夢物語/かなたドッペル   作:ヒイラギP

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泣けるくらい難産でした。人が象を産むかのような苦しみ。自分の文才と指先を産道とするなら今回は間違いなく帝王切開だと思う。いくら悩んでも納得がいかない。産道を文章が通ってこないから脳みそをカッ開いて文章未満の文字列を叩き込んだようなそんな第4話です。


かなたドッペル 始

「そんな、僕なんかが『阿良々木 暦』の家にいる事すら許されざる事なのに泊まるだなんて」

 

「一体誰が許さないっていうんだ?」

 

「……僕、かな?」

 

 流石にあまねく「物語」読者が……とは言えなかった。

 

 「阿良々木 暦」の申し出は僕の境遇を考えれば的確かつ妥当な判断だと言えるが、その対象が僕自身であることに問題がある。

 想像してみて欲しい。君の推しの家に知らないぽっと出のキャラが押し入って挙げ句の果てに泊まるなどと言う展開を。おおよそ隣に立つべきではない、無個性極まりない凡夫が何も知らずに笑っている光景を。

 腑が煮え繰り返るようではないか。

 

 よりにもよってその位置にいるのが僕である。外見と声は良くとも、思想も、個性も、生き様も腐っている。外見と声は「阿良々木 暦」の物になっているから手放しで素晴らしいと褒められるが、元々の姿に戻れば全ステータス最低値の男が1人ポツンといるだけだ。こんな奴は、そうだ。深夜に山奥にでも行って迷惑をかけないように息を引き取ればいい。

 

 名案が浮かんだところで、先ほどから何か考えてる様子だった「阿良々木 暦」が口を開いた。

 

「ずっと疑問に思っていた事があるんだけど」

 

「僕ごときに答えられる事ならなんでも答えるよ」

 

 「阿良々木 暦」が僕に何らかの疑問を持つのは当然のことだ。先ほどの問答は謂わば存在の確認というべきで、僕個人の安全性を測り切れるとは言い難い。当時の僕は“あの”言い回しができる流れに興奮して意味深な言い回しを楽しんでしまった。つまり「阿良々木 暦」からすれば僕は未だに、正体不明のそっくりさんなのである。

 

 とはいえ「阿良々木 暦」はいったい僕に何を尋ねるのだろう。なんでもと宣言したが僕自身を語れというのは拷問のようなものだ。僕がどのような人間か、それを知るための質問と言えば好きな食べ物、好きな女性のタイプ、最近読んだ小説……そんなところだろうか。

 

「何故そうまでして、頑なに自分を卑下するんだ?」

 

 僕は呆気に取られ、目を丸くした。そこまで踏み込んだ質問をされるとは思っていなかったからだ。確かに僕の自己嫌悪は人並みはずれていると自負しているし、それを隠すどころか全面に押し出してはいるけれど、自己嫌悪に足るほどの不甲斐なさや至らなさも同時に知らしめているはずだ━━こうして自死もできずに「阿良々木 暦」の姿でいることもそうだ。

 

 流石の僕でも生まれた瞬間から自己嫌悪に身を焼かれていた訳ではなく、自分を嫌いなのにも僕なりの理由がある。それは「阿良々木 暦」にとっての「高校二年生から高校三年生の狭間である春休み」の如く、あるいは「老倉 育」の件の如く、一生連れ添うべき罪で、忘れがたい過去で、まだ若かった僕の思い上がりが招いた、悲劇的で、ある意味では当然の末路だった。

 

「自分が嫌いなんだ。僕が僕自身を卑下する理由はこれに尽きるよ。期待に沿った返答ができていればいいけど……もしも僕の過去について知りたくて聞いたのなら、予めよくある話だから時間の無駄だと忠告するよ」

 

 苦しい言い訳だった。結局僕は中途半端だ。なんでも話すと言いながら罪の告白を避けたのだ。

 

「無理には聞かないさ。だから、勝手に推し量る事にするよ」

 

「推し量るまでもない。僕は既に『阿良々木 暦』、君にとって不明瞭で不気味な存在のはずだ。即排除に動かないのが不思議なほどに」

 

「そうかな?お前は僕に対して……それだけじゃ無く、八九寺や忍に対してだって誠実だった。お前は確かに不明瞭だし、不気味だし、たまに気持ち悪いけど、そんなのは珍しい話じゃない。知っているだろうが、僕の周りには常識の範疇外にいる奇人変人の類がゴロゴロいるんだぜ」

 

 確かに僕程度の自己嫌悪では「物語」世界の住人の強烈な個に肩を並べる事はできないだろう。一時であろうと時間を共有した僕を「阿良々木 暦」が切り捨てられない事も理解している。僕は我儘を言って「阿良々木 暦」を困らせているのだろう。それでも譲れない事があった。

 

「それは確かにそうだね。異論はない。あったとしても感情論だろう。だけど一個だけ認識を改めてもらう必要がある……僕は誠実なんかじゃない。僕を誠実だというならこの世の全ての人間は誠実だというようなものだ。この人の形をした畜生ほど誠実という言葉が似合わない者もいない。なんたって僕は何一つとして為せずにここまできたんだから」

 

「生きてるだけで素晴らしいなんていうつもりは無いが、何も為せずに生きてきた人間なんてそう居ないぜ。日々の小さな成功に目が向いてないだけなんじゃないか?」

 

「確かにそうかもしれない。『阿良々木 暦』の言っていることは芯を喰っている」

 

「やけに素直になったな」

 

「申し訳ないけど、「それでも」と言わせてもらうよ。僕は何も為せなかった。日常の中でほんのひとひらの成功を収めたって僕にとってなんの意味もない。成功でも失敗ですらない」

 

「……意外と頑固だな」

 

 ああ僕は「阿良々木 暦」に対して、いやそれを抜きにしてもほぼ初対面の相手に何を話しているんだろうか。さすが主人公ということか喋りやすいことこの上なくて、要らないことをペラペラペラペラと「阿良々木 暦」には鬱陶しい思いをさせてしまっただろう。僕としてもここは譲れない部分だから、平行線になってしまっている。

 

「やめよう『阿良々木 暦』。僕なんかのことを話していると気が滅入るよ」

 

 結局、はぐらかす事にした。誰が言えるだろうか、私は人殺しです。などと

 

「僕としてはこれからどれだけ生活を共にするかもわからないお前の、人となりが垣間見えてよかったよ━━というわけだ」

 

 「阿良々木 暦」の視線が僕の瞳を貫く。澄んでいて濁っていて真っ直ぐで歪んでいる。「阿良々木 暦」の声が鼓膜を揺らす。僕の罪をそっと撫でるように触れ、再認識させる。「阿良々木 暦」が手を差し伸べる。汚泥の如く腐った僕に一筋の光が刺したようだった。

 

「よろしく、かなた。働かざる者食うべからずだ。うちでの家事、覚えてもらうぜ」

 

「……」

 

 ここまでされて、すぐに手を取ることができない。差し伸ばされた手を掴む資格があるのか。僕の存在を本当に許容しているのか。状況がそれを許さず彼の善性が僕を受け入れることを嫌々許諾するように強制したのではないか。そうでなければ僕のようなものを受け入れるはずがない。

 

 いや、もはや逃げ場はないのだろう。自責によって他者を遠ざけるのは己の未熟だろう。他者と関わらなければ少なからず迷惑をかけることはない。だから、誰とも関わり合いたくない。そんな子供じみた論理を展開していられる状況では無くなった。僕の身に起こった異常を解決しない事には「阿良々木 暦」に迷惑をかけ続ける事になる。

 

 この手を、取るべきだ。

 

「よろしく……頼む。『阿良々木 暦』」

 


 

「そういえばまだ挨拶がまだだったな」

 

 これは「阿良々木 火憐」「阿良々木 月火」あるいはご両親のことだろう。居候するとなれば両方という可能性もあるか。だが「阿良々木 暦」と全く同じ姿をした他人の存在というのは”怪異慣れ”している「阿良々木 暦」ですら胆を抜かれていたようだし、怪異とあまり馴染みがない彼女らを驚かせてしまうのではないだろうか。手を取ると決めたのは僕だが、その決断が誰かを怯えさせるのは本意ではない。もし受け入れられないようならすぐに対策を改めなくてはならないだろう。

 

「僕と会わせて大丈夫なのかい?」

 

「世界には同じ顔をした人間が3人はいる。そう説明したら納得してくれた」

 

 自信ありげな「阿良々木 暦」とは対照的に僕の額には冷や汗が滲む。そんな雑な風説でどうして納得させられるというんだ。

 

「そんなバカな、髪型や制服まで同じなのに」

 

「街中で似た服を着た人間をたまに見かけることがある。その例を出したら納得してくれた」

 

 これを良かったの一言で済ませていいのか。こんな状態で本当に受け入れてもらえるのだろうか。そんな不安が顔に出ていたのか「阿良々木 暦」は一転まじめな表情になった。

 

「これまで色々な厄介ごとを抱えてきた僕だから、何となく今回もそうなんだろうと察してくれた。ってところもあるだろう」

 

「ああ、それでようやく納得がいった……というか揶揄うのはよしてくれよ」

 

 「阿良々木 暦」は悪いなという一言と共にこちらを一瞥すると部屋を出て行った。着いてこい、と言外に表しているのだろう。待たせるわけにはいかないと、すぐさま立ち上がってそそくさと後を追った。━━それにしても「阿良々木 暦」にあのように揶揄われるとは思わなかった。あれは「阿良々木 暦」なりの歩み寄りなのだろうか。それとも僕の反応を見ていたのだろうか。いやそんな打算的な人間ではないはずだ。きっとただの戯れに過ぎない。となれば、僕は「阿良々木 暦」と戯れたという事になる。どれだけ努力しようとも願おうともこのような状況でもなければ一生叶わない幸運。全く光栄なことだ。

 

 先ほどから疑ってばかりの自分に嫌気が刺す。自分への不信は僕を信じると決めた者への不信に変わってしまう。それを疑ってしまえば何も立ち行かないとわかっているのに、自己嫌悪をすることでしか僕自身を保っていられないから、この悪癖を止められない。視線を上げれば「阿良々木 暦」が僕の前を歩いている。いつの間にか俯いて、目の前のことに集中出来ていなかったことに気がつく。そうだ、まずは眼前の問題に着手するべきだ。「阿良々木 暦」「八九寺真宵」とのファーストコンタクトはテンションの暴走で上手くいかなかったと記憶している。今回こそ自らを律して、「阿良々木 暦」のご家族とのコミュニケーションを成功させようではないか。それを成し遂げてこそ「阿良々木 暦」から賜った誠実の言葉に応えられるというものだ。例え誠実の二文字が受け入れ難かったとしても託された言葉に背けるほど腐っている訳じゃない。

 

「幾つになっても初対面というのは緊張するね。それがこちらが一方的に知っているなら尚更だ」

 

「言葉だけを見れば同意できるんだが、対象が僕の家族ってので恐ろしさが勝る。……というか、誰を待たせているかは教えていないはずなんだが」

 

「もちろん知っているさ。でも安心してほしい。以前僕は混乱と興奮で正常な判断が出来なくなっていたけれど、今の僕は冷静だ。それをあえて伝えるようなこともしないし不安を煽るような言動は命に変えても避けるよ。まぁこの軽い命が変えになるかはわからないけどね。今日はご両親は」

 

 「阿良々木 暦」がでっちあげたバックストーリーに一応は納得しているのだからハードルは下がっているはずだ。それなりにあり得そうな身の上話をすれば疑われはすれどもいたずらに驚かすこともないだろう。

 

「今回は妹たちだけだ。手間をかけるけど日を改めてもらうことになる。……僕が言うのもなんだけどお前、軽々しく命をかけすぎじゃないか?軽口には聞こえないから心臓に悪いぜ」

 

「それと一つ忠告しておくが、僕の妹なだけあって二人は妙に鋭いところがある。下手な嘘はかえって危険だぜ」

 

 さすがはファイヤーシスターズ、侮れない。僕に限ってこの世界の住民を侮るということはないのだけれど、用心に越したことはない。

 

「それなら僕をどう紹介するつもりなのかだけ教えて欲しいな。最低限の口裏合わせは必要だ。まさかさっきの冗談をそのまま言うわけでもなだろうし、と言っても僕のことをそのまま伝えるわけにもいかないでしょ」

 

 「阿良々木 暦」が口を開こうとしたその時、曲がり角から人影が迫ってきた。

 

「まずい!」

 

「人のこと待たせておいて随分楽しそうだね兄ちゃん遅いから呼びに来たよ……っと、嘘、本当にそっくりさんっているんだ!世界に3人同じ顔の人間がいるって本当だったんだ!」

 

 こ、この快活にして明瞭な可愛らしい声は「阿良々木 暦」の妹にしてファイヤーシスターズの一人。人の身に余る武を宿し、あの有名な兄弟喧嘩のシーンでは道場以外で禁止されている技を容赦無く「阿良々木 暦」相手に叩き込んだとされる、今から作戦会議を挟んだのちに万全を喫して相対する筈だった……

 

「━━『阿良々木 火憐』か!? 」

 

 動揺して早速ボロが出た。とにかくなんとか誤魔化さなければ

 

「えー、と……『阿良々木 暦』さんからお話は伺っております。詳しい話はもうお一方も交えて」

 

「兄ちゃんの見た目で敬語使われるとめちゃくちゃ違和感」

 

 しまった。「阿良々木 火憐」に嫌悪感を与えないように言葉を選んだつもりが自らの姿を考慮しなかったことで擬態してくるタイプのモンスターのような違和感を与えてしまったようだ。

 

「故意では無いにしろお兄さんの姿になって混乱を招いてしまい、申し訳ありません。もし、ほんの少しでも嫌だと感じたら言っていただければ、すぐさま痕跡ごと姿を消すことを約束します」

 

「普通に生きていて聞くことはないだろう謝罪だな」

 

 こう進言することでしか己の無害を表す術はない。決意した手前ここで「阿良々木 暦」の手を離す結末になることは避けたいが、自分のエゴを通して誰かに迷惑をかけるなど、過去の失敗から何も学ぶことができなかったというようなものだ。

 

「いきなり兄ちゃんになっちゃって混乱してるのはえっと、名前は?」

 

「宙野かなたです」

 

 「阿良々木 火憐」は僕の後悔や不安を感じたのか僕の方に向き直ると、ヒーローの風格を思わせる笑みを浮かべ、宣言した。

 

「今1番困ってるはかなたさんだ。一時的に家を貸すくらいの事で文句垂れるなんてそんなかっこわるいことは出来ないぜ」

 

「……流石は『阿良々木 暦』の妹。いや、流石は『ファイヤーシスターズの阿良々木 火憐』だと言い直させて欲しい。僕の卑屈で君の誇りを傷つけてしまうところだったね。もし既に手遅れだったなら僕をその傷と同じだけ傷つけてくれて構わない……というのは少し卑怯だったかな」

 

「兄ちゃん。この人変だ」

 

「珍しく見解が一致したな」

 

 僕の謝罪になんてことはなさげに毒を吐くと「阿良々木暦」は「阿良々木火憐」が通ってきた廊下の曲がり角に視線をやってこう切り出した。

 

「ところでだ、そろそろ月火も待ちくたびれてるだろうし、早くこの変人を紹介してやろうぜ」

 

 変人という呼称が僕に対するものであることを文脈で理解してから、内心で納得するまで少しばかりのラグが発生したけれど、一連のやり取りで見せた僕の振る舞いは、動揺していたものの変人と言って相違ないか。

 

 これから対面するだろう「阿良々木月火」はその移ろい易さと自由さから「物語」に関する知識があろうと一筋縄ではいかないだろう。「阿良々木暦」が警戒を促しただけのことはある強敵だ。

 いや敵という表現は妥当ではない。強敵改め強壁、音にしてきょうへき。だが、断じて胸壁とは書かない。なぜならば「阿良々木月火」の胸は掴めるほどにはある。「阿良々木暦」がそう出来たことがそれを証明している。

 

 ……ハッ!急に何を考えているのだ僕は。これではまるで「阿良々木暦」のような思考ではないか!━━それは失礼に当たるのではないかと思わないくもないが。

 僕が「阿良々木暦」になったのは肉体だけだと思っていたが、まさか思考までもが近づいているのだろうか。だとすれば……

 

「最高の気分だ」

 

 これが成されればおそらく僕という個は消滅する。完全な「阿良々木暦」に変化して現実に帰るのもよし、「物語」の異物として専門家に処理されるのもいいだろう。そして最も有力なのは「くらやみ」だ。物語における、絶対的な裁定者。「くらやみ」の存在定義を鑑みれば、僕のような存在こそを消し去るべきなのだ。

 仮説が正しいかわからないが、どの道消え去ることが出来るのならば、永遠の眠りに向かえるのならばこれ以上のことはない。

 

 僕が消えるかどうかはその時が来ればわかる。意識を切り替え「阿良々木月火」の待つ部屋へと歩みを進めた。

 

「兄ちゃんやっぱりこの人変だ!」

 




タイトルつけるのが難しい。
でも原作のキャラエミュの方がも〜〜〜〜〜っと難しいですね。できてるのかな、多分できてない。
難解なキャラクター。さすが西尾維新大先生だ。

自分で産んでなんだけどフルネーム呼びするキャラの脳内、やかましすぎるね。登場人物が増えたら緩和策が必要になるかもしれない。

意図した通りに内容が伝わっているか、キャラクターは原作から乖離していないか、心配です。

それにしたって前回投稿からどれほどの時間が流れたのだろうか。がっつり着手してから1、2ヶ月くらいは経っているよ。
文章って難しいですね

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