夢物語/かなたドッペル   作:ヒイラギP

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文芸創作からちょっと離れていたのでリハビリがしたいという事が一つ。最近、化物語を視聴しなおしたので無性に書きたくなってしまったことが一つ。ぼちぼちやっていきます。


かなたドッペル 序

 有り体に言えば、僕という個人を僕は心底、誰よりも、ずば抜けて、抜きん出て、凄まじく嫌いだった。

 

 自己嫌悪、といえば良いのやらわからないが主観視点でも客観視点でも中途半端な自分を許してやるような気は苦節三十年一切起きなかったのである。この「自分が嫌い」という一点においては他の誰よりも一貫していると自負しており、それを自己肯定の材料にしたがっている自分もまた嫌いだった。

 

 そんな僕が自分とは全くの別人になりたがってしまうのも仕方のない話だ。そう。他人になりたくて仕方がなかったのである。それより他に仕方がわからないとも言える。そしてどうせ「誰か」になるならば、「誰か」を選ばせて貰えるならば僕は「阿良々木 暦」を願った。平凡なままに中途半端な生を浪費している僕は彼の数奇な人生と精神の有り様、取り巻く環境全てに、一言で表すなら「阿良々木暦という物語」に憧れたのだ。

 

 とはいえそのような非現実が現実に起こりうるはずが無かった。残酷なことにこの世界に物語はあれど「物語」は無い。仮にあったとしても僕のような半端者の元にいわば怪異はたどり着けないはずだ。残念さに一匙の安堵を混ぜたため息をつき寝具に身を委ねる。罪深くも生きのさばっている僕を咎めるようで、底なしの沼に引き摺り込むようで、僕の魂を連れて彼方までゆくようで──僕は眠ることが好きだ。どれほどかといえば稼ぎのほぼ全てが寝台周りの設備投資に消えている。寝室とそれ以外ではエコノミーとファースト並の格差が生まれているほどだ。その不平等に斯く虐げられた部屋達の声は度々不便さとして僕へと届けられているように思える。

 

「嘘だ、眠れないなんて……」

 

 渾身の寝床であるからして寝心地に問題は無い。それは確信を持って言える。それなら必然的に問題があるのは僕の精神だろう。叶うことのない憧れに想いを馳せたというだけでここまで乱れるなど情けない。情けない僕への最初の罰は、悶々と嫌悪の渦に揉まれながら最高の寝心地で最悪の睡眠だった。

 


 

「これはこれは木天蓼さん。今の時間は学校のはずでは?もしかしてサボりです?」

 

 今まさに僕は明晰夢を見ているようだ。聞き齧った知識によれば明晰夢の中で起こる出来事に驚いて仕舞えば肉体はたちまち目覚めてしまうそうだ。それは余りにも勿体ないので平静を装う。たとえ夢だとしても「八九寺 真宵」との会話など一生に一度あるかないかだろう。このチャンスを逃せばきっと僕は2度と僕を許さない。絶対に驚かないという全生命を賭けたミッションの始まりだ。

 

「対猫用決戦兵器の名前で僕を呼ぶな。僕の名前は……」 阿良々木だ。

 

「……?どうかしましたか阿良々木さん。あなたの名前は阿良々木暦ですよ?ついに自分の名前すら言えない知能レベルになってしまったのですか?」

 

 当然と言った表情で「八九寺 真宵」が僕に語りかける。その当然に対して僕は当然違うと返すことができる。僕は「阿良々木 暦」に憧れはすれども「阿良々木 暦」では無い。彼と僕とは顔も、声も、身長も、何も似ていない。だが、僕より間近で「阿良々木 暦」を見てきたはずの「八九寺 真宵」が僕を「阿良々木 暦」であると言っている。考えられる夢の内容は一つ。

 

「『八九寺 真宵』さん。手鏡か何か、何でもいいので姿を見られるものを持っていませんか?」

 

「本当にどうしちゃったんですか?──どうぞ、ちゃんと返してくださいね」

 

「なっ、これは……!」

 

 紛れも無く、見紛う事無く、僕の姿が阿良々木 暦になってた。

 

「この目隠れは!」

 

 目が覚めてあくびをするように、伸びをするように、日が差し込むように、僕は阿良々木 暦になっていた。

 

「このアホ毛は!」

 

 特にこれといった事もせずに、僕の形が阿良々木 暦になってた。

 

「この暑そうな制服はァ!」

 

 僕は 阿良々木 暦 に なって いた 。

 

「なんで僕ごときが阿良々木 暦になれているんだ!こ、こんな事、おかしいだろ!!」

 

「いきなり大声をあげないでください!奇声が奇怪でキモチワルイです!」

 

 物語シリーズの中でも2,3を争うほど好きなキャラクターにされる罵倒は、純粋に傷つく以外にも何か刻まれるものがあった。

 

 無論1番好きなのは「阿良々木 暦」だ。

 


数分後

 

 あれから僕は明晰夢のルールのことすら忘れて噴出する感情のまま喚き散らした。地面に寝転んでジタバタして、この大地を「阿良々木 暦」が踏みしめた可能性にうっとりしつつも口を動かすことはやめなかった。「八九寺 真宵」はそんな僕を見て何を思ったのか一通りの情報整理(以上の奇行を指す)を終えた僕の頭を優しく撫でた。役得だ。

 

「つまりだ『八九寺 真宵』さん。僕は厳密には阿良々木 暦じゃあないんだ」

 

「何がつまりですか。アニメでもないんですから、説明もなしに意思を伝えるなんてできるわけないじゃないですか。何に突き動かされているのかは知りませんが、何故会うたびに更に変人さを増しているんですか?」

 

 どうやら僕は「阿良々木 暦」が積み立ててきた記録を壊さずに済んだらしい。不名誉極まりない記録だったことが残念だが、憧れに一歩近づいたと言えない事もないのではないか。いや、もはやこと奇行においては昨日の「阿良々木 暦」を超えたといっても過言ではない。阿良々木メーター的に言えば「々」ほどだろうか。

 

「ありがとう『八九寺 真宵』さん。話せば長くなるんだけど、聞いてくれる?」

 

 「八九寺 真宵」によって憧れに近づくことが出来たことに気づけた上に話まで聞いてもらえるという事実に口元が弛む。たとえ夢の中だったとしても目覚めてから西尾神に500万ほどお布施した方がいいだろう。そうしなければきっと全国の「八九寺 真宵」ファンから袋叩きに合うか、2度と家に帰れない体にされてしまう。

 

「そこでなぜ感謝の言葉が出てくるのか皆目検討もつきませんがそれとこれとは別に話を聞いてあげましょう」

 

「本当かい?じゃあ……姿こそ阿良々木 暦そのものである僕の精神は、実は全くの別人なんだ。こうなった経緯も原因も一切が不明なんだけれど、とにかく眠りについた次のシーンにはすでにこの見た目になってたんだ。僕としてはこの状況が夢であると思っているんだけど、明晰夢にしては思っているよりもタフだったから通常と比べて何かが違うのは確かなんだけどそこに関しては情報が無いって感じ」

 

「……にわかには信じ難いですね。1番可能性が高いのは阿良々木さんの悪戯なんですが、それはこれまでの全てを無に帰す推理なので一度なかったことにします。とすると、阿良々木さんの言う明晰夢ですが、これを良しとすると私は阿良々木さんの創造物ということになりますよね?それは絶対に嫌なのでこれは夢では無いということにして下さい。お願いします」

 

「そんなに嫌なものかな?『阿良々木暦』の創造物だよ?あぁ……確かに、『阿良々木 暦』の創造物ならまだしも僕のというのは嫌だよね。わかるよ、『八九寺 真宵』さん。僕も僕自身の夢とは言え僕の体を僕が作っているというのを自覚したら急に腹が立ってきた。どうだろうか2人で僕に対して反乱を起こさないか?」

 

 そうだ。よく考えたら僕が今「阿良々木 暦」の姿をしているということは、僕という汚泥以下の塵芥以下の何者にも形容することが失礼に当たる存在が「阿良々木 暦」の姿をしていることに他ならない。いち早く体を返さなければならない。そのためにもすぐさま目覚めたい。だが、「八九寺 真宵」と会話をするチャンスをみすみす放棄するというのもまた愚かな行為であり、全国の「八九寺 真宵」ファンに殴り殺される。

 

「そんなことは一言も言ってませんし反乱も起こしません!私はただ私の存在が誰かによって創り上げられた偽物なのかもしれないという可能性が嫌だと思っただけです」

 

「そ、そうか。ごめん『八九寺 真宵』さん。自己嫌悪に『八九寺 真宵』を巻き込んでしまうなんて……お詫びと言ってはなんだけど、『八九寺 真宵』さんも何か僕に聞いてほしいことや手伝って欲しいことはあるかい?」

 

 僕としたことが、自己嫌悪のあまり「八九寺 真宵」に対してとんだ無礼を働いてしまった。僕が聞いてあげられるお願いは精々寝具周りのことくらいだが、「八九寺 真宵」のお願いとあれば身の丈の10倍までの無茶なら受け入れよう。でなければ僕としても不安だし、十中八九全国の「八九寺 真宵」ファンに公開リンチにされるし、クエストボードに磔にされる。

 

「お詫びとか別にいらないです。それよりさっきから気になっていたんですけど、あなたが阿良々木さんによく似た誰かだったとしてなぜ私の名前を知っているんですか?」

 

「仕掛けは案外単純なもので、簡潔に言えば知っているからだよ」

 

「知って、いる?」

 

「うん。知らないことが多い僕だけど、自分が嫌いって事と君たちの『物語』については多少、『知っているんだ』『八九寺 真宵』さん。なんなら『見ていた』『聞いていた』『読んでいた』と言い換えることもできる」

 

 僕がキョンシーなら。つまり「斧乃木 余接」ならばきっと「僕はキメ顔でそういった」なんて言うだろう。

 原典のような可愛らしさは無く、汚泥のような内面が滲み出るようで全く忌々しい。そう、忌々しいキメ顔だった。

 

 思ったより場の空気が重くなってしまった。僕の生まれ持った社会不適合者オーラでさえ「阿良々木 暦」の妖艶なフェイスを通して放出されると、ラスボスもかくやというほど圧となってしまうようだ。

 

 それと先ほどの発言について、信じてもらえないかもしれないが「羽川 翼」の名台詞をなぞるような言い方になってしまったのは自然に内から出た言葉だと誓わせていただきたい。

 しかし、発言の最中に突き動かされるような衝動があった。もしかすればこの世界において「知っている」と発言すること自体が特別な意味を持つキーワードで言葉の格に合った言い方を強制するのだろうか……突飛な状況に混乱しているのだろうか。どう考えても飛躍した理論ですら真実であるかのように思えてしまう。

 

「とはいえ、見ず知らず?見覚えはあるのか。見て知らずの男性にフルネームを看破されていると言う体験は紛れもなく恐怖体験だね。配慮が足りなかった申し訳ない」

 

「い、いえ。つまりは『そういう』事ですよね?あなたは」

 

「『そういう』ことって一体……あー、なるほどそうか。僕は君達からすれば確かに……そうか!!」

 

 怪異そのものじゃないか。

 

 「阿良々木 暦」の姿をして、全くの別人であり、これまで一切その姿を見せなかったのにも関わらずこの町で起きたある程度の「物語」を把握している。客観視すれば見事に怪異だ。怪奇現象だ。言うなれば「阿良々木 暦」のドッペルゲンガーだろうか。まぁ、僕にはオリジナルにとって代わろうだなんて大それた野心はないが、「姿」と言う一つの因子をピックアップすれば僕は「ドッペルゲンガーの怪異」だ。ならば、この幸運な夢を全うするならば、「怪異」として暗躍するのが礼儀といったものだろう。

 

「ククク、バレてしまっては仕方ないね『八九寺 真宵』」

 

「いや、今まさに気がついたみたいなリアクションしてたじゃないですか。無理にキャラ作らなくてもいいですからね」

 

「せっかくの怪異デビューなんだ。このひとときの夢をもっとはしゃがせてくれたっていいじゃないか」

 

「怪異ってそんなに気安いものじゃないと思いますが……夢がどうとか寝言はよして早く行きましょう」

 

「行くって言ってもどこに行くんだ?『八九寺 真宵』さんの怪異特性的にたどり着くというのは……」

 

「それは昔の話です。今はもう縛られていないので」

 

「そうなのか!それは良かった。そうか時系列的にはもうそこまで進んでいるんだね」

 

「そんな言い方をしても伝わりませんよ。貴方からはどこまで過去でどこからが未来なのかが見えたのかもしれませんが、私とってここが現在ですから、はっきり言って不快です」

 

「申し訳ない。どうにも現実味がなくて、というのは言い訳に過ぎないか。今後このような物言いは避けるよう気をつけるよ」

 

「悪気がないのはわかりますので……気をつけてくれればそれで手打ちとしましょう。それで目的地ですが、簡単な話です。阿良々木さんの姿をした怪異が現れたのなら、阿良々木さん自身に何かしらの原因があるはずです」

 

「ま、待って『八九寺 真宵』さん。それって」

 

「察しがいいようで助かります。会いに行きましょう!阿良々木さんに!貴方がなってしまったという阿良々木 暦に」

 




お話のキャラクターを語るときに君、貴方、あの子、彼、彼女なんてあまり使いませんよね。くどいようですが線引きです。見守ってあげてください。

感想お待ちしています。

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