フードを被った男は言った、「自分の名前が分からない」と。
白い悪魔は呟いた、「自分の名前しか分からない」と。
黒い悪魔は溢した、「二人は似た者同士だ」と。




「ナイチンゲールは支えたい」のセルフリメイク。



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黒き悪魔は理性と経験から、白き悪魔は直感と目に見える現実から


百合の間に挟まるのがどうしても許せない奴はどうぞお帰りやがってください。というか百合厨は来ない方がいい。



本質

 

 

 

 

私は……私そのものには、価値はない。

 

 

周りが求めているのは、“ドクター”として奔走する私だ。書類仕事も戦場指揮も基地整理も、私の意思の介入する余地は一切存在しない。

 

ドクターは毎日仕事に明け暮れている。朝起きてから夜寝るまで、実に労働時間は12時間を超えている。しかしそれがドクターに与えられた仕事なのだから、それをしないわけにはいかない。

 

 

 

私はドクター、私はドクター、私はドクター………記憶のない私が生きるには、ロドスにてドクターとしてやっていくしかない。

 

 

 

私は……より多く動かなくては、いけ……な…………____

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「……今日は……ドクターのところに赴く日ですね。調子はどうですか、リズ」

 

「……特段、変わりはありません」

 

 

ロドス・アイランド艦内のとある廊下。金属板で作られた温かみのない廊下を、二人の女性オペレーターが歩いていた。

 

白い角と白い髪を携えているのは、感染者支援団体「使徒」に属しているサルカズのシャイニング。黒い角と白金色の髪を携えているのは、同じく使徒に属するサルカズのナイチンゲール。そしてあともう一人、ニアールというメンバーがいるのだが今日は彼女は別の任務に当たっているため不在。

 

二人のサルカズは現在、自分たちの戦場指揮を担っている「ドクター」という人物がいる執務室へと訪れようとしていた。これは定期的なもので、主にナイチンゲールのカウンセリングの一環として週に2日ほど行われている。

 

どうしてそうなっているのかというと、それはひとえにドクターがナイチンゲールと同様に記憶喪失だから、という理由に他ならない。上司が記憶喪失なのはいろいろと不安が残るが、彼の戦場指揮能力は全ての記憶が無くなっていても傑出している。だからこそ彼女たちは彼を信用している。自分たちを()()死なせないようにしてくれているのは、紛れもない彼なのだから。

 

そうこうしているうちに執務室の扉の前まで着いた黒白悪魔。赤外線反応の自動扉が開くのを待ち、やがて足を進めた。

 

「こんにちはドクター、今日の気分は如何です……おや」

 

「……ごきげんよう、ドクター」

 

無駄に調度の整った空間に足を踏み入れたサルカズらは、正面に見えているこの部屋の主の姿を見て軽く驚く。とは言いつつも、珍しくない姿故に彼女らにとっては見慣れ切ったものなのだが。

 

ドクターは、ワークデスクに突っ伏したままピクリとも動かないでいた。

 

「……また、眠っていらっしゃいます」

 

「ええ。ドクターもお疲れなのでしょう……そうですね、リズはソファに座っていてください。私は彼にブランケットを掛けますので」

 

的確に指示を出し、下半身の不自由なナイチンゲールを休ませつつシャイニングはドクターを労わろうとする。

同じくソファに置かれていた薄手のブランケットを持って、ドクターの座っているワークスペースに近づいたとき_____

 

 

「……?」

 

 

_____彼女は、かすかな異変に気が付いた。

 

 

それは、この部屋にいる人間全員が落ち着いた気質であること、執務室という性質上騒音等がほとんどないことにより僅かに生まれた異変。

漠然と違和感を抱いたシャイニングは、ブランケットを掛けようとするのを止め、そっとドクターの顔がある辺りに耳を近づけた。

 

何も音は発せられていない_______()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……っ、リズ、緊急事態です。ドクターの呼吸がかなり浅い」

 

「……ドクターは寝ていたのではなく、失神していたということでしょうか?」

 

「恐らくは。とにかくケルシー医師を呼びましょう………!」

 

シャイニングは、普段落ち着いている彼女にしては珍しくおぼつかない手付きで携帯通信機を取り出した。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「……極度の疲労と栄養失調だろう。病原菌の類は見受けられないが、消化器官の機能が著しく低下している」

 

「……疲労と、栄養失調……ですか。疲労はともかく……後者の方は、ドクターはまともに食事を取っていなかったということでしょうか」

 

「それは私には分からない、起きてから本人に聞いてみると良い。ひとまず点滴は打っておく。彼が起きたらまた連絡してくれ」

 

「……分かりました」

 

 

彼が倒れた原因は、ケルシーが言った通り疲労と栄養失調。その二つの言葉を聞いただけで、シャイニングとナイチンゲールの脳裏には鬼気迫る勢いで作業をするドクターの姿が過った。あのナイチンゲールが覚えているほどに、彼の様子は印象的だったのだ。

 

しかし今となってはその意味合いが異なってくる。

 

「……ドクターは、どうして倒れるまで……」

 

ナイチンゲールがぽつりと溢す。彼女が疑問に思わずにはいられない……そのことが、シャイニングに間接的に異常すぎる事態なのだということを示していた。

 

「……分かりません。どうしてそれ程までに、ドクターが仕事をしていたのか……私たちは、一度も聞いたこともなければ話されたこともありません」

 

聞かなければ。

そうまでする必要はないはずなのに、彼女らの頭にはその意識が沸き上がる。時期を迎えてパッと咲く花のように。極めて自然に、ひどく突然に。

 

 

ドクターが眠っている入院スペースのベッドへ、二人は軽くない足取りで向かった。

 

 

 

 

 

_________

_____

___

_

 

 

 

 

 

違う……私は、ドクターだ……。他の誰でもない、きっと私だけが“ドクター”足り得る……そうだろう!

だからそんな目で私を見るな、今は()がドクターだ!そうでなければどうして私はここにいる?!

 

 

私はそうあるべきだ、そうでなくてはならない。でなければ私はきっと存在価値がない。

 

 

だから、もう少し頑張らないと_____

 

 

 

 

 

_______

_____

___

_

 

 

 

 

 

あれから数時間経ち、一般的に深夜と呼ばれる時間帯に差し掛かろうという頃。

シャイニングとナイチンゲールは再びドクターの元を訪れていた。

 

「……ドクター」

 

眼を閉じ、普段の働きっぷりが嘘のように静かに眠っているドクター。骨まで浮き出ている土気色の腕と、それに刺さる点滴が隠し切れない虚弱を漂わせている。

ベッド脇にある2人分の椅子に、彼女らはそれぞれ腰を降ろした。

 

「……リズ、何をしているのですか?」

 

シャイニングは訊ねずにはいられなかった。何をしているかは目に見えているというのに、一瞬脳の理解が追い付いていなかったのだ。

ナイチンゲールの眼は、どことなく労りの心を秘めているようにも見える。それも、悲しげな。

 

「………手を握っています」

 

「……どうしてですか?」

 

「……分かりません。私が何を思ってこうしているのか、私には………」

 

「……」

 

シャイニングはすっとナイチンゲールの言葉を受け入れた。彼女は嘘をつくことがない人間だと知っているからだ。それ故に、彼女が自分の精神に困惑しているのもしっかりと感じ取った。

 

黒き悪魔には、白紙の心を正確に読み取れない。

 

「……では、私も」

 

けれども推し量ることは出来る。

慈悲と心配を抱いていたシャイニングは、ナイチンゲールが抱えている右手に己のそれを重ね合わせる。

しなやかな白い二つの手が死人のような右手を優しく包み込んでいる。会話はなく、蛍光灯に照らされた静寂の中に慈愛の吐息が溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ぁ………」

 

「「!」」

 

 

やがていくらか時間が経った時、不意に()()()()()呻きが病室に響いた。ピクリと僅かに肩を震わせる二人のサルカズ。

ベッドの主は、ひどく緩慢な動作で目を開けた。

 

「………こ、こは……」

 

「お目覚めになりましたね、ドクター……」

 

「……」

 

「………シャイ、ニング……それに、ナイチンゲールも………ああ、そうか……今日は、特別カウンセリングの、日か……あ、れ……」

 

ドクターが上体を起こそうとする。しかし、彼の意志に反してその貧弱な体はまるで重力に抗えていなかった。プルプルと震えた両腕が弱々しさを露呈させてしまっている。

何度か彼は試みるも、一向に起き上がれる気配がない。

 

「……ドクター、無理をなさってはいけません。貴方は倒れたのですから」

 

「………たお、れた……はは、そんなこと……あるわけがなかろう………」

 

「……っ、いいえ……ここはロドスのとある病室。貴方は、紛れもなく意識を失いました……」

 

「………嘘だ……私は、倒れない……」

 

「……いいえ。シャイニングさんのおっしゃる通りです。腕に刺さった点滴と、この空間が証明しています……」

 

 

______おかしい。

 

両名の胸の内に飛来したのは、確かな違和感を予感させる思考だった。

眼を開けただけで完全には覚醒していない様子のドクター。それでも病室と執務室の天井は異なるデザインで、体がベッドに寝かされていて、腕には針が……と、非常事態に陥っていることは分かるはずなのに。

 

なのに……彼が発した言葉は、幻覚でも見ているのかと疑うほど錯乱した内容のもの。

 

「………ドクター。今ここが何処で、自分がどうなっているか分かりますか?」

 

「………何、言って……____あ、あれ………どうして、私は……椅子に座っていないんだ……?」

 

ほう、とシャイニングが安堵のため息を吐く。

 

「……貴方は、執務室のデスクで意識を失い、私たちがそれを発見しました。そしてケルシー先生に診せたのです」

 

「………それで?」

 

「……極度の疲労と栄養失調。誰もが気が付けたはずなのに、誰も把握できなかったその二つが原因、とのことです」

 

 

彼女の説明を受けたドクターは、未だなお起き上がろうとしていたのをようやく辞め、白いマットレスへと倒れ込______みはしなかった。

 

「……私は、部屋に戻る……まだ、終わっていない仕事が残っているのだから………」

 

なんと、自身の体を動かすことを全く諦めていなかったのである!

何度失敗しようが、必死に腕に力を入れて背中を挙げようとするその姿は、彼女らが____ナイチンゲールでさえ____目を見開くほどに衝撃的なものだった。

 

 

彼女らはこう思っただろう_____「なんと痛々しいことか」。

 

 

「ドクター……!今は動いてはいけません、体力が回復するまで此処で横になっているべきです………!」

 

シャイニングが慌ててドクターの胴を手で押さえ制する。元々彼は筋力も体力もあまりないために簡単に抑え込まれてしまったのだが、彼女の手には未だ押しあがらんとする力が伝播していた。

 

「……何故、止める………業務妨害か……」

 

「止めます……貴方は自分の体調を正しく理解していない。貴方は今、起き上がれないほどに弱っているのです!」

 

「……あまりにも、無謀です……」

 

 

 

 

「うるさい……!それでも…………それでも、私は戻る…………()()()()()()()()()()()()()()……!!」

 

 

 

 

「「………っ」」

 

言葉に詰まるサルカズ。

 

ドクターは普段めったに感情的にならない。戦場ではいつでも冷静な指揮を、基地では気さくな笑みを浮かべてオペレーターたちと交流を重ねている。そんな彼が初めて、初めて語気を荒げたのだ。

 

けれど彼女らが絶句したのはそこではない。

 

 

彼女らは……その叫びを発露したドクター本人の顔と声音が()()()()()()()()()()()()()()ことに、どうしようもない感情を抱くことしか出来なかったのである。

 

 

「……ドクター……どうしてですか?何故、泣いておられるのですか………?」

 

ナイチンゲールは眼を見開かせたまま静かに問いかけた。それは今の彼女らにとっての至上命題であり、彼という人間を知るための第一歩でもある。

白き悪魔はドクターと同じ記憶喪失ではあるが、その精神性は「無垢(あるいは白紙)」と言っても差し支えないもの。それ故彼女の言葉には裏がなく、同様に思惑もない。

 

飾らない純粋な疑問は、ドクターの気持ちを落ち着かせるのには十分過ぎるほどに響き渡った。

 

「………っ、分からない……だが、先ほど言った通りだ。私は……っく、やるべきことをしなければ、生きる資格を得られない。生きる環境に居られない……ぐす……」

 

多少口が回るようになってきたドクター。声の掠れもそれなりに回復し息も続くようになっているが、今は涙で滲んでいる。

その口から発せられたのは自分の身をひどく悲観的に捉えた言葉。

 

彼女らはとっくに確信している。

 

「……詳しく、話を聞かせてください」

 

今一度、シャイニングは骨ばった手を両手で握った。ありありと両目に不安を滲ませて。

事の真相を知るために、ドクターに頼んだ。

 

それをしばらくぼーっと眺めていた彼だったが、やがて諦めたように全身の力を緩めた。ぽすりとあまりにも心許ない音がベッドで立てられる。

 

「………もう、いい……ここまで来ると、聞かせてやるしかない……元々、隠すつもりもない、から………」

 

 

 

そうして、一人の男はぽつぽつと語り始めた。彼が自分の身を蔑ろにした理由を。誰にも話すことのなかったありのままの内心を。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「………私は、自分の本当の名前が分からないんだ」

 

「……分からない?思い出せないのではなく?」

 

 

まず反応を示したのは、意外にもナイチンゲール。

彼女は自身の名前のみを正確に記憶しているが、それ以外のことについてはぼやけた記憶しか持ち合わせていない。

そんな彼女にとって、「自分の名前が分からない」というのは俄かに理解しづらい文面なのだ。

 

「………正しくは、“思い出せないし分からない”、だ……君たち、私の名前を言ってみてくれ」

 

「………貴方は、■■■という名だと聞いていますが」

 

「……そう、それだ。私は……自力で思い出せないし、誰かに真名を言われても()()()()()()()()んだ」

 

「……そ、れは」

 

「……信じがたいだろう……私も、初めはケルシーに相談した……けれど、結果は異状なし。心因性ではないか、とひとまず診断され……そして、今も治っていない。だから、『ドクター』と言われて反応は出来るが……名前で言われても、私の耳には入っていないのさ……」

 

「「_____」」

 

 

二度目の絶句。

それはそうだ、何故なら彼女たちは一度もそんな話を聞いたことがなかったのだから。

そんな彼女たちの様子が見えていないかのように、更にドクターが言葉を重ねる。

 

「……ロドスの人間は、私を『ドクター』として扱う。真名でもなく、ただの一役職として。そして、私は過去の私が行っていたことを元に様々に動く______そこに、“私”の意志は関係ない……何故なら、それが私のやるべきことなのだから」

 

すぅ、とドクターが一呼吸整えた。

 

 

「私自身は、特段価値のない人間だ。そして技能もなければ知識もあまりない。例えばこの状態で、突然私がロドスから切り離されたらどうなる?私という人間はその瞬間、不要なものとなる。そして、“ロドスのドクター”としての価値を見出されているだけの普通の人間だから、その瞬間私は何も無くなってしまう。名前すらもない、何もない、肉体があるだけの生物に」

 

「……もしかしたら、そこから価値を見出せることは出来るかもしれない。けれど……外に出るのは、正直な話………気が乗らない。私は、戦場指揮や仕事をしているときにこそ自分の生を感じられる。疲労も、不調も、戦場の血も、肉も。それらは全て、私が生きている証拠に他ならないのだから………」

 

「………でも、それでは足りない。自分が生を受けている実感があるだけでは、それは私の自己満足にしかならない。私は、そもそも自分の名前をいつ理解できるか分からない。どちらにせよ、“ドクター”としてやるべきことをやらねば、死んでしまう______」

 

 

 

 

 

「______私は、まだ死にたくない………!」

 

 

 

 

 

悲痛な叫びは、無機質な病室に大きく響き渡った。

 

それは恐怖。紛れもない、自分という存在が消えてしまうことへの原始的な恐怖だった。

この大地ではごくありふれた感情。しかし彼にとっては、まだ生まれ落ちてから1年も経っていないのにも関わらず常に死と隣り合わせで生きているのに等しい。

 

そしてドクターは、ロドスにおいてそれなりに重要な存在だと認知されている。彼の戦闘指揮により死を免れたオペレーターは少なくないのだ。

 

「____ああ………貴方は……きっと、周囲の期待に応え過ぎていたのでしょう……」

 

「……どうだろうか。私はこうでもしないと、恐怖と不安で押しつぶされそうだったから……よく分からない………」

 

シャイニングは涙こそ流していないものの、ひどく悲しそうに顔を伏せ、先ほどよりも力強く死人のような右手を握っていた。

 

「………貴方は……幻影と見紛うほどに、存在が薄くなっているようにも見えます……」

 

「……君が泣くなんて……珍しいな………たかだか、私などという存在のために…」

 

「……いいえ……貴方は、貴方が思うよりも矮小な存在では……ありま、せん………」

 

ナイチンゲールは薄く涙を流していた。

白紙のようだと評されるほどに感情を喪失しているはずの彼女が感情を発露させている。

彼女は理解していない。どうして自分が泣いているのか………けれども彼女は、目の前にいるドクターの様子に当てられてしまっていた。

そして、もう一つ。

 

「……ドクター。貴方は……リズに似ています」

 

「………私が?」

 

「……ええ………私にはそう見えて仕方がないのです……」

 

「………私も、そのように思えます………」

 

そう。

ドクターは、かつての……あるいは現在のナイチンゲールと状況が酷似しているのだ。

彼女は記憶の破片と残滓が鳥籠の中に囚われて。

 

そしてドクターは……周囲の期待とドクターという役職に、生まれたての自我を閉じ込めた。

 

「……自分の名前が分からないのは………とても、悲しいことだと思います………」

 

彼女は感情の機微に限りなく疎い。

だから、ただひたすらにドクターの身を案じていた。どうしてか分からないけど、こうすることが最善だと信じて。

 

「……よ、っと………けれど、別段困ってはいない……何故なら、私は名前を求められていないのだから……」

 

虚弱貧弱な体をようやっとベッドから起こすことに成功したドクター。単に体を動かしていなかっただけか。

背中を壁に預けて話す彼の姿はまるで抜け殻。

 

「………ドクター」

 

「……なんだ、シャイニン、グ………?!」

 

 

______そんな彼の様子を見止めたシャイニングは、音も立てずに動き……そっと、彼の体を己の豊満なソレで包み込んだ。

 

 

「……何、を……している?」

 

「……見ての通り、抱擁をしています」

 

「………理由が分からない。どうしてだ?」

 

「……私が、して差し上げたいと思ったからです……」

 

ナイチンゲールが手を必死に握っているすぐ隣で、ドクターの上体を優しく抱きしめるシャイニング。原因不明の衝動が黒き悪魔を襲っていた。

ドクターは成す術なくされるがままになっている。自身の右腕に当たっているふくよかな感触には全く動じていない……反応すら出来ていない。

 

「……貴方は、休んでも構わないのです……ドクター。仕事をせずとも、追い込まれずとも……貴方の存在が消えることはありません」

 

「……私は自分の名前が分からない。他に付けろとでも言うのか……?コードネームでもなく、ドクターでもなく………」

 

「………では、■■■から取って……“ラヴィ”」

 

「……それは?」

 

「貴方の呼び名です。貴方の真名の一部をもじりました。これなら、聞こえているでしょう?」

 

彼は言葉を詰まらせた。

当然彼の耳にはしっかりと聞こえていたからだ。

 

「……しかし、私は努力を重ねなければいけなくて、それはドクターの仕事で………」

 

「構いません。貴方はもう既に頑張り過ぎているのです……ですから、一度ゆっくりと休みましょう………休んでも、良いのですから………」

 

彼は一瞬だけ惚けてしまった。

それまで考えもつかなかった“休息”を諭され、理解が及んでいなかったからだ。

 

「……駄目だ、それでは私は何をすればいいんだ……私は、どうやってもドクターとして生きないといけなく、て………そうやって、ずっと、それで良かった、のに………」

 

「……私たちがお手伝いしましょう。貴方が其処から出られるように……尽力致します」

 

いつの間にかナイチンゲールが顔を上げ、ドクターをしっかりと見据えていた。それに気が付いた彼がビクッと僅かに身をのけ反らせるも、シャイニングにがっちり固定されているせいでまともに動けない。

 

「……ドクター。たとえ……貴方が“ドクター”でなくとも、私は何も申しません。ですから………どうか、ご自愛を」

 

「____っ………わ、私は……」

 

「………すぐにでも退院許可は降りると思います。そうなったとき、一度しばらく休みましょう。アーミヤさんやケルシー先生には私が話を通します」

 

「………」

 

しばし黙りこくっていたドクター。今まで自分のしてきたことがひどく裏目に出てしまったこと、自分では想像も付かなかった代替案を提案されたこと、そしてなにより_____曲がりなりにもそれなりに前から交流を重ねていた彼女たちに()()()()()()()()()()という罪悪感が、彼の胸の内に沸き上がってしまっていた。

 

そうして、数分の後。

 

 

 

 

「………分かった………君たちの、言葉に……従う……」

 

 

 

 

あまりにも弱弱しい声で、彼はぼそりと呟いた。

 

 

今にも消え入りそうな声だった。

 

 

 

 

 

 

 







ナイチンゲール→ドクター カウンセリングを通じて十分に友好的な関係を築けている
シャイニング→ドクター  ナイチンゲールの精神状態が目に見えて良くなっているのでドクターに感謝を抱いている


自分たちを生かすために日夜精を出している人が、出し過ぎて精神イカレて挙句にそれが原因でぶっ倒れたら支えようとするのは当たり前なんだ……。
というかリズでも分かるレベルって相当やばいと思うの。ちなみにリズの「ご自愛を」はガチ心配レベルの感情は乗ってると信じたい。



以下軽いネタバレ


8章のケルシー先生の選択肢で「こんな恐怖に耐えられない」を選んだ時に、ロドスのニューラルネットワークからドクターを切断することで一切干渉できないように出来る、という話がありました。


ですが本当にそうしたときに、ドクターは果たしてテラで生きることが出来るでしょうか?突然荒野に放り出されたり(あるいは別の場所で目覚めたと)して、そこから記憶喪失である彼は野垂れ死ぬことはないのでしょうか。

いいえ、きっとロドス外でドクターが生存することは難しいと思います。ですから“ドクター”はロドスにいて、役割を与えられて初めて存在証明の土俵に立てるのではないでしょうか。




それはそれとして自分が分からない系+ワーカホリック系ドクターは書き甲斐がありますね。

ちなみにですがセルフリメイクなのでドクターの真名は当然(私の他作品のものと)同じです。


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