キミと双子の最後の戦場、あるいは正解を探す聖戦   作:ゆーえゆ

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Chapter.7 双子の一番長い夜(1)

 

 ネビュリス皇庁第十三州アルカトルズ。

 半世紀ほど前に皇庁に併合されたその州は元は一つの独立都市国家であり、景観も帝国に近い高層ビルが立ち並ぶエリアである。

 その中に、アーシャやアリスたち王族が利用する高級ホテルがある。

 

「着きました。アリス様。どうぞホテル最上階の賓客室(スウィートルーム)へ」

 

 燐が車を停め、アリスたちの座る後部座席のドアを開ける。

 主人には礼を尽くす従者だったが、その視線が捕虜の少年へと向けられた時には、それは氷河期のように冷たくなっていた。

 

「帝国剣士。今から貴様をホテルへと運び込む。口が利けるからといって大声を出すな。ここはネビュリスの国内だ。貴様の味方は一人もいな————」

「あら、一人くらいはいるでしょう。例えばわたしとか」

「「! アーシャ(様)ッ!?」」

 

 声に振り向く。

 今まさにホテルのフロントに入ろうとしたアリスたちの目前に、中立都市で別れた第三王女が立っていた。

 

「な、なぜここが。我々を追跡してきたのですか!?」

「ええ。どうやら途中で追い抜いてしまったようですが。どうせアリスたちが宿泊するならこのホテルだろうと思って先回りして待っていました」

「……なんのつもりかしらアーシャ? わたし達の邪魔をしにきたの?」

「邪魔するかどうかはアリスが彼を如何に遇するつもりなのかによりますが」

 

 エインでのこともあり、姉妹は緊張を漂わせて対峙する。

 ただ一人、その場の空気に追い付けていないのは、その時意識を失っていたイスカだった。ついでに言えば、イスカとアーシャが以前顔を合わせたのはミュドル峡谷のことであり、その時は完全に敵として会っていたのでイスカにとって彼女は警戒の対象でもある。どうにか現状を把握するべく、二人の王女に声をかける。

 

「えっと、その、キミは……」

「イスカさん。車中でアリスたちに酷いことをされたりしませんでしたか? 見たところ何か毒物を飲まされていたようですが」

「いや、体はもうだいぶ動けるようになって来たけど……」

「……チッ。やはり致死毒にしておけば良かった」

「何言ってるのこの従者!?」

 

 舌打ちする燐を半眼で見つつ、アーシャはほっと息を吐く。どうやら喋るのに問題ない程度には回復しているらしい。

 

「色々と話さなければならないことがありますが、ひとまずは無事なようで良かったです。立ち話もなんですし、続きはホテルの中ですることにしましょう」

「……それもそうね。燐、イスカを案内してあげて」

「ま、待った! その前にまず聞きたいことがある。君……アーシアニアは、どういう立場なんだ? 僕の味方とか言ってたけど、アリスの仲間じゃないのか?」

「それについても、わたしにもまだ不明なことが多いのでなんとも言い難いのですが……とりあえずはイスカさんに危害を加える気はない、ということだけご理解くださいな」

「とのことだ。アーシャ様のご厚情に感謝して、とっとと立て帝国剣士。貴様ならもう立って歩けるくらいには回復しただろう?」

「と、そういった燐の蛮行も止めるつもりでいますので。燐、彼のことは丁重に扱うように」

「は……しかしアーシャ様、こいつは敵である帝国兵で……」

「これ以上、しょうもない討論で建物の入り口にわたし達を立たせ続ける気ですか? いいから言う通りにしてください。今回の件でわたしは割と怒っているのですよ?」

「は、はい! かしこまりました!」

 

 アーシャから静かな怒気を向けられ、燐は背筋を伸ばす。

 彼女はアリスの直属であり普段はアーシャから何かしら命じられることは少ないが、アーシャも仕えるべきルゥの王女であることは変わらない。

 従わざるを得なかった。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「何ここ……」

「わたし達のような身分の者が使う王族専用賓客室(プレジデンシャルスウィート)です。お気に召しませんでしたか?」

「え? いや、ちょっと自分の部屋と比べて広すぎたから驚いただけで」

「そうですか。どうしてもと仰るのであればここより多少グレードを下げた部屋もご用意できますが——」

「だめよアーシャ! ネビュリスの姫が捕虜を粗雑に扱ったなんて話が広まるのは嫌。それに彼の連行は事情が特殊すぎるわ。待遇が決まるまでは相応の扱いをするべきよ」

「無論、わたしもそのつもりですが。ちょうど良いです。その辺りの事情についてわたしに全て話しなさい。その様子だとアリスも彼の誘拐は本意ではなかったようですね? 何となくアリスらしからぬ行動だとは思ったのですが、もしや燐の独断だったのですか?」

「……さすがアーシャ。鋭いわね」

「燐、何か申し開きは?」

「あの、その、アーシャ様……これには訳が」

「アリスと(イスカさん)の間にただならぬ関係があるのは知っています。今更隠し立てする必要はありませんよ」

「た、ただならぬ関係!? その表現は語弊を招く気がッ!」

 

 イスカはその言葉にツッコミを入れようとして、アーシャの視線が向けられて何も言えなくなる。

 

「全く、面倒なことをしてくれたものです。単なる捕虜であれば話が早いのに、よりによって干渉禁止の中立都市で手を出すなど」

「こ、此奴が悪いのです! 私の睡眠薬入りジュースを無警戒で飲むとは思わず……」

「だからそれはそっちが悪いだろ!?」

「ええ、燐が悪いですね。ひいては部下の暴走を許した主人(アリス)の管理が悪いと言えます」

「ちょっと待ってアーシャ!? わたしもっ!?」

「当然です。……目撃者がわたしだけであれば皇庁としても最悪しらばっくれることができましたが、帝国人のミスミスさんにまで見られてしまいましたし。

 周囲の人々に目撃されていたら皇庁の外交的立場が揺るがされる事態になっていました。そうなれば燐をクビにするだけで済んだかどうか。重々反省しなさい」

「……申し訳ありませんでした」

 

 平伏する従者をよそに、会話中に出てきた女性の名前にイスカとアリスが反応する。

 

「ミスミス隊長……そういえば中立都市で置いてけぼりにしちゃってたのか。僕が捕虜になったこと、ジンや音々たちに伝えてるかな……」

「そ、そういえばわたしもアーシャに聞きたいことがあったの! 何でエインでアーシャとあの帝国人の女性が一緒にいたの? 彼女とどんな関係? そもそもなんでアーシャはわたし達と同じ旅行先に?」

 

 姉の質問に、アーシャは冷静に返答する。

 

「わたしがエインにいたのはただの偶然です。ミスミスさんと遭遇したのも、彼女と一緒にアリス達の蛮行を目撃したのも」

「納得いかないわ。あの女性はイスカと同じで敵のはずなのに、アーシャは随分と仲良く歩いてたじゃない」

「アリスに言われる筋合いはありません。彼女との関係は、強いて言えばお茶飲み友達ですね。イスカさんはご存知だと思いますが」

「イスカ?」

「……一回だけ、中立都市の喫茶店で相席しただけだよ」

「ええ。その意味ではイスカさんもわたしのお茶飲み友達と言えますね」

「なによアーシャ。イスカとわたしの関係についてあれこれ注意しておきながら、あなただって人のこと言えないじゃない!」

「別にわたしはアリスほど彼らに執着しているわけではありませんから。中立都市で偶然巡り合って仲良くなっただけですよ。帝国に寝返ったりもしていません」

 

 澄ました顔でそう言い、

 

「イスカさん。あなたが誘拐された件についてはミスミスさんと相談の上、帝国上層部へと伝わるようにしてもらいました。あなたは正式に捕虜待遇。返還条件などはこれから検討しますが、逃げ出して皇庁内で暴れたりでもしない限り手荒に扱ったりはしませんのでご安心を」

「そりゃ逃げられるなら逃げたいけど……どうせそうさせてくれるつもりはないんだろ」

 

 イスカは自分の側に立ち、憎々しげな表情で彼のことを睨みつけている燐を見る。

 

「ご理解頂けて何よりです。手錠を壊さない、この部屋から出ないという条件の下でではありますが、どうかごゆるりとお過ごしください」

「お待ちくださいアーシャ様! 見張る必要があってこの男をこの部屋に置くのは百歩譲って構いませんが、アリス様とアーシャ様と同室という訳には参りません! この剣士は危険です! いつ襲いかかってくるか……」

「あの剣は持っていないのでしょう?」

「剣がなくてもです。夜中にあなた様方の寝込みを襲うことは考えられます。男というのは例外なく野獣ですから」

「何の話よ!?」

「どういう意味だって!?」

 

 アーシャは嘆息する。彼女とて王女であり未婚の乙女。殿方と同じ部屋に泊まるというのはあまり好ましいことではないという理屈は分かる。

 

「……まあ、一理あるかもしれませんけれど。ではどうするのですか?」

「ここを私の部屋にして、アリス様とアーシャ様は隣の王族専用賓客室をお使いください。どうせこのフロアは貸切ですので」

「「燐が見張るの(ですか)?」」

「はい。夕食までは時間がありますので、一度お休みになった方がよろしいでしょう」

 

 燐の言葉に猜疑的な目を向けるアーシャであったが、疲れているのは間違いなかったし、先ほど釘を刺したからいいかと思って許すことにした。

 

「分かったわ。燐、くれぐれも彼には丁重に」

「…………ええ。妙なことはしないように。アリス、行きますよ」

 

 

 しばらく後、アーシャはこの判断を後悔することになる。




次回、お色気回。
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