藤丸立香は死に戻る 作:ららら
――塩基配列 ヒトゲノムと確認
——霊器属性 善性・中立と確認
ようこそ、人類の未来を語る資料館へ。
ここは人理継続保障機関”カルデア”。
どうぞ、善き時間をお過ごしください。
私たちはあなたを歓迎します。
「———フォウ、フォウフォウ」
「え……?」
無機質なアナウンスと聞き覚えのある鳴き声が聞こえ、思わず間抜けた反応が出てしまう。
閉じていた瞼を開ければ、どうやら自分は硬い地べたの感触を顔面に味わっていたことに今更ながら気が付いた。
「キュゥ、フォウ、フォウフォウ?」
「え……?」
下をすっと見てみる。するとそこには、可愛らしく頭をかしげたフォウ君が自分の腹部分に座っていた。
「フォウ……君?」
自然とそんな言葉しか出なかった。あの燃え盛る密室で自分はどうやって助かったのか記憶がない。もしかしたら、先に外へ出ていたドクター・ロマンが自分を引っ張り出してくれたのだろうか。
「…………あの、質問よろしいでしょうか?」
その声にハッとなって上体を起こす。鈴の音に似た可憐な声。あの燃え盛る管制室で最後まで聞いていたそれが、今、立香の耳に入ったのだ。
「マシュ……生きて―――」
自然と堪えていた涙が流れ落ちた。気丈に振る舞うべく、ずっと我慢していた負の感情だ。本当なら、あの場で泣き崩れてもおかしくなかったのに、それでも立香は耐えていた。
思わず立ち上がり、足を絡ませながらも駆け寄って、恥も外聞も捨てて彼女を抱擁する。男女の隔たりなんてものは気にもしない。ただ今は彼女に温もりがあるのが嬉しくてたまらなかった。あんな冷たい手でお別れしてしまったからか、彼は直接感じるマシュの体温にひどく安心感を覚えた。
だが、それも一瞬のことでしかない、
「あの、先輩……。私とどこかでお会いしたことがありますか?」
広がる静寂。
立香は抱き止めている女の子のセリフが理解できず、呆けた声を漏らす。
「え———? 何を言って————」
「すみません。カルデアのスタッフであれば一通りわかると思うのですが」
そう言って立香から離れたマシュは、疑問と当惑に襲われながらもひとまず立香から離れ、他人行儀に頭を下げた。
1
現在、立香はカルデア正面ゲート前で壁に背中を預けながら頭を抱えていた。数時間前にマシュと自己紹介をしたり、レフ教授と遭遇したりした”はず”のところである。
当の頭を抱える原因にもなったマシュは、立香の隣でフォウ君と戯れていた。
「何がどうなってるんだ……」
隣でマシュとフォウ君の戯れを眺めながら立香はぼやく。
この光景も数時間前に見た記憶があるものだ。マシュと戯れているフォウ君は、マシュの腕や肩さらには胸部分を駆け回り、最終的には頭へダイブする。まったく同じ。既視感というにはあまりにも記憶がはっきりしすぎていた。
それに、といくつか気がかりなことが立香にはある。
「手の火傷……なくなってる」
一つは瓦礫を持ち上げる際、負ったはずの火傷が綺麗になくなっていること。
当然、治療痕も見つからない。あれだけの傷であれば、そうそう治ることはないと思っていたのだが、もしかして魔術にはそういう便利なものがあるのだろうか。
ほかにも最後の記憶が瓦礫の降ってくるシーンで終わっていることが気になる。マシュの手から力が抜けたと感じた瞬間、確かに立香目掛けて多くの土塊が降ってきた。見間違いでなければ、完全に即死級の出来事。それなのに、体のどこにも傷らしい傷が見当たらないのは不可解としか言いようがない。
本当に、頭がおかしくなりそうだ。
「どうなってるんだろう、これ。もしかして記憶障害とか……?」
立香はマシュの方を眺めてそう呟く。
さっきのやり取りでマシュが完全に自分のことを覚えていないのは分かった。さらに言えば、少し警戒されているようにすら思える。
素人目からしても確実に死ぬと思われたあの状態から、どうやって治療されたのかは知らないが、それは魔術でなんとかしたと思えば納得できた。
けれど、記憶の方だけは納得がいかない。まるで、自分との思い出が綺麗に削除されているように感じる。
「もしかしてタイムトラベルとかじゃないよな……」
いやいや、まさかそんな事……と否定しきれないのがカルデアの恐ろしいところだ。
レイシフトとかいう近未来的な技術がカルデアでは実現化している訳だし、ありえなくはない。それにそう考えれば、傷の治癒も記憶の消失も全てが納得いく。自分だけが死ぬ直前にタイムトラベルしたのも、あの場面で生きていた人間が自分しかいなかったからと思えば合点がいった。
しかし、一体誰がそのレイシフトをさせたのか、それだけは謎である。
「あの、先輩。大丈夫ですか?」
その声に思わずはっとなって面を上げた。
目の前には心配そうにこちらを見つめてくるマシュの顔。それを見ただけで、燃える管制室での彼女を思い出す。
もうあんな思いをさせたくない。もうあんな辛い気持ちにさせたくない。
そう思えば思うほど、立香は拳に力が入るのを感じた。
とにかく本当にタイムトラベルをしたのであれば、あの爆発から彼女を救うことは必須である。
あの瞬間、管制室にいなければひとまず命は助けられるだろう。他にも、あれに巻き込まれて死んだ人たちは多くいるはずだ。ドクター・ロマンが人為的な事故だと言っていたし、それを伝えればなんとかなるかもしれないと思えた。
「大丈夫だよ。ごめんね、少し眠気のせいでボーとしてただけ」
マシュの問いかけに、笑顔で返しながら立香は内心で画策していく。
(念のの為、本当にタイムトラベルしているのか試す必要はあるな。方法としては、仮に1周目と名付けた出来事を浚ってみるとか良いかも……説明会が実施されるかどうか、なんて良いんじゃないか? あの状況から助かっただけなら、説明会は実施されないはずだし、もし過去に戻ってきたなら説明会が実施されるはず……)
そこまで考えた立香は、確認するようにマシュへと聞いてみることにした。
「ねぇマシュ」
「はい、どうされましたか、先輩。すごく考え耽ったご様子でしたが?」
「あははは、そう? そんな深刻な事でもないんだけど……今日って所長の説明会あるっけ?」
立香がそう尋ねると、マシュは思い出すように視線を上にあげる。
「えっと―――はい、確か10分後に管制室で行われると聞いています。たしか、新任向けの内容だったかと」
(説明会があるってことは、ほぼ間違いなくタイムトラベルしてる、よなぁ……)
ほぼ100%の確率で、自分はタイムトラベルしたと結論づける立香。となれば、その原因であろうレイシフトについても詳しい知識が必要となる。
手っ取り早く入手できる場所としては、やはりこれから行われる説明会だろうか。
とりあえず立香は当面の課題として、どうやって爆発物が仕掛けられていることを教えるのかと、レイシフトに対する知識の入手である。レイシフトの知識に関しては、マシュに聞いてもいいが、説明会で新人向けに聞くのが手っ取り早い気がした。
残された最初の課題に関しては、タイミングを間違えれば、爆発自体を早められて防げないかもしれない。そもそも、人為的な事故だとした場合、誰が犯人かも分からないのに下手に密告するのは危ぶまれる行為である。
となれば伝えるべき人物はは所長だろうか。彼女がテロを起こすとは考えにくいし、彼女さえ説得できれば後はどうにでもなる。説明会が終わったタイミングで何とかして説得してみるのが得策だと、立香は作戦を立て終えた。
すると、横からマシュが焦った様子で声を出す。
「た、大変です、先輩……!」
「ん? どうしたの?」
「そういえば、先輩もカルデアに入ってきたばかりの新任さんでした……! つまり、説明会に参加しなければなりません……!」
マシュは思い出すようにしながらそう言う。
とりあえず、そうと決まれば———、
「じゃあマシュ、ちょっと説明会に参加してくるよ」
「はい分かりました。頑張ってくださいね」
「うん」
思い立ったが即行動だ。迷っている時間はあまり残されていない。
管制室までの道のりはきっちり覚えている。大丈夫。ここから走れば5分前くらいには到着できるだろう。
立香はそうやって道順を脳内で再確認しながら、駆け足で管制室へと向かうのだった。
2
「よろしい。時間通りですね。では、説明会を始めます」
前とは違い、予定通りに執り行われ始めた所長自らの説明会。ここにいる全員が、あの爆発事故に巻き込まれたのだと思うと、自然と吐き気が襲う。
しかし、今回はどうあっても追い出されるわけにもいかないため、立香は逆流しかけた胃液をグッと飲み返した。
「では、はじめに。特務機関カルデアにようこそ。私はこのカルデアの所長を務めているオルガマリー・アニムスフィア。そしてあなたたちは各国から選抜、発見された稀有な才能を持つ人材です」
やはり見覚えのある所長がそう喋り始めると、先ほどまで少しざわついていた周りが静かになる。この説明会を聞くのは二回目であった。どうやらタイムトラベルしたのは、ほぼ間違いないらしい。他の人たちも疑問なく聞き入っている。
肩に掛かった銀色の長髪をさっと払いながら話し続ける所長。他人が見れば、いかにも仕事ができる女性という印象を抱く。一回目の時は眠気に耐えかねて、話をほとんど聞けていなかったけど、自分がタイムトラベルした原因であろうレイシフトについての説明を聞くためにも必死に眠気を抑えて聞く。
「才能とは霊子ダイブを可能とさせる適性のこと。魔術回路を持ちマスターになる資格を持つもの。とはいえ、それはあくまで特別な才能であって、あなたたち自身が特別な人間ということではありません。あなたたちは人類史を守るためだけの道具であることを自覚するように」
上司の言葉としては疑いたくなるほど冷徹なそれも、二回聞けば反応が薄くなるようだ。周りは驚いた様子で私語を盛り立てているが、立香はじっと黙したまま成り行きを見つめる。
「静粛に! 納得がいかないのなら今すぐカルデアを去りなさい!」
騒ぎたてる連中への所長からの一喝。あまりの迫力に流石の新人たちもどうやら怖気付いたらしい。ここでは彼女がトップなのだから、誰も逆らえないのだろう。かく言う立香も、所長のその横暴さは目に余るが、何かしら言おうとは思わなかった。
「結構。このカルデアはこれまで多くの———」
静かになった辺りを見渡し、所長は満足げに頷くと、話を続けるために近未来的な空間ディズプレイを表示させる。
画面に映し出されているのは、数時間前、ドクター・ロマンから聞いたカルデアの概要だった。
科学と魔術が併用されている国連承認の特務機関。
標高6000メートル級の雪山の中に工房があり、地球環境モデル カルデアスを観測している。
「———いま、あなたたちの目の前にあるカルデアスは星に魂があると定義し、その魂を複写して作られた極小の地球です。カルデアスに文明の光が灯っている限り、人類史は100年先の未来まで約束されています。ですがご覧の通り、今このカルデアスに光はほとんどありません。光が無いということは、つまり文明が途絶えたということ。観測の結果、人類は2016年12月31日を持って人類は絶滅することが分かりました」
「……そんな」
所長の説明に誰かがそう呟く。立香も初めてドクターから聞いた時は、俄には信じがたいものだと思っていた。
しかし目を覚ます前の惨劇を見れば、この話の信憑性も湧く。人為的な爆発事故を起こされるくらい、この機関は何者かにとって重要と言うことに他ならないのだから。
「情報を洗い出した結果、ついに新たな異変を観測しました。それが空間特異点F。西暦2004年、日本の地方都市に2016年まで観測できなかった領域が発見されたのです。
カルデアはこれが人類絶滅の原因として仮定し、レイシフト実験を国連に提案、承認されました」
と、そこまで聞いてようやく待ち望んだものがやってきた。
レイシフト。自分をこの瞬間に送り込んだであろう技術。タイムトラベルしたのはいいものの、未来を変えた場合、どうやって自分はその未来に帰ればいいのか、そもそも本当に未来は変えられるのか分からないのだ。
「レイシフトとは人間を霊子化して過去に送り込み、事象へ介入させる行為。つまりタイムトラベルです。これを使って原因を解明し、破壊する。というのが、今回カルデアが行おうとしているレイシフトの概要です」
所長はそういうと、映し出された画面を変えた。
「……え、それだけ?」
思わずその簡素な説明へ対して、口から言葉が溢れでる。自分が聞きたかったことは、そんな概略ではない。もっとこう、使用方法とか、原理とかを聞きたかったのである。
それなのに、何事もなくさらっと流されたのだから、立香としては当然口を挟んでしまう。
「何か?」
立香の声が聞こえたのか、蛙が蛇を睨みつけるときのような鋭い眼差しで所長は睨んだ。まるで「私語を許した覚えはない」と言いたげな様子である。その恐ろしさに、立香も一瞬たじろぎそうになるも、なんとか根性だけでその衝動を抑え、
「あの、レイシフトでタイムトラベルした場合、どうやって帰るのかなって、思いまして」
と、質問する。
だが、それでも所長は納得がいかないのか、リズミカルにブーツの靴底を地面に打ち鳴らし始めた。
「あなた、見たところそこまで代を重ねていないでしょ。精々、適性があったから招集された程度の平凡魔術師以下ってところね。そんなあなたにレイシフトの理論を説明しても理解できるの? 言っておくけど、科学の知識がどれだけあろうと、魔術の知識が無かったら無意味よ」
所長のその言葉は完膚なきまでの正論である。
元より、立香はすごく勉強ができる人間というわけではない。ただの平均的な人間。学力も一般並み、運動能力も一般並み、どこをどう切り取っても彼の生涯に異常さは見当たらない。
そんな立香がレイシフトと言うタイムトラベルを理論的に理解するなど不可能であった。
「で、ですが、自分が使う技術の説明くらい聞かせてもらっても」
「何度も同じことを言わさないでください。あなたたちは所詮、道具。道具は黙って使用者の言うことを聞けばいいのよ。ナイフが今から切るものを尋ねますか?」
「それじゃ納得が———
「なら結構です。今すぐここを下山しなさい。私は止めたりしないので」
そうすると所長が話は終わりだと、そのまま次の画面について説明を始めてしまう。周りもその対応に納得できたのか、チラリと立香を小馬鹿にしたような目線を投げてから、再び所長に集中し始めた。
そんな場の冷えた状況に思わず、「俺はレイシフトしてきたんです! 爆発事故が起きた未来から」と言いそうになる。けれどそれを言ったところで信じてもらえる保証なんて一つもない。なぜならその証拠を立香は持っていないからだ。今ここで無闇に主張しても、所長はまた取り合ってくれないだろう。もしかしたら次こそ説明会から追い出すかもしれない。
そのため立香は返す言葉も無くなってしまい、静かに席へ座り直すことにした。
このままではタイムトラベルの概要を大まかにしか分かっていないため、これからどうすればいいのかもあやふやなまま。もし、今回も失敗したら次もタイムトラベルできるのか、そもそも本当に未来は変えられるのかも分からない。
残った不安は、新しい不安を呼び起こす。
答えが出ない螺旋階段を登りながら、立香は残りの説明をただじっと黙って聞くしかできなかった。