キミと双子の最後の戦場、あるいは正解を探す聖戦 作:ゆーえゆ
アリスたちが去り、残されたアーシャは涙で顔をぐしゃぐしゃにして悔しさで真っ赤になっているミスミスを見下ろした。彼女をこのままにはしておけない。
「ミスミスさん。今アリスの拘束を解きますから、どうか落ち着いてください。わたしには敵意はありませんし、あの二人も行ってしまいました。アリスの言う通り、この中立都市で星霊の力を暴発させてはいけません。あなたが捕まってはイスカさんを取り戻すこともできなくなります。どうか冷静に」
「……」
ミスミスが最低限の落ち着きを取り戻し、こくりと頷くのを待って、アーシャは彼女の足首に手を添え、一瞬だけ熱を発する。
元々大した拘束でもない。すぐに氷は溶けて消え、自由になったミスミスは地面に座り込んだ。
「このハンカチを差し上げますのでまずはお顔を拭いてください。安物で申し訳ありませんが」
そうは言っても王族から見ての安物であり十分高級な生地を使ったハンカチである。
ミスミスが顔を拭って整えたのを確認すると、アーシャは彼女をベンチへと座らせ、自分もその隣に座る。状況を一度確認し、今後何をすれば良いか頭を巡らせ、口を開いた。
「まず、身内がこのような暴挙に出たことを、わたしの方から謝らせてください。まさか姉が中立都市で帝国兵を拉致するなんて常識外な手段に訴えるとは思っておりませんでしたが、起きてしまった事実は変わりません。王族の一人として、皇庁と帝国の戦争における最低限のルールを破ってしまったことをここに謝罪致します」
彼女は頭を下げ、下げられたミスミスは呆然と眼前の魔女を見つめた。アーシャとアリスが協力していたと信じ込んでいたミスミスだったが、その姿勢に嘘が感じられないことと、何よりネビュリス皇庁の純血種たる王女が頭を下げたことによって混乱する。
しかし次の一言で、彼女は己のやるべきことを思い出した。
「そしてその上で、イスカさんの今後について話さなければなりません」
「っ! イスカ君はどうなるんですか! ことと次第によってはアタシは……」
「落ち着いて聞いてください。捕虜の扱いは戦時条約によって保障されていますが……いえ、有名無実の条約は置いておきましょう。捕獲した部署や派閥にもよりますが、実際に捕らえられた者が拷問を受けたり半永久的な禁固になったりすることはあります。元使徒聖ともなれば皇庁から見た危険度も跳ね上がるので、あるいは……処刑、ということすら考えられるかもしれません。本来であれば」
「! そんな!」
尤も危惧する可能性をアーシャが口にしたことで、ミスミスは半狂乱に近い悲鳴を上げる。
「慌てないでください。今となっては姉が彼をどうするつもりなのかわたしにも確実には読み切れませんが、すぐさまそのような事態に陥る可能性は低いです。今回の件は始まりが既にこちらの手落ち。その上処刑なんてことになれば皇庁の近隣諸国からの信頼も地に落ちます。流石にそんなリスクを王家の人間である姉が理解していないとは思いません。あくまで彼は人質。保釈金か捕虜交換か、そのために身柄は大事に扱われるはず。
姉は第十三州アルカトルズ——わたしたちが『監獄区画』と呼ぶエリアに向かうと言っていました。その言を信じるのであれば、最も悪いパターンであっても即時処刑ではなく監視塔の地下収監だと思います。あるいはアリスであれば自ら監視の元に置くために自身の宿泊するホテルに勾留とかそういったことも考えられますし、その場合であればもっと扱いは良いかもしれませんね」
ミスミスはその言葉を咀嚼する。
「……信じていいんですか?」
「確認のために、わたしはこれから彼女たちの後を追うつもりです。天に誓ってイスカさんに手荒な真似はさせません。わたしの立場上無条件での釈放は難しいかもしれませんが、彼を無事にあなた方の元へお返しするために全力を尽くしますので」
真摯な姿勢を見せるアーシャ。そもそもアーシャとアリスが協力関係にあるのであれば、目撃者であるミスミスをこんなところに残していかず、諸共に気絶させて連れ去ってもおかしくなかった。それに思い至った小柄な女性隊長は、ひとまずこの場では彼女の言葉を信じることにする。
「あ、あの、アタシはどうすれば……」
「そうですね。ミスミスさんはひとまず帝国にお帰りになるのがよろしいでしょう。イスカさんの身柄がこちらに渡ったことを上司や他の方へと伝えて下さっても構いません。そうした方が捕虜の受け渡しが速やかに行えるようになりますので。
そもそも不可能な話だと思いますが、万が一にも皇庁にこっそり侵入して自力で奪還しようなどとはお考えにならないでください。辛い気持ちはお察ししますが、その行為はあなたも、イスカさんも危険に晒す恐れがありますし、わたしとしても皇庁の民の安全のために見逃すことはできませんから」
「…………」
ミスミスは先日知り合いの女使徒聖から聞いた(彼女は気絶していたのでその後になって部下であるイスカたちから伝えられたのだが)特別任務のことを思い出す。どんな方法かは知らないが帝国兵が皇庁内に侵入する術があると彼女は言った。
それを利用すれば自分たちで黒髪の少年のことを直接助け出すことができるのではないかと考えたが、特務のことを敵国の魔女に話す訳にはいかない。
「イスカさんに関しては可能な限り早く……まあ、最大で一週間ほど掛かる可能性はありますが、必ずそちらに連絡致します。それをお待ちください」
「う、うん。分かりました」
話が終わったと思ったミスミスだが、続くアーシャの言葉にはっとする。
「イスカさんの話はここまでです。次はミスミスさん、あなた自身の話をしましょう」
「え? ア、アタシですか? それは……?」
「無論、あなたの左肩にあるその
「!」
アーシャが指差したのは、今は服とシールによって隠されてはいるが、先ほどまで眩しいほどに輝いていた翠色の星紋。
「その星紋、先日の
「……うう」
「稀有な事例です。星霊が人間に適合する確率はそう高くありませんからね。それが帝国の兵士であるあなたに取り憑いてしまった」
「…………」
黙り込むミスミス。イスカの誘拐という大事件によって半ば忘れていたが、そもそもこの問題があるからこそ、彼女は逃げるように帝国を抜け出して中立都市に来ていたのだ。
「帝国では星霊使いになってしまった者は、良くて投獄、あるいは人体実験を受けたのち処刑なんて話も聞きます。あなたがここにいるということは、おそらく帝国軍の上層部にはこのことを伝えていないのでは?」
「…………その通りです」
「ふむ。であればいくつかご提案があります。良ければ聞いてください。
まず一つ目は、皇庁に亡命することです」
「!?」
「何もおかしなことはありません。我が皇庁は図々しくも、全ての魔女にとっての楽園、などと名乗っております。わたしとしてはいまいち疑問を呈したいところですが、それでも帝国に比べれば星霊使いが即座に命を狙われることのない場所と言っていいでしょう。ミスミスさんは帝国のご出身ですが、わたしが庇い立てすれば普通の生活を送る分には問題ないと思いますので」
敵国である皇庁への亡命。ミスミス本人の身の安全という意味では悪くない話ではあるが、彼女は首を横に振る。
「……アタシは家族も友達も帝国に住んでるし、アタシを心配してくれる部下もいる。アタシ一人逃げるわけにはいきません」
「同じ理由で中立都市に移り住むこともしない、と」
頷くミスミス。アーシャは彼女のことを見た目通り小さくて可愛らしい、大人しいタイプの人間だと思っていたのだが、帝国軍で部隊長の位にまで昇っているあたり、意外と芯は強いのかと再評価する。
「しかし、帝国内ではいつ見つかってもおかしくないでしょう。軍に属しているのであればなおさらのことだと思いますが」
「う、うう。それはそうなんだけど……」
口籠るミスミスに、少し思案するアーシャ。そして告げたのは、皇庁への亡命以上にミスミスを驚かせる内容だった。
「——では二つ目の提案です」
対話は大事。