キミと双子の最後の戦場、あるいは正解を探す聖戦 作:ゆーえゆ
「二つ目の提案です。
皇庁にも中立都市にも逃げず、帝国軍に出頭するでもなく、ひたすら隠し続けて現状の立場を守りたいと仰るのであれば、隠蔽するための確実な手段が欲しいのではありませんか?」
「! それって!」
「あなたも先日の戦いに参加なさっていたので既にご存知だという前提で話させて頂きますが、皇庁は星霊使いの密偵を帝国軍に潜り込ませていました」
軍に潜入していた雷の星霊使いシャノロッテはミスミスの同期であり、あの戦いで彼女を捕虜にした張本人である。ミスミスが忘れるはずもない。
「わたしであれば、彼らが使っていた星紋隠蔽用のシールをご用意することができます。生憎と今現物の持ち合わせがあるわけではありませんが、数年、ことによれば十年以上の長期に渡ってスパイとしての正体を隠し通せる代物。それがあればきっとミスミスさんのお役に立つはずです。今回の一件が無事解決できたなら、そのシールをあなたに差し上げましょう」
そんな表面を隠すだけの肌色のシールではなく、とミスミスの左肩を眺めて言うアーシャ。
ミスミスにとっては願ってもない話だった。だが……。
「……アタシはあんまり交渉ごとが得意じゃないし、本当ならありがたい話だと思います。でも、それだと話が美味すぎませんか? 正直怪しいです。アタシたちを一方的に助けて、それがあなたにとって何の利益になるんですか?」
「…………」
アーシャはその質問に軽く黙り込む。ミスミスがそう思うのも無理からぬこととは思う。皇庁の魔女、しかも純血種の王族であるアーシャが、帝国兵であるミスミスやイスカに手を貸すことは、普通に考えれば怪しく、何か企みがあるのではないかと疑って当然だ。
「アタシからすれば、イスカ君を攫ったことは憎いし卑怯だと思うけど、あの氷禍の魔女の方は行動の理解はできます。でもあなたは何なんですか? たった一度、喫茶店で相席した程度の敵国の人間に、なんでそこまでできるんですか?」
「理屈をつけようと思えばつけられますよ? 例えばあらゆる星霊使いを助け、守るのが皇庁王家に生まれた者の務めだから、というのはいかがでしょう。あるいは今回の事件で姉がご迷惑をおかけした罪滅ぼしとか」
「……本心ですか? そうは聞こえません」
「少なくとも嘘ではありませんよ」
アーシャは少し躊躇いながら言う。
「……ミスミスさん。あなたは魔女には人助けをしたいと思う心がないのだと思いますか?」
「え?」
帝国人のあなたに言っても理解して貰えるかは分かりませんが、と前置きして、
「あなた方が魔女と呼ぶわたしたちですが、その誰であれ、もの思う心はあるのです。面倒な仕事をサボって遊びたくなる時もありますし、歌劇を見て泣くこともある。休日の散策とお茶を楽しんだり、胸が大きくならないのを嘆いたり、絵画の出来に首を捻ったり、ぬいぐるみを可愛がったり草花を愛でたりもします。家族を大事にしたり……人を好きになることもありますし、誰か困っている人がいれば助けたくもなる。
星霊を宿した者にも人間らしい普通の心と普通の生き方があるのです。残念ながら今は帝国憎しの感情が先立ってしまっていますが、本来の理念から考えるとそれを証明するために皇庁は戦っていると言っても過言ではないのですから」
「…………それは」
帝国の兵として敵国の王女の言葉になんと答えるべきか分からず口籠るミスミスをアーシャは紅玉色の瞳で見つめる。
始祖ネビュリスは迫害された星霊使いたちのために帝国に反旗を翻したという。アーシャはその当時のことを皇庁側で伝えられてきた記録でしか知らないが、今の帝国と皇庁の憎しみだけで反目し合う戦争は間違っていると感じている。
その先には終わりしかない。ヒトが目指すべき正解は別にあるはずだ。
「まあ戦場で敵として向き合えば戦いますし、そこで相手を助けようとは思いません。しかしここは戦場ではなく中立都市の平和な広場。顔見知りを助けるのに何を
「え、ええと、そうだけど……でもアタシたちは戦争をしてて……」
「戦争なんて戦場でやれば良いのですよ。わたしは怠け者なのでせっかくの休日を棒に振ってまで戦いたいとは思いませんから」
アーシャの本音としてはずっと戦争を続けている帝国の人間だからと言ってただの兵士である彼らに何か恨みがある訳でもないし、何の縁なのか自分と顔見知りになってしまった彼らとは命をかけて争いたくもない。少しの付き合いだがミスミスたちが悪い人間であるとは思えず、こんな戦場から遠い場所で敵同士だからと言って騙し合い、殺し合いのような野蛮なことに付き合うのは御免である。
それがどんな結果になろうとも、今こうしていることは自分の中の正義と誇りに照らして間違いではないだろうから。
しかしそんなエゴを口にしてもあまり理解してもらえないだろうし、何の意味もないのは分かっている。こうしている今も帝国では魔女たちを滅ぼすための策謀が生み出されているだろうし、自らの生家であるネビュリス皇庁もまた然り。その解決には何の役にも立たない。それに自分だって、どうしようも無くなって戦場に立つ時は多くの帝国兵を一人で薙ぎ払う恐ろしい魔女なのだから。
戦いを避けられない人間がそんな綺麗事を言っても伝わらない。だったらそういう時は適当な建前の方が役に立つことだってある。王家としての務めだとか罪滅ぼしだとか、その程度の建前でも。
奇異の視線を向けてくるミスミスに、アーシャは軽く咳払いする。
「少し喋りすぎましたね。まあ変わり者扱いされるのは慣れています。もしミスミスさんがわたしのことを信用できないと仰るのであれば、お譲りするのに何か交換条件でも出しましょうか。その方が取引と言うことで安心できるでしょう?」
「ううん、えっと、あんまり無茶な要求はダメだけど……」
「そうですね……イスカさんを釈放できたら、当然あなたとあなたの部隊が迎えにくるのですよね? ではその時に残る部隊の方々をわたしに紹介して頂きましょうか。ミスミスさんやイスカさんが頼りとする仲間、興味があります」
「それは……できるとは思うけど、そんなのでいいんですか?」
「一応は帝国軍の兵士の情報です。こちらとしても言い訳が立ちますので」
ミスミスにとって目の前の魔女を信頼することさえできれば、待っているだけでイスカも帰ってくるし自分の魔女化問題にも光明が見える。他の部隊の面々が納得するかは分からないが、自分の言葉を無下にもしないだろう。
「……いますぐ決断はできません。一応星紋のことを知っている部下にも相談してみます」
「ええ。それがよろしいでしょう。あなた自身のことです。存分にお考えになってくださいませ」
アーシャは立ち上がる。話はまとまった。次は行動に移す時間だ。
「あ、あの、ビームの魔女……さん」
「……次にその名でわたしのことを呼んだらシールの件は破棄させて頂きます。なんでしょう?」
「ひえっご、ごめんなさい! ア、アーシャさん! ——イスカ君のこと、よろしくお願いします!」
「ああ、大事な部下のことですものね、当然です。わたしにお任せあれ」
——そしてアーシャはミスミスと別れ、姉を追いかけるために中立都市の出口に向かう。彼女の速度を以てすれば姉の移動よりも早くアルカトルズに着けるかもしれないが、それはそれで待ち伏せできるので構わないだろう。
ミスミスも揺れる心を抱えながらも、イスカが誘拐されたことをみんなに伝えなければ、と足に力を入れて立ち上がった。シールの取引のことは上の者たちには言えないし、部下にもどうやって説明しようと考えながら。
彼女自身は取引の件もあって皇庁に侵入してイスカ奪還することには消極的になり始めていたのだが、事態は彼女の思わぬ方向に進んでいくことになる。
魔女にも心はあるよ、という主張は帝国の教育を受けてきたミスミスには受け入れ難いものだったかもしれませんが、二人の出会いが平和な喫茶店だったことが、アーシャの言葉に一定の説得力を与えたかなと。