キミと双子の最後の戦場、あるいは正解を探す聖戦 作:ゆーえゆ
「……イスカさん」
「なに?」
「侵入者の話ですが、本当に何も知らないのですか?」
「知らないよ。そう言っただろ」
「…………そうですか」
追及の会話は短く終わる。
元よりこれが帝国軍の仕業であれば、自身が関係しているかどうかに関わらず彼が情報を漏らす訳もない、とアーシャは判断した。
アリスと燐がいないからと言って、イスカが胸の内を明かしてくれると期待したのは虫が良い話だったかもしれない。
「やれやれ、久しぶりの休日だと思って浮かれてエインに行ったのがもう懐かしく感じますね。羽を伸ばしにきたつもりが、気づけばまたきな臭い状況になっている。最近は特に星の巡りが悪いように思います」
「……エインでミスミス隊長に会ったって言ってたよね。今更だけど僕が拐われた時、隊長がどんな風だったか聞いてもいい?」
「大変取り乱しておいででした。それはもう、
「っ! 隊長が魔女化したこと、やっぱり知ってたのか。てことはアリスも」
「そうですね。危うく中立都市で騒ぎになるところでした。なんとか落ち着いてもらってから帝国へ帰って頂きましたが」
「隊長が捕まるのを阻止してくれたって言うなら、そのことだけは礼を言うべきなのかな」
「元は
自らの誘拐という大事を差し置いて上司を心配するイスカに、アーシャは穏やかに否定する。
「部下想いなミスミスさんと上司想いなイスカさん、羨ましい信頼関係だと思います」
「……隊長の星紋のことは誰にも言わないでくれ」
「アリスと燐は分かりませんが、少なくともわたしはそのつもりですよ」
「隊長も、他のみんなも、心配してるんだろうな」
「……そうでしょうね」
そこで会話が途切れ、一瞬の沈黙が部屋に満ちる。
アーシャが時計を見ると、時刻は19時を回ったところ。
外から足音が聞こえてアーシャが振り返ると、視線の先、部屋のドアが開いた。
入ってきたのは彼女の姉アリス。アーシャとイスカが窓際に立っているのを見て、何か話そうとしたのか近づいてくる。
そしてそれが。
今夜の戦いの火蓋を上げる爆発が、窓の外の景色に花を咲かせた瞬間だった。
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オーレルガン監獄塔。
アーシャたちのいるホテルからでも見えるその場所から、夜の暗さに映える鮮やかな火柱が上がっていた。
「……あの場所は——!」
「えっ」
「爆発か……!?」
三人ともが窓に張り付くように推移を見守る。火柱は規模の割に長時間は持たずに消え、それが星霊術によるものであることが察せられた。
星霊使いの犯罪者を捕らえた監獄で、星霊術による爆発。
アーシャの頭の中に嫌な予測が生まれる。と、そのタイミングで部屋に駆け込んでくる人物がもう一人。燐が連絡用の端末を片手にやってきていた。
「っ緊急です! オーレルガン監獄塔にて爆発を確認、さらにその敷地内の地面に大穴が空き、そこから大量の土砂が吹き出したと報告がありました!」
「爆発はわたしたちにも見えてたわ」
「……囚人の脱走です。看守よりの第一報で、あの魔人サリンジャーの独房付近からとてつもない轟音が聞こえたと——」
「何ですって!?」
「今現場の鎮圧部隊と連絡を繋いでいるところです」
「急いで燐。あの魔人が脱走したら、今度は
アリスの言葉に首を傾げるイスカ。
星霊が狙われるとはどういうことか。
「……わたしが向かうわ」
「で、ですがアリス様、あの男の星霊は危険です!」
「わたし以外にいるかしら。正面切ってあの男を止めるのは鎮圧部隊では至難よ。三十年前の戦いを聞いているでしょう?」
「…………」
黙り込む従者を前に、今度はアーシャが口を出す。
「アリスはまず現場の混乱を鎮めに行った方が良いのでは? 先程の星霊術による炎は消えましたが、どうやら通常の火災も発生しているようですし、アリスの星霊なら消火できるでしょう」
「……でも魔人が逃げちゃうわ」
「おそらくこれはただの脱走ではありません。先の侵入者の報告と合わせて考えても、何者かが脱獄に手を貸したと見るべきでしょう。犯人が残っていれば混乱はもっと広がると思いますし、現場指揮ができる人間が行った方がいい」
アーシャは一呼吸置いて、
「サリンジャーの方はわたしが押さえます。アリスの代わりになれる星霊使いなんて、わたしくらいのものでしょうから」
「アーシャ様!? しかし!」
燐の制止の声は聞かず、双子の王女は見つめあった。その姿は鏡に写したようにそっくりで、何人も立ち入ることを許さない美しさがある。
「珍しくちゃんと働くつもりなのね。アーシャ」
「少し確認したいこともあるので」
互いの意思を推し測るべく姉妹は視線を交わす。
「……分かったわ。燐、一階へ。すぐに車の支度をなさい」
姉妹の会話に、従者はそれ以上の言葉を飲み込んだ。
「…………かしこまりました」
「わたしには車はいりません。ホテルから直接飛んで行きます」
命令に従い燐は部屋の外に急ぎ去っていく。
従者が再び部屋からいなくなり、アリスとアーシャは目の前で起きている事態に口を挟めずに立ち尽くしていた捕虜の少年に向き直る。
「聞いての通りよ。今からわたしたちはこれから監獄塔に向かうわ」
「……詳しくは
「ええ。だってキミは敵だもん」
「そうですね。説明している時間もありませんし」
そこで何かを言おうとしたイスカの言葉に被せるように、アリスの言葉が部屋に静かに響いた。
「……だけど、キミに全部話せたら、どんなに心強いかなって」
「アリス、何を?」
アーシャは俯いた姉の顔を覗き込む。鏡写しのような自分と同じ顔が、何かを堪えるように震えている。
「ねえイスカ?」
————もしわたしが力を貸してって言ったら、キミはお願いに応えてくれる?
二人はそんな掠れた声を聞く。あるいは聞き違いかと思うほどのか細い声。
「——いえ、ごめんなさい。何でもないわ。アーシャも何も聞かなかったわよね?」
「…………聞かなかったことにしてあげます」
アーシャはアリスがこんな顔をするのを見たことがなかった。
姉が自分の知らない顔を帝国兵に向けている。不思議な気持ちだった。これが好敵手というものなのだろうか。アーシャの預かり知らぬ二人だけの関係。
「ちょっと囚人が逃げ出しただけ。すぐに捕まえて戻ってくるわ」
「ええ。どうか、ここにいてくださいね」
アーシャはそのまま部屋の外に出る。アリスも一緒に来るかと思っていたが、「忘れ物がある」と言い残して寝室の方へと向かってしまう。
アーシャはそんな姉が何をしようとしているのかを敢えて問わず、先に目的地へと向かうことにした。
彼女にもやるべきことがある。
アーシャとアリス、以心伝心とはいかずとも。