キミと双子の最後の戦場、あるいは正解を探す聖戦 作:ゆーえゆ
ネビュリス皇庁「女王宮」。
その基底部にある大図書館の片隅で、アーシャは本を片手にうつらうつらと眠気がくるに任せていた。本来なら事務作業用の資料探しに来ていたはずだったのだが、徐々にやる気が削がれてしまったのだ。
サボりたい時にサボる。それがアーシャの信条である。尤もそれが許されるかどうかは時と場合によるが。
「お母様は執務中。イリーティアお姉様はいつものように外遊。シスベルは引きこもりで、アリスは……空中庭園で園芸でもしているでしょうか」
そんなわけで、今日は彼女の昼寝を咎めて叱りにくる人間はいないはずだったのだが……。
「大図書館は静かでいいわね……この時間は人も少ないし、居眠りには最適」
「それは大変結構でございますが、アーシアニア様。お仕事は終えられたのでございますか?」
「!」
不意打ちで声をかけられる。
思わず目を開けると、そこには見覚えあるの人物がいた。
名をソワン。もう老齢になるが、王家に代々仕える一族の女性である。
「あらソワン。おはよう」
「おはようございます。アーシアニア様。ご休憩中のところ申し訳ありませんが、火急の事態ゆえお声をかけさせて頂きました」
「……何事ですか?」
サボりがちなアーシャとはいえ、王族として重大な仕事であればきちんとこなすようにしている。普段そこまで話すわけではないソワンが声をかけてくるというのは只事ではない要件だと察した。
ちなみに、他の姉妹と違いアーシャ直属の従者はいない。大抵のことは自分でこなせるし、アリスと住環境の近いアーシャは燐に任せることも多いから、と特例で女王に認められている。
「は。これはシスベル様からのご報告となります」
「シスベルから?」
シスベル・ルゥ・ネビュリス9世。アーシャとアリスの二つ年下の妹である。
普段は「星の塔」の自室に籠ってなかなか姿を見せない妹が、こうして使いを送ってくる。随分と珍しいことである。
「何かしら。あの子が緊急の要件と言うなんて、何を知ったのでしょうね。ゾアかヒュドラがクーデターでも企んでいたとか?」
「……そこまでのレベルではありませんが、ある意味ではそれに近いかと」
「へえ。言ってごらんなさいな」
「ミュドル峡谷の
「……聞いたことのない話です」
目を細める。
「やはりそうなのでございますね。この報告に前後して女王様とイリーティア様、アリスリーゼ様にも別の者が極秘でお伝えしているはずです」
「……詳しい内容を」
「はい。皇庁の南西にあるミュドル峡谷はご存知ですね? そこの地下にて星霊エネルギーのものと思われる熱源活動が観測されているようです。近日中に星脈噴出泉の発生があると見込まれ、帝国の連中も相当数の兵力を動かしているらしいという報告があった……とシスベル様は仰っていました」
「そんな段階にも関わらず、それをわたしやルゥ家の人間、女王であるお母様までもが知らされておらず、シスベルが星霊を使って知った。となると何処かしかで情報が止められていたと?」
「ご理解がお早くて助かります。シスベル様の話ではゾア家がわざと報告を遅らせているとのことです」
「なるほど」
ゾア。
アーシャたちルゥ家と同格の始祖直系の星霊使いの一族。
「……ミュドル峡谷。元はゾアの管轄の地区に近い場所だったと記憶しています」
「ええ。一番先に確認したのでしょう。星脈噴出泉を独占できれば家の力をより強めることができます。本来なら女王様に真っ先に報告する案件のはずですが、今回はそうなっておらず」
「女王聖別儀礼に向けて、ライバルであるルゥには譲らないというわけですね」
「は。仰る通りかと」
「……ゾアの動きはどうなっていますか? もう十分な部隊を出しているのであれば、わたしとしては無理にルゥの戦力を出す必要性は感じませんが」
「シスベル様によりますと血族からはキッシング様が向かわれたとのことです。付属の部隊も既に向かっていることでしょう」
「ふうん。あの子が……」
キッシング・ゾア・ネビュリス9世。ゾアの秘蔵っ子と呼ばれる女王候補の一角。
その実力は他家には隠されているが、ゾア家にとって虎の子と言っていい戦力である筈だ。
「把握しました。でもやはり、そこまで本格的にゾアが手を回しているのなら、敢えてわたしたちが動く必要はないのではないかと思います。
「ゾアでも帝国でも、
アーシャは一つ溜息をつく。
母親である女王の名を出されてしまっては、彼女もなかなか逆らえない。
「……わたしにとってはどうでもいいことです、と言い返したいけれど、仕方ありません。何もしないと後でお母様に確実に怒られますし、最低限の仕事はしなければなりませんね」
「勿論でございます。此度はサボりはナシでございますよ?」
「……はあ。何をすれば良いのですか? 月の塔に訪問でもしますか? あまり効果はないと思うけれど」
「それはアリスリーゼ様が向かわれる筈です。アーシアニア様には太陽の塔——ヒュドラに行って頂きたいと」
「それはつまり、ゾアの動きのことをヒュドラがどれだけ掴んでいるのか探りを入れろということですか? もし二つの家が共謀してルゥを追い落とすつもりならゾア単体よりも脅威になるものね」
「……はい。おそらくまだ掴んではいないと思われますが、万が一です。
「タリスマン卿と話すのは気を遣うのですけれど……まあいいわ。行くとしましょう。シスベルにはそう伝えて……って、別に不要でしたね。あの子はこの会話のことも見るでしょうし、お母様にはわたしの方から後で報告します」
「かしこまりました」
手中の本を棚に戻す。
安眠は終わり。
怠惰が許される時間もまた終わったのだった。
ソワンは原作では喋っていないので口調は想像です。