藤丸立香は死に戻る   作:ららら

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第十話 説明のつかない恐怖

 血の気が引く感覚がした

 爆発物を発見したと思った瞬間、目の前にはそれを仕掛けた張本人が立ち塞がっていた。こんな予測不可能な事態に直面して、冷静さを保てる者がこの世にどれほどいるだろうか。

 

 立香は心の奥底で「どうして」「なんで」「ここにいるはず」と疑問符が渦巻くのを感じながらも、されどそれをおくびにも出さない自身の希少性に感謝した。

 

「やぁ、初めまして。私はレフ・ライノール。特務機関カルデアの顧問を務める者だ」

 

「え、あの、どうも、初めまして」

 

 柔和な笑みを浮かべるレフ。その微笑みに対し、立香はなんとか声を振り絞ることができた自分に、内心で安堵した。

 

 自分を――そしてマシュを三度も殺した相手の前に立つ今、怒りと恐怖に身を任せて殴り倒してしまいたいという衝動が湧き上がるのも無理はない。それ以前に、もし逃げ出せるのなら、今すぐにでもその場を離れたいという恐れを抱くのも、人間として当然の生理現象だった。

 今も震えそうになる足を、強靭な精神力だけで耐え忍び、立香はなるべく平静を装う。

 

 対してレフは、そんな立香に対し、すっと手を差し伸ばした。

 

「適応番号48」

 

「え?」

 

「君は今日、配属されてきた新人のマスター候補生だね。いや、探していたんだ。マシュからは君を見かけたと聞いていてね。道に迷ってしまったのではないかと、内心冷や冷やしたものさ」

 

 レフは立香の手を無理やり握り、いかにも歓迎するというポーズをとる。

 しかし、その笑みこそが上っ面で、その行動こそが欺瞞だと知る立香からしてみれば、彼の一挙手一投足はまるで刃物を突き立ててくる殺人鬼となんら変わらない様相だ。握られた手の汗がじっとりと滲み、乾く口内で舌がのたうち回るのを感じてしまう。

 

(まだ、俺が何をしていたかは、バレていないはず……)

 

 立香は浅く短くなりそうな呼吸を必死でコントロールしながら、手に溜まった汗を誤魔化すように、ぎゅっと握り返す。

 

「(ここをうまく乗り切って、レフを中央管制室から離し、その間にデイビットさんに処理してもらえれば……)いやー、そうなんですよ。実は道に迷ってしまいまして。ここへ来たら誰もいないんですから、びっくりしましたよ。説明会終わっちゃいました?」

 

 そこまで考えがまとまり、立香は明るいテンションを無理やり引っ張り出し、あはは、と乾いた笑みを浮かべてみせた。

 口角は、引きずらなかった。

 レフと交わした握手を解き、なるべく普通のペースで戻す。全身が総毛立っているような気さえするが、理性と根性だけで無視をする。

 

「ああ、少し前に終わっているらしいね。そうか、ではこの機関についても説明は受けれていないようだ。よければ別室で私が説明してあげよう。ついてきなさい」

 

 ついていく――――?

 この男と、二人きりの部屋に――――?

 

 その言葉で一瞬、立香のトラウマがフラッシュバックする。

 逃げ場のない密室空間。後ろから突き刺されたときの鋭い痛み。あらゆる感覚が、時間の経過とともに失せていく恐怖。

 咄嗟に胸部分を押さえていた。この男と2人きりで行動することに、抵抗を覚えないわけがない。

 

 そんな内心を見抜かれたせいか、レフは「なにかあったかい?」と振り返り問いかけてきた。

 

「え!? あ、いや、なんでも。……顧問って言われる人を俺なんかが拘束しちゃっていいのかなー、なんて考えちゃいました」

 

「ふむ……たしかに君の言うことには一理ある。こう見えて私もなかなかに忙しいし身でね。ありがとう、君の助言通り、他の者に説明してもらえないか調整してみるとしよう。それでなんだが――」

 

 レフはそう言ってにこりと微笑むと、細められた目から黒い瞳がぎょろりと睨む。

 立香へと体を翻したレフは、手に持っていた杖で地面を打ち鳴らした。

 

「オルガマリーの説明会ボイコットした君が、ここで何をしていたのか、聞かせてはくれないか? それから、私に敵意を向けている理由についてもね」

 

 バレて――――。

 

 そこまで頭の中で回答がでかけたものを、立香は即座に振り払う。レフは楽しげにこちらの心の内を暴露し、見下すように笑っているだけだ。まだ何かしらの行動に出ているわけではない。

 立香は早鐘のように高鳴る心臓を落ち着けるためにも、ゆっくりと言い訳の言葉を吐き出した。

 

「えーと、だから説明会やってないかなーと。敵意っていうのも何かの勘違いですよ。俺ちょっと、緊張しちゃって……」

 

「なるほど。君は一般候補生だったね。魔術や科学に縁遠かったのならば、それも仕方がない、か。だが、君のその有り様はどう説明する? いくつか擦り傷があり、制服の破損が見られるが」

 

「あ、これは階段で転んだというか……いやー、ちょっとシミュレーションの影響が残ってるのかな。さっきから睡魔がすごくてぇ……」

 

 爆破物が見つかった時に、無理やりベルトと袖の破けた制服を着ていたことで、今の立香の姿はまるで暴漢にでも襲われた後のような容態であった。

 何をしていたかバレていないにしても、明らかに立香はレフにとって不審な人物に映っているに違いない。もし仮に、立香が逆の立場であったとしても、今の自分を決して擁護できる姿とは言い難かった。

 

 そもそも、この場所にレフが来た時点で、立香は追い詰められている。何をしていようと、どんな格好であろうと、立香単体でレフと接触すること自体が、最悪のシナリオだったのだから。

 こうなっては、一早くダストンたちが来ること願うしか手段がない。

 そう思って立香は通用口を一瞥するが、しかし、ダストンや他の者が入ってくる気配はしなかった。とっくにタイムリミットは切っているはずなのにも関わらず、だ。

 

 立香がいまかいまかと待ち望んでいると、レフの目はまるで蛇のように細くなっていく。その視線に圧倒されながらも、決して逃げ出す真似だけはしなかった。

 

「先ほどから通用口が気になっているようだが、誰か待っているのかな? ならば残念だ。ここには誰もこない。私がオルガマリーに全スタッフを集結させるように言ってある。技師スタッフも、ドクターも、今頃、彼女が頑張ってファーストオーダーやらの概要を話しているのを聞いている頃合いじゃないかな」

 

 ここで軽快なトークでもかませたのなら、まだいくらか希望はあったのかもしれない。

 しかし、立香は押し黙るという弱さをレフに見せてしまった。それは往々にして、論争においてはやってはいけないことである。

 

 冷や汗が止まらなかった。

 背中が伝わる悪寒にさらされながら、思考が真っ白になりかけた。

 所長からの招集にダストンが応えていないという未来も、まだ僅かにあったかもしれない。デイビットが都合よく現れてくれるという希望にも縋れたかもしれない。それでなくとも、サボっていたドクターがたまたまここへ訪れる可能性も捨てきれなかったかもしれない。

 

 だが、レフはそれを真っ向から握り潰すような顔をしていた。

 全て、バレていた。最初から、何もかも、ここで立香が何をしていたのかさえ。

 立香に協力するといった人物は、レフによって今完全に動きを封じられているのだ。まだレフがカルデアにテロを起こす人間だと確証を得ていない人間を、捜査に加わらないように仕向けたのだ。

 

 当然のことだと思えば、納得しかできない。

 レフが犯人であること。

 中央管制室に爆発物が設置されていること。

 ファーストオーダー開始の直前、それにより大規模な損害が出ること。

 これらを知っていて確信している人間は、このカルデアにおいて、立香だけであろう。

 

 なんだってレフはまだカルデアに牙を向いていないのだから。それを裏付けるための証拠集めの段階で、それに全力投球できる人間がどれほどいるというのか。ファーストオーダーの進行と同時並行を余儀なくされてしまえば、必然、彼らは目の前の大事へと意識を割かないとならないのも道理である。

 しかも、全スタッフの招集であったのなら、レフがそこにいる確率も高い。何か尻尾は掴めないものかと、自分から率先して動くことさえ考えられる。

 

「えっと、だったら、俺もそれに参加しに」

 

「いいや、君は結構だ。それよりも話を前に進めよう」

 

「話って――――何の、話ですか?」

 

「もう惚けるのはよしてくれないか。配線用ダクトに仕込まれた爆発物。そういえば、伝わるだろ」

 

 思わぬ真実の暴露に、立香の足が無意識に後ろに下がった。

 胸を貫かれた恐怖がそうさせたのも勿論あるが、レフが浮かべる不気味な笑みに気おされたというのも大きい。

 

 もう隠すつもりはないのだろう。レフは取り繕うのすらやめた体裁で、「こう言えば満足かな?」と立香に問いかけた。

 お互いに腹の探り合いであった土俵から、真実を追求する土俵へと変えられた。

 立香は唾を飲み、発狂しそうになる心を落ち着かせる。

 

「あれが……爆発物だって認めるんですね」

 

「その方が早くかたをつけられるのなら何だって認めるさ。私は君なんかよりも恐ろしい人間を知っている。そちらの対処にあたる必要があると判断したまでだ」

 

「それは、デイビットさんのことですか?」

 

 「さて、どう捉えてもらっても構わない」

 

 真相の読めない瞳には、黒い憎悪が見え隠れしているように思えた。

 

「ここでは私も、できれば穏当に済ませたいんだ。分かるだろ? 君がすんなりと言うことを聞いてくれさえすれば、私から君に何かをすることはない」

 

「おかしいですね……ここじゃなかったら荒事も厭わないって意味に聞こえますが」

 

「そう言っているつもりだが、君の翻訳機能には支障でもでているのか?」

 

 ひとを小馬鹿にしたような言い方でレフは言う。

 医務室で殺しにきたときのように、レフは中央管制室でなければ、立香を抹殺していると遠回しに告げていた。

 

「私が望むことは簡単だ。ここで見たものを忘れるだけでいい。そしてファーストオーダーが終わるまで、ゆっくりと茶でも飲んだらどうだ。それ以上は何も望まない。君は黙るだけで命を拾えるし、私は黙っていてもらえるだけで時間が生まれる。損得勘定だけでも、十分釣り合った交渉だ」

 

「俺単体で考えれば……ですよね。あんなものを見つけて、はいそうですか、と割り切れる人間は、そうそういないと思いますが」

 

「はぁ……」

 

 と、レフは徐にシルクハットのつばを少しだけ下げる。苛立ちを隠す所作にしては、少しばかり大仰に思えた。

 

「これだから人間は能がない。良いか? 貴様は勘違いしているが、私としては塵にも等しいお前を葬ることなど容易い。心臓を一刺し、死体を遺棄する。それだけで終わりだ。ただひと手間増えるだけで、結果は何も変わらない」

 

「だったら」

 

「だったら、なぜ説得するのか、か? 簡単なことだ。お前は何の脅威にもならないから、情けで見逃してやろうというだけだ。それで私の余裕が生まれるのなら、実に有意義だと思わないか?」

 

 脅しのようで、説得のようで、それでもやはり脅迫のような言い回しに、立香は違和感を覚えた。

 レフの言う通り、本当に情けをかけているだけなのであれば、レフはあの時のようにさっさと自分を殺しているはずだ。交渉が長引きそうになっている時点で、レフとしては立香を生かす意味がない。

 

 自分を殺せない理由があるのか?

 

 立香はそう感じ、思考をフル回転させる。

 自分が死ねば、起こり得る出来事はなんなのか。

 ドクターやダストン、デイビットは訝しむだろう。自分が連絡を断ち、姿も現さなくなったら、レフへの懐疑的目がより一層深くなるに違いない。

 それでファーストオーダーの開始を止められる? いや、それだけでは弱いはずだ。

 立香だけの死で遅らせられることなど、レフがうまくオルガマリーを言いくるめるだけでなんとでもなる。それこそ、その3人を排除した上で、ファーストオーダーの開始すらも厭わないだろう。

 

 であれば、立香の死がトリガーとなることをレフは警戒しているのではない。

 

「もう一度言おう。私の言う通りにしてくれるか? もちろん、望む答えは『はい』だけだ」

 

 焦っているのか? だが、なぜ焦る必要がある。これだけ余裕を取り繕う意味は何だ?

 

 そこまで考えて、立香は一つの答えに至る。

 もっとレフが致命的となる何かを、立香が持っており、そのために殺せない――――そう考えることだってできるのではないかと。

 

 立香はゆっくりと目を見開いた。

 

「レフ教授――――あなたが本当に聞きたいのは、別の事なんじゃないんですか」

 

 そして、決定的な一言を立香は漏らした。

 そこで初めて、レフの口が固く閉ざされる。

 

「……」

 

「俺の行動を把握していたということは、俺が何をしていたのかも分かったはず。でも、ひとつだけ分からなかったはずだ。それは、俺がなぜ、デイビットさんに貴方が犯人だと言ったのか」

 

 思い返せば簡単なことだった。灯台下暗しとはよく言ったものだ。前提のことすぎて、立香の頭からもすっぽりと抜け落ちていた。

 否、それが武器足り得るとは思いもよらなかった。

 

 ずっと警戒していたはずだ。

 2巡目のときも、3巡目の時も、今回ドクターやダストンと話す上でも、ずっと警戒し、神経をすり減らし、誤解が生まれないように立香は立ち回ってきた。

 

 レフは立香が今回やってきたことを知っている。どのように知ったのかは分からないが、行動がバレているということは、きっとどこかで監視をされていたということだろう。

 しかし、それも初めからではない。最低でも、死に戻る前のことをレフが継承しているのならば、もっと早い段階で立香を消しに来ているはずだ。それがなかった時点で、最長でもデイビットと立香が鉢合わせたタイミングであろうことはわかる。

 

「だから、俺の命を救うと餌を垂らし、なにもかも取り返しがつかなくなるまで黙らせようとしている…………いいや、もしかしたら、その後で俺のことを聞き出そうとしていた。そうでしょ?」

 

 であれば、レフの目に立香はどう映ったのだろうか。

 立香もずっと考えていた。他人から自分はどう見えるのか。信頼を勝ち取るためにはどうすればいいのか。

 そう考えてきたからこそ分かる。

 

 尻尾を出していないにも関わらず、今日新任してきた一般人が自分を犯人だと断定した。

 爆発物の存在をなぜか知っており、その場所さえも看破した。

 着実と仲間を引き込み、己の犯行を未然に防ごうと行動を開始した。

 

 いつ、どこで、どのようにして、なぜ、それらを知り得たのか。

 どれだけ立香の素性を洗おうと、何も出てこない。

 当たり前だ。死に戻ることで得た情報なのだから。立香の過去には、ただ日本という平和な国で生まれ育った、なんら変哲のない人生しか送っていない男の記録しか出てこなかったはずだ。裏がつくはずもない。

 

 だからこそ、レフは立香に抱いたに違いない。

 

 

「お前は恐ろしいんだろ――――自分を追い詰めている俺が。あと一歩のところまで喉元に迫る俺が、何者なのか分からないから」

 

 

 ――――説明のつかない恐怖。

 

 

 レフが立香に抱いているのは、まさにそれだった。

 

 

「前言撤回だ。穏当に済ませる気は無くなった、カスめ」

 

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