キミと双子の最後の戦場、あるいは正解を探す聖戦 作:ゆーえゆ
中立都市エイン。
数多の芸術が集う場所であり、帝国と皇庁の争いの及ばぬ場所。
その中のとある広場にて、アーシャとミスミスが目撃したもの、それは。
「——イスカ君?」
「……アリス? 何故ここに? それにこれは一体どういうことで……」
意識なくぐったりと目を閉じているイスカ。それはまだいい。それだけなら観光に疲れて居眠りをしているだけのようにも思われたかもしれない。
——ただ、その場に彼と共にいた二人の人物の存在がアーシャにとって完全に予想外だった。特にそれが見知った二人……双子の姉とその従者で、しかもその片方、茶髪を二つ分けにした少女、燐が彼のことを細腕に担ぎ上げているともなれば、この現状が異常事態であることは明らかで。
とさり、と音を立ててミスミスの持っていた買い物袋が地面に落ちる。
それはどう考えても、この中立都市においてはあってはならない光景であった。
「っイスカく——!?」
「騒がないで!」
思わず大声を上げそうになるミスミスをアリスのやや抑えつつも鋭い声がピシャリと制止する。
代わりに声をかけるのは、混乱しつつもこれが見過ごせない蛮行であるという理解には至っていたアーシャ。
「説明しなさいアリス。そして燐。あなたたちが何をしているのか」
「……なんでアーシャがエインに居るの? 今日は仕事があったはずでしょう? それにその女性は帝国の……」
「そんな些事は今はどうでも良いです。説明しなさい。今、この現場の状況を、わたしを納得させられるように」
「ア、アーシャ様。これは——」
「——中立都市で、帝国兵に手を出したのですか?」
その端的な確認に、今度はアリスと燐が口を噤まされる。
事実としてはその通り。本人たちの意図はどうであれ『戦争の持ち込みを禁じている中立都市の中で、皇庁の魔女が、帝国の兵を攻撃した』という状況。
アリスもまた、双子の妹がなぜここにいるのか、帝国兵であるミスミスと何をしていたのか、などの疑問と、そしてそんな彼女をしても確実に非難されるであろう状況に自分が置かれていることに内心で悪態を呈しながらも、弱みを見せまいと厳しい声を絞り出す。
「……この剣士は、
「知っています。それがどのような理屈でこの現状に繋がるのか、それを説明しなさいと言っているのです。敵だからと言って許されることではありません。この場所は……」
アーシャの問いに、アリスは首を振ってこの場において彼女たちの今後の行動を決定付ける一言を告げた。
「説明する必要はないでしょう? いずれ倒すべき敵国の兵士である彼をこの場で捕虜にしただけ」
双子の姉は、妹の隣にいる小柄な帝国人女性を見る。今まさに部下を敵の手中に捕らえられた彼女は呆然と立ち尽くしていて。
「預かっておくわ」
「………………」
「皇庁第十三州アルカトルズへわたしたちは向かう。この剣士は捕虜。人質解放の条件は追って伝えることにする。待っていなさい」
「わたしの前でそんなことをできると思いますか? これは王家の……皇庁の威信に関わる問題です。アリスならそれを重々わかっているはずでしょう」
「王女としての立場を厭うあなたが王家の威信を語るの? 邪魔しないでアーシャ……約束するわ。この剣士の命は——」
「卑怯者っっっ!」
堰を切って放たれたその悲痛な叫びは、聞いていたアリスとアーシャ、双方の心を揺らす。
「イスカ君に何をしたの! この都市がどんな場所かも知っててこんな卑怯な真似をして、それが魔女——あなたたちのやり方なんですか!」
「……あなたに話す義理はないわ」
「ミスミスさん……しかし……」
アリスの行動は咎めなければならないものだ。ミスミスの言葉は正当性がある。けれど妹として姉がこんな非道に走るような人間ではないことも知っているアーシャは、この異常事態がなぜ起きたのかを知らないまま話を進めることができず、帝国兵のミスミスに対して何をどう説明したものかと言い淀む。
そんなアーシャに、その内心を知らないミスミスの、広場にくる過程で緩みかけていた敵対心が再燃して牙を剥く。
「嘘つき!! 一人で来てるって言ってたのに! ここでは何もしないって言ってたのに! 仲間と組んで騙したの!?」
「な!? 違っ……それは!」
ミスミスから見ればアリスとアーシャは同じ皇庁の魔女。しかも双子であり、そんな彼女らが同じ都市に来ていることは偶然ではなく、アリスの凶行を彼女が知らなかったとは考えられなかったのだ。
本当は燐の独断でありアリスとアーシャがここで遭遇したのも完全なる偶然なのだが、当然そんなことはミスミスは知る由もない。
そうした彼女の思考を即座に理解したアーシャではあるが、言動などから否定しようにも敵兵であるミスミスが信じられるはずもない。アーシャも立場が逆ならそう考えるかもしれないという事実が、彼女の弁明の言葉を詰まらせる。
とにかくこの場の敵対関係をなんとかしなければ、とイスカを担いでいる燐に彼を下ろすように命じようとした彼女の目に、さらに驚くべきものが映る。
否、アーシャだけではなくアリス、そして燐も、その光景に目を見張った。
「イスカ君を————————返して!」
そう叫ぶミスミスの左肩に、見覚えのある翠色の強い光とともに、帝国人である彼女が持つはずのないもの——星紋が輝くように浮かび上がる。
「! ミスミスさん、それは……」
アーシャとアリスはそのことを悟りつつも、これが危機的状況であると判断する。
目覚めたばかりと見えるその力を感情に任せて今ここで解放されるのは、この場にいる誰にとっても最悪だった。制御できない力を解放して被害を出せば、今度はミスミスが中立都市に捕らえられてしまうし、原因となるイスカの拉致も中立都市に明らかになってしまう。
「だ、駄目です! ミスミスさん、ここでは……落ち着いてください!」
「——凍れ!」
アーシャが声を掛けるのとほぼ同時に、アリスの星霊術が彼女の足を凍結し、ミスミスは倒れ込む。
またしてもアリスが中立都市で敵兵に攻撃したのかと一瞬思ったアーシャだが、それがアリスなりの気遣いであることを察し、今度は強く問うこともできない。ミスミスの発動しかけた星霊術の光が霧散する。
「……今のはわたしからの
「アリス……」
「どんな星霊を宿したのか知らないけど、もしあなたが星霊術を暴発させていれば、あなたが中立都市の掟を破ったことになっていたわよ。アーシャも分かってるわね? 燐、行きましょう」
「アーシャ様、それでは失礼致します」
「————」
アリスは動けない女隊長と立ちすくむ妹に背を向けて歩き出す。その姿はすぐに見えなくなった。
そして残された二人は。