キミと双子の最後の戦場、あるいは正解を探す聖戦 作:ゆーえゆ
ネビュリス皇庁「星の塔」。ある談話室にて。
「なるほどなるほど。彼のことは知らないと。まあ彼は帝国人でしたし、王女であるアリスとは関係がある訳ないですが。本来は」
「そ、そうよ。わたしはイスカ——じゃなくてあの帝国兵のことなんて、なんとも思ってないし面識もないんだから!」
「はあ、この後に及んでまだとぼけるのですか。強情ですね。双子の妹のわたしにまで隠し通すつもりですか、お姉ちゃん?」
「はうっ!? お姉ちゃん呼びはくすぐったくなるからやめてって言ってるじゃないアーシャ! そんな風に真顔で言っても教えてあげるつもりなんてないんだから!」
「…………」
話題はずばり、アリスと帝国兵イスカの関係についてである。
「ええ、そういうことにしておいてもいいですが……しかしおかしいですね? 彼は随分と貴女にご執心だったようですけれど。なにせわたしの顔を見るなり『アリス!?』とそれは見知った顔であるかのように叫んでいましたので」
「え? それ本当!?」
ご執心、という言葉に嬉しそうな顔をするアリスと、彼女にジト目を向けるアーシャ。我が姉ながら分かりやすい、とため息をつく。
————実のところ、アーシャにとってアリスと彼の関係は興味はあっても重要度はそこまで高くはない。
アリスを含めた他の姉妹と違ってアーシャは次期女王になるつもりはないからだ。
自分が一応女王候補に選ばれていて、アリスが自分のライバルと呼ばれる立ち位置にいることは知っているが、その弱みを握ったところで、それを利用して女王候補から蹴落とそうなどとは思わない。
その行為は無用な混乱を生むだけであり、その隙をついて他の姉妹や他家が女王の座に手を伸ばそうとしたりルゥを蹴落とそうと暗躍することの方が彼女にとって面倒なことになる、とアーシャは理解している。
そういった身内同士の無駄で見苦しい争いは彼女の最も嫌うところである。平和主義者かつ怠け者のアーシャにとっては帝国との戦争すら消極的に回避していきたいものでしかなく、まして皇庁内部での争いなど馬鹿馬鹿しくて付き合っていられない。
「しかし皇庁の王女であるアリスが帝国軍に属する殿方と恋人同士とは、なかなか難しい恋路に思えます。確か似たようなテーマの歌劇があった気がしますが、はてなんという題だったでしょう」
「こ、ここ、恋人っ!? わたしとイスカがっ!? な、何を言ってるのアーシャ!? そんな関係じゃないわよわたしたちはっ!!」
「あら、ではどのような関係なのでしょう?」
「うぐっ」
アーシャにとってはアリスがイスカとどんな関係でいようが、それを言い触らすつもりもないし、知ったところでせいぜい姉をからかうネタができたとかそのくらいの考えである。
そもそもミュドル峡谷で会った時のイスカの言動から、彼とアリスが戦場で見えたことがあるというのは分かるし、であればどこかの中立都市で別途遭遇して仲良くなったのだろう、という程度の推察もできている。アーシャ自身がそうやって彼と縁を結んだのだ。彼女の姉であるアリスがそうであってもなんらおかしいことはない。偶然というのは恐ろしいものだから。
最悪な予想の一つとしては、アリスがイスカを通じて帝国軍と組み、皇庁の崩壊を企んでいる、ということも考えられなくはないが、アリスの人柄を良く知るアーシャにとってはそんなことはあり得ないと断言できるし、次期女王の最有力候補というアリスの立場上そんなことをする意味がそもそもない。加えて魔女の逃亡に手を貸した、という話を鑑みれば、いくらイスカが元帝国使徒聖という経歴を持っていようとも帝国側がそんなリスキーな判断をするとも思えない。
……とはいえ、それが今の姉にとって急所となりうる関係なのは事実。
「まったく……わたしだからいいものの、お母様や他の血族の方々に知られでもしたらお叱りどころの話では済みませんよ? 恋人でも友人でも構いませんが、彼は敵国の兵なのです。立場上問題が多過ぎます」
「うう、それは分かってるのよ。でもそういうのじゃないの……わたしはただ……」
言い淀むアリスを気にせずアーシャは続ける。
「燐はこのことを知っているのですか? いや知らない筈ないですね。あの子の性格上さぞかし苦労していることでしょう」
「…………」
燐はアリスの従者である。単なる世話役ではなく有事の際の護衛としての面も持つ星霊使いであり、それはつまりこの皇庁において双子の妹であるアーシャよりもアリスと接している時間が長い唯一の人物でもあるということだ。
そんな彼女がアリスとイスカの関わりを知らないというのはアーシャには考えられなかった。
はあ、と再びため息をつく。
ミュドル峡谷での戦いを思い出す。
「彼は……ネビュリス王家の一員であるキッシング嬢と互角以上に戦うほどの強さを持っていました。わたしはそれを間近で見たのです」
アーシャが手を出さなければ、キッシングは敗れていただろう。
アーシャの唯一の懸念はその点だ。彼がアーシャの家族を——アリスを、あるいはイリーティアやシスベルを、そして女王である母を傷つけ得る存在である、ということ。
アリスとイスカがどんな関係かは知らないが、その関係は不安定なものだ。アリスが星霊使いで、イスカが帝国兵であるのなら、望む望まないに関わらずいずれ破滅的な未来が訪れるのではないか。そう思えてならない。
「アリス。一つ約束してくれますか?」
「何かしら?」
「彼との関係が続くことで、家族に危険が及ばないようにしてください」
「! それは……当然よ。改めて言われることじゃないわ」
「アリスが誰と付き合っていようが、わたしからは何も言うつもりはないです。あるいはそのせいで女王候補を外されてもアリス自身の責任ですから。でも、彼と関わったことでお姉様やシスベルが傷付くことになれば、わたしはアリスのことを許せなくなるかもしれない」
「イスカはそんなことしないわよ」
「アリス自身が彼に倒されることになっても?」
「……わたしは負けないもの」
「もちろんです。アリスは強い。そこを疑うつもりはありませんが、今回の件を見るに心配せずにはいられません。実の姉が
「…………悪かったわ」
分かればいいのです、と頷くアーシャ。
「皇庁のみんなには黙っていてあげますから、アリスの方も知られないようにしてくださいね。もしバレても庇いませんよ?」
「いいの?」
「そうですね、では今からわたしは彼のことを皇庁の誰とも関係ない……アリスとも関係ないただの帝国兵とみなすことにします。もうしばらく戦場になど出るつもりはないのでほぼありえないとは思いますが、仮に戦場で遭遇すればわたし自身が死なない程度に戦い、それ以外の場所ではできるだけ知らんぷりをする、ということで」
もっとも、アリスとの関係に深入りしないというだけで、軽くお喋りするくらいはいいでしょうか、とも思うアーシャである。
そんなアーシャの内心は知らないアリスは妹の顔を見つめ、ゆっくりと首肯した。
「……それでいいわ。ありがとうアーシャ」
「礼はいりません。自分に降りかかりそうな面倒ごとを避けた結果ですから。それにそもそも彼は
「イスカは生きてるわ。だってわたしも無事戻ってきたのだもの。イスカだって……」
「……奇遇ですね。実はわたしもそんな気がしていまして。可能性の低いことだとは思うのですが」
考え方や目的の相違はあれど。結局のところ。
この双子は裏表の関係ではなく、同じ側に立つ存在なのであった。
後日談でした。これにて第二巻の内容は終了となります。