藤丸立香は死に戻る   作:ららら

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第十三話 届いた手、されど①

「レオナルド・ダ・ヴィンチって……あの、レオナルド・ダ・ヴィンチ?」

 

 突如として現れた絶世の美女。その美貌に誰もが息を飲む中、立香は彼女が口にした名前を反芻した。

 

 画家レオナルド・ダ・ヴィンチ。あるいは、万能の人。世界一有名な絵画モナ・リザを描いたことで知られ、世界中で、その名を知らぬ者はいないだろうビッグネーム。

 そんな人物と同じ名前を名乗る麗人を前にして、立香が混乱するのも無理からぬことであった。

 

 日本で言えば、唐突に己を「織田信長」と名乗る男が出てきたような衝撃だ。

 

 緊張が走る中、されどダ・ヴィンチだけは、まるで立香の心の内を見透かすかのような視線を投げかける。

 

「そう身構えないでほしいなぁ。私は正真正銘ルネサンス期を代表するしがない芸術家、レオナルド・ダ・ヴィンチ本人だ。初めまして、藤丸君。私のことは気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼ぶように」

 

「えっと、はい、ダ・ヴィンチちゃん……ちゃん?」

 

 ダ・ヴィンチに流されるまま、立香は彼女を呼んでみれば、後ろ髪をひかれるような違和感が残った。

 いやそもそも、すんなりと彼女の言葉、一言一句を鵜呑みにできるには、少しばかり時間がいる。

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチ本人とはどういうことなのか?

 

 彼は1400年代の人物であると立香は記憶しているし、もし本当に生きているのなら、目の前の人は齢600歳近いということになる。明らかに目の前に佇む女性は20代前半か、どれだけいっても30代近い美人なお姉さんのようにしか見えないが、これも魔術の類というのだろうか……。

 

 と、そこまで立香が考えたとき、マシュも同じ思考に至っていたのか、彼女は立香の隣で驚愕した顔を浮かべた。

 

「――――、せ、先輩……! し、信じられません……この方が本当にレオナルド・ダ・ヴィンチであるなら、かの――彼は男性のはずでは……⁉︎」

 

「マシュ、君とも対面で会うのは初めてだね。そしてその疑念にはこう答えよう。天才とは、えてして時代に捉われないものさ。美を体現するにあたり、自分の理想へと変じてみせる。たとえ男が女になろうと、女が男になろうと、結局は瑣末なことでだろう? 文明も円熟したこの時代、多様性は認めていかないといけないよ」

 

「たし、かに、そうかもしれません……! ペペロンチーノさんも、女性であることに変わりありませんし」

 

「よしよし、マシュは相変わらず物分かりがいい。今もフリーズしている、どこぞのお調子者とは対照的だ」

 

 ほら、早く復活しなよ、とダ・ヴィンチが鼻白らんだ目でお調子者(ロマニ)を見れば、思考停止に追いやられていたロマニもようやく復帰したらしい。

 はっ⁉と慌てたロマニは、すかさずダ・ヴィンチへと詰め寄り早口でまくし立てる。

 

「いや、おかしいだろう⁉︎ 僕も学者のはしくれではあるが、モナ・リザが好きだからって自分までモナ・リザにするとか、そーとーねじ曲がった変態くらいだ!」

 

「はぁ……もうその話はいいだろう? というか、言いたいことはそれだったのかい?」

 

「あー、ごめん違う違う。僕としたことが、いきなりの多様性談義に動揺してしまったみたいだ。……本当に聞きたいのは、どうして君がここに、ってことだ。工房で証拠集めをしていたはずじゃ?」

 

「そんなの何も分からなかったからに決まってるだろう」

 

「えぇー……」

 

 ロマニの呆れた声にダ・ヴィンチは「しっ、しっ」と最後に鼻先であしらうと、それ以降ロマニを見ることすらやめてしまった。自分で話しかけておいて、最後には対話拒否をする。なんとも理不尽すぎる扱いに、ロマニは一瞬困惑した様子を見せたが、すぐさましょんぼりと肩を落とし、後ろに退く。

 

「まったく、誰かさんのせいで長く話が脱線してしまった。それより皆、コフィンから離れてくれるかい? できれば早急に、だ。本当に爆発物があったら、君たち全員即死してしまうよ。ああ、私は別だけどね」

 

 そうウィンクして指示を出すダ・ヴィンチに、しかし、異を唱えるものはいなかった。

 

 その態度、その格好、その身振り。

 すべてが、この緊迫した状況とは不釣り合いな規格だと思わされるのに、誰一人として彼に逆らおうとしない。

 彼だからこそ放てる覇気とでもいえばいいのだろうか。それとも、誰しもが息を吞んでしまう美貌のせいと言えばいいのだろうか。

 兎にも角にも、立香たちと対峙していたレフは沈黙をきめこみ、オルガマリーに至っては、まるで悪戯のバレた子供のような臆病さを見せていた。ほかのスタッフやマスター候補生たちも変わらない。彼彼女らは、ダ・ヴィンチに意見する者はおらず、半ば強制的ではあるものの、コフィンやカルデアスから蜘蛛の子を散らすように離れ、中央管制室の端へと歩いていく。

 

 さっきまで均衡していた空気が、ガラリと変わっていくのを立香は肌で感じた。

 

 そんな立香の肩にすっと細い指がかけられる。

 気づけば、耳元にはダ・ヴィンチのぷっくらとした唇が近づけられていた。

 

「何も分からないだろうけど、悪いね。今は細かい説明をしている暇はない。この騒動が終わったら、ロマンから一通りの説明を受けてくれ。サーヴァントとはなにか、私がなぜ君を助けるのか、あと、私がいかに天才なのか、とかね?」

 

「――――え」

 

 そう、からかうように吐息混じりの声が耳元で囁かれると、立香は条件反射的に背筋をぴんと伸ばす。横を見てみれば、細く笑んだ表情のダヴィンチが、彼の肩に手をかけていた。

 

 その貌からして、いい反応、と楽しんでいるようにすら思える。

 

「えっと、いきなりのことで頭がこんがらがって、なにがなんだか分からないんですけど……結局、ダ・ヴィンチちゃんは――」

 

「敵じゃない、とだけ今は言っておこうかな。君の気骨さに見惚れた、ただの通りすがりのお姉さん、という設定も悪くないかもだ。まぁ、好きに解釈してもらって構わないよ」

 

 冗談の入り混じった言い回しではあるが、それが自分の緊張をほぐすためのものであることには気が付けた。

 

 ダ・ヴィンチはそれだけを言い残すと、立香の肩から手を放し、そのままオルガマリーとレフの前へ歩み寄る。

 

「やぁ、こんにちは。オルガマリー所長にレフ教授。君たちも私が調べるので文句はないね?」

 

 その言葉に「ひっ」と短い悲鳴をあげたのはオルガマリーだった。なにやら、ダ・ヴィンチとはわだかまりがあるようで、あまり顔を直視できないでいるらしい。

 けれど、部下の見ている手前、あまり乱心もしていられないようで、オルガマリーは素早く呼吸を整えると、毅然とした態度を取り繕う。

 

「え、ええ。私は特に反論はないのだけど……あなたが出張ってくるってことは、本当にあるの、その……爆弾?」

 

「さあ、それは分からない。レフ教授の言う通り、藤丸君の妄言かもしれないし、本当に何者かが君たちを殺そうとしているのかもしれない。私も今からそれを確かめに行こうとしているところなんだ」

 

 ダ・ヴィンチはそう言って、流れのまま沈黙を貫くレフを見やる。

 

「……」

 

「おやおや、レフ教授。黙られると私としても身動きが取れないんだぜ? 一応、形式上では君が最高顧問だからさ、何事も許可を得る必要はある。カルデアは研究機関だし、上司の顔は立てないと、だろう?」

 

「サーヴァントである君が、まさか私たち生者の社会形式に気を使ってくれるなんてね。驚きだ」

 

「そんな事はないさ。亡者であれ、埒外の獣であれ、その集団の倫理観に従わないのなら排斥されるのが自然の理だ。When in Rome, do as the Romans do.(郷に入っては郷に従え)と言うだろう? ああ、それとも、出る釘は打たれる、っていうのが正しいのかな」

 

 ダ・ヴィンチの言葉に、レフは少しばかり微笑みを浮かべたまま固まってしまった。

 見る人が見れば、何やら物思いに耽っているようにしか見えないのだろう。

 が、幾度となく彼の悪意に晒された立香だけは、レフの中にドス黒い何かが渦巻いているのを感じ取っていた。

 

 きっと、ダ・ヴィンチの言葉のどれかが彼の虎の尾を踏んだのだ。

 

 そう立香が思い唾を飲むと、されどレフは相変わらず作られた笑みを貼り付けたまま、気兼ねしない様子で応える。

 

「ああ、私としても異存はない。だが、君が出てくるくらいだ。なにか気がかりなものがあったんだろ? 本当に爆発物があるのなら、今搭乗しているマスター候補生をコフィンから出した方がいい」

 

「いいや、その必要はないさ。彼ら彼女らがコフィンから降りてくるところを狙われたら、それこそ即死だ。コフィンには生命維持装置がある。生身を晒すより、簡易シェルターの中にいるほうが、よっぽど安全と私は思うけどね。それとも、レフ教授にとっては、彼らがコフィンから出てくる方が喜ばしいのかな?」

 

「ははは、考えすぎだよ、レオナルド。私はより安全面に気を使って助言しただけさ。たしかに君の言うことのほうが正しい。一部のコフィンは、すでにレイシフト待機状態になっているし、彼らを出すにも時間がかかってしまうからね」

 

 そう言ったレフの手が一瞬だけ。ほんの瞬きするよな時間、震えるほど杖を強く握っているのが見えた。

 他のスタッフたちは、ダ・ヴィンチばかり見ているようで気がついていないが、レフだけを見続けている立香はそれを見逃さない。

 

 確実に計画が狂った証拠だ。――――レフは追い詰められている。

 

 立香はそう確信を得ると同時、レフから追加要望がないと断じたダ・ヴィンチが、コフィンの方へと踵を返した。

 

「じゃあ、許可もいただけたということで、調べてくるよ」

 

「ああ、念入りに頼むよ、レオナルド」

 

「この私にズボラなんて似合うと思うのかい? 期待せず待っていてくれたまえ、レフ教授」

 

 そう顔だけ振り返ったダ・ヴィンチが笑えば、レフの顔に帽子の影が落ちるのだった。

 

 

 

 

 

 

「あの、先輩。歩けますか?」

 

 ダ・ヴィンチが配線用ダクトのほうへ調べに行ったのと同時、マシュがそう話しかけてきた。

 何度見ても変わらない穏やかな表情。少しばかり、泣きそうな顔で心配してくる瞳が、やけに印象的に思えてしまう。

 

「あぁ、大丈夫大丈夫。これくらい、一人でなんとも――」

 

 少しでも彼女の心配を取り除こうと、立香は強がりを見せるため一歩踏み出そうとする。

 が、足に思ったように力は力は入らず。立香の体のバランスはあっけなく崩れてしまった。

 そこへマシュが急いで横脇から手を差し入れる。柔らかな肢体がクッションとなり、立香の転倒を防いだ。

 

「大分、無茶をされたようですね。ダ・ヴィンチ――ちゃんが調べている間に、応急手当だけでもしておきましょうか」

 

「ごめん、迷惑かけちゃって」

 

「いえ、そんなことは……! 先輩が誰よりも頑張ってらっしゃったこと。なんとなくわかりますから」

 

 マシュの言葉は、立香にとってずるい言葉に思えてしまった。

 

 たった一言、そう告げられただけで、ここまでの苦労が報われたような気がしてしまう。

 まだすべてが終わったわけでもないのに、けれど、たしかな充足感が身を支配し、あたたかな気持ちが胸中に渦巻いてしまう。

 

 痛みを堪えつつ立香が笑えば、マシュもそれを見て困ったように微笑み返す。感じていた体温を名残惜しそうにしながら、二人は体の密着を解いた。

 

 そうして、「ごほん」と背後からわざとらしい咳が聞こえた。

 

「藤丸候補生」

 

「あ、ダストンさん」

 

 振り返ってみれば、そこに立っていたのは、立香をかばってくれたダストンであった。彼は若人の青春を邪魔しないように配慮しつつ、最適なタイミングで話しかける機会を窺っていたらしい。

 

 マシュが一瞬、席を外そうかと思慮したのに気づいてか、ダストンは「問題ない」というジェスチャーをした。

 

「あの時はすまない、まさか、彼と接触してしまっていたのか? 緊急のブリーフィングに2人とも顔を見せなかったから、もしやとは心配したんだが……」

 

「あははは、実はそうなんです。でも、ダストンさんが気にすることでもないですよ。あれはなるべくしてなった、みたいなところがあるので……」

 

 立香がそう言って思い出すのは、デイビットとのやり取り。彼が自分を囮していた時点で、あの接敵は避けられるものではなかった。

 決して、ダストンに非があったわけではない。

 というより、非があるとすれば、どう考えてもデイビットということになる。

 

「それより、俺もすみません。変なことに巻き込んでしまって」

 

「何を言っているんだ。巻き込まれたのは君の方だろうに……今後も、困ったことがあったら、なんでも言ってくれ。微力ながら、なにか力になるよ」

 

 そこまで話し終えると、ダ・ヴィンチがちょうど見終わったのか、顔をあげてこちらへと向くのが見えた。

 サファイアのような碧眼がぐるりと立香たちを見渡し、大仰な手振りで両手を広げる。全員、ダ・ヴィンチのその行動に気が付いて、息をのみ、彼が放つ第一声を待った。

 

「ふむふむ、なるほどなるほど」

 

 そう意味深に感嘆符を漏らすダ・ヴィンチに対し、ロマニが声を上げる。

 

「おい、レオナルド! 何か分かったなら、さっさと結論を言ってくれ! もったいぶると、心臓が持たないぞぅ! 所長の心臓が!」

 

「はぁ、なんで私なのよ!? 何も言ってないじゃない⁉」

 

「そう慌てるなよ、オルガマリー所長。ちょっとくらい、劇作家の気持ちを味あわせてくれてもいいじゃないか。なんせ久しぶりに工房の外に出たんだ。多少のハメ外しは見逃してくれないと」

 

「だから、私は関係ないって! いや、結論は早く聞きたいですけどね!?」

 

 オルガマリーが声を荒げると、やれやれ、といった様子でダ・ヴィンチが肩をすくめる。

 残念ながら、結果を急いでいるのは立香も同じだ。

 ダ・ヴィンチには悪いけど、早く結果を言ってほしいと思っている。

 

 そんな気持ちが伝わったのか、ダ・ヴィンチは床に取り付けられた配線用ダクトの取手口に手をかけた。

 

「さて、冗談はさておき。みんな結果が気になってるようなので、致し方なく、すぱっと私が見たものを説明するとしよう。何事も百聞は一見に如かず、だ」

 

 にやりと笑ったダ・ヴィンチは、その言葉とは反して、意地悪そうにゆっくりと蓋を開けていく。決して蓋が重いというわけでもないのに、その緩慢な動きは見ている全員が、早くしろ、と心の中で唱えた。

 

 そうして、そこには、

 

「喜びたまえ――――この配線用ダクトの中に、爆発物の類は見つからなかった」

 

「え?」

 

 ダ・ヴィンチの言葉が終わると、立香は思わず間抜けな声を出した。

 たしかに、ダ・ヴィンチの言う通り、配線用ダクトの中には怪しい物は一切入っていない。立香があの時見たものだけが、そこから綺麗さっぱりに消えてなくなっている。

 

「信じられない、嘘をつくな」と言いたい気持ちが胸にこみ上げてくるが、周りの人間からは「そら見ろ」「やっぱりないじゃないか」と揶揄する声が飛び交った。

 まるで、すべての光景が白黒反転するような思いだ。

 隣で見ていたマシュもダストンも、その結果に、安堵のような、しかし不安といった感情をないまぜにした表情をした。

 

 しかし、ダ・ヴィンチはそれらの声を台無しにするかのように続けた。

 

「オーディエンスが湧いてるところ申し訳ないが、まだ続きがある。言うなれば、さっきのはいいニュースで、今から言うのは悪いニュースってやつさ」

 

 そういったダ・ヴィンチは、次にダクトではなくコフィン制御ディスプレイそのものに手をかけた。

 

「非常に残念だが――――コフィン制御ディスプレイの中、そこに爆弾と思わしきものを見つけてしまった」

 

 そう言ってダヴィンチが開いたのは、ディスプレイの土台部分である側板。ねじ止めされている筈のそこを、いとも簡単に指だけで外すと、そこには、立香が配線用ダクト内で見たものと一緒のものが入っていた。

 

 静寂が中央管制室をうつ。

 さっきまで、立香を非難していた声すら、鳴りを潜めていた。

 

 誰かの息を呑む音が聞こえ、

 まだ状況を理解していない者は、言葉にもならない声を吐き、

 何が起こったか理解した人の顔は、顔面蒼白となっていた。

 

「嘘、だろ……?」

「なに、どういうこと?」

「あれって……いや、まさか」

 

 誰しもが、そこに、そんなものがあるとは思ってもいなかった。

 ただ、ヒステリックを起こした新任のたわごとだと、そう信じていた。

 

 マシュやダストン、ロマニが彼の肩を持つから、仕方なしに見てあげただけ。まるで癇癪を起した子供を宥めるためだけに行ったお遊戯会が、実は本当に死へのカウントダウンを宣告するものだとは思いもしなかった。

 

 危険などないのが当然。

 だって、そこにあるということは、この場にいる誰かが、自分たちを殺そうとしているということなのだから。

 

 ナイフを突き立てられていることに気が付かず。

 いつ死んでもおかしくない凶器が、身近にあった。

 一歩踏み間違えれば崖から落ちていたように、今自分たちの命は、何者かによって握られている。

 

 そんな漠然とした恐怖が全員の心を重くした結果、この場にいる誰もが言葉を失ったのだ。

 

「う、そ……本当に? 本当に、それが、そうなの……?」

 

 幸いにも、魔術師あがりのオルガマリーには、目の前の爆弾が、本当にそれなのか判断がつかなかった。

 だから、科学あがりのスタッフよりも、どちらかと言えば、この状況をうまくつかめていない者と同等の混乱が彼女を襲っている。

 

 ダ・ヴィンチはそれを理解したうえで、彼は彼なりの優しさをもって説明をはじめる。

 

「ああ、信じがたいけど、これが本当(マジ)ってやつさ、オルガマリー所長。ざっと見たところ、中身はC4かな。軽くこの中央管制室を地獄絵図にできる爆薬が入ってる。爆発さえしてしまえば、この場に立っていた君の四肢は爆風で木っ端みじんとなり、およそカルデアスタッフの7割近くは即死していたことだろう。コフィンにいたマスター候補生も例外じゃない。即死は免れるだろうが、爆炎によって体は焼かれ、破裂した鉄の杭が肉を貫き、血が大量にでることで脳の機能が死んでいく。

こんなものをここに仕掛けた犯人は、よほどカルデアに強い恨みでももっているのか……もしくは、肉片を一片たりとも残さず、殺したい相手でもいたんだろうね」

 

 ダ・ヴィンチの言葉で、さらに場の空気を一変させた。スタッフたちの表情は驚愕に染まり、オルガマリーは口を手で塞いで嗚咽を我慢した。

 

 そんなダ・ヴィンチの説明を聞きながら、立香だけは、過去の凄惨な状況を鮮明に思い出す。

 

 人が死んでいく地獄絵図。誰もが声を漏らすこともなく、多くの命が奪われた光景を。

 

「さて、件の爆発物はたしかにあった。ここに至ってはもう、藤丸君が口にした言葉が、虚言であったかどうかなんてものは関係ない。一体これを誰が仕掛けたのか、犯人は誰なのか、という話をしないとね」

 

 ダ・ヴィンチが素早く切り替えれば、オルガマリーは吐き気を堪えるようにして叫ぶ。

 

「だ、誰なのよ⁉ こんな物騒なもの仕掛けたヤツは⁉ こんなことするなんて、正気じゃないわ!」

 

「それは同感だ。同じ釜の飯を食い、同じ職場で切磋琢磨しあった人間を、このような非道なやり方で殺そうとする人間は、正気とは言えない」

 

 そう言って、笑みを無くしたダ・ヴィンチは立香の方を見た。

 

「私も犯人に対しては心当たりがある。まさか、こんなことをしでかす人間とは思いもよらなかったが、しかし、現実はいつも無情だ。目の前にそれがあるのなら、私たちはそれを信じるほかない」

 

「だから、そんなイカレタ奴が誰なのかって――」

 

「そう怒鳴らず冷静になりなよ、所長。君だって、もうわかってるんだろう。なんせ、爆弾を見つけた藤丸君を、あそこまで痛めつけ、君たちを煽って排除しようとした人物こそ犯人なんだから」

 

 怒っている。

 さっきまでの涼しげな表情は微塵もない。ダ・ヴィンチは静かに、これを計画した者への怒り内在させ、そして断罪するべく、立香に声をかける。

 

「そうだろう、藤丸君? 君の口から犯人の名前を聞かせてやりなよ」

 

「……はい」

 

 場は準備された。

 お膳立ても済んだ。

 

 立香だけでは、決してここまでこれなかった未来。

 

 このルートにたどり着くため、最難関であった砦。

 

 多くの未来を奪い、多くの生命を踏みにじった男へと下す最後の宣告。

 

「犯人は、レフ・ライノール――――彼が、カルデアに反旗を翻した張本人です」

 

 言い逃れのしようもないこの場で。

 立香はレフの信頼を地に堕とすべく、それを口にした(決定打を打ち込んだ)

 

 

 

2

 

 

 

「冗談、でしょ? なにかの間違い、よね? だって、レフは……私をいつも支えて……!」

 

 衝撃の事実を突きつけられたためか、オルガマリーは蒼白となった顔で狼狽える。

 無理もない。

 今まで自分を親身になって支えてくれた人間が、実は己を含め数多くの人間を屠ろうと画策していたのだ。その残酷なまでに強烈な殺意は、彼女の身をこわばらせ、ひいては思考を暗くさせるのに十分すぎるものだった。

 

 レフはそんなオルガマリーに一瞥をくれてやると、帽子のつばを下げ、くつくつと身体を震わせる。

 

「ククク……クハハハハハハッ!! 支えて? 支えて、なんだ? お前のそれは、ただの依存だったろうに」

 

 刹那、放たれたのは哄笑だった。それらは悪意に満ちた声音をしており、聞くに堪えぬほど悍ましい怨嗟が紡がれる。

 その薄気味悪さは、見ている者を不快にさせ、聞いたものを不安にさせた。中央管制室の壁に沿って立っていたスタッフ全員が、レフから少しでも離れようと、一歩、また一歩と後ずさる。

 

 オルガマリーだけは、レフの言葉が理解できず呆然としていた。

 

「いやはや、私の計画がこんなところで頓挫するとはね。想定外にして、私の寛容の許容外だ。まさかこんな見込みのない子供に、出し抜かれようとは、腸が煮えくり返る気持ちでいっぱいさ」

 

 まるでステージ上を練り歩く主役のような立ち振る舞いで、レフは人垣を割りながらゆっくりと歩き始める。杖を一定のリズムで地面につきながら、向かう先は爆弾でもなければ、ダ・ヴィンチの下でもない。ただ中央管制室の壁沿いを這うように歩いていく。

 

 そんなレフに、当初から敵意をむき出しにしていた立香だけが、問いかけた。

 

「その口ぶりからして、自身の行いだったと認めるのか?」

 

「認めるさ、認めてやろうとも。私がその爆弾を仕掛けた犯人だとね。君たちカルデアスタッフを皆殺しにするため、緻密に爆薬を計算し、誰にもバレることなく設置してみせた働き者が、この私さ!」

 

「嘘よ! そんなの、嘘に決まって――」

 

「この期に及んで言い逃れするつもりはないよ、オルガ。私は君がさっさと死んでくれることを心から願っていた。あの爆弾もそうだ。爆心地を君の足元にすれば、君は肉体すら残さず死んでくれるだろう? やかましい声も聴かず、一息で即死だ。さぞ、私の胸がすく光景が見れただろう。それが見えなくて、非常に残念だ」

 

 滔々と語られるレフの思いに、もはやカルデアスタッフ全員が絶句した。掛ける言葉など見つかりはしない。目の前には、ただ純粋に自分たちの破滅を望む狂人が立っているのだから、何を言おうと、何を投げかけようと、返ってくるのはすべて自分たちを殺したいという欲求のみである。

 

 レフの本音を聞き出せたことで、ようやく気持ちの整理がついたのか、ロマニも立香に続き、レフへと疑問をぶつけた。

 

「どうして、この期におよんで素直に自白しだしたのかは、僕としても非常に興味深いが……何か裏があるって思っていいのかい、レフ教授?」

 

「賢明な判断、甚く感謝するよ、ロマニ君。これ以上、君たちに猶予を与えるのも癪なのでね、手早くことを進めたいと思っていたんだ。君たち全員を爆風で吹き殺すことは叶わなかったが、それでも35人のマスター候補生を殺すことはできる。……いや、この中にいる君たちも無事では済まないだろう、八割ほどなら道連れにできそうだ」

 

「やれると思っているのかい? こんな状況で、サーヴァントである私がいながら」

 

「だったら試してみるか、万能の天才? たかが亡者の影法師ごときで、この私が止まるかどうかを」

 

 すごんだダ・ヴィンチと、何か手がないか模索していたロマニの視線が、一点に止まる。

 レフの手に握られているのは、爆破装置らしきものだった。今すぐにでも、爆弾は起動できる。それを見せびらかすようにレフは手のひらで回し、ニタリと笑う。

 

 どれだけダ・ヴィンチが有能であろうと、今彼女がコフィンに取り残されたマスター候補生全員を救う手立てはない。

 いや、守る手段はある。そのために、ダ・ヴィンチは自ら爆弾の発見という役を買ってでたし、立香が持っていたバッグの中から、ある程度の物品を盗んでいた。

 

 が、それをしてしまえば、次にコフィンに入っていない他カルデアスタッフを守る手段がなくなるのだ。

 

 二者択一。

 コフィンに入っているマスター候補生すべてを犠牲にし、オルガマリーを含むほかカルデアスタッフを助けるのべきか。

 もしくは、賭けに出て爆弾処理を行い、そのうえで他スタッフを守るために動くべきか。

 

 人間ひとり程度であれば、サーヴァントであるダ・ヴィンチが負けることはまずない。

 だと言うのに、決めきれない。

 

 サーヴァントによる本能か。

 もしくは長年生きたことによる勘なのか。

 

 目の前にいるレフ・ライノールの脅威を、ダ・ヴィンチは見極められないでいた。

 

 

 

 

 そんな中、少し離れた位置で白髪の青年――カドックが腰を浮かした。

 ずっと事の成り行きを見守っていた彼であったが、ことレフ・ライノールの反逆が公の事実となった今、Aチームである自分が動かないわけにはいかない。

 Aチームの中で、どれだけ自分が落ちこぼれでも。

 Aチームの中で、どれだけ自分が役立たずでも。

 彼の中にくすぶる小さな使命感と、ちっぽけな正義感。そして、この場では自分だけが何とかできるという、哀れな優越感を孕んだ結果の行動である。

 

 だが、そんな彼の内心を見透かしたように、服の裾をひっぱった者がいた。

 

「な、にするんだ、芥?」

 

「別に……死にに行こうとする馬鹿をとめただけよ。他意はないわ」

 

 カドックが振り返った先には、こんな状況でありながら、今も本から目を離さずいる芥ヒナコがいた。

 

 カドックは彼女が動かないのも見ていたから、自分が、と立ち上がろうとしていたわけで。そんな経緯があったのも知らず頭ごなしに止められては、彼の中の劣等感がくすぶられる。

 

「ふざけるなよ、お前。このままじゃ、キリシュタリアや、ペペロンチーノが……」

 

「死にたいなら、どうぞご勝手に。私は忠告せずに死なれたら、目覚めが悪い程度の気持ちで止めただけ。でも、アレはあんただから勝てないんじゃないわ」

 

 カドックの反論に、されど意に返さない様子で芥はつづける。

 

――アレは、人間とは根本的に違う生物よ、と。

 

 

 

 

 

 コフィンに入っていなかった唯一のAチームである彼らが、そんな話をしている一方。

 まだ、レフの独壇場は続いていた。

 

「どいつもこいつも、こんなガキの泣き言にほだされよって。すぐにつまみ出していれば、楽に殺してやったものを」

 

「レ、フ――――?」

 

「特にオルガ。君は本当に愚かしい小娘だ。所長という肩書に似合わない無能さに感心すら覚える。ひとりの新米の意見を簡単に通してどうする? なぜ、この足手まといどもを野放しにする? なぜ、あの時、その場で撃ち殺さなかった?」

 

「――――、そんな、こと、できるわけ……!」

 

「ああ、そうだろうね。君は愚図で、鈍くて、頭も弱い。誰も君に期待なんかしちゃいない、誰も君なんかを認めてはくれない。まったく、こんな時にまで叫ぶことしか能がないとは……聞いているだけ不愉快だよ。亡き父君が今の君を見たら、さぞかし失望することだろう」

 

 レフはそう言いながら、一歩、また一歩とオルガマリーへ近づく。

 その歩みを止める者はいない。止められる者はいない。

 下手に動けば、次の瞬間、自分がどうなるか分からない恐怖。いや、自分の身を投げうってでも、彼女を助ける気がおきる者は、このカルデアの中にいなかった。

 

 オルガマリーは、そんな自分の人望のなさを見せつけられながらも、されど歩み寄る恐怖から逃げるべく後ろに後ずさる。けれど、彼女の歩みはすぐに止められた。背後には壁。逃げる道は、残されていなかった。

 

「ふざ、ふざけないで! 私の責任じゃない、私はまだなにも失敗していない! アンタ、どこの誰なのよ⁉ 私のカルデアになにをするつもりなのよぉ……⁉」

 

「これらは君の、ではないだろう。まったく――――最期まで耳障りな小娘だなぁ、君は」

 

「さい、ご……?」

 

「まずは君だ。何も成せぬまま、朽ち果てるといい。アニムスフィアの末裔よ」

 

「や、やめて、お願い!」

 

「マズイ、所長逃げ――――」

 

 そう言ったレフの手がオルガマリーへと伸ばされる。残されたのは、ロマニが叫ぶ声のみ。

 どうやって殺されるのか。

 なにで死んでしまうのか。

 まったく見当もつけられない未知の最期に、オルガマリーはつい目をふさいでしまう。

 

「いや――いや、いや、助けて、誰か助けて! わた、わたし、こんなところで死にたくない! まだ褒められてないのに、誰も、わたしを認めてくれいないのに……!」

 

 悲痛な叫びが木霊する。

 オルガマリーの目からは涙がこぼれ、恐怖で体が震えている。

 

 どれだけ叫んでも、どれだけ泣きわめいても。

 けれど、誰も手を指し伸ばしてはくれない。

 

 そんなこと、彼女自身が一番わかっていたというのに。

 

 

 

「――――、え?」

 

 

 

 ふわりと自身を包むぬくもりを感じて、オルガマリーは目を開けた。

 

 視界の中では、腕も折れ、一人で歩くことさえ困難だったはずの立香が、自身を抱きとめている。

 

 彼は知っていた。

 

 レフがオルガマリーに抱く途方もない殺意を。

 

 彼は知っていた。

 

 この男がいかに恐ろしく、自分では歯が立たない巨悪であることを。

 

 彼は知っていた。

 

 レフ・ライノールという男は、追い詰められた際、必ず自分の手で人を殺すことを。

 

 ありふれた善性をつめこんだ彼には、目の前で泣いている女の子を助けないという選択肢は出せなかった。自分だけがレフの悪辣さを知り、自分だけがそれを乗り越えてきたからこそ、この場で動けるのは自分しかいないと、彼は覚悟を決めていた。

 

 だから、彼は自分にできることを精一杯選び取った。

 

 自分じゃない誰かが泣いていたら、その涙をとめてあげたいと、そう願ってしまった。

 

 吹き出す鮮血の雨。

 生暖かな体液が噴出し、壁一面を赤黒く染めあげる。

 

 その瞬間、立香は己が死ぬことを受け入れた。




fgoさん、また炎上してぇ
ということは置いておき、この話もそろそろラストスパートです。
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