キミと双子の最後の戦場、あるいは正解を探す聖戦 作:ゆーえゆ
「さて、わたしはキッシング嬢が襲撃を防ぐお手伝いということでしたが……」
歩いていった眼帯の少女の後を追ったアーシャは、問題の
形状としてはクレーター。大地に開いた大穴に、星の内層から湧き出した燐光が文字通り泉のごとく溜まっていた。
「星霊光の色は赤ではなく
そんなことを呑気に呟いたアーシャは、その直後、大きく噴き上がった星霊エネルギーの光に驚いて数歩下がる。
「これは……活発化しているのですか。星霊が地表付近まで昇ってきている……?」
と、空から耳鳴りを引き起こす高音が聞こえた。帝国軍の陣地から撃ち込まれた短距離ミサイルである。アーシャはキッシングがいかにして対処するのか、と彼女の方を向いた。
そこでは帝国からの捕虜である小柄な女性隊長と、それを取り戻すために侵入してきた黒髪の帝国兵が、今まさにキッシングと対峙するところであった。
上空から落ちてくるミサイルを、眼帯の少女が「棘」を使って消滅させる。
「ふむ。触れたものを消失させる「棘」を作り出す星霊。あの規模のミサイルを迎撃できるとなれば、仮面卿が自信を持っていたのも頷けますが、さて襲撃者の方々はいかに攻略するおつもりなのでしょうか?」
その段に至って、ようやくアーシャは襲撃者たちに眼を向けた。その姿を認めて目を見開く。
そこにあった光景は彼女にとって意外なものだったからだ。
「……っ!」
————こんなところで出会うの。元帝国使徒聖イスカ。
アーシャの胸中に驚きが湧き上がる。
遊楽都市の喫茶店での出会いの後、個人的に調べた「イスカ」という名前。そして浮かび上がった、一年ほど前に帝国で起きたある事件。
帝国軍最高戦力・使徒聖の末席が、捕虜であった魔女を逃したという。
王家の中の変わり者と言われるアーシャをして常識外と感じざるをえなかったそのエピソード。その時の使徒聖の名がイスカであり、アーシャが出会った少年と特徴が一致する。
いつかまた再会することがあれば話を聞いてみたい、と思っていたのだが、まさかこれほど早い再会とは。
「さて、どうしたものでしょう。彼はキッシング嬢と戦っている。これを邪魔するのは先ほどの言葉に反しますね」
小声で呟く。
単騎で星霊使いの部隊の中に切り込んできたと言うことは彼が襲撃者の中の最大戦力だろう。手出しするべきだろうか。しかしキッシングの戦いに無理に参戦する必要はない、とも言われている。
「彼にはアリスとの関係を訊きたいのですが……キッシング嬢が敗れるのを期待する? それはあの子に悪い気がしますね……」
イスカはアーシャに気付いていない。
なのでアーシャはこのまま星脈噴出泉の陰で戦いを見守ることにした。キッシングの戦い方を初めて見るということもある。
しばらく観察させてもらい、そして適当なところで手を出そう、と考えていたところで、キッシングが先刻自身の「棘」で消滅させたはずのミサイルをイスカの頭上に展開する。
星脈噴出泉に炸裂するはずだった爆撃が、たった一人の帝国兵に与えられる。
「へえ。棘で分解したものを再結合できるのですね。これは流石に終わってしまったでしょうか……?」
自身の「熱」の星霊で巻き込まれるのを防ぎながら、攻撃の結果に目を凝らす。
生身の人間が生きていられるとは思えない爆発の中、
「誰を倒したって?」
「……な!?」
イスカは無事だった。
傷つきながらも見事に立っていた彼に対する、なぜ生きているのか? という疑問と警戒が居合わせた皇庁の魔女たちの頭を走る。
「ワケわからないって表情だけどアリスから聞いてないのか? 皇庁の血族なんだろ……?」
アリス、という名前を聞いたことにより、キッシングは表情を硬くし、アーシャは目を見張る。
「この剣には二つの力がある。黒の星剣で遮断した分だけ、白の星剣はそれを解放する」
「……?」
「
イスカが無事なのは、つまるところキッシングが無事であることと同じ理由。
「最初にミサイルを再結合して爆発させる。だけどこのままじゃ自爆も同然だ。お前も爆風に巻き込まれるから」
「…………」
「その自分に向かってくる爆風だけ、お前はもう一度『棘』で分解して消滅させたんだ」
そして彼女と同じように、イスカは黒い星剣で切った「棘」を白い星剣で再現して爆発を凌いだ。黒鋼の後継と呼ばれるその少年はそれを可能にする修練を積んでいる。
「星剣のことは教えた。だから今度は僕が訊く質問にも答えてもらう」
「……?」
「お前に、今の自爆手段を教えたのは誰だ」
「……ッ」
「相当に訓練を積んできたんだろ? あんな自殺行為を……いつ誰に、そんな凶悪な訓練を教え込まれた?」
簡単な質問。
しかしその質問は、少女の見えざる逆鱗に触れてしまった。
キッシングが体を折り曲げ、自身の眼帯を剥ぎ取る。
それはまるで何かの封印を解くかのように。
「禁忌事項に抵触」
「————っ!? なに……」
眸に浮かぶは彼女の星紋。星霊使いとしての証。そして今それが蠢きながら輝くのがイスカやアーシャにも見えた。
「質問者ならびにコレを聞いた者たちを無差別排除する」
キッシングが生み出した大量の「棘」が群れをなしてミュドル峡谷の一角を埋め尽くす。脚のない竜のような形態をとり、当然ながら今までの「棘」と同じくそれに触れたモノを消去しようとする。
それまでの経過を黙って眺めていたアーシャは、その「棘の竜」が本当に無差別……敵対者であるイスカは当然として部下である星霊使いや捕虜であるミスミスまで消し飛ばすほどの規模であると理解し、イスカがキッシングと対峙しているうちに動くことにした。
近くにいた「雷」の星霊を持つ金髪の星霊使い——アーシャは知らないが、元は帝国軍に潜入していた密偵であり、名前はシャノロッテ・グレゴリーという——に後ろからひっそりと近づき、声をかける。
「あの、少しいいでしょうか」
「ええ!? ア、アリスリーゼ様!? 帝国部隊の拠点に向かわれたのではなかったので!?」
「人違いです。……いえ、別に構いません。時間がないので」
騒ぎ立てようとする彼女をひと睨みして黙らせながら、
「キッシング嬢とあの帝国兵が戦っているうちに仮面卿を呼んできてください。巻き込まれたら死んでしまいますから気をつけて」
「は? はい。了解いたしましたっ!」
シャノロッテが駆け出す。
二人の決闘に目を戻すと、戦いはもう終盤。イスカが「棘の竜」の攻撃を避け、大岩に穴を開けて作り出した
「お前は強大だよ。そうやって力を振りかざせば大抵の人間は恐怖して言うことを聞くだろうさ。だけど……その力で、何もかも簡単に勝てるわけじゃない!」
イスカが星剣を振りあげる。
イスカはキッシングを殺す気はなかっただろう。アーシャには殺気は感じられなかった。人質にするために気絶させるつもりだろうか。
————よって、介入するならここ以外にタイミングはなかった。
剣を握るイスカの腕と肩、そして踏み込んだ片足を、ほぼ無警戒だった方向から放たれた数条の熱線が掠めた。
「!————っ!!?」
眼前のキッシングに意識を取られていて、かつ完全な不意打ちだったとはいえ、超反応を誇るイスカをして直撃を避けるのがギリギリの速度。
それは超高温のプラズマ流であり、直撃すれば筋肉も骨も神経もまとめてボロボロに灼き切ってしまったであろう代物である。当然、掠めるだけでもダメージは大きい。イスカはキッシングを攻撃できずに倒れ込んでしまう。
それでも左右の星剣を手放さなかったのは賞賛されるべきだろう。剣が必要になるほどの強敵がまだ残っている。それをイスカ自身が思いつくより早く肉体が認識していたのだ。
地に伏したイスカと、目前まで迫った帝国兵に対して目を見開いたままぺたりと尻餅をついて座り込むキッシング、そしてその始終を見守っていたミスミス。彼らは一様に熱線が飛んできた方向を見た。
「!」
「いや、凄まじいものですね。使徒聖というのは」
ゆらゆらと景色が歪む。それは現象としては蜃気楼と呼ばれる類のものである。しかし人間一人を綺麗に覆い隠す規模の蜃気楼などないし、そもそも太陽も沈みかけの薄暗闇の中に自然に発生したりはしない。「熱」の星霊による迷彩。
「いや、今は『元』使徒聖なのでしたね。それでもキッシング嬢をあわやというところまで追い詰めるなんて、常人にできることではないですから、面白いものを見させて頂いた、と言うべきなのでしょう」
蜃気楼の消えた先。そこに立っていた少女のことを。
信じられないものを見る眼で、彼らは見る。
「いつぞやぶりですね。イスカさん」
右手を前に出し、熱線を発射した姿勢のまま、あるいはいつでも発射できる姿勢のまま。
金髪の王女は彼らの前に姿を晒す。
「————わたしのこと、覚えていらっしゃいますか?」
「——アリス!?」「——アーシャさん!?」
ここで思わず双子の姉である方の名前を叫んでしまったイスカを責められる者はいないだろう。二度も間違われたその少女を除いて。
「はい。ミスミスさん正解です。イスカさんは不正解。人違いですとあの時言った筈ですけれど、覚えておられないようで、残念です」
言葉と裏腹に残念そうな表情は見せず。
どちらかと言えば楽しんでいると感じられるほど軽やかな口調で、少女は続ける。
「こんなところでとは思いませんでしたが、またお会いしましたね。再会を嬉しく思います」
友人に街角でばったり会った時のような気安さに、空気が一瞬緩む。
混乱の極みにあるイスカとミスミスは、アーシャの雰囲気に強い警戒を抱けず、それでも自分の認識を精一杯言葉にしようとして、
「え? え? ここは戦場で、魔女たちの基地で、アタシたちは魔女と戦ってて、え?」
「……アリスは氷の星霊使いだ。この星霊術は違う。でも始祖の血族であるキッシングのことを助けたということは……」
「ええ。キッシング嬢はわたしの縁者です。それに可憐な少女を剣で傷つけるのはあまり趣味がよろしいとは言えませんので、割って入らせて貰いました」
「……純血種か」
「帝国の皆様はそう呼ばれますね。ネビュリス直系王族のことでしょう。ご推察の通りです」
そこまで来てようやく現実が追いつく。
平和な休日に、どこかの街の平凡な喫茶店で、たまたま相席して談笑した少女が、自分たちが最大の敵と目する存在の一人であったこと。
それが数多の星霊使いの中でも一握りの、特に強大な力を持つ敵であること。
そんな敵が、いま無防備な自分たちの目の前に立っているということ。
戦慄する彼らの前で、アーシャは自分の豊かな胸に手を当て、恭しく一礼する。
「改めて名乗りましょう。
わたしの名はアーシアニア・ルゥ・ネビュリス9世。ネビュリス皇庁第8代女王ミラベア・ルゥ・ネビュリス8世の娘です。
ぜひ親しみを込めてアーシャと呼んでくださいね」
再会であり、真の出会いでもあり。