「ええっと、お豆腐に醤油に……ん。我ながら料理の腕だけは一人前よね」
「それだと、お味噌汁の味付けがちょっと濃いのですよ。あうあう!」
「さてと、あとはお皿に盛り付けてと。うん、完成ね」
「一人でそーんなに食べるのですか? 食い意地張るにも限度があるのですよ。梨花は超シルバーなんですから、食べすぎは体に毒なのです」
「あれ、また沙都子の分も作っちゃった。全く、ダメよね。もう、この小さな体にあの生活が染み付いちゃってるんだもの。……くすくすくす」
この、噛み合っているようで全く噛み合っていない会話……というより、言葉の投げ合いを、僕と梨花は沙都子と別れる前から、そして別れた今でも延々と続けていた。相変わらず梨花は僕を無視する。でも、たまに明らかに僕を睨むような素振りを見せるから、少なくとも僕と梨花の繋がりが切れる、といったような、ふと頭の中に浮かんだ最悪の事態には至ってはないようだった。
梨花は作りすぎた料理をラップに包んで、冷蔵庫にしまっている。そんな些細な時間でさえ続けた、この不毛なやりとりに終止符を打ったのは、梨花だった。根気勝負なら負けないのですよ、あうあう!
「あぁぁぁもう、ドタバタドタバタペタペタペタペタわーわーぎゃーぎゃーあうあう、相ッ変わらず五月蝿いわね! 何よ羽入、今更帰ってきても、もう遅いんだから!」
「やーっと梨花が反応してくれたのですよ〜! あうあう。どうして無視なんて、そんな幼稚な意地悪をするのですか?」
「あんた、この期に及んでまたムカつく事ばかり言ってくれるじゃない。私が反撃出来ないからって、調子に乗ってるとその内に痛い目みるわよ」
「僕には、梨花の言ってることがよく分かりませんなのですよ」
ようやく無視をやめてくれた梨花だったが、しかしこの噛み合わない言葉の投げ合いは、未だ継続しているようだった。それどころか、今までに向けられたことのないような、明確な拒絶を匂わせるような、そんな意思すらをも、梨花の態度から感じ始める。
「だから、今更何の用だって言ってんのよ」
「用がないと僕は梨花の側にいてはいけないのですか〜!」
「……あんた、それ本気で言ってるの?」
梨花から向けられるその視線は、とても僕に向けられるようなものとは、思えなかった。ピクリとも動かない眉が、憎しみの込められた目が、キツく閉じられた口元が……僕を徹底的に拒絶している。そんな事に、僕は今更ながらに気づいたのだった。
「梨花、聞いてほしいのです。僕と何かあったのですか? ……こんな事、絶対にありえないと思うのですが、僕の知らない僕が、存在していたりしましたのですか?」
そんな事はあり得ない……そう思いながらも、しかしこの状況を説明するには十分な理由だった。あり得ないあり得ない。そんな事は絶対にない。だって、梨花が惨劇にその身を焦がすのも、全て僕の意思によるものなのですから。僕のチカラをなくして、この雛見沢を繰り返す事など出来るわけがないのです! だから、僕が知らない事なんて、この雛見沢に存在しないはずなのに!
「羽入……あんた、本当に何も知らないの? そんな事あるのかしらね。だってあんた神さまでしょう、傍観者気取ってる身で、まさかねえ? ……くすくす」
そう言って薄く笑いながら……梨花は冷蔵庫から、懲罰用と書かれたキムチを取り出した!!
「りっ、梨花ー! 僕はまだ何もしてないのですよ〜!! あぅあぅあぅあぅあぅあぅあぅあぅ嫌なのです辛いのは嫌なのですあうあうあうごめんなさいごめんなさいごめんなさいなのですよー!」
だが、僕の悲痛な願いは天にも魔女にも届かなかった。お箸に支えられた毒々しい色合いのそれが、梨花の口元へと順調に運ばれていくのです……! ああ、この雛見沢に神さまがいるなら、その神さまはなんて残酷な神さまなのですか! こんなかぁいいかぁいい僕の小さくも、ささやかな願いすら聞いてくれないなんて、なんて器の小さな神さまなのですか! あうあう☆
……じゃなくてそうではなくて!
「嫌なのです! 辛いのは嫌なのです〜! …………あぅ?」
辛くなかった。それどころか、なんの味も感覚もない。でも梨花は美味しそうにキムチを食べていて。
そこまでして、ようやく僕にも一つの現実が受け入れられるようになってきた。僕と梨花の繋がりは、やはり……。
「本当に何も知らないのね。そんな事ってあるの? ……なーんて、そもそもの神さまであるあんたが困惑してるのに、聞いてもしょうがないか」
「梨花、教えてくださいなのです。このカケラでは一体何があったというのですか?」
「全部あんたが、自分で選んだ事なのよ。——ああそうだ! いい事を思いついちゃった」
梨花はそう言って、見た目の年頃相応の無邪気な笑顔で冷蔵庫に戻り、さっきまで食べていた残りのキムチを仕舞う。そして取り出したのは、とっても甘そうでふわっふわな、一つのシュークリーム!! 優雅に、丁寧にかつ、厳かに取り出したそれを、不敵な笑みで僕にじっくりと見せてくる。堪らず反応する僕の喉元が、梨花を存分に楽しませているというのが、十分すぎる程に理解できているのに……! 僕は無力なのです。あまりに無力な存在なのですよ!!
「あう、あうあうあうあう」
「これをね? こう、パクッと」
「あうあうあうあうあうあうあうあう!!」
「あー、美味しい。……くすくす。どう? あんたも美味しいでしょ? 甘くて、ふわふわで、ね? サクッとした食感がまたいいのよね……くすくすくすくす」
「あぅあぅあぅあぅヒドイのですよ梨花ッー!!」
嫌いなものを強制的に食べさせられる苦痛も当然ながら嫌だが、これはこれで凄く悲しいのです。あんなに美味しそうなシュークリームが、僕の目の前にあるのに、僕はなんにも出来ないで、あぅあぅと無力な抵抗を続けるだけ。こんなの、あんまりなのですよ!
甘そうなクリームが、梨花の口元に一つ、また一つと運びこまれ……ちょっと唇の周りについたクリームを、ペロリと舐めているのです! でも、僕は全然美味しくもなんともないのです……あぅあぅ。
梨花はじっくりたっぷりと、時間をかけてシュークリームを味わい続けると、満足そうにくすくすと笑った。
「あー、面白かった。羽入に対する新たな手段を発見出来ただけで、私は満足よ」
「酷いのですよ覚えてやがれなのですよー!」
「まあ冗談はこのくらいにして、あんたが何も知らないのはよく分かったわ。だとすれば、私も態度を改める。もう無視とかそういう低レベルなイジメは無いから、安心しなさいよ。だからこれは、長い時間を共に過ごした友人からの忠告として、聞いて欲しいの。羽入、早く、鉄平の元へと行きなさい」
「鉄平ですか? 興宮に行くのですか?」
「違うわよバカ。沙都子の家に行くの。あんたもさっき見てたでしょう? この世界では、沙都子と鉄平の関係は良好なのよ。そして、それはあんたが関わっているの」
「僕が、ですか。でもそんな事、ありえな、」
「行けば分かるわ。自分で決めた事なんだから、自分で見てきなさいよ。なんて、今のあんたに言っても分からないでしょうけどね。ほら、さっさと行かないと、後悔する事になるわよ」
そう言うと梨花は、手を振って僕を追い払うような仕草をする。そして、僕はすぐに知るのです。もっと早く鉄平の元へと向かえばよかったということを。だって今は、大体の家庭が夕飯を食べるか、もう食べ終えた頃なのです。つまり、それは。
急激に襲いくる、苦味と酔い。僕は慌てて梨花の家を飛び出ながら、夜の幕が上がった雛見沢の空で、一人叫ぶのです。
「せめて晩ご飯を食べてから飲めなのですー!! あうあうあうー!」