キミと双子の最後の戦場、あるいは正解を探す聖戦 作:ゆーえゆ
太陽の塔。
星・月・太陽からなる三つの王族居住塔。それらは高層の渡り廊下で繋がっている。その中でも太陽の塔は三血族のうちヒュドラ家の住まう王宮である。派閥が異なる者たちの暮らす場所であり、王女であるアーシャも普段は立ち寄ることはない。
供回りも連れず一人でスタスタと渡り廊下を渡って太陽の塔に辿り着いたアーシャは、中にいた従者の者たちに
「あ、アーシアニア様!?」
「急にどうなされたのです?」
「女王様からのご用件であれば使いの者を介していただければ——」
アーシャは首を振る。さらりと金髪が揺れ、従者たちが見惚れる間もなく、
「タリスマン卿に取り次いでください。緊急の要件があります。できれば血族の者だけで話したいのですが」
「っ!? た、直ちに!」
にわかに慌ただしくなる宮殿内。普段はやる気を見せない姫として知られる第三王女が、他家の宮に姿を見せたことにヒュドラ家の者も驚いているのだ。一体何が起きているのかと。
「……さて、この反応、やはりこの件のことはヒュドラは知らなかったと見えますが、当主殿は果たしてどうでしょう」
独り言を呟く。
「アーシアニア様、当主様からご了承頂けました。こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
ある一室へ案内される。豪奢な装飾の施された執務室にて、その男は待っていた。
「失礼致します。アーシアニア様をお連れしました」
「ああ、ご苦労。アーシャ君。入りたまえ」
鈍い銀髪を渋く整え、仕立てのいいスーツに身を包んだ長身の男。その名はヒュドラ家当主——「波濤」のタリスマンという。
「ご機嫌よう、タリスマン卿。急にお邪魔してしまって申し訳ありません」
「いやいや、現女王のご息女の訪れとあらばいくらでも時間は取ろう。しかし君がこの塔まで足を運ぶのは珍しい。緊急と聞いたが……まずは持て成しが先か。紅茶でいいかね?」
「お気遣いなく。さほどかかりませんので」
そう言ってアーシャは用意された座席に腰掛ける。
一息置くと、シスベルからの依頼を果たすべく話し始める。
「まず質問させて頂きたいのですが、タリスマン卿。昨日あたりから、ゾア家が兵を動かしていることはご存知でしたか?」
「いや、初耳だ。本当かね?」
「ええ。わたしも今しがた知ったばかりです」
タリスマンは軽くアーシャの言葉を反芻し、
「なるほど。それで、かの方々の目的については?」
「……未確認の
「!」
穏やかな表情だったタリスマンが一瞬だけ目を鋭くする。
と、その横から軽やかな声が割って入った。
「つまりゾア家は、あなた方ルゥ家がその知らせを聞くよりも早く兵を動かしていたということかしら? 女王様への報告より早く?」
アーシャがそちらを向くと、鮮やかな瑠璃色の髪を持つ少女が部屋の隅に立っていた。
「お久しぶりですねミゼルヒビィ。挨拶が遅れてすみません」
「構わないわ。あなたと私の仲でしょう? アーシャ?」
「そう言って貰えると助かります。ミズィ。質問の内容は肯定しますよ」
ミゼルヒビィ・ヒュドラ・ネビュリス9世。
ヒュドラにおける次期女王候補である。アーシャやアリスとは同い年であり面識もある相手だ。
「ふむ。つまりゾアはその星脈噴出泉を一族で独占する気であると?」
「わたしはそう捉えていますが、さてどうでしょうね。仮面卿に問えば否むやも」
「……その情報は君の妹、シスベル君の星霊の力によるものと思っていいのかな? ゾア内部のやり取りを傍受したのだろうが、そんなことが可能なのは彼女くらいだ」
「あえて隠す必要もありませんね。いかにも。その通りです」
タリスマンとミゼルヒビィ。ヒュドラの二人は黙り込む。
「(……今の時点では二人とも情報を知らなかったように思われますね。まあゾアにしてみればヒュドラはルゥほどではなくとも競合しなければならない相手ですし、仮に二家が手を組んでいたとしても今回のような場合では足並みを揃えていなくともおかしくはない)……タリスマン卿?」
「……ああ、情報提供感謝するよ。それで、ルゥ家はこの後どう動くつもりか聞いてもいいかな?」
「無論のことゾアに独占はさせません、……と言いたいところですが、もうゾアはほとんど部隊を配置し終えている頃でしょうし、血族から戦力を送っているとも聞きました」
「つまり?」
「現実的にはせいぜい監視を送るのがいいところでしょうね。
タリスマンが頷く。
「ふむ。了解したよ。こちらからもいくらか人員を送った方が良いかな?」
「そちらにその気があるのであれば」
言い終え、情報をまとめた書類を手渡しして、アーシャは立ち上がる。
「今日は太陽の塔を随分お騒がせしてしまったようで、急ぎだったとはいえ申し訳ありませんでした。次の機会があればゆっくり紅茶を飲みながら世間話でもしたいところですね。
…………あるいはここに来る前にタリスマン卿が既に動いているかとも思いましたが、そうではなくて何よりです」
太陽の当主は口元をふっと歪め、
「ふふ、正直だねアーシャ君は。勿論知らなかったとも。
「ええ。仰る通り。敵は誅すべきもの。身内は助け合うものです。敵は帝国だけで十分ですから」
だから敵に回らないでくださいね、という含み。
そう言い残すとアーシャは部屋を後にした。
アーシャの去った後のヒュドラの執務室。
タリスマンは温くなった紅茶を淹れ直させ、ミゼルヒビィと向かい合う。
「いや、珍しい来客だったが、ミズィ。彼女と話すのは久々だったろう。どうだった?」
「……油断ならない、と感じましたわ」
「そうだね。アーシャ君は昼行灯とも言われるが、たまに動いたと思えば随分と切れ味鋭い。腹の底もなかなか見せてもらえない。さすがはイリーティア君の妹だ」
「次期女王候補としてはアリスリーゼが筆頭となっていますけれど、直接やり合うとなると厄介なのはアーシアニアの方かもしれませんわね。戦闘における実力もアリスリーゼに迫ると聞きますし」
「今回はゾアの動きを我々に流したその反応を確認して、ヒュドラとゾアが繋がっているのかを確かめたかったんだろう。我々の地下活動に釘を刺すのも兼ねてね。
生憎と今の段階で直接繋がっているわけではないが。ふ、事が進むまでは我々も慎重に行かなければならないようだ」
二人の会話は誰も聞くことはなく。
評価されているとも知らないアーシャは、もうしばらく太陽の塔には来るまいと思いながら女王の元へ報告に向かったのだった。
ヒュドラ家のコンビ、割と好きです。