藤丸立香は死に戻る 作:ららら
ようやく落ち着きを取り戻した立香は、ロマニの検診を受けながら、あのあとの顛末を聞くことができた。
とは言っても、詳細に教えられたって、立香にはその全容を理解することはできない。適宜、なぜか横で残り続けたマシュとデイビットが解説を挟んでくれたが、正直、立香からしてみれば「Aチーム、まじ強えー」くらいの感想しか出てこなかった。
それを聞いたロマニは爆笑し、マシュは次はもっとうまく解説しますと意気込み、デイビットはいつも通りなにを考えているか分からない顔で立香を見下ろす。
まぁ、魔術の「ま」の字も知らない立香からすれば、「宝石ランクの魔眼」と言う単語が登場した時点で、既にお手上げになるのも無理からぬことであった。
「――とまぁ、難しく解説はしたけどね。君の意識が途切れてからは、実はそう多くのことは起きていないんだ」
そう。ロマニは聴診器を外しながら締めくくると、その管を巻いて机の上に戻す。
肩の筋肉をもみほぐしながら、疲れ切った表情でにへらと笑う姿は、徹夜明けのサラリーマンを彷彿とさせた。
「さっきのは、君が意識を手放す一歩手前から、Aチームが出てきてすぐの解説。というよりは、君がレフ教授に痛快なパンチをくらわしてから、といったほうが良いかもしれないね」
「はい。私も、先輩の雄姿には感激しました……!」
「そうかな? マシュのあの姿も、十分すごかったと思うけど」
露出的な意味でも凄かった、とはさすがに口にしない立香である。あの姿は、鎧を着こんでいるという対照的な意味合いとは逆に煽情的だった。
こう、体のラインがもろに出ると言うか。マシュの大きいものがより強調されているというか。
そんな邪な考えをしていたせいか、立香の考えを遮るようにデイビットが苦言を漏らす。
「彼をあまり甘やかさないほうがいい。どちらかと言えば、蛮勇のほうが適切だろう、あれは」
「あははは。まぁ、僕も痛快とは言ったけどね。それは個人的な主観であって、医療チームのトップ兼大人としての立場で言えば、ゼム・ヴォイドの表現には大いに賛同せざるを得ない。藤丸くん、それにマシュ。今回は何とかなったけど、以後気をつけるようにね?」
「は、はい! すみません、ご心配をおかけしてしまって」
と、ロマニが少し悲しげな目で見たせいか、マシュが頭を下げる。
そして、自分の吐いた失言をよくないと感じたのか、立香にも「すみません」と頭を下げた。
立香はそれを見て、「いや、大丈夫。俺のほうこそごめんね」と返し、ロマニにも改めて、ごめんなさいと頭を下げるのだった。
「で、問題はここからなんだけど……」
と、ここまで滔々と語り続けていたロマニを口が、はじめて言い淀む。
はて、と立香は首をひねり、なにを言い淀んだのだろうかと訝しんだ。
ここまでの説明は、かなり大団円に近いものであった。
すべての元凶であるレフ・ライノールはAチームの活躍により姿を消し、カルデアに仕込まれていた爆弾はダ・ヴィンチちゃんの献身により無事除去された。一度は死んだと思われた少女にも、見たところ傷らしい傷もない。自分を先に行かせるため、自身を殿にしたデイビットも、重傷ではあるようだけど命に別状はなさそうだ。
それは誰もが認める勝利であり、覆しようのない成果だったとも言える。
ここまでひたむきに走り続けた立香にとって、誇らしい戦績とも言える。
文句のつけようがない。下手な批評家にすら口を挟ませない、蛇足なき旅路。
しかし、それなのに……。
「なにか、あったんですね」
感じ取ってしまった違和感に、立香はそう結論付けた。
まだ終わっていない。
レフ・ライノールを撃退したとしても、完全になにかしらの脅威が去ったわけではないのだろう。たしかに、あの戦いの最中、考えなければいけない違和感はいくつもあった。
それを証明するかのごとく、口を噤んでいたロマニが、言いにくそうに瞼を下ろす。
そして、デイビットを見た。
「ねぇ、これって本当に僕から言わなきゃダメ? 所長命令ではあるんだけど……普通はこう、もっと上の人とかさ、適任がいるんじゃない?」
「カウンセリングできる医者から告げるのが無難だろう。オルガマリーや魔術師あがりの司令官が、他人の機微を察知するのに長けているとは思えない。それに、告げるならなるべく早いほうが良い」
「ぐぅの音も出ない正論だぁ。まぁ、医者である僕からしても、バイタルが一番安定している今にこそ、告げるべきとは分かってるんだけどね」
ロマニはこれ以上口を閉ざすのに億劫になったのか、意を決した様子で立香に視線をあわせる。
そして、告げられたのは――。
「いいかい、藤丸くん。なるべく落ち着いて聞いてほしい。レフ教授の存在が消滅したあと、カルデアは――――」
1
私は、私が嫌いだ。
理由なんてものは、決まっている。
自分には力が足りない。智慧が足りない。人徳が、運が、人間性が、意思が、決意が、才能が、いろんなものが足りていない。
自身にないものをあげつらうよりも、きっと、あるものを探す方が早いくらいだ。自分にはありとあらゆるものが足りておらず、自分には備わっていなければならないものが、あまりに欠落しすぎていた。
小さいころ、人間の愚かさに失望した時期があった。
人はみんな己の私利私欲に愚直で、他人がどうなろうと我を満たす保身だけが正義と信じ込む愚者。
それは、傲慢さとはすこし違う。
それは、悪とも少し違う。
みな、自分が正しいと本気で信じているのだ。
善いことをしていると信じ切っているのだ。
だから、人間の愚かしさに悪意はなく、害意はない。
だけどその気づきは、私もまた愚かしい人間のひとりだと気づく誘因にしかならなかった。
お父様はよく、そんな愚かしい人間を愛していると囁いていた。
愚かしいからこそ愛おしいのか。それともどんなに愚かしい存在でも、彼は人間を愛しているのか。
そこまで、お父様の真意を知ることは、私は終ぞなかった。
そんな父と違い、私は
誰にも認められない、名ばかりの、体裁だけの資料館の所長。
亡くなった父に代わり、エスカレーター式にその座に就いただけの、親の七光りを体現したような伽藍洞。
位と高慢さだけは一丁前で、だけど中身が伴っていない最悪の存在だ。
私が私を認めないのだから、当然、周りだって私を認めてはくれない。
だからこそ、全幅の信頼を寄せていた相手に、ああも簡単に裏切られ、殺されそうになる。
――『君は愚図で、鈍くて、頭も弱い』
――『誰も君に期待なんかしちゃいない、誰も君なんかを認めてはくれない』
――『まったく――――最期まで耳障りな小娘だなぁ、君は』
ぎりっと肉が食い込む音がする。
ああ、なんて無様で情けなく、醜いのだろうか、自分は。
ほとほと嫌気がさす。
自分のことをひどく嫌悪する。
だけど――。
それでも――。
私の声を聞き届け、手を指し伸ばしてくれる存在がいた。
――『俺は、確かに信頼も信用もないと思います。でも、これだけははっきりと言える。俺はオオカミ少年ではありません。決して、貴方に嘘をついて喜ぶ人間じゃない』
「はぁ……本当に最悪」
誰も間に合わない。
誰も助けてくれない。
そう思っていたのに、私の手は捕まれ、体は抱き留められ、痛みが訪れることは終ぞなかった。
それだけなら、まだマシだった。
ううん。
あれだけでも十分、気が滅入りそうになる出来事だったけれど、それ以上に衝撃的なものを見てしまった。
泣きそうな顔で、頬を引きつらせながら、それでも笑っていたのだ、あれは。
今から死ぬかもしれないと恐怖し。
今から来るであろう痛みに慄きながら。
それでも、私の手を掴めたことに安堵の笑みを漏らしていた。
普通、そんな
助けるなら、もっとスマートに、かっこよく、白馬の王子様のように助けてくれた方がよかった。
ロマンチストと言われたってかまわない。
夢見がちな少女と笑われたっていい。
あんな表情をされるくらいなら、私はどんな恥辱でも受けるほうがマシだと思えた。
「どんな顔して、なんて言えばいいのよ……」
よくやったわ、は違う気がする。
あなたにオルガマリーバッジを授与する、は良くわからないけど反吐が出る。
だったら、褒めてつかわす? やるじゃない? なんで助けたのよ? 気軽に体に触るな、とか?
違う。
違う、違う、違う。
どれもしっくりとこない。
「はぁ、もう面倒だわ。明日の私がなんとかするでしょ……それより、早く礼装を脱がないと」
通信端末を使い、兵糧担当の女性スタッフに柑橘系の茶を持ってくるよう指示を飛ばす。
さっきから、頭痛がひどいのだ。ただでさえ、ファーストオーダーがレフ・ライノールの一件により頓挫し、さらには最悪の状況になっているというのに、これ以上、無駄な思考にリソースを割いてはいられない。
あれからお風呂にも入らず、おろしたての礼装も着込んだままで、匂いを香水でごまかすのも厳しくなってきた。
さっさと着替えだけでも済まして、そのあとシャワーもあびたいが、それも時間が許すかどうか。
と、そんなことを考えていると、ブーと所長室へ来訪者を知らせるためのドアホンが鳴る。
「もう来たの。随分と早いわね」
ちょうど、茶を淹れていたタイミングで指示を飛ばせたのであろうか?
なんにせよ、早いことは遅すぎるよりもいいことだ。
着替えを中断するべきか一瞬思考し、こんな緊急事態時に恥じらいも体裁もないか、と思い直した私は、さっさと女性スタッフに入るよう入出許可のボタンを押す。
アメリカ合衆国の建国の父の一人、ベンジャミン・フランクリンの格言である。
「早かったわね。適当に、そこの机にでも置いておいて。着替え終わったら飲むから。あと――」
「所長」
「ん?」
ん?
その声に違和感を覚える。
女性スタッフにしては、やけに野太い声。
されど、あまり聞きなじみのない、翻訳機能を介されているのが分かる声。
このカルデアにおいて、英語を話せない人物はかぎりなく少ない。
どれもこれも、生粋の魔術師だったり、技術屋あがりの者が大半を占めているのだ。優秀なスタッフは、自身でよどみない意思疎通を図るべく、受動的に英語を修めているものが多い。
だからこそ、自動翻訳を介して喋る人間は少ないからこそ、目立つ。
目立てば、嫌でも記憶にこびりつく。
なのに、今の声に私はそこまで聞き覚えが無かった。
「とりあえず、隠してください……」
ぎぎぎ、と機械音のようなものが似合う不格好さで、私は首を後ろの開閉扉へと向けた。
そこには、さっきまでどの面下げて、なんて声をかければいいのかと、四苦八苦していた数合わせの――。
「ナニヲシテイルノ……」
私の言葉は、そうスムーズに出てきた。
2
藤丸立香への制裁は、どうにか頬への優しい一撃で終えられた。
なんだかんだ言って、彼は病み上がりである。いまや最高水準の医療技術を持つカルデアとは言え、流石に腕やら脚やらの骨肉をずたずたにされていた人体を、一瞬で戻すことはできていない。
呼吸をすれば臓腑が痛むし、体を動かせばどこか違う場所が軋みをあげる。
そんな重症の彼に、さすがのオルガマリーも真心をくわえたのだろう。まぁ、一発お見舞いしてしまっている時点で、真心があるかどうかは議論の余地があるかもしれないが。
それでも、オルガマリーは立香を追い返すことはせず、そのまま部屋へと招き入れた。
現在、多忙に追われている彼女が、それでもとなんとか時間を捻出し、目の前に座る立香のために話の席についているのは、珍しいことだ。
いつもの彼女であれば、早々にヒステリーを起こし、その狼藉物をさっさと追い出していたことだろう。
けれど、そうはならなかった。
入り口から入ってすぐの応接スペース。そこに備え付けられた黒革の固定ソファで、オルガマリーと立香は向き合う形で座っている。
なにか心境の変化でもあったのか、と立香は不思議そうに勘ぐりながらも、気まずげに頬をぽりぽりと掻いた。
(ずっと無言、だなぁ……)
招き入れてもらえたはいいものの、肝心のオルガマリーは斜め下に目線をやり、足を組みながら、襟足から伸びた銀髪を指先でくるくると巻いて黙り込んでいる。
話しかけようにも、話しかけづらいことこのうえない。
初めてこの部屋に通されたときは、なんだかんだ言いながら、彼女は立香と話す気概を持ってくれていた。
しかし、今この場においては、それがない。オルガマリーは心ここにあらずといった様子で立香を見ていないし、見ようともしなかった。
とりあえず、部屋に入れ、席に座らせ、そしておしまい。
それ以上のことを許した覚えはないと言わんばかりの空気感に、さすがの立香も天井を仰ぎたくなる。
「えーっと……なんですし、コーヒーでも淹れましょうか?」
しかし、このまま黙って向き合っていても埒が明かない。
立香がここに訪れたのは、あの後ドクターから聞かされた話の真偽を確かめるためだ。
本来、ベッドの上で絶対安静を言いつけられている立香であったが、無理を言ってここまで連れて来てもらった。無為に時間を浪費することは許されない。
なけなしの勇気を振り絞り、なんとかオルガマリーに声を掛けてみたものの、やはりそれでも、彼女は心ここにあらずといった様子で、黙りこくる。
そして間を開けて。
「……いいわ。今、紅茶を頼んでいるから」
「そう、ですか」
取り付く島もない、とはまさにこのことである。
オルガマリーが気難しい性格をしていることは、さすがの立香でもあの周回で理解している。
この南極のように氷固まった彼女の心を、どのように融かしたものか。
2周目のときは、なぜかいきなりオルガマリーに呼び出され、そしてなぜか急に親切に機器の解説をわざわざ自らおこなってくれるようになっていた。
やったことと言えば、頭からコーヒーをぶっかけられたくらいである。
もう一度、頭からコーヒーをぶっかけられれば、あの時のように少しは態度を軟化してくれるだろうか。
そんなとんちきな考えが芽生えだしたころ、ようやくオルガマリーの口が自発的に動いた。
「……で、話とはなんですか。くだらないことだったら本気で殺すわよ」
「下着姿に関しては、俺じゃなくて所長が悪いと思うんですけど」
「あ”ぁ?」
あ、これデジャヴ。
とは、さすがに能天気一面をもつ立香でも口にはしなかった。
ついつい、素っ頓狂なことを考えていたせいで、素で口が滑ってしまった。
危うく、もう一度社会の厳しさを身に染みるところであった。
「はぁ……ま、聞かなくても、アナタが聞きたいことは凡そ見当がついてるわ。ロマニから聞いたんでしょ」
「あれは、本当なんですか?」
「本当よ。信じがたいかもしれないけど――このカルデア基地を除き、世界は……人類は滅亡したわ」
ぎゅっと立香の拳が握りこまれる。
ロマニから聞かされた真実。
それは、カルデアより外部の世界が滅亡してしまったということ。
カルデア内部の人間は助けられた。それは藤丸立香の献身のおかげであり、その事実は覆しようもない優れた成果といえるだろう。
しかし、ことカルデアの外部となれば、立香には考慮の範疇外であったと言わざるを得ない。
そもそも、人類が滅亡がするなんてこと、一般人である立香に考えられるわけもない。
しかも、その滅亡させる手段が人知を超えたものであればなおのこと。立香には防ぎようもないことだった。
されど、頭によぎらないわけではない。
もっと自分がちゃんとしていれば。もっと自分が頑張っていれば。もっと自分が思慮深く行動できていれば。この人類の滅亡とやらも回避できたのではないか、と。
たらればの話をしたところで無為に終わるのはわかっている。
しかし、死に戻りしていた立香からすれば、そのたらればを実現できてしまう能力を持っていた。
妥協なんてものは許されず。
知らなかったなんてのは言い訳にもならない。
だからこそ、自分の失敗で人類が滅んでしまったと悪いように捉えてしまう。
そんな後ろ向きな考えを察したのか、オルガマリーは立香の顔色を見て、「はぁ」と所在なさげに嘆息した。
「ひどい顔ね。そんなにアナタが気に病むことじゃないわよ。カルデアスの光が消え始めた半年前からここにいる職員、誰もこの事態を想定していなかったんだから」
「そう、かもしれないけど……」
「言っておくけど、これは慰めでもなんでもないわよ。誰も、あれは防ぎようがなかった。そう言い聞かせないと、私だってどうにかなってしまいそうよ」
オルガマリーは、そう自虐するように言う。
彼女からしてみれば、カルデアスの光が消失した時点で、この人類の滅亡を予見していなければいけなかった。
いや、それでも足りない。
予見したうえで、滅亡させないように立ち回らないといけなかった。
3年前に父が亡くなり、カルデアの所長に就いた時から。
いいや、アニムスフィアの一因として生まれたその時から、彼女には人類史継続の保障を成し遂げなければいけない義務があった。
だと言うのに、こうも簡単に人類は滅亡へと至った。
進化の行き止まりによる衰退でもなく。
異種族との交戦による滅びでもない。
保障しなければならないものの否定によって、やすやすと焼却されてしまった。
そんな根本から自分を否定されたのと変わらないほど大きな事態を受けているはずなのに、オルガマリーはまだ冷静でいられている。
「レフは消失する前に言っていたそうよ。これは『未来の消失』ではなく、『人類史の焼却』ってね」
オルガマリーはそう言うと、腕型の端末を操作して、ディスプレイを映し出した。
「それを裏付けるように、彼が非人間へと変異をとげたあと、すぐにカルデアスに異変が訪れた。光を失っていたカルデアスの地表が真っ赤に染まりあがり、観測レンズ・シバから特異点Fの反応が消失。トリスメギストスの解析の結果、新たに7つの特異点が見つけられた」
「つまり、どういう?」
「よく過去を変えれば、未来が変わるっていうでしょ。あれを大規模に、それも複数の歴史で行っているのが、今回の人類史終焉の真実よ。人類史に点在する現在の人類を決定づけた土台である究極の
って、とオルガマリーはそこで目を細める。
「これ、説明会のときにも同じようなこと言ったわよね?」
「あははは……」
そうでしたっけ? と思う立香である。
たしかに、特異点やら、歴史の修復やら、小難しい話をしていた記憶はあるが、ここまでのビックスケールだったかはイマイチ記憶にない。
最初の寝落ちしてしまった1回目を入れれば、2回も説明会に参加しているというのに。
そもそも、カルデアがどういう場所なのかも、あまりピンと来ていない立香であった。
そんな誤魔化すような笑みを浮かべていたせいであろうか。
猫のような目で、じぃっと見つめていたオルガマリーは、なにやら立香の顔を見てまた思い出したように「あ」と声をあげた。
「そういえば、アナタ私の説明会に来なかったわよね」
「うぐ。そ、それは……」
痛いところをつかれた、というように立香は押し黙る。
オルガマリーは礼節、秩序、社内規範を重んじる女性だ。
無断で説明会をボイコットするような職務怠慢を地で行く職員なんぞは、なにより彼女にとっては目ざわりもいいところな存在であろう。
これはまたしても、予期せぬ地雷を踏んでしまったか、と立香は身構える。
自分はもはや所長の雷を落とすための避雷針なのでは、と自分のことを思い始めていた。
けれど、待てど暮らせど、その雷は落ちることはなく。
おそるおそるオルガマリーの顔色を窺ってみれば、彼女は呆れたように立香を眺めていた。
「……はぁ、まあいいわ。裏でいろいろと根を回していたんでしょ? そのおかげでレフの凶行も防げたし、それに私だって……」
「私だって?」
私だって、なんなのか。
立香がそう疑問に思い問い返せば、オルガマリーは次の瞬間、今のカルデアスのように顔を真っ赤に染めあげた。
「と、とにかく! 今回の功績は、カルデアの所長として認めないといけないって話よ! ほんと、それだけなんだから!」
それはそれとして、とオルガマリーはさらに続ける。
「だからと言って調子に乗らないように。いい? 次からブリーフィングはちゃんと出なさい。無断欠席、遅刻、居眠り、よそ見、私語をしようものなら容赦なく減点しますから」
「社内評価とかあるんですか、ここ……」
「あるわよ。あまりに評価が悪いと、有給すら没収します」
オルガマリーはそれだけを言うと、ソファから立ち上がった。
「さ、話は以上でいいわよね。ほら、早く出て行って。私も忙しいんだから」
聞く人が聞けば、そっけなく感じるかもしれない話の締め方だったが、彼女は本心からそう言っているのだろう。
まぁ、人類がこんな風になってしまって、今カルデアは阿鼻叫喚の真っただ中だ。
人類を取り戻すための
そんな機関のトップであるオルガマリーが、かまけている暇なんてものはない。
常に、各種部門からは報告が上がってきており、どのように対処するべきかの問い合わせも溜まってきている。
タイムリミット付の人類滅亡の回避。
一分一秒すら惜しまれるこの状況で、しかし立香はソファから立ち上がって、最後に一言と、オルガマリーを呼び止めた。
「あ、最後にひとつだけいいですか」
「……なによ。よっぽどのことなんでしょうね、私の時間を使うんだから」
「よっぽどのことか、と聞かれると微妙なんですけど。俺としては重要なように感じるので、なんとも」
「ふーん……まぁいいわ。どうぞ」
さっさとつき返せばいいものを、オルガマリーはまたしても立香の声に反応を返してしまった。
それは、彼女もまだ言い足りない事があるからなのか。もしくは、もっと別の……。
しかし、そんなオルガマリーの内情を知らない立香からすれば、オルガマリーがなぜ呼び止めに応じてくれたのかすら思案することすらしなかった。
忙しいやら、かまけいてる余裕はないやら、いろんな言葉を並び立ててはいるものの、最終的には親身になって話を聞いてくれる。
なんだかんだいいながら、彼女は人の面倒見がいいのかもしれない。
落ち着いているときは本当に頼りになる人だな、と立香は改めて思う。
そして、そんなオルガマリーが反応してくれたからこそ、立香は遠慮せずにぶっこむと決めていた。
「ありがとうございます、所長。あの時、俺を信じてくれて。今の所長にはピンとこないかもしれませんが。ずっと、所長には助けられっぱなしでした。所長がいてくれたから、今、俺はここにいられます」
その言葉に、オルガマリーは面食らった顔をする。
なにを言っているんだ、と思わず口走りそうになる。
それも当然だ。
今のオルガマリーに、立香の吐いた言葉の裏にある全ての気持ちは分からない。
2巡目のとき、なにもかも足りていない立香を信じてくれたオルガマリーではないのだから。彼の言葉に信を置き、そのうえで行動してくれたオルガマリーはここにはいないのだから。
それでも、今回、オルガマリーは立香を最終的にではあるものの、追い出しはしなかった。あのとき、レフを糾弾するために現れた立香を、頭ごなしに否定し、その行動を止めはしなかった。
それだけではなく、目覚めたあとは立香が重傷だと知るや、さっさと医務室に放り込み、最高水準の医療を使わせると決めたのは、なにを隠そうオルガマリー本人である。カルデア内部以外の人類が滅亡し、外からの補給物資も見込めないにも関わらず、それでも所長権限を使ってまで、立香の回復を最優先させた。
それを、立香はドクターから聞いていた。
だから、オルガマリーに会ったら、まずは感謝を口にしようと決めていた。
意表を突かれたオルガマリーは、少しの間、驚いたように固まる。
瞬きすら忘れてしまう。
いや、この瞬間、この時間を、すこしでも見ていたいかのように。人間が感動した景色をカメラフィルムに保存するように。彼女は、今自身の目の前で起こったすべてを、脳裏に焼き付けようとしているのかもしれない。
それほどまでに、目の前の光景が信じられなかった。
その魔術師らしからぬ光に、思わず焼かれてしまうような気さえした。
だから、うん。
これは仕方のないことだ。
普段の彼女なら絶対に口にしない、オルガマリーらしからぬ言葉だ。
「……いきなり何を言い出すかと思えば。気持ち悪い。そんなことを言うために、わざわざ私を呼び止めたの?」
「う……、そ、それは、まぁ……でも、やっぱり感謝も言えずにってのは――」
立香が、またしてもオルガマリーを怒らせてしまったかと戦々恐々としながらそう言うのを聞きながら、オルガマリーはふと気がついたような顔をする。
あぁ、そうか。
そうね。
彼の言うとおりだ、と。
そして、呆れたように両手を腰に当てた。
「そう。じゃあ、私からもアナタに言っておくことがあるわ。いい? 1回しか言わないから、ちゃんと聞きなさい! 言い直しはしません!」
「は、はい!」
「ありがとう。あの時、私を掴んでくれて。助かったわ、藤丸」
「へ?」
「~~~っ! ほら、もう行った、行った! アナタ自分が重傷者だってこと忘れてる!? 寄り道せず、さっさとロマニのところに帰ること! いいわね!?」
「え、ちょ、いきなりそんな――」
そうして、部屋を追い出された立香は、部屋の前にぽつんと佇むのであった。
3
「はぁ……ほんと、調子狂うこと言うんじゃないわよ」
部屋にのこったオルガマリーは、ずるずると閉じた扉に背中を預けたまま座り込む。
こんな簡単なことだったのだ。
他人に感謝を口にするのは、こんなあっけないことだったのだ。
オルガマリーは自分が好きじゃない。
愚かな人間も、お父様のようには愛せそうにはない。
けれど、それでも。
そんな自分でも、この美しい光だけは、愛せると思えた。
長い、長い…とても長い連載でした。
投稿し始めたのが、2部6章前とかのときですか?
コロナの余韻がまだのこっている時、
単行本一冊程度の文量でさらりと終わらせる暇つぶしのものが、まぁずいぶんと掛かってしまったものです。
本編が更新されるたびに、これいけるか? とか、あ、これプロット終わったやつだ、とか色々とありましたが。
おおむね、当初のプロットから大胆な変更をせずに終えることができました。
最後に、暇つぶしにイラストをXに投稿している程度の作者があげた挿絵も、エピローグにいれています。
社長風を目指しましたが、あまり社長風に描けているかは知りません。
これから、この小説をこのまま続けるかどうかは未定です。
ある程度の構成はありますが、FGO本体がどうなるかにもよるかと思います。
あっちが続けば、こっちは続かないし
あっちが終われば、こっちは続くかもしれません。
ながく、でも振り返ればとても刹那的だった当小説。
すこしでも、皆様の手慰みになれていたのであれば、私としても喜ばしいことこの上ありません。
また、どこかで出会えることを願っております。
いつか、作者欄が本当名義のものになったり、するかもしれませんし。
もしかしたら、普通に続くかもしれませんし、
もしかしたら、Xで見つけられるかもしれませんしね。
では、最後に嘘予告だけ投下していきます。