藤丸立香は死に戻る   作:ららら

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第三話 実感と結論

 トントン、と小刻みに指で机を叩く音が聞こえる。オルガマリーはそんな音をバックに、先程までのことについて考えていた。

 ——藤丸立香が提示した爆発物の危険性。

 率直に言えば、これはあまりに突拍子の無さすぎる話だとオルガマリーは思った。話を持ち出してきたのが本日新任としてきた立香だったから、というのもある。ただ、このカルデアは南極に設置された、いわゆる特務機関というものだ。外部からの客人も最低限に留められているし、カルデアに出入りできるものはほんの少数である。

 そんな施設内にどうやったら爆発物を仕掛けられるというのか。冷静に考えてみても、やはり突拍子がない。立香の話を鵜呑みにできるのは、単なる愚者か、もしくは面白がって囃し立てるだけの能無しかのどちらかである。

 だが、そんな状況下でも一つだけオルガマリーに響くものはあった。それが立香は嘘をついているように思えないという点である。コーヒーカップを投げつけられようと、その中の暑い液体を頭から被ろうとも、彼は微動だにしなかった。それどころか、オルガマリーの目をずっと見続けてきたのである。

 感じたことのない感情がオルガマリーの中で渦巻いている。これまでの人生、彼のような男にオルガマリーは出会ったことがなかった。魔術師で、あそこまで人として真っ直ぐな人間は珍しいとしか言いようがない。大抵の人間は、自分のように偏屈で卑屈な人間が多いだろうとオルガマリーも思っている。

 そんな彼女だからこそ、立香の言う危険性の奥が垣間見えた。

 今回のファーストオーダーは魔術社会の中でも未曾有の出来事。未来が観測できなくなった人類史存亡の危機に当たる事件だ。

 つまり、裏を返せばその事件を引き起こした犯人がいるということになる。それがどんな者かはオルガマリーにも分からない。ただ、確実にナニかが今回の裏で糸を引いているのだ。

 人類史を滅亡させられるだけの力を持ったナニか。となれば、立香の言ったような突拍子のない出来事だって起こり得る可能性は十分にある。頭ごなしにあり得ないと一蹴するには、あまりにも重たい要素だった。

 そのためオルガマリーは、信頼できるレフに全ての最終点検をお願いした。今回、ファーストオーダーを行う上で最重要場所となる中央管制室及びコフィン。それらに異常がないか、念入りに調べてもらっている。オルガマリーはその結果を、今は所長室でじっと待っているという状況だった。

 すると、オルガマリーが着けているブレスレット型の端末から通知音が響いた。彼女はゆったりとした動作で端末の通話ボタンを押すと、そこから聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

『やあオルガ。君に言われた通り、管制室やコフィンに不審なものがないか調査してみたよ』

 

 レフはゆったりとした声色でそう言った。いつもの緩やかな口調ではなく、少し沈んだレフの声にオルガマリーは眉を顰める。

 

「そう……それで何かあったの?」

 

『魔術で作られた爆発物が一点発見された。一応、こちらで処理しておいたが……成る程、これに気がつかなければ、今頃私たちはあの世に行っていたわけだ』

 

「っ」

 

 レフの容赦ない見解に、思わずオルガマリーは絶句した。

 一番の信頼をおくレフが、「あの世に行っていた」と評したのだ。その爆発物がどれだけ危険であったのかなど、想像するに容易い。上半身と下半身がお別れする程度の威力で済めば、まだ易しい方であろう。

 オルガマリーは思わず伸ばしていた背筋をほぐし、一度背もたれへと体重を預ける。無意識に溢れそうになったため息は、レフの手前がんばって堪えることにした。

 

『ところで、良くこんなモノがあるかもしれないと予知できたね。流石はカルデア所長、と言ったところかな?』

 

 オルガマリーの心労を気遣ったのか、レフはそうやって軽快に揶揄う。

 レフとて、いつものオルガマリーがいきなり点検の見直しなど言う筈もない事は分かっているだろう。

 だとしても、ここでレフの言葉を否定しては上司としては三流だ。部下が適当に持ち上げてきてくれているのだから、それに答えてやった方がいいだろう。

 オルガマリーはそう判断して、ブレスレット型の端末へと口を近づけた。

 

「……こんなの危機管理として当たり前よ、レフ。爆発物の件、ありがとう。ファーストオーダーには支障があるかしら?」

 

『いや、他にも危険がないか調べてみたが特に見つからない。ファーストオーダーを行う事自体は問題ないね』

 

 彼のお墨付きとあらば、オルガマリーにとって迷う事はない。

 爆発物を仕掛けてきたのが誰なのかは分からないが、これでファーストオーダーの出鼻を挫かれることだけは回避できた。立香がどうして爆発物の情報を持っていたのか、それだけが気になるものの、それはまた後で問い詰めればいいだろうとオルガマリーは考える。

 今はそれより、ここから先、カルデアに明確な敵意を示す存在が現れた現状、自分たちはどのように動かなければいけないのかを決めるのが最優先だ。

 レフもその考えは同じだったらしく、『ただ、これを仕掛けた者が何かしてくるかもしれない』と声を上げた。

 

「とりあえず、この程度ならまだ問題ないわ。どうせ何者かの仕業で特異点が出来たんでしょうし、今回の爆発物もそいつの関係者かカルデアの裏切り者でしょ。それを踏まえた上でファーストオーダーを行う。キリシュタリアとオフェリアの2チーム制でことにあたりましょう。いざとなれば、彼も工房から引っ張り出します」

 

 オルガマリーが比較的冷静な様子でそう通話を飛ばす。いつもであれば、もっと落ち着きがないというか、ヒステリックな部分が目立つのに、今日のオルガマリーは少しだけ安定していた。それはレフも感じ取っていたらしく、

 

『意外に冷静だね、オルガ。ナニか良いことでもあったのかい?』

 

 と無駄な詮索を入れてきた。

 

「べ、別になんでもないわよ。ただ、爆発物があってホッとしてるだけ!」

 

『それは、君に助言した人物が嘘を言っていなかったと言う安堵からかな? 少し私も興味が湧いてきた。次に管制室で会ったとき、ぜひ紹介してくれ』

 

「だから! そんなんじゃないって!」

 

 からからと笑ってくるレフに声を荒げるオルガマリー。旧来の仲とはいえ、これまで人間関係に悪戦苦闘してきたオルガマリーは揶揄われ慣れていない。レフもそれを知ったうえで、あえて弄り返しているのだろう。意地が悪いというか、人間性が歪んでいるというか。普段は紳士な分、こういう時のレフをオルガマリーは少しだけ苦手に感じていた。

 

『ははは、すまない。お詫びと言ってはなんだが、ファーストオーダーでは私も最高のサポートをさせてもらうよ。今が人類にとって一番大切な時だからね』

 

 レフから真剣な声色でそう告げられた。オルガマリーもそれに合わせて緊張の糸を張り直す。

 ——そうだ、今は談笑している場合じゃない。

 特注で作ってもらった魔術礼装に袖を通しながら、オルガマリーは心を入れ替えた。

 

「ええ、期待しています! じゃあ、少し遅れていますが、30分後にマスター候補生を全員、管制室に集めるアナウンスをして頂戴。コフィンの個人登録が終わり次第、即座にファーストオーダーを開始しましょう。相手が何か企んでいる間に始めた方が良いと思うの」

 

『そうだね。私もその意見には賛成だ。早い行動はそれだけで相手の余裕を削らせる』

 

 レフからもオルガマリーの指示は的確だと太鼓判を押される。

 確かに、爆発物というアクシデントはあったものの、既にそれは解決済み。相手の先制攻撃を防げられたという点は、カルデアにとって非常にアドバンテージが高い。見えない敵が何か仕掛けてくる前に、カルデアの手で特異点を抹消させる。そうすれば、ひとまずファーストオーダーは成功と言えるだろう。

 これは冠位指定クラスのミッション。魔術師において誉ある課題の一つ。

 オルガマリーにとっても、絶対に成功しなければならない事象であった。

 

「では、手筈通りにお願いね」

『任された』

 

 レフとの通話を切り、オルガマリーは一気に脱力した。ぐだり、と体を椅子に預け天井を眺めれば、そこにはシミ一つない天井が視界で広がる。

 ふと、オルガマリーの瞳に一人の男が映った。

 それは今回の爆発物をあらかじめ予見し、さらにはカルデアのトップである自分に食い下がらなかった男。

 

「あいつ……」

 

 オルガマリーはブレスレット型の端末を操作し、カルデアの職員リストから「藤丸立香」と検索した。

 

 

 

 

 

 

 ——場面は変わってカルデアの廊下。

 そこに力無く歩く少年の姿が見えた。背中は丸められ、いかにも疲れているというのが側から見て分かる。肩の落ち具合といったら、それはもう月曜の朝を迎えたサラリーマンみたいであった。

 そんな藤丸立香はオルガマリーとの対談を思い出しながら、少しだけ気分を楽にさせる。

 一応、所長からは「不審なものが無いか調べてもらうわ」という言葉はいただけた。これがどのように未来へ作用するのかは知らないが、とにかく当初のミッションはクリアしたと言ってもいい。けれど、どこかひっかかりも感じる。

 

「はあ、成功……だよな」

 

 言葉に出してみても実感は湧かなかった。まだ、ファーストオーダーが始まっていないと言うのもあるが、今更になって自分がタイムスリップしていることに現実味を覚えられなかったのだ。

 だからと言って、立香は己の努力を否定する気にもなれない。

 コーヒーカップを投げつけられながらも、必死に懇願した甲斐はあった。あの子が命を落とさなくて良いように行動しただけの価値はあったのだと、己で納得している。その結果、自分がカルデアで不遇な扱いを受けようと、立香にとっては些事でしかない。

 

「ファーストオーダーには外されたけど、最早こういう宿命なのかも」

 

 うんうん、と頷きながら立香は歩き続ける。

 タイムスリップ前も、立香は説明会で居眠りしてしまい追い出された——一般参加枠だったというのもあるが。ともすれば、立香が現在向かう先は同期たちのいる待機場ではない。タイムスリップ前に案内された部屋へと足を進めている。

 きっと、今回もまたドクターがケーキを食べながら居座っているのだろう。立香は容易に想像できるイメージを頭に浮かべて、半笑いを浮かべた。

 

「ん?」

 

 そんな時、いつの間にか付けていたブレスレット型の端末が鳴る。

 使ったことがない立香は、操作方法が分からないため手当たり次第に端末を弄った。すると、端末の上部分から、画質の荒い空間ディスプレイが投影された。妙に近未来だなー、と思いながら立香は、その画面に映る人物に眉を下げる。

 

『藤丸、聞こえてる?』

 

「所長?」

 

 オルガマリーはそう言って、肩にかかった髪をさっと払った。

 説明会の時にも見せた、その凛とした立ち振る舞いに立香は息を呑む。オルガマリーには優雅さというよりも、刀のような鋭い美しさがあった。

 

『あんたのI Dと名前を調べたのよ。それで通信を入れたわ。私に手間を取らせるなんて、随分と失礼な職員ね』

 

 そう言う彼女は、少しだけ頬を膨らませて腕を組む。

「あははは……」と立香は乾いた笑みを出した。こういうときの所長が、立香は苦手だったりする。

 

「そ、それで要件はなんですか?」

 

『爆発物についてよ。レフに頼んだ結果、アナタの言う通りのモノが発見されたわ』

 

「っ、それって!?」

 

『詳しいことはレフに聞きなさい。私はただ、忠告してくれたアナタだけには教えておこうと思っただけだから』

 

 オルガマリーの言葉に、思わず大声を上げてしまった立香。詳しいことを彼女は知らないらしいが、それでも立香にとっては十分な報告だった。

 思わず拳を強く握る。

 先ほどまで湧いてこなかった実感が、唐突に安心感となって立香を襲った。

 気がつけば、手に残っていた()()()()も消えている。

 助けられたのだ……、そう立香は素直に思った。自分を先輩と慕ってくれた少女を、最後まで他人のことを気にかけていた優しい後輩を、自分は救えたのだと安堵した。

 

「そ、そうだ、ファーストオーダーは中止になったんですか?」

 

 立香は叫びたい気持ちをグッと堪えて、次の話に移行した。

 

『バカ言わないで。脅威が取り除かれた以上、いえ新たな脅威が見つかった以上、ファーストオーダー実施の必要性が高まりました。これより30分後、その準備に入るわ』

 

「そう、ですか」

 

 どうやらファーストオーダー自体は止められないらしい。

 けれど、それでも良いとは思う。

 とりあえず、目の前の脅威を取り除けたのは確かだ。30分後にみんなが死ぬという未来だけは回避できたと言っても良いだろう。その後、ファーストオーダーでどうなるかまでは立香にも分からない。死に関わる危険なミッションだという事は、あの爆発を見て立香も察している。マシュも選抜されたAチームだと言っていたので、最前線に立つのだろう。どうか無事でいてほしいと、立香は強く願った。

 

『藤丸。あなた一般人協力者なんですってね』

 

「は、はい……」

 

 突然、そう切り出したオルガマリーに立香は言い淀んだ。

 タイムスリップ前も、それがバレて癇癪を起こされたのは記憶に新しい。今回も自分が一般人とバレて怒られるのだろうか、と立香は内心で頭を抱える。もう、所長に怒られるのは懲り懲りなのだ。

 

『では、見学しに来なさい。ファーストオーダーから除名というのは変わりませんが、今後のためにも勉強は必要でしょ。アナタは素人魔術師以下なんだから、特別に色々と教えてあげるわ』

 

 だが、立香の予想は良い意味で裏切られた。

 

「——え? いいんですか?」

 

『状況が変わったの。人手が欲しいわ。それに、アナタはオオカミ少年じゃなかったもの』

 

 ディスプレイに映るオルガマリーは見たことのないほど、綺麗で可憐な笑みを浮かべた。それは彼女の年特有の可愛らしさがある。少しだけ歯を見せたその笑みに、立香は唖然とするほかなかった。

 

 

「所長……」

 

『か、勘違いしないでよね……私は必要なものはどんなものでも取り入れるだけです。他意はありません。ありませんとも』

 

 オルガマリーは慌てた様子で己の髪先を指で巻く。粗い画質なのも相まって、彼女の顔は立香からよく見えなかった。それでも、どこか照れているのだけは分かる。所長にもこういう一面があるのだな、と素直に立香は感心した。

 まあ、だからと言って、所長への苦手意識が完全に取れる事はないけれど……。

 

『と、とにかく早く管制室に来なさい! もう安全になってるから、恐れなくていいわよ!』

 

 そう乱雑に通信を切られれば、先ほどとは打って変わって静寂が立香を包んだ。

 廊下には誰もいない。自分だけがこの場に佇んでいる。

 その状況のためか、立香の体は誰に気をかけるでもなく脱力してしまう。はっとして直ぐに足へ力を入れ直せば、なんとか立ったままを維持できた。危うく顎を撃ち抜かれたボクサーのように倒れるところであった。

 

「成功……だよな」

 

 数分前と同じ言葉を口にしてみる。

 すると不思議なことに、次は立香に現実味というものを、その言葉は感じさせてくれた。吐いた台詞は同じなのに、まるで言葉の重みが違う。

 誰もいない廊下にて、立香は人知れず大きなガッツポーズを取るのであった。




オルガマリーがヒロインしてる? そんな気がする……
ていうか、そろそろAチームを出したいなと思っています。
次回か、次次回には出せれば良いなー。 
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