藤丸立香は死に戻る   作:ららら

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第九話 制限時間10分

 

「とにもかくにも、時間を稼ぐ必要がある。私が他スタッフに最終調整の打ち合わせを持ち掛けるから、君はその間に爆破物を見つけ出してくれ」

 

「分かりました。……でも、レフ教授が入ってきたら」

 

「それは無いと思う。彼はAチームとのブリーフィングや、他マスター候補生のメディカルチェックをしているはずだ。当然、所長もナビゲーションスタッフなんかも、そこに集まっている。必然、中央管制室に寄り付くのは、私たち技師スタッフだけだ」

 

 

 

 

 ――「制限時間は10分と思え。それ以上は稼げない」

 

 説明会が終わり、他のマスター候補生が管制室からはけた後のこと。ダストンは立香にむけて、短くそう告げていた。

 10分を過ぎれば、他の技師らを連れ立って、ダストンが中央管制室へ入ってくる。それは、ダストンが稼げると見積もった最大時間であり、なにより、レフが爆破物を探す立香と接触しないための安全ラインとのことだ。

 

「それにしても……」

 

 と、立香は無人になり果てた中央管制室を見上げてぼやいた。

 

「ここからどうやって探せばいいのか」

 

 天を貫くような天井。四方をドーム型で覆う巨大な部屋。

 見渡した中央管制室の直径はかなり大きかった。目測だけでも、一人で網羅的に探し物をするには不向きな敷地面積だ。魔術の恩恵によるものなのか、通路から中央管制室を見た時より、ずっと広い空間に思える。

 

「天井なんかに仕掛けられてたら、流石に詰みかな……」

 

 ぐっと天を仰いでみれば、人口の光が立香の目を焼いた。弱気になっている自分を戒めているようにさえ思える。

 

「悩んでても始まらないっ」

 

 不安な気持ちを唾とともに飲み込み、両手を頬で叩いて、立香はしらみつぶしに爆破物を探すための行動へ移る。

 

 中央完成室が無人だからといって、ここが完全に無法地帯になったというわけではない。何か異常がおきれば、当然、警戒管理システムが作動するし、アナウンスによって中央管制室のアクシデントがスタッフ全員に知れ渡る。

 だがそれも、物を壊したり、発火現象が起きない限りは、作動しないだろうとダストンから教えられていた。

 

「まずは……コフィンから、かな」

 

 最初に立香が目をつけたのは、レイシフトに必要なコフィンだった。

 物を隠すのであれば、何かの中に入っているのではないか。そんな凡庸な考えが、立香の中にあったためである。

 二巡目の時、オルガマリーに大まかな機械についての説明は受けていた。何気に立香でも分かりやすいと思うほどには、彼女の説明が上手いこともあり、それとなくコフィンは人が入るためのマシン、という認識はある。

 

 墓標のように規則正しく並べられたコフィンへと近づき、立香はそっと手を触れる。

 

 …………。

 

 待つこと数秒、警告音のようなものは鳴らなかった。

 分かっていたことではあるが、どうやら触感センサーによる防犯システムはないようだ。

 

「良かった。触っても何も起きないんだ……て、待てよ? ちょ、あれ、うぬぅ! や、やば、開けられ、ない!!」

 

 防犯システムが作動しなかった安堵も一瞬。次の瞬間には、これどうやって開けるの? という疑念が立香の脳内をジャックした。

 

 入口と思われる隙間に指をひっかけてみるが、コフィンの入り口が開く気配はない。まるで巨人と腕相撲をさせられているかのような錯覚に陥りながらも、しかし、立香は諦めることなく、入口扉だと信じたそれを押したり、引いたりしてみた。

 

「はぁはぁ……無理、あけらんないよ、これ……」

 

 そもそも、こんな高尚な機械とは無縁な生き方をしていた自分に、取説マニュアルもなく操作できるはずもないと、立香は思い直す。

 腕に装着されている携帯端末だって、3巡してようやく使い方に慣れてきたくらいだ。それよりも使い方が意味不明なコフィンを扱うには、それこそ6巡しないと無理であろう。

 こんなことなら、所長にもっと詳しく聞いておけばよかった、と後悔すら覚える。

 

「というか、そもそもコフィンは技師の人が見るんだった……こんなところに仕掛けたら、怪しいものなんか一瞬で見つけられるよ」

 

 自分は一体なにをやっているのだろうと思い、立香は我が事ながら呆れ返る。

 マスター候補生の生命線であり、ファーストオーダーで最も人の目に触れることが多いだろうコフィン。そんなところに危険物を仕込もうものなら、誰かしらが発見するなんて、幼稚園児でも分かりそうなことだった。レフが嬉々として設置するには、あまりに有り得ない位置である。

 

 次第に冷静さを取り戻してきた立香はため息を吐き、そして時間を見る。

 

「くそ――今ので2分も無駄にした」

 

 あまりの自分の馬鹿さ加減と不甲斐なさに、立香は珍しく声を荒げた。固く握られた拳が、行き場のない怒りをぶつけるため、太ももを打つ。じんわりと残る鈍痛が、さらに立香の焦燥感を煽っていく。

 

「冷静になれ、冷静にっ。考えろ、なにか手掛かりがあるはず……」

 

 最初、意外と多いと感じていた10分も、どこかで行き詰った瞬間とても短いように感じてしまう。中央管制室に入ってからというもの、なぜか爆破物の捜索に、頭が重く反応しているような気がした。まるで足元に転がっているペンを、永遠と見つけられない時のような感覚だ。焦っているため思考が鈍くなっているのか、はたまた、プレッシャーによる緊張で変にテンションが馬鹿になっているのか。

 

 ふぅ、と息を大きく吐く。

 どちらにせよ、今は自省する時間すらも惜しいと立香は切り替えた。

 瞬時に中央管制室の真ん中に立ち、物を隠せそうな場所を視線だけで探っていく。

 

「壁や天井には埋め込まれてないはず……大規模な工事でもしないと設置できそうにないし、そもそもそこにあったら見つけられっこない。じゃあ、コンセントの中とか? いや、あんな大規模な爆発が、そんな小型のものでできるとは思えないし、そもそも爆破物を1か月も前に仕込んだのなら、人目を避けられて、あまり使われないところのはず……だとすれば、人が生理的に嫌がりそうなところ……? もしくは、怖いと思うところ――」

 

 そう言って立香が最後に見たのは、極小の地球を再現したカルデアスであった。

 

 そもそも事の発端は、カルデアスが赤く染まり、人類史に未来がないと定義されたことである。

 つまり、レフがカルデアを裏切る経緯に至ったのも、おそらく、このカルデアスが関連しているだろうことが伺える。

 

 レフがなんのために、なんの目的があって、なにを成そうとしているのか。それは藤丸立香の預かり知るところではない。とうに原因治療は諦めているし、三度に渡り殺されたことで、レフへの憎悪の念は深まれど、理解が深まることはなかった。

 ただ立香に分かることは、あの男が頭のイカれた凶悪なテロリストということだけ。多くの人の命を踏みにじり、あざけ笑い、無価値と断ずる様は、立香に吐き気と怒りをこみ上げさせるには十分足りえる行いだった。

 

「……怪しいなら、確かめるしかない」

 

 中央管制室には、コフィン以外に物を隠せそうな場所はない。正確には、人目にふれないと断言する場所がなかった。

 もし、カルデアスに爆破物が仕掛けられているとすれば――――いや、カルデアス自体が爆発物であったならばどうだろうか?

 それは誰も予想することができない、奇を衒った場所と言えるのではないか。

 

 思考が終了し、残り6分を切る。

 立香はカルデアスへ近づくため、コフィンを登った。登ってみれば、やはりカルデアスの位置は、ジャンプしたとしても手が届かない高さに設置されていた。

 

 梯子や踏み台を探している時間はない。そもそも、見渡した限りでは、それに該当する物はなかった。

 であるならば、今は手持ちのものでなんとかするしかない。

 立香は上着を脱ぎ、ロープ状へと丸めていく。それでもまだ距離は届かないため、ベルトも外し、上着の袖部分と結んで繋げ、一本のロープへと変容させた。

 

 そこでようやく、ジャンプをすれば引っかけられるだろう長さを手に入れた。

 

「っ――――、届、け!」

 

 一瞬の逡巡ののち、情けない嘆願とともに立香はコフィンの上から跳んだ。小さい頃、蜘蛛のヒーローに憧れて、木から飛び移った記憶が脳内の隅でセピア色となり想起した。

 

 あの時は、成功したんだっけ――――。

 

 浮遊感が支配する体もよそに、立香は思う。

 しかし、その答えは無慈悲な痛みによって返された。

 

()っ……ぅ……!」

 

 高さ2メートルはあろうところから宙に跳び、受け身もろくにとれず硬い地面へと落下すればどうなるか。

 それを示すように、立香の肘から赤い血が垂れる。

 

 情けない。

 

 カルデアスへ引っ掛けることを夢中になったあまり、ろくにジャンプすることすらできていなかったらしい。

 

 自分がいかに平凡で特筆すべき点がないのかなど、立香自身が一番知っている。何事も一発で解決できるだけの能力は持ち合わせていないと、何度も味わった死によって理解させられた。

 だけど、今更デイビットのような予知能力じみた頭脳がほしいとか、ドクターのような超絶優秀な理解力がほしいと嘆いても始まらない。

 

「俺は、俺のやれることを、精一杯……!」

 

 自分にできることを、ちゃんとやろう。それがどれだけ小さな一歩でも、着実に歩んでいこう。

 いま立香にできることは、一個一個、怪しいところを調べ、爆破物を探す。ただそれだけの、地味で、地道で、泥臭い努力のみだ。ないものねだりをしたところで、誰かが叶えてくれるはずもない。漫画のように,、ある日突然スーパーパワーに目覚めることだってない。

 

 たった1人の女の子を救うためには、汗水たらし、必死でもがき、それでも助かって良かったと、心の底から笑えらなければならない。

 

「あ、がぁ――」

 

 何度失敗しても、何度出来なかったとしても、何度やり直そうと。諦めてしまえば、そこで、あの少女に青空を見せてあげられなくなる。

 

「まだ、まだぁ……!」

 

 そのためなら、腕も足も惜しくはなかった。

 どれだけ体を痛めつけようとも、心だけは挫けさせはしないと、歯を食いしばり、立香は吠えるように必死にの己を律し続け――

 

「ぁ――」

 

 その小さなつぶやきと同時、非情な音が鼓膜を打った。

 

 カルデアスの周りを回るフレームに上着は掛かった。

 掛かりはした、という表現が正しいのかもしれない。

 しかし次の瞬間、上着の袖が破ける音がした。ベルトときつく結んでいたため、先に服の耐久度がもたかったのだ。

 

 無慈悲な落下。

 

 下手に服をひっかけられたせいで、空中で態勢が変わり、背中からずしんと伝わる衝撃を受け、連続で頭に鈍い痛みと、ボールが弾んだような音が奔る。

 

 やって、しまった……。

 

 立香は揺れる視界の中でそう思った。震える腕を無理やり動かして時間を見てみれば、タイムリミットまで残り2分を切っている。

 

 ――頭が回復するのに、どれだけの時間がかかる?

 ――上着が破れたが代用品を探し出すのに何分かかる?

 ――そもそも、本当に爆破物はカルデアスに仕込まれているのか?

 

 いろんな思考が頭のなかに渦巻いてキレをなくしていく。体に変な虚脱感を感じながら、立香は自身が成し遂げられなかったことを、心の奥で察してしまった。

 

 せっかく、与えられたというのに。

 デイビットが、ドクターが、ダストンが繋いでくれたというのに。

 己の失敗で、すべてが無駄に終わってしまった。

 

 立香は眦にうっすらと浮かぶ雫すら気にも留めず、腹の底から這い上がってくる無力感に打ちひしがれそうになる。

 

「今回も、みんな、死ぬのか……」

 

 独り言のようにつぶやいた立香の頭の中では、自分が見つけられなかった最悪のことばかりが、脳裏をよぎっていく。

 肺や手足をつぶされた時の記憶。熱い瓦礫の下に埋もれ、だんだんと体温が奪われていく少女の手の感触。けたたましく鳴り響くサイレン。火薬と死体が焼ける臭い。顔がやけるような輻射熱。

 

 そして――――。

 

「……そうだ、爆心地。あの時、俺は見ていた……」

 

『隠されたものを探すときは、隠したヤツの気持ちを知ることだ』

 

 刹那、どくん、と心臓が脈打った。

 

「思い出せ、思い出せ……っ! あのとき、見えたのは、たしか所長の腕輪……そうだ、あれが眼前に通り過ぎて……」

 

 どくん、とさらに心臓が鼓動する。

 頭にじんわりと温かい液体が流れるのを感じながら、されど、冷や水を掛けられたように思考が冴えていく。

 

「あの時、レフは、なんて言った……?」

 

『ふ、ふははははははははは! 信じていた? 信じていただと? 何を馬鹿なことを言ってるんだ、お前は。あれは信頼などではない。もっと気持ちの悪いものだ。全く——耳障りな小娘だったなぁ、アレは。だから、爆破の際には一片たりとも肉を残さないように殺すつもりだよ』

 

 

 

 

「そう、か」

 

 いまだに頭痛が激しい体を引きずって、立香は中央管制室にあるコフィンを管理するためのディスプレイへと近づく。

 二巡目の時に、オルガマリーから直接教えられたことがあった。

 所長である自分は、マスター候補生が任務に従事しているとき、自身はそこに立って、全体の指揮・統括しなければいけないと。

 

 レフは当然、それを知っているはずだ。

 知らないはずがない。

 オルガマリーを確実に殺すのであれば、彼女に近いところで爆破物を仕掛けなければならないのだ。あの男は偶然に頼ったりしない。奇跡にすがったりしない。確実な計算結果と、着実な未来を勝ち取るために、合理的に、計画的に、事を成せる男のはずだ。

 

 そんな男が――そこへ仕掛けないわけがない。

 

「……あった」

 

 床の間に作られた配線を収めるための空洞。

 そこに、本来あるべきではない物体を、たしかに立香は、己の目でしかと捉えることに成功した。

 

 

 

 

 

 

 見た、見つけた。

 爆破物と思わしき物。魔術も科学のプロフェッショナルでもない立香だが、この場所に置かれている不釣り合いな物体こそ、件の探し物であると断定することができた。

 

「知らせない、と」

 

 ぐらつく頭を抑えながら、立香は立ち上がる。

 頭も体も、幾度となく行われた落下により酷い有様だが、されどここからが勝負だということを、立香は知っていた。

 

 レフに勝利するための条件は2つ。

 爆破物の処理と、レフを犯人として祭り上げること。

 

 今は、その一つ目にようやく手がかかったに過ぎない。次の手を早急に打たなければ、これまでの結果となんら変わることがないだろう。

 流石に、今回も死ねば戻るなどという楽観的な考えは、立香にはできなかった。

 

「あと一分しかない……さっさとデイビットさんに連絡して、これを処理してもらわないと。いや、その前にもう一度、ダストンさんに話して、時間を稼いでもらった方が……」

 

 立香がぶつくさと言葉を漏らしながら、次の手を模索しているときだ。

 その悪魔の調べが、ゆっくりと己に近づいてきていることに気が付いた。

 

 かつん、かつん。

 厚底の靴がタイルの上を弾く音。

 

 足音に気が付いた立香が咄嗟に入口の方を見やれば、そこには獰悪な笑みを隠そうともしない男――レフ・ライノールが視界に映りこんだ。

 

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