キミと双子の最後の戦場、あるいは正解を探す聖戦   作:ゆーえゆ

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書きたいことを書いていったらこれまでの文字数の倍くらいになってしまった……


Chapter.9 双子の一番長い夜(3)

 夕食後。

 

 アーシャは手元の腕輪と繋がっているイスカと共にソファに座り、手ずから淹れた紅茶を飲んでいた。

 姉・アリスが入浴中のことである。

 浴室からは彼女の歌声(ハミング)が聞こえ、上機嫌でお風呂に入っていることが伝わってくる。

 イスカは気まずい表情で隣に座る第三王女を見る。

 

「あの……さ、アーシアニア」

「アーシアニア様と呼べ。無礼者」

「アーシャでいいですよ。ふふ、これを言うのも三度目になりますね」

 

 どことなく上機嫌なのはアリスだけではなかった。

 それはお茶を飲みながらゆっくり過ごせる時間だからか、あるいはようやく腰を落ち着けてイスカと話せるからなのか、アーシャはゆらゆらと楽しげにカップを揺らす。

 

「イスカさんは飲まないのですか? 別に毒は混ぜていませんよ?」

「帝国剣士貴様、王女たるアーシャ様御自ら淹れてくださったお茶を拒否すると言うのか? 失礼千万だぞ。やはり帝国の人間は野蛮だな」

「ジュースに毒を盛るような野蛮なことをした燐がそれを言いますか? まあ実際の毒の有無はともかく、敵の出した飲食物に手を出したくないという気持ちは分かりますけれど」

「……僕らはどうして呑気にお茶を楽しんでるんだ?」

食後茶(アフターディナーティー)です。わたしの普段の習慣なので、無理にお付き合いしてもらう必要はありませんが、よければ一緒に飲みながらお喋りでもしましょう」

「…………」

 

 黙り込むイスカ。彼にとってこの純血種は双子の姉と違って掴みどころのない性格であり、味方をするなどという言葉も怪しく、未だに警戒を持って当たるべきと考えていた。

 

「なんとか言ったらどうだ帝国剣士。は、まさかアリス様の入浴に気を取られて上の空だとでも? (よこしま)なことを考えているのならば成敗するが」

「なに言ってんの!? ……まあ確かに、敵国の兵の前で優雅にお風呂に入ってる事に対して思うことがないでもないけど、僕が訊きたいのはそうじゃない」

「伺いましょう」

「僕はこれからどうなる?」

 

 その言葉に、今度はアーシャと燐の方が黙る。

 燐はソファに座る第三王女と一瞬だけ目線を交わし、もう一人の主人がいるであろう浴室の方にも目を向けてから口を開いた。

 

「私とアリス様、アーシャ様との間で意見が分かれている。アリス様はまだ貴様の処遇を決めかねているが、私はこの地の監獄へと永遠に閉じ込めてしまえと思っている」

「そしてわたしはミスミスさんとの約束がありますので、あなたをきちんとした形で帝国にお返ししたいと考えています。もちろんイスカさんが皇庁(この国)に永住を望むと仰るのであれば話は別ですが」

「僕は帝国の兵士だ。皇庁に降るつもりはない」

「それについては残念ですが、わたし達のそれぞれの意見はそんなところです。態度を決めていないアリスも、どちらかといえばわたし寄りだとは思いますが」

 

 そんなアーシャの言葉に従者である燐が抗弁する。直にイスカと交戦した経験もある彼女にとって、この帝国兵の存在は主人の安全を脅かす危険因子。いくら主人が気に入っているからといって排除したい脅威であることに変わりはない。

 

「失礼ながら、アーシャ様。敢えて言わせていただきますが、アーシャ様はこの男の危険さを理解しておられません! 此奴はアリス様と互角に渡り合い、あまつさえ中立都市で暴れた始祖ネビュリス様を撃退するほどの剣士なのですよ! いずれアリス様やアーシャ様の王道を阻む壁になるかもしれません。ここで逃すべきではありません!」

「しばらく前に始祖様が覚醒したという報告は受けていましたが、その事態を収拾したのはアリスだけの力ではなかったのですね。あの星剣とやらがあればあの始祖様に対抗できたのも頷けます。

 …………アリスはともかく、わたしに王道なんてものはありませんよ。わたしは女王になるつもりはないですから」

 

 その台詞に驚いたのはイスカである。

 

「アリスの妹なんだから王女じゃないのか? アリスは女王候補だって」

「王女にも色々あるのですよ。女王を目指す者が多数派なのは確かですが、わたしは怠け者として知られていますので」

「怠け者……?」

「仕事をサボったり、アリスと違って戦場に出なかったりですね」

「え? でもこの前の星脈噴出泉(ボルテックス)の時には」

「あの時はお母様に命じられて仕方なかったのです。アリスたちが先に出向いていると知っていれば行きませんでした」

 

 イスカはますます不可解そうな顔をする。

 彼の認識からすると皇庁の魔女という存在は概して帝国に対して敵意を持ち、純血種ともなればその強大な星霊の力を振るって帝国兵の多くを蹴散らす者たちだ。その純血種が戦場に出たがらないというのは奇妙だった。

 アーシャは静かな声のまま続ける。

 

「戦いが嫌いなのですよ、わたしは。

 現女王(おかあさま)は帝国を打倒して戦争を終わらせたいと思っていますし、おそらく帝国でも同じでしょう。ですがわたしは積極的にそれに関わるつもりはありません。

 二国の戦争が早急に終わるのは望ましいことですけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「なんだって!?」

 

 イスカはその言葉に耳を疑う。それは彼自身の悲願とも言える「和平交渉で戦争を終わらせる」という目的に近く、しかし決定的に違う言葉だった。

 

「アリスもですが、戦争を終わらせるのに戦闘という手段を用いている時点で失敗だとわたしは考えています。それでは本当の平和には至りません」

「立場は違うけど、僕もアリスも戦争は終わらせたいと思ってる。僕らが間違ってるなら、君の考える本当の平和ってなんなんだ」

「失敗、というのは少し剣呑な表現だったかもしれませんね。別にあなた達のことを全て否定する訳ではありませんよ」

 

 訝しげな少年の姿に、アーシャは穏やかに笑う。

 

「イスカさんのことがようやく少し知れた気がしますね。捕虜の脱獄を助けるなんて帝国兵は変わっていると思っていましたが、やはりあなたはアリスと同じタイプの働き者のようです」

「……僕にはアーシャの言ってることが分からない。僕とアリスが働き者ってどういう意味?」

 

 アーシャはコクリと首肯し、

 

「例えば人質交渉で和平に漕ぎ着けたとしても、それで帝国人が星霊使いを恐れる感情がなくなるとは思えないということです。同様に皇庁の星霊使いが今まで迫害してきた帝国に対する恨みを捨てることもない。力で屈服させて言うことを聞かせるだけでは人々の中の禍根は消えないのです」

「それは……」

「その禍根は、いつか再び戦争を起こすでしょう。百年前に帝国に反旗を翻した始祖ネビュリスのような存在が今度は皇庁の中から現れます。だから単なる終戦に意味がないと言いました」

 

 本当に必要なのは戦争の勝敗なんてものではなく、帝国と皇庁のそれぞれの民がこれまでの歴史を許し合い、理解し合うことだ。

 この星に生きる全ての人々が平和に生きられること。それがアーシャの望み。

 

「しかしそれは不可能です。わたし一人では帝国の人々はおろか、自国である皇庁の人々すら説得することも叶わない。帝国を恨む勢力はわたしが女王になった程度では変えられないのです」

 

 水面下で対立するゾアやヒュドラだけではなく、自らの母親も、臣下たちも、アーシャのこの思いを理解してはくれない。そのことを悟ったのはもう随分と昔のこと。

 

「だからわたしは理想を追うことを諦めて、星の行く末を他者に委ねることにしました。アリスやイスカさん(あなた)の様な、理想を諦めない働き者に」

 

 故にアーシャは怠け者を自認する。普段の態度だけではなく、その生き方として。

 

「……話の中身はよく分からなかったけど、君が積極的に戦いたがらない性質だってことは分かった」

「ふふ。正直ですね。好感が持てます」

「あのアーシャ様。私めの忠告は……?」

「燐に言われるまでもなく、イスカさんの実力は知っていますよ。アリスと互角に戦ったと言うのも嘘ではないでしょうし、いずれ強敵となることも理解できます。けれど今回の件は義理がありますので、燐の言うことは聞けません。これはわたしの王女としての判断です」

「アリス様といい、姫様方はどうもこの剣士に甘い気がするのですが……」

 

 と、話の主が浴室からリビングへ出てくる。

 

「ふぅ、ようやく汗を流せたわ。王宮の広いお風呂もいいけど、ホテルで手早く入るお風呂も悪くないわね。夜の時間をゆっくり使えるもの」

 

 そう言いながら出てきたアリスの姿に、アーシャ達三人は凍りついた。

 

「ねえ燐、わたしの着替えだけど——」

「…………あの……」

「…………アリス様」

「…………わたしの姉は痴女だったのでしょうか」

「わたしの着替え————あ、あれ?」

 

 そこでようやく、この場に殿方(イスカ)もいることに気づいたのか、髪にタオルを巻き付けただけの裸身の少女が目を瞬かせる。

 透き通るような白い肌は湯浴みにより上気してほんのりと赤く染まり、首筋から豊かな胸元へと滑り落ちていく水滴がなんとも艶かしい。

 三人から目を向けられ、しばしぽかんとしていたアリスだが、はっと我に帰ると悲鳴を上げながらタオルで体を隠そうとする。

 

「い、イスカ!? 待って違うの! キミがいるのを忘れちゃってて!」

 

 体の前を覆い、イスカたちに背を向けるアリス。

 そうなると後ろが丸見えなので、このままイスカに晒すのもどうかと思いアーシャは立ち上がるが、彼女の背中にあるものを見たイスカがぽつりと、星紋、と呟いたことで、再びその場にいた皇庁の者たちの動きが止まる。

 アリスの星霊使いとしての証。雪の結晶と翼を合わせた様な形をした巨大な星紋。

 

「…………」

 

 アーシャや燐にとっては何度も見たことがあるもの。アーシャにしてみれば色こそ違えど自分の背にも似たようなものがある。しかしイスカにとってはアリスの星紋は初めて見るものであり、その存在感に内心驚いて。

 そしてその驚きからくる沈黙を、アリスは別の感情だと受け取った。

 

「…………イスカ。これを見て、キミはどう思う? 気持ち悪いかしら」

 

 帝国の人々が恐れる魔女としての烙印。生まれながらに持つ呪いの痣とすら言われる。

 アリスは俯いたまま、自らの好敵手として認めた少年に問うた。彼女の星紋を見た帝国人の少年が、何を思うのかを。

 

「アリス様!? お待ちください、何を仰るのですか!」

 

 その言葉を聞き捨てならないとでも言うように燐がアリスに駆け寄り、その肩を抱く。

 

「星紋は星霊使い(われら)の誇りです。何を恥じらう必要がありますか!」

「ありがとう燐。でもそれは自称でしょう? 悪魔の呪い。奇病。怪物の顔が浮き出た痣——帝国でそう言われてるのは周知の事実よ。

 帝国だけじゃないわ。中立都市でも、表立ってそう言う人間は少ないけど、星霊使いを嫌う人間の勢力が根強いわ」

「…………」

 

 アリスの言葉に何も返せない燐と、黙って聞いているアーシャとイスカ。

 

「勘違いしないで燐。わたしはそんなの気にしない。誰に何を言われてもいいわ。あなたの言う通り星紋はわたしの誇りよ」

 

 そして、彼女は振り向く。不安げな瞳と共に。

 

「だけど、なんでかな。キミがどう思うのか。それだけは知っておきたいの」

 

 問われたイスカは、アリスを見つめ返す。

 彼は今しがたのアーシャの話を反芻していた。帝国人が星霊使いを憎み、星霊使いが帝国人を憎む繰り返しは終わらないという話を。

 イスカはそれに納得がいかなかった。なぜ諦めてしまうのか、と。

 納得がいかなくて、せめて自分だけでも否定したくて、だからこそ眼前の少女の問いに真正面から向き合う。

 

「ねえ——」

「帝国の隊長で、『魔女』になった女性(ひと)を知っている」

「……」

 

 イスカの言葉が指しているであろう人物をアーシャは思い浮かべる。あの小柄で童顔な女性兵士のことを。

 

「……だとして、それがなんだって言うの? 今わたしが聞きたいのは————」

「関係あるんだよ」

 

 イスカが何を言いたいのかをアリスは掴みかねたが、被せるようにイスカが言う。

 

「その人は今も帝国の隊長をやっている。魔女になったとしても、星紋があったとしても、僕はその人を尊敬してる」

「素敵な上司さんなのですね」

 

 アーシャの茶化しに、今は目を向けず。

 アリスだけを見つめて、少年は話し続ける。

 

「帝国と皇庁が相容れない根源は星紋か? この百年、戦争が続いている理由は星紋なのか? 違うだろ。()()()()()()()()()()の有無じゃない。どちらの国に生まれたか、相容れないのは思想と立場だ」

「……っ!」

 

 (アリス)は目を見開き、(アーシャ)は静かに微笑んだ。

 

「キミは、わたしの星紋なんて気にも留めないと? そう言いたいの?」

「僕が戦うのも星紋が理由じゃない。何を今さら」

「……本当に? キミ、さっき驚いてたじゃない」

「今まで見たどんな星紋より大きいから驚いただけ。それは世界で一番大きな犬を見たとか、そういう驚きだから」

 

 ぷっとアーシャは吹き出してしまう。その言葉に、気にしすぎなアリスが可笑しく思えてしまったのだ。

 そんな妹に、姉は少し膨れながらも、どこか吹っ切れたように。

 

「……失礼しちゃうわ。アーシャもなんで笑うのよ」

「ごめんなさい。イスカさんの言葉があんまりにも可愛らしかったもので。まさか星紋を犬に例えるとは、そんなふうに考えたことは流石のわたしもありませんでした」

「……そうね。せめてもっと綺麗なものに例えて欲しかったわ。大きな犬じゃなくて、大きな宝石を見たとか、そういうの」

淑女(レディ)ですからね」

「宝石は詳しくないんだ。帝国の下級兵だから」

「……ばか」

 

 妹と同じように微笑みを浮かべたアリスはもう一度イスカの顔を見る。

 

「じゃあ、わたしのことはどう思ってるの? 魔女以外で」

「アリスのこと? ……戦場の好敵手(ライバル)

「——無礼者! いくら腕が立つからといって貴様のような一兵卒がネビュリス皇庁の王女であらせられるアリス様のことを気安く好敵手などと!」

「構わないわ」

「そうだ構わないのだ! ——って、ええ!?」

 

 従者の動揺はスルーして、アリスはイスカに指を突きつける。

 

「ようやく胸のモヤモヤが取れたわ。そうよ、その答えを聞きたかったの」

「アリス?」

「わたしを特別扱いしない無礼者。キミはそれでいいの」

 

 アリスリーゼという少女のことを等身大で見てくれる人物。アリスはその存在が嬉しかった。

 目をキラキラと輝かせてそう語る少女に少年は、

 

「アリス、僕からも大事な話がある」

「何かしら」

「……その、そろそろ服を。せめて下着だけでも着てほしいんだけど」

「え?」

「……そうでした。何を全裸でうきうきと話しているのでしょうかこの姉は」

「きゃああああ!!? イスカ! 破廉恥よ! どこをジロジロと見ているの!?」

「見せてきたのはアリスだろ!?」

「わたしはそんな気なかったもん!」

「自分の姉が露出狂というのは、認めがたい事実ですね……」

「アーシャ様も何を仰っておられるのですか!?」

 

 

 そうして、少年少女の長い夜は更けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、双子とイスカの対話回でした。
アーシャの心のうちが明らかになり、なんとなく今後のストーリーの方向性が見えてきたかと思います。

色々と諦めていたアーシャにとって、馬鹿正直に理想を追うアリスやイスカは眩しい存在で、そんな彼らの「互いを恨んでいない、ただ決着をつけるために戦う」という関係はかつて失った理想に近いものでした。

そんな一筋の光明を見たアーシャがどうやって進んでいくのか。『正解を探す聖戦』とは、それを描く物語です。

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