藤丸立香は死に戻る   作:ららら

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お久しぶりです!
引っ越しとかで忙しかったと言い訳させてください。
ごめーんね!



第十四話 届いた手、されど②

 鮮血の雨が降った。

 鉄の臭いが辺りに充満し、タイルの上へと赤黒い液体が飛沫する。

 

 凄惨な光景だというのに、それでも立香の体に痛みはなかった。体に残るのは、あまりのショックすぎる体験のせいか、腕の中で気を失ったオルガマリーのぬくもりだけ。

 痛みに悶えていないところを見る限り、彼女を守れたのだろう。自分の命を投げうってしまう結果が心残りであったが、それでも目の前に救えた命があることは非常に嬉しかった。

 

 飛び込むようにオルガマリーを抱きかかえたため、そのまま立香は彼女を腕の中に抱えたまま地面へと倒れる。砕かれた肩がずきりと痛み、みっともないうめき声が漏れはしたが、その程度で済んだのだと思った。

 

 いや――――その程度で済んでいるはずがない。

 

 確かに血が吹き飛んでいた。

 何度か死に目にあっていなければ、卒倒してしまうほどの量だった。

 ドラマやアニメでしか見たことのない出血量。それが自分から出ていないというのならば、一体、この撒き散らされた血液は誰のものだというのか。

 

 答えは――――すぐ後ろにあった。

 

 

「――――、――、――!!」

 

 

 ロマニが叫んでいるのが目に入った。

 ダストンが呆然としているのが目に入った。

 これまで関与してこなかったAチームの2人が、それを行った当人であるはずのレフまでもが、その光景を信じられないといった顔をしていた。

 

 倒れる1人の少女の体。

 ゆっくりと、まるで糸が切れた操り人形の如く。

 全ての時間がコマ打ちされたように進んでいく中、立香はオルガマリーを抱き抱えながら、それを見てしまった。

 

 どうして?

 

 分からない。何が起こったのか理解ができない。

 目の前に広がる光景を瞳に映しながら、立香は自身の口内から水分が飛んでいくのを感じる。

 

 どうして?

 

 理解が追いつかない。

 死んだと思ったのは自分だったはずだ。

 他の誰かが死ぬなんて、この時まで考えもしていなかった。

 

 どうしてどうしてどうして、どう、して……?

 

 

 

「――――――ま、しゅ?」

 

 

 

 どうして――――そこに君がいるんだ?

 

 

 わけもわからず。ただなりふり構っていられず。

 ただ我武者羅に、気を失っているオルガマリーを離して、立香は倒れたマシュへと駆け寄った。

 

 今この瞬間、レフが動き出すことなんて、もう彼の頭の中にはない。

 

 ただ救いたかった。

 ただ生きていてほしかった。

 見たいといった青空を見せてあげて、ただその雪花のような笑顔を、咲かせてほしいと願った。

 

 なのに。

 

 だというのに。

 

 どうして、どうしてどうしてどうして。

 

「俺なんかの、代わりに……なんで君がっ!!」

 

 出てきたのは、そんな単純明快な問いかけだった。

 

 肩口から左の脇腹にかけて大きく切り裂かれた傷口。止血することなんて不可能だと思わされるほど、それは深く深く抉られてしまっている。

 これまで数度に渡り死を経験した立香だからこそ分かる。

 いや、そうでなくても、この傷を見れば誰だって理解できることだろう。

 

 ここからの蘇生は、不可能であると。

 

「せん、ぱい……?」

 

 息も絶え絶えであるマシュは、焦点が合わない瞳を眼鏡の奥で揺らしながら、まるで声を掛けてきた目の前の立香を探すように、きょろきょろと眼球を動かした。

 その仕草だけで胸がいっぱいになってしまう。立香は堪えきれそうにない嗚咽を必死で喉奥で抑えながら、それでもやはり、この場面に相応しくない問いかけを繰り返してしまう。

 

「なんで、なんでなんだよっ!!? 君が死んじゃっ、意味がないじゃないか!!!」

 

「すみま、せん……わたし、からだが……」

 

「いやだ、いやだいやだいやだ……!! やめてくれ、お願いだから、やめて、マシュ……っ!!」

 

 マシュの傷を両手で抑えながら、立香は必死に叫ぶ。

 指の隙間からじわじわと滲む血は、妙に生暖かく。少女の肌を伝い、タイルの上へと染み渡るその真っ赤な液体が、マシュの温もりを刻一刻と奪っている事実に焦燥感を抱く。

 

 そこでようやく、ロマニが我に返った。

 

「っ、藤丸君! 僕と――――――」

 

「やめたまえよ、ロマニ」

 

 医療部門のトップであるロマニが、自らマシュの延命処置を引き受けようとしたが、それをコフィンの周りからいまだに動けないでいるダ・ヴィンチが止めた。

 ロマニが静止の声を掛けてきたダ・ヴィンチを見れば、彼もまた非常に悔しそうに下唇を噛みながら、きっとマシュを切り裂いたレフを睨みつけている。

 

「レオナルド!? だけど、ここは僕が――――」

 

「無粋な真似だと言っているんだ。君だって分かるだろ。もう、あそこで誰がなんとしようと、手遅れなんだよ」

 

 ダ・ヴィンチの意見は正しい。

 例えドクターロマニが藤丸の代わりにマシュへ処置を施したところで、それは彼女の救命には繋がらない。せいぜい、数分延命させるのが関の山だ。

 

 ロマニもそれは分かっている。分かっているけれど、それでも彼だって1人の医者として、死にゆく人間をただ眺めることは許せなかった。

 

 だがそれを踏まえた上でなお、ダ・ヴィンチはロマニの行動に否を突きつける。

 

「君の医者としての人道は尊重するよ。いや、”人の命を助ける”という観点で言えば、君の行動が最も正しいだろう。……でもね、ロマニ。生物は時として、命ではなく心を癒してくれる相手を求めるんだ」

 

「心、を……?」

 

「ああ。だから、もう一度言おう、ロマニ・アーキマン。無粋な真似はよすんだ」

 

 そう告げられたロマニは、マシュの裂傷を必死で抑える立香を見た。

 

 白いカルデアの制服はもう赤く染まっている。立香の歯の間から、苦悶の息が漏れている。額に浮かんだ汗がこぼれ、少女の胸元で弾けて消えた。体重を乗せるようにして圧迫しているものの、それでもマシュの体の背部には小さな水たまりができつつある。

 

 少女の顔はもう蝋のように青白く、唇から色が消えかけている。瞳孔は散大し、まぶたが微かに痙攣していた。出血量が多すぎる。あの傷はおそらく鎖骨下動脈に達している。このまま両手で押さえているだけでは――、

 

 

「……いい、です……助かりません、から。それより、はやく、逃げないと……」

 

 

 ロマニが見ていると、マシュがそう言葉を溢した。

 それは今も止血を試みている立香に掛けた言葉なのか、それともこの中央管制室にいる全職員に向けての言葉なのか。

 人の倫理から踏み外した行いにより生まれた少女が、ただ誰かの生存を願って起こした行動に、誰もが言葉をなくし、身を動けなくしてしまっている。

 

 それを聞いたロマニも、ダ・ヴィンチも、なによりレフすらも、この時ばかりは少女の最後を尊重していた。

 

 

「嫌だ――――!!!」

 

 

 しかし、ただ藤丸立香だけは、一心不乱に、彼女が救うことを諦めないでいた。

 死にいく少女の願いすら振り払い、彼だけは無謀にも少女の救命を優先する。でも、手の下で感じるのは、どんどん冷たくなっていく体温だけだった。

 

 それは奇しくも、初めて彼女の死を目の当たりにした時を繰り返すかのようで――――。

 

「せんぱ……い……」

 

 マシュの声が、遠のいていく。

 

「待ってて、マシュ!! 絶対に俺が、君を助けるからっ。今度こそ、何があっても、絶対に守ってみせるからっ!!」

 

 声が裏返る。頭の中がぐちゃぐちゃに渦巻く。前と同じだ。あの時も、こうして彼女は――

 

「ここは、ちっとも……空が……みえ、ない……」

 

「っ――――――」

 

 そこで立香のの手の力が、一瞬、緩んだ。

 

 あの時と同じセリフ。

 あの時と同じ場所。

 あの時と同じ少女の死。

 

 立香の手の下で、何かが変わった。今まで感じていた微かな鼓動——あの温かくて、頼りないけれど確かにあった生命のリズムが、ぷつりと途切れた。

 

 泣きそうな目で、立香は自分の手を見下ろす。

 

 両手はまだマシュの傷口を押さえつけていた。指の隙間から血が滲み、手のひら全体がべっとりと赤く染まっている。さっきまであんなに大量に流れていた血が、なぜか急に出血量が減ったように見えた。

 

(……止まった……?)

 

 いいや、そんなわけが無い。

 心臓が止まったから、血が流れなくなっただけだ。

 

 そんなこと、彼女の傷に触れていた立香が一番理解している。

 

(……まただ……また、助けられなかった……)

 

 ぎりぎり、と歯を食いしばる音が頭蓋骨に響く。押さえつけている手にさらに力を込めるも、傷口の縁から冷たい血がにじみ出て、もう脈動は感じられない。

 血塗れの指が微かに震える。マシュの肌は明らかに冷たくなっていくばかりで、さっきまで汗で蒸れていたはずの掌の下が、じわりじわりと冷たさに変わっていくのがわかる。

 

「あ”ぁ……っ!」

 

 声が喉の奥で千切れる。視界が滲む。落ちた水滴が血の海に吸い込まれていく。握りしめた拳が、マシュの冷たくなった胸元で震える。赤黒いしずくが、彼女の服の裂け目を伝って落ちていく。

 

 また、同じだ。

 

 額をマシュの胸に押し付けながら、嗚咽が零れる。血の匂いが鼻を突く。あの日と同じ、鉄臭い匂い。

 

 何度戻っても、この手は――――。

 

 

 

 

 

 

「全く、理解不能だ」

 

 レフの冷たい声が、血の匂いが残る管制室に響き渡った。彼はゆっくりと心臓の止まったマシュの体を見下ろし、薄い唇を歪ませる。その瞳には、純粋な困惑しか浮かんでいなかった。彼は心臓の止まったマシュの最後を看取り、そうして出てきたのが、理解不能という感想だった。

 

「彼女は勇敢な戦士でもなければ、物語の主題でもない。ただの、ごく普通の女の子だった」

 

 靴音が冷たく響く。レフは横たわるマシュと、彼女を抱く立香の周りを、捕食者が獲物を囲むようにゆっくりと歩き始め、言葉を続ける。

 

「彼女の行動は予想外だが、貴様らに挽回の策がないのは予想通りだ」

 

 一歩ごとに、床にこびりついた血が靴底に引っ付く。

 

「何も成せず、何も得られず、ただ諸共に死に向かうのみ」

 

 その音が、管制室の重苦しい空気をさらに圧迫する。

 

「無価値で無意味な死という概念こそ、人類の最たる欠陥だと私は思うが」

 

 レフの視線が、光を失ったカルデアスへと向けられ。

 

「貴様がオルガを助けたことも、彼女が貴様の一時の生存を実現したことも、本当に愚かしい選択だよ」

 

 最後の言葉を吐き捨てるようにして、レフは立香の真正面に立ち止まった。

 その目線の先では、立香がまだマシュの冷たくなった手を握りしめていた。少年の指は白く変色し、震えている。

 立香が今もマシュを見下ろしながら顔を上げないことを確認し、レフはふっと肩を竦めた。

 

「レフ教授、君の言葉には概ね賛同できることがある」

 

 そこに、ロマニの声が割って入った。

 

「確かに、マシュはただのごく普通の女の子だった。ここで死ぬことが、彼女にとって価値のある物なのかは僕にも分からない。だけど――」

 

 拳を握りしめる音が響く。

 

「彼女の行動が、藤丸君の行動が、誰かのために走り、至った結果が、すべて無意味だと断ずることは、誰であろうと許されるべきではないっ」

 

 レフの唇が歪んだ。それは、本物の笑いではなく、捕食者が獲物の抵抗を面白がるような、残酷な微笑みですらある。

 レフの指先が杖を撫で、かくも下卑た笑みを浮かべたままロマニを見た。

 

「戯言だな、ロマニ。人間が愚かしいと分かっておきながら、それでも生きようとする。君のそれは、まさに愚かしさの肯定だよ。過ちを知りながら、何も正そうとしない。……全く、吐き気を催す邪悪だ」

 

「それは違うね、レフ教授。私から言わせてみれば、それこそ人間の美徳だ。愚かしさを受け入れ、それでも生き足掻く。無意味だ無価値だと決して自暴自棄にならず、誰かのためにと前へ進める原動力こそ、人間が最も人間たらしめる長所だ」

 

 今度はダ・ヴィンチも負けじとレフへと言葉を投げた。

 レフの眉が僅かに動く。

 

「人類史に刻まれた英霊が何をほざくかと思えば、綺麗事にもならない愚論だよ、それは。君たちの存在こそ、人類が作り上げた恥部の結晶だろう。死を認め享受するというのなら、なぜ君たちのような存在がいる? 亡者を利用するそのシステムこそ、君たち人間の正当性を著しく欠いていることになぜ気づかない」

 

 管制室の照明が一瞬、激しく明滅する。

 そして、レフの視線が再び立香に向けられた。少年はまだ、マシュの手を離していなかった。

 

「貴様もそう思うだろう、藤丸立香。彼女の死には、なんの意味もなかった。彼女の誕生は、その死のせいで無価値となった」

 

「………………れ」

 

 微かな、かすれた声。

 

「貴様の足掻きの結果は、何も助けられず、何も守れないという呆気ない幕引きで終わる。ただ一時の生存を許されただけに過ぎない」

 

「…………だまれ」

 

 立香の手が、マシュの力の入っていない手を握りしめる。

 

「私は生命の無意味さを実感している。限りある命の終わりを嘆かざるを得ない。なぜならば、生命の作り上げる未来など、つまらないのだから」

 

「黙れっ!!!!」

 

 立香の叫びと共に、少年はようやく顔を上げた。

 その目には、涙ではなく、底知れぬ怒りだけが灯っている。額から顎にかけて走る血管が怒りの拍動に合わせて脈打ち、歯を食いしばった口元からは、血の混じった唾液が糸を引いていた。

 今にも牙を剥きだす獣のように、唇が震えて引きつる。

 そのまま立香は握っていたマシュの手を離し、そうして”真っ赤に染まり上がった”右手をゆっくりと引き絞りながら、レフへと歩み寄っていく。

 

「……ああ、いいだろう。最後に殴りかかるくらいは許そう。貴様の気持ちは理解できるつもりだ」

 

 レフは帽子の鍔を下げながら、吐き捨てるように言い放つ。

 

「マシュ・キリエライトの弔いだ。その貧弱な人の拳で、私に殴りかかってくるといい」

 

 そう言ったレフはゆっくりと杖を回転させた。

 

 ロマニが、ダ・ヴィンチが、そしてAチームであるカドックや、そのほかの全職員が、彼の無謀に口を出そうとした。

 

 無理だ、殺される。冷静になれと。

 

 しかし、それらは言葉にならなかった。

 なぜなら、立香のあまりに鬼気迫る表情が、何を言っても無駄だと悟らされたから。

 

 彼の右目から一粒の血の涙が溢れる。

 それが頬をつたい、顎から滴り落ちる。

 

 そうして管制室の照明が2人の間に鋭い影を落とし、立香の影が――――――

 

 

 

 消えた。

 

 

 

「――――――なに?」

 

 

 

 レフの目が僅かに見開かれる。

 

 その刹那、ばきりと鈍く重い衝撃音が管制室を揺らした。

 

 立香の拳が、レフの顔面を豪快に打ち抜く。その速度は、人間の限界を遥かに超えており、並の人間では到底達しきれない領域でもあった。拳の軌跡に残った真空の渦が、周囲の塵を舞い散らし、その衝撃により管制室が僅かに揺れた。

 

 レフの体は、浮いていた。

 

 帽子が空中でひらりと舞い、杖が手から離れる。時間が歪んだように感じられるほどの一瞬で、彼の身体は後方へと吹き飛んでいた。

 

 背中が管制室の壁に激突し、強化金属がへこむ鈍い音が響く。

 レフは背中が金属壁にめり込んだまま、ゆっくりと頭を上げた。黒髪が乱れ、いつもの整った面差しに初めて裂け目が生じている。唇の端から血がにじみ、白い肌に鮮やかな赤が滲んでいく。

 

「ふ……ふふ…………」

 

 不意に、レフの喉が震えた。

 笑いだ。しかしそれは、彼らしくもない、どこか狂気を孕んだ笑いだった。

 

 立香の拳はまだ突き出たまま。拳関節の皮が剥け、血が滴っている。しかし少年は痛みにすら気づかない様子で、ただ、吹き飛んだレフを──燃えるような憎悪の眼差しで見据えていた。

 

 管制室が水を打ったように静まり返る。

 誰もが息を飲んだまま、この信じられない光景を呆然と見つめていた。

 

 レフの唇が微かに動く。

 

「まさか……まさか、無理やり礼装を発動したのか……っ、魔術も知らぬ貴様が、それを使って!」

 

『該当――――を検索中……発見しました』

 

 その目は、立香の右手に釘付けになっていた。

 

 歩み寄る少年の右手──マシュの血で真っ赤に染まっていたその手の甲に、三つの鮮やかな赤い紋様――――いや、正確にはそのうちの二つが消えていることに、レフは気がついていた。

 

 しかし、そんなレフに何の反応も返さず、立香は無言で一歩また一歩と近づく。

 床に落ちたレフの帽子を踏みつぶしながら、血に濡れた拳をぎりぎりと握り締め、浮かび上がった紋様が不気味な輝きを放つ。

 

「……立て、レフ・ライノール」

 

『適応番号48 藤丸立香 を――――』

 

 立香の足がそこで止まった。ちょうど、レフの落とした杖の横で。

 

『――――マスターとして 再設定 します』

 

 血まみれの右手がゆっくりと上げれば――中央管制室にアナウンスが響き渡った。




前回の話でのラスト、誰も藤丸立香の血が噴き出したなんて言ってないですよ(くすくす)


さ、次回で終わるかなぁ
最後にこの章での攻略条件の答え合わせしますね
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