼女達の殺気が一層強くなり、霊夢達は警戒を強くする。
ドンッと重い音と共に中華服の少女が二人へと突撃してくる。
「霊夢!」
八雲は霊夢の前に出て彼女の攻撃に対する為にお祓い棒を構える。
「ぐぅっ……」
彼女の拳をお祓い棒で受け止めたが見た目以上に彼女の力は強く、八雲は後ろに押されて中華服の少女と共に館の外へと追いやられる。
「八雲!」
八雲を押し出され霊夢は彼の方に視線を向けようと後ろを振り向く。
しかし霊夢が振り向いた時、既に入り口は閉まっており八雲の姿を確認する事が出来なくなってしまった。
「相棒を心配してる暇があるのかしら?」
(っ!? いつの間に!)
突然扉が閉まったことに驚いている暇もなく、霊夢のすぐ後ろに先程のメイドが立っていた。彼女が何かをするよりも早く、霊夢はお祓い棒を振りまわし彼女を突き放す。
「博麗霊夢、知っての通り異変の解決と妖怪退治が専門よ」
「あら、意外と律儀なのね?」
「こう言うのを無視すると八雲が五月蝿いのよ」
「ならば此方も名乗りましょう。私は十六夜咲夜、役職はこの紅魔館のメイド長をしています。お嬢様のお世話から邪魔者の排除まで、色々と」
そう言うと咲夜は、いつの間にか持っていたナイフを扇のように開き、冷たい眼差しで霊夢を見つめる。
「あなたは自分に何が起きたのかさえ分からずに死んでいく。既にあなたの世界は私のもの」
「ふんっ!」
投げるのか、そのまま振るうのか、分からないが咲夜の殺気が先程よりも強くなったのは事実。
それに対して霊夢もお祓い棒とお札を構える。
⭐︎
「うわっ!」
館の外へ押しやられた八雲は、その勢いのまま門の扉も突き破り、完全に館の外へ出たところで受け身を取る。
「手荒な真似をして申し訳ありません。ですがここで戦うことこそが私の役職ですので」
「役職?」
「はい。紅美鈴、紅魔館の門番長です。今回は例外ですが、この門より侵入者を阻むのが私の使命。なのであなたを通すわけにはいきません」
開いた門を閉じた美鈴は、その門を守るように立ち塞がりながら自己紹介をする。
「これはご丁寧に、博麗八雲と申します、よろしくお願いします……ですが自分の役目は博麗の巫女、霊夢を守ること。申し訳ありませんが、容赦はしません!」
「ふふ、望むところです」
丁寧に自己紹介をする八雲に美鈴は少し嬉しそうな顔を見せる。
「
「参ります!」
美鈴は両足を大きく開きしっかりと大地を踏みしめる。
その構えが素人では無く何らかの武術だと察した八雲は、お祓い棒を槍のように構え美鈴の動きを見極める。
「「「さぁ始めましょう」」」
三つの場所で、六人の少年少女達によるそれぞれの戦いが始まろうとしていた。
⭐︎