藤丸立香は死に戻る   作:ららら

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第四話 二度目の終わり

 所長直々に呼ばれた立香は早歩きで中央官制室へと急いだ。

 あの通話の後、数分間は足に力が入らなくて歩けなかったのだ。「早く管制室に来なさい」と言われた手前、遅れていけば何を言われるか分かったものじゃない。もしかしたら、今頃オルガマリーの頭には2本の角が生えていたっておかしくないのだ。妙にしっくりくる未来のイメージに、立香は苦笑いするしかなかった。

 中央官制室へ続く廊下を歩いていると、目の前に見慣れた人物たちがいた。

 

「マシュ!」

 

 立香がそう呼べば、少女も気がついたように振り返った。

 

「こんにちは、先輩。先輩も中央官制室へ?」

 

 どこか影のある少女の顔は、されど前回と同じように健康的ではあった。

 立香はそんな些細なことで嬉しくなり、自然と目尻を下げる。

 

「うん。マシュはファーストオーダーの準備?」

 

「はい。これからAチームの方とレフ教授でブリーフィングを行う予定です。どうやら、当初のミッション内容から少し変更があるそうなので」

 

「そうなんだ」

 

 立香はそう言うと、マシュの隣に立つ長身の男へ目を向ける。

 

「レフ教授。今回はありがとうございました」

 

 立香がそう言って軽く頭を下げれば、レフは何かしら考え込んだ後、直ぐに「ああ」とうなずく。何に対してお礼を述べられたのか、それを察したのだろう。

 

「なるほど、君だったのか。いや、会えて嬉しいよ。こちらこそ助かった」

 

 差し出されたのはレフの右手。どうやら感謝の印に握手を求めてきたらしい。

 立香はそれが分かったため、レフの握手を快諾した。己の右手を差し出して、レフと笑みを深め合う。立香からすれば、レフが爆発物を見つけてくれたおかげで、みんなを助けられたと言っても過言じゃない。ある意味では、彼も立香にとっては恩人である。タイムスリップ前から良くしてもらっているため、評価もオルガマリーに比べて断然高かった。

 そんな二人を見たマシュは、何か分からないことがあったのか、こてんと首を傾げる。

 

「お二人は知り合いだったのですか?」

 

「え、いやー、ちょっとここにくる前にね」

 

 そう言えば、タイムスリップ後にレフとは会っていなかったと立香は思い出した。

 だから、彼も一瞬だけ立香を怪訝な目で見たのだろう。確かに、自己紹介もしたことない人物から急にお礼を言われても、という感じはある。自身の軽はずみな言動に、立香は少しだけ後悔した。

 

「良ければ君も、私たちと一緒に管制室へ向かわないかい? どうせ行くところは一緒だしね」

 

 フォローを入れてくれているのか、レフが話を打ち切るように提案してきた。立香もそれにあやかる気持ちで、「はい」と頷く。

 マシュは純朴な分、かなり好奇心が強いと立香は見ている。このまま濁した会話をしていれば、きっと少女は悪意なき質問を立香へと投げかけるだろう。立香からすれば、それは本当に避けたいことであった。

 そんなマシュもレフの提案には賛成なのか、立香の隣に並び歩みを再開させた。

 

「先輩はどのチームに配属されたのですか?」

 

 ふと気になったのか、マシュは立香を見ながら問いかけた。

 マシュからしてみれば、気が置けない立香とは、できるだけ近しいチームに配属されてほしいのだろう。

 だが、そんな少女の願いは虚しく、立香の現段階での力ではどこのチームにも入れない。

 

「俺は一般枠だから、無所属なんだ。今回のファーストオーダーも見学だけになりそう」

 

「そう、ですか……残念です」

 

 本当に残念そうな顔をするマシュに、立香は頭を掻く。

 正直な話、立香は今回のファーストオーダー開始を見守った後、未来へ帰るための方法を模索しようと考えていた。レイシフトが原因でこの時間までタイムスリップしたのであれば、また同じくレイシフトで未来へ戻れる筈だと信じている。

 そのため、こうして過去のマシュと話せるのもこれが最後だろうと考えた。自分がタイムスリップした後、過去の自分がどうなっているのか分からないが、藤丸立香という人間であればなんとかするだろうと、思っている。

 少しだけ名残惜しくはあるが、自分の帰りをあっちで待っている人もいるのだ。過去に居座っても良いことはないと立香は考えた。

 

「そうだ、マシュ。ファーストオーダーが終わったら、フォウくんも連れてお茶しない? ドクターに言えば、お菓子も貰えると思うんだ」

 

「お茶ですか?」

 

「うん。甘いものを食べると、なんだか幸せな気持ちになれるって誰かが言ってた気がするしね」

 

 未来への約定。

 これがあれば、きっと未来に帰ってもマシュの気分を直すことができると立香は考えた。それに、自分もできれば、この優しい少女ともっと語り合いたい気持ちがある。

 どんなことが好きで、どんなことが嫌いで、どんなことに熱中し、どんなことに感化されたのか。

 マシュ・キリエライトという人物の生涯を立香は知りたいと思った。

 

「分かりました。楽しみにしています」

 

「うん。俺も楽しみだよ」

 

 そこまで話し終えると、都合のいいことに管制室の入り口まで辿り着いた。

 マシュと立香を気遣って口を閉ざしていたレフが、先頭に立ち扉を開ける。それに続く形でマシュと立香も入れば、そこには何人かの男女が見えた。

 ——きっと、あれがマシュと同じAチームのメンバーなのだろう。

 遠目でも分かるくらいキャラクター豊かだな、と立香は思った。一人一人にインタビューすれば、それこそ半日以上はかかりそうである。特に、あのスラッとした長身の男性。女のようなしなやかな体つきに、男のような堅牢さを兼ね備えた肉体美は、まさしく芸術だ。彼彼女に話しかけたら、それこそ半日どころではなく、三日間は話し込めそうだと直感した。

 

「では、私とレフ教授はここで。先輩も見学がんばってください」

 

 両手でガッツポーズを小さく取るマシュに、立香は癒されながらも、「見学で頑張る場面ってあるのかな」と笑顔を取り繕う。

 とりあえず、マシュに頑張れと言われたのだから、所長の機嫌を損ねない努力はするつもりだ。

 そのまま離れていく少女の後ろ姿を見送りながら、立香は所長の立つところへと向かった。

 

「遅い」

 

 第一声から立香の志は砕けた。

 ダストンの時もそうだったが、誰かに「頑張れ」と言われたら、絶対に所長が怒っている。もうこれは、そういう決まり事なのかもしれないと立香は思う。

 

「すみません。ちょっと道に迷って」

 

「言い訳なんていいわよ。とりあえず、ぐるっと管制室の案内からするわよ」

 

 オルガマリーがどことなく不機嫌そうに言うと、踵を返した。立香もそれに倣い、とりあえず黙って付いていこうと、オルガマリーの後ろに続く。決して横には並ばない。並んだ日には、きっとオルガマリーの雷が落ちるだろうと思ったから。

 

「案内と言っても細々とした機器については説明しません。マスター候補生である貴方が最低限使うものだけを紹介します。後については、ファーストオーダー終了後の訓練で学ぶことね」

 

 所長はそれだけを告げると、色々なことを教えてくれた。

 これで最低限か、と立香が頭を抱えるレベルには機材と、そこに使われている技術力が凄まじい。自分以外の連中は、みんなこんなことは知っていて当然なのだと思うと、さらに頭が痛くなる。未来に帰ったら、マシュに復習がてら色々と教わる必要がありそうだ、と立香は決意した。

 一通り、管制室を回ってみれば、いつの間にか人が増えていた。

 そう言えば、アナウンスでコフィンの個人登録をすると言っていた気がする。

 という事はそろそろファーストオーダーが始まる時間という事なのだろう。オルガマリーも集まった人間を見渡しながら、時折誰かしらに指示を飛ばしていた。

 

「あの、今更ですけど、よかったんですか?」

 

 立香はオルガマリーに恐る恐る問いかけた。

 

「何がよ」

 

「いえ、俺なんかが所長自らに施設の紹介をしてもらっていいのかな〜って……」

 

 立香がそう言えば、オルガマリーは呆れたようにため息を吐く。何か間違ったことでもいったのか、と立香がびくつけば、次にオルガマリーはさっと片手を払った。

 

「——説明会での質問」

 

「え?」

 

「説明会での質問に答えなかったでしょ。その借りを返してるだけよ」

 

 オルガマリーが顔を背けながら言った。

 立香はその対応に一瞬だけ呆けた表情になるも、1秒後には再起動する。

 ——ああ、確かにまともに取り合ってくれなかったな。

 思い出されるのは、レイシフトについて聞いた時の所長の返しだ。あれは確かに、上の人間としてはあるまじき行いだろうと、立香も思っている。それを彼女は自分で気がつき、その詫びをするために遠回しながらも立香を気遣ったのだ。

 その感情だけでも立香からしたらありがたい。さっきまでヒステリックで余裕のない上司と思っていた立香だが、少しだけ彼女への認識を改めた。

 

「所長ってなんだかんだ良い人ですよね」

 

 立香が笑いながらそう言えば、オルガマリーがきっと睨む。しかし、頬が赤くなっているだけに、あまり怖くはないと感じた。

 他の職員もこういう可愛らしい所長を見れば、意識が変わるのかな。

 そう考えてみるも、カルデアはかなり実力主義のところがあるため、この程度では認識改善を図れないと思い直した。なんにしても、親しくなったからには少しだけ彼女への評価を改修したいと思うのが人間である。未来に帰ったらやりたい事がまた一つ増えてしまった。

 

「御託はいいから、次は貴方の先輩たちに挨拶してきなさい! Aチームはマスター適性者の中でも優秀中の優秀。彼ら彼女らをサポートするのが貴方たち補欠の役割なんだから!」

 

 そんな暴言じみた言葉とともに、背中を叩かれて送り出された。まぁ、いずれは挨拶しなければいけないと思っていたから良いけども。Aチームはマシュの所属先だし、気兼ねなんてものは感じない。むしろ早く話してみたかったというのが正直なところだ。

 

「あの」

 

 だから、立香は何も考えずにAチームメンバーへと声をかけた。

 立香の声掛けに応じるかのように、数名の男女が立香へと振り向く。ただ、何人かは立香のことなど歯牙にも掛けない様子で無視を決め込んでいた。

 

「君は?」

 

 金色の長髪をした男が、チームを代表して立香に尋ねた。

 

「あ、俺は藤丸立香って言います。所長に挨拶してこいと言われて来ました」

 

「オルガマリーが? 意外だな。彼女は他人にそういうことを指図する人間ではないはずだが」

 

 男が顎先を触りながら言うと、「ああ、悪い」と何かを思い出したように呟く。

 

「私はキリシュタリア・ヴォーダイム。このAチームのリーダーをしている」

 

 キリシュタリアがそう手を差し出せば、立香もそれに応じた。

 

「あら、誰と話してるの? 私も混ぜてもらって良いかしら」

 

 すると、隣から顔を出したのは、管制室に入った際に立香が見惚れた人間であった。近くで見ても、やはり女らしく、何より男らしい体格をしている。どちらの性別で自己紹介されても、立香であれば何の疑念も抱かないだろう。骨格レベルで美しいと言うのは、彼彼女のことを指しているのかもしれない。

 

「どうやらオルガマリーが気に入った人間のようだ。彼は藤丸立香。そしてこちらが」

 

「スカンジナビア・ペペロンチーノよ。気軽にぺぺと呼んでちょうだい♪」

 

 明らかに偽名としか思えない名前で、ペペロンチーノはウィンクする。

 それに立香もどのように反応して良いのか分からず、でも少しだけ笑ってしまった。ペペロンチーノの人間性が柔らかいというのもあるのだろう。やはり遠目で見た通り、接しやすい人間らしい。

 

「よろしくお願いします。ぺぺさん、ヴォーダイムさん」

 

「あらもう、敬語なんていらないわよ! 私たちはこれから仲間でしょ?」

 

「む。確かにそうだな。私もキリシュタリアで構わないし、敬語も外してもらって良い」

 

 キリシュタリアとペペロンチーノが笑えば、立香もそれに応じる。

 一癖も二癖もあるというから、少しだけ身構えていた自分が馬鹿みたいだ。どちらも良い人そうで、立香はほっと胸を撫で下ろした。

 

「さて、他のメンバーも紹介したいところだが、どうやら時間みたいだ」

 

 キリシュタリアが管制室に表示されているデジタル時計を見た。時刻はファーストオーダー開始を告げる、10分前になっている。マスター候補生たちは、もうこの時間からコフィンに入り、最後のバイタルチェックをしなければいけない。そういう時間も含めれば、もう立香と談笑している余裕はないのだろう。

 立香もそれがわかっている為、「時間取らせて、ごめん」と言った。

 キリシュタリアはその謝罪に片手を上げるだけで返事をすると、後ろからメガネをかけた黒髪の男が這い出てくる。

 

「なあ、キリシュタリア。デイビットがまだ来てないんだが、何か知らないか?」

 

「いや、分からないな」

 

「ん〜、こんな時に遅刻かよ。とりあえず、俺たちだけでも乗り込もうぜ」

 

「あら、ベリルったらやる気ね。なにか良いことでもあったの?」

 

「何言ってるんだ、ペペロンチーノ! こんな面白そうなオーダーでテンション上がらない方がおかしいだろ!?」

 

 ベリルと呼ばれた青年はコフィンへと意気揚々と向かった。

 あれもAチームなのか、と少しだけ立香が不安を感じたのは言うまでもない。

 だが、同じチームのペペロンチーノもキリシュタリアも、ベリルの言動には慣れているのか比較的落ち着いた様子で彼の後を追った。

 

「それじゃあね、立香ちゃん♡ また、レイシフト先で会いましょう」

 

 今回のファーストオーダーには参加しないため、レイシフト先では会えないのだが、まあ別に訂正する必要もないだろう。立香もペペロンチーノの言葉に手を振って返した。

 その後、Aチームと思わしき男女がキリシュタリアの後ろに続いてコフィンに乗り込んでいる。みんな一様に立香へ一瞥をくれてはいるが、誰も話しかけようとはしない。キリシュタリアやペペロンチーノが友好的なだけで、他のメンバーはそうでもないらしい。なるほど、確かに彼ら彼女らの方が魔術師っぽい。と魔術師をろくに知らない立香は思った。

 

「先輩。皆さんと話していたんですね」

 

 たったったっ、とこちらに駆けてきたマシュが話しかけてきた。

 そう言えば、さっきの中にマシュの姿はなかった気がする。マシュの姿を見てみれば、どうやらカルデアの戦闘服に着替えていたらしい。ボディラインがくっきり見えるラバースーツは立香の目のやり場を困らせる。

 

「……マシュ、がんばってね」

 

 立香はぎこちない笑顔でマシュを応援した。

 この言葉の意味には、命に関わるファーストオーダーで死なないでという願いも含まれている。マシュもそれは分かっているのか、力強く頷くと、

 

「頑張ります」

 

 と呟いた。

 マシュと話していると、何人かの男が慌ただしく動いているのが見える。一人はキリシュタリアたちと同じスーツを着た金髪の男。さっきベリルが遅刻していると言っていた人物だろうか。

 そして、もう一人はレフ・ライノール。彼もミッション実施前の調整を行っているようだった。立香が見ても全然分からない画面を見て、四苦八苦している。理系の人はすごいなーと小学生並みの感想を抱いたのは内緒だ。

 

「ああ、急いでくれ。いま医務室だろ? そこからなら2分で到着できる筈だ」

 

 レフが誰かに連絡を入れると、そのまま管制室から出て行った。

 きっとドクターだろうな、と立香は苦笑する。タイムスリップ前も自分の部屋でサボっていた人間だ。どうせ今回も、不貞腐れながら部屋でケーキを貪っていたに違いない。まあ、今回は話し相手がいないから、医務室で大人しくしている可能性もあるが。

 

『ファーストオーダーまで、残り5分を切りました。職員は速やかにミッション開始の最終段階に移行してください。繰り返します——』

 

 とうとう、時間が差し迫ったようだ。

 立香は心を決めてマシュに向かい合う。

 マシュも立香と同じことを考えていたのか、立香に向き合った。

 

「マシュ。きっと苦しくて辛い戦いになるかもしれないけど、絶対に帰ってきてね」

 

「……分かりました。先輩も、所長を怒らせないようにしてください」

 

 そう言って二人は示し合わせたように右手を差し出す。

 マシュの手を握ってみれば、とても柔らかく、何より温かい感覚が伝わった。

 ——もう、あの時のような冷たさは存在しない。

 生命の灯火が消えてしまったような、魂の抜けた身体のような、そんな寂しいものは立香に伝わらなかった。

 ——救えたのだ。

 柄にもなく立香は泣きそうになる。目頭が熱くなり、喉奥からはナニかが競り上がってきた。けれど、ここで決壊させるわけにはいかない。ましてや、女の子の前で泣くわけにはいかない。これから見送る側なのだから、せめても彼女の前では笑顔でいようと立香は思った。

 

「それじゃ先輩。いってき——

 

 瞬間、見覚えのある黒いブレスレットが目の前を過った。

 それと同時、マシュと立香は弾き飛ばされる——。

 大量の熱を伴って、二人の体は重力に逆らうかの如く、宙へと押し上げられた。立香は無理やり吹き飛ばされたせいで、肺に溜まっていた空気が押し出される。一瞬、無呼吸状態へ陥ったのち、そのまま彼らは何の抵抗もする暇なく、地面に落ちた。

 どぉん、べちゃり——。

 頭蓋骨やら、腕の骨やらが砕ける音、肉が裂ける音が体内で響いた。

 

「がはっ」

 

 その後は自然な流れだ。自分たちと同じようと飛ばされた建物の瓦礫が、まるで滝のように降っている。仰向けで落とされた分、立香にはその地獄絵図がはっきりと目に焼き付いた。

 ——なんで……?

 最初に思い浮かんだのは、それだ。

 なんで、どうして、成功した筈じゃなかったのか……。意識が朦朧とする中で、立香はただただ無意味な言葉を羅列した。

 燃え盛る火の中、立香の体はピクリとも動かない。それどころか呼吸をすることすらも辛い。肺が破けてしまったのか、はたまた喉が焼き切れたのか。どちらにせよ、酸欠の苦しさで吐き気と眩暈が少年を襲う。

 はぁ、はぁと乱れる呼吸。吸えているのか、吐けているのかも分からない行為を繰り返し、少年は横を向く。

 視界は大半が黒ずんでいて、まともに映らないけれど、それでも一人の少女だけは見ることができた。

 

「ま、しゅ……」

 

 辛うじて絞り出すことができたその声に、少女は反応を示さない。立香はそれを目にして、また目頭が熱くなった。

 痛い、苦しい、辛い、死にたくない——。

 さまざまな言葉が脳裏に過ぎる中、ただ一つだけ立香の頭に常駐するものがある。

 それは、

 

「ご……め、ん……」

 

 彼女を救えなかったことへの罪悪感だ。

 未来を知っていた筈なのに、彼女を救うと意気込んだのに、それでも少女を救えなかった。

 もうこれは致命傷だと立香も分かっている。己の体の損傷具合からして、もう数分もしないうちに己の魂は天へと昇華されてしまうだろう。

 熱も痛みも感じなくなった。タイムスリップしても何も変えられなかった。全てがここで終わる。もう自分は死ぬのだから、なにもかもが無へと帰するのだろう。

 立香は涙を流しながら、ヒクヒクと体を震わせた。自身の不甲斐なさに激情が起こった。されど、それに呼応する体は存在しない。指の先ですら一寸たりとも思い通りに動かない。

 

『———中央隔壁を閉鎖します。室内にいるマスター候補生は準備をしてください』

 

 またこのアナウンスが管制室に響き渡る。

 何一つとして変化が無い無機質な声。アナウンスを聞いて反応する生命体はここに一人もいない。きっと、所長も、自分の同期も、あのAチームの人たちでさえ死んでしまったのだろう。その事実だけが死にゆくであろう立香の脳へ鮮明に浮かぶ。

 

『レイシフト 定員に達していません。該当マスターを検索中……』

 

 何も現状打破してくれないアナウンスを煩わしく思い、立香はとうとう残った聴力を放棄した。真っ白な頭の中で浮かぶのは、やはり先ほどと変わらない悲痛な願いのみである。

 もし、この凄惨な今を変えてくれる存在がいるなら——。

 もし、自分のようにタイムスリップできる人間がいるなら——。

 今度はちゃんとこの子を助けてあげてくれ——。

 

 

 それを最後に藤丸立香の命は途切れるのだった。




いつ死に戻るのだろう、もしかしてこのSSは立香が最初だけ死ぬ小説なのかな? って思われたかも知りませんが、違います。
この物語は藤丸立香が死にまくり、そして戻って救う冒険譚です。

私が書きたかったのは、この回だったりする。
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