キミと双子の最後の戦場、あるいは正解を探す聖戦 作:ゆーえゆ
Chapter.1 自由への逃走、あるいは女王の憂鬱
「はあ、仕事が終わりません。退屈ですね」
ネビュリス皇庁「星の塔」。
その中の王族用のとある書斎に、そんなことを呟く少女がいる。
飛行の邪魔にならないことを目的としつつそのついでに双子の姉との区別を容易にするべく肩のあたりで切り揃えられた艶のある金髪が、部屋の外から差し込んだ陽光の中で淡く輝く。ただ机に向かうそれだけの姿であっても一枚の芸術作品のように美しい。
愛らしい目鼻立ちだが、その紅玉色の静かな瞳からは年頃の乙女らしからぬ理知と落ち着きが感じさせられ、起伏に富んだ早熟な肉体と相まって十七歳とは思われない大人びた色気を醸成している。
少女の正体は現在のネビュリス皇庁女王の娘の第三王女。
名をアーシアニア・ルゥ・ネビュリス9世という。
「……おかしいですね。わたしは先日の一件でここ数年でも稀に見るほどよく働いたはずなのですが、なぜ仕事がさらに増えていくのでしょう」
地表に発生した星霊エネルギー資源を巡る帝国と皇庁の争奪戦。
その一件で少女の為したことといえば、水面下で対立する皇庁の三血族のうち先んじて情報を得たゾア家と中道派のヒュドラ家の間の協力関係の有無を確認し、それが終われば女王の命により単独で現場へ急行、当地にいたゾア家の星霊部隊と協力して帝国の攻撃から資源を守りつつ、資源が自然消滅したのを確認すると星霊部隊が撤退していった後のキャンプ地を帝国軍に情報が渡らないように一人で焼き払い、姉が氷結させた帝国側の廃棄拠点に何か情報や技術の残留物がないかどうかの確認をしに赴き、戦場となった峡谷内の各所を巡って帝国側の調査行動の事後記録を採り、皇庁に帰った後はアリスや燐、仮面卿の部下たちから聴取をしつつ今回確認できた帝国軍戦力とゾアの内部戦力を報告書にまとめて女王に提出し、ゾア家お抱えの星霊エネルギー観測班が持っていた今回の
王家で一番の怠け者、という評判とは真逆の大活躍であったとアーシャは自己分析する。……概ね事後処理においての事で直接的な戦闘は少なかったが、全体を通してのその仕事量は姉アリスの優に三倍を越える。ほとんどが女王から命じられた任務であった。
「わたしにあれほど仕事をさせるなんて、あの時のお母様はもしかして何か怒っていらっしゃったのでしょうか。燃え尽きるかと思わされるブラック具合でした」
そんな仕事がひと段落し、さあ休めるかと思ったら、今度は今現在取り組んでいる大量の書類仕事が待っていた。しかも延々と書類が追加され続けているので片付けても片付けても減らない。
……なぜ書類が減らないのかというと、実はアリスの休みを作るために燐が主人の仕事を調整した結果、若干そのしわ寄せが回ってきていたのだが、そのことをアーシャは知らない。
それでも淡々と淡々と処理し続けていた彼女の姿は側から見れば立派なものだったが、表情に出さないだけで彼女の中には着々とストレスが蓄積されつつあり。
————そして今日、本日五回目となる書類の追加が運ばれてきた時に爆発することになる。
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「女王陛下、緊急事態です! 第三王女様がお仕事なされていた書斎からいつの間にか姿を消して行方不明であると巡回の護衛兵から報告が!」
「なんですって!? まさか帝国による誘拐ですか!? 急ぎシスベルに調査を命じて……」
「そ、それがアーシアニア様ご本人の筆跡でこんな書き置きが残してあり……」
「書き置き? なんです?」
差し出される紙切れに目を通す女王。そこには『数日お暇をいただいて羽を伸ばして参ります。探さないでくださいませ』なる文言が書かれていた。
「……………………ちょっと最近働かせすぎましたかね? あの子にしては珍しくちゃんと仕事をしてくれていると思ったのですが、まさか堂々と脱走するとは」
メッセージの紙を握り潰して女王はため息をつく。真面目にしていれば優秀な娘であるが、どうもやる気がなくていけない。
アリスのように突出した戦闘能力を持つのに戦場に出たがらず、知略に優れ交渉能力もあるのにイリーティアのような外交面での地盤固めをするでもない。宮中からの変わり者という評価も仕方ないといったところだろう。
「怠け者、というポーズを取って次期女王候補という立場から逃げようとしているのですね。従者や護衛を不要としているのも敢えて派閥を作らないようにして敵対視されるのを避けるアーシャなりの処世術。対立や争いを嫌うあの子らしいですが、それでは女王としての私の顔が立ちません」
困りものですね、と漏らす女王。
「い、いかがなさいますか? 王宮近辺に捜索隊を……」
「いや、あの子が飛んで逃げたのだとすればもう皇庁の外に出てしまったかもしれません。行き先はおそらくどこかの中立都市……
そういえば確かアリスもちょうど今休暇をとっているのでしたね。行き先はエインと言っていましたが、もしやアーシャも」
母の予想は違わず、アーシャが向かったのは皇庁と帝国の戦争に加わっていない中立都市の一つであるエインという街。芸術鑑賞を好むアリスやアーシャにとってお気に入りの都市である。
その場所で成された一人の従者の独断行動が、これから皇庁と帝国双方を巻き込んだとある大事件へとつながることになるのだが、それを今はまだ誰一人として知るものはいないのであった。
第三巻の内容に入ります。