藤丸立香は死に戻る   作:ららら

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第五話 過ぎる悪夢

 ——塩基配列 ヒトゲノムと確認

 ——霊器属性 善性・中立と確認

 ようこそ、人類の未来を語る資料館へ。

 ここは人理継続保障機関”カルデア”。

 どうぞ、善き時間をお過ごしください。

 私たちはあなたを歓迎します。

 

 

 

 

 

 

 

 

「———フォウ、フォウフォウ」

 

 意識が覚醒した瞬間、立香の目の前に広がったのは見慣れた天井だった。

 シミ一つない真っ白な天井。

 先程の火と鉄が支配する空間などではないそこは、立香にとって多大な安心感を与えた。

 

「キュゥ、フォウ、フォウフォウ?」

 

「え……?」

 

 鳴き声に気がつき、ふと目線を自身の腹部へと下げてみる。そうすれば可愛らしく頭をかしげたフォウ君が、これまた可愛らしくちょこんとお臍あたりに乗っていた。

 それをどこか判然としない意識の縁で見やり、それから立香は飛び跳ねるように上体を起こす。起き上がるまでの間、立香は自身が寝そべっていたことにすら気が付かなかった。

 

「っ———フォウ君がなんで目の前に!?」

 

 半ば叫びに近い声色で立香は告げた。

 場所はカルデアの廊下。きっと正面ゲート前に当たる場所だ。

 最後に見た己の光景は、燃え盛る管制室と少女の遺体のみ。そんな場面から、どうしてこんな所で寝る場面へと移行するのか、立香には甚だ見当もつかなかった。

 

「…………あの、質問よろしいでしょうか?」

 

 今し方ぶりのはずなのに、ずっと聞いてこなかったような気がする銀鈴のような声。

 ゆっくりと後ろを振り向けば、そこには依然変わりないマシュ・キリエライトの姿があった。彼女の着ている服装も、彼女が身につけている眼鏡も、口も、鼻も、目も、腕も、何もかもが綺麗な状態を保っている。決して、赤黒く汚れてなんかいない。

 それは数時間前にも見た光景に酷似していた。いや、この状況そのものが、本日三度目としか言いようがない。廊下で目覚め、フォウ君を発見し、最後に彼女から声をかけられる。これら一連の流れが、既に立香の脳漿へと数回インプットされているのだ。

 あまりの出来事に立香の脳へ高負荷がかかる。処理速度はガタ落ちし、あろうことか思考回路は既にショート寸前まで追い詰められた。

 それなのに、気がつけば立香は立ち上がり、マシュの方へのろのろと近づく。まるで幽鬼のようなその歩き姿に、マシュも心配そうに立香を眺めた。

 

「もう…………訳が分からない…………」

 

 頭がどうにかなりそうで、心がどうにかなりそうで、立香は弱音を細々と吐いた。

 あの瞬間——体から意識が離れた瞬間、立香は確かに死を覚悟したのだ。そして、タイムスリップするであろう誰かへと望みを託した。自分にできなかったことを、少女を守り抜くという些細な願いを、見知らぬ誰かへと置いてきたはずだったのに……それなのに何故……、

 

「あの、先輩……。顔色が優れないようですし、少し休みませんか?」

 

 マシュのその言葉を皮切りに、立香の体から意味もなく力が抜けた。

 

 

 

 

 

 

 マシュに案内されて連れてこられたのは医務室だった。

 今は、手入れの行き届いた白いベッドで横にされている。そこら中に漂っている薬品の臭いが、鼻腔を通じて認識できた。

 そんな立香の顔色は、彼女からすれば相当ひどく映ったのだろう。今でもマシュは付きっきりで立香の世話を焼いている。慣れない手つきで慌ただしく動く彼女は、どこか主人を思いやる良妻に見えた。

 そんなマシュの姿を立香は沈鬱とした表情で見つめ、続けて己の体を確認した。

 

「怪我は……やっぱり無くなってる」

 

 ——折れたはずの腕が動いているのだから当然か。

 立香は笑顔を取り繕う余裕もなく、ただただ己の体について冷静に把握した。

 本当に信じ難いことだが、立香はどうやら再度タイムスリップに成功したらしい。

 どれも状況下は同じである。アナウンスが聞こえ、そこからレイシフト開始直前に意識が途絶えると同時、気がつけば戻っている。となれば、やはり自分はあの環境下にいるだけで強制的にレイシフトが行えるということだろう。他のみんなはコフィンなどが必要であるが、どうやら立香だけはそれに限らないらしい。そうでなければこの現象に説明がつかない。

 だが、同様に不可思議な点もある。

 前回も今回も、誰が立香をレイシフトさせているのかだ。レイシフトの詳しい概要は知らないが、必ずそれを起こすトリガー役がいるはずである。

 そもそも、レイシフト先はこの時間帯のカルデアではなく、2004年の冬木という場所のはずだ。ファーストオーダーの目的自体が特異点の排除なのだから当然である。それなのに、立香が決まってレイシフトでやってくるのは数時間前のカルデア。しかも最初に自分が目を覚ました廊下だった。誰かが再調整していなければ可笑しい話である。

 

「考えられるのはドクターだけど……、前回はあの場に現れなかったよな」

 

 聴覚がやられていたこともあるが、ドクターが管制室に駆け込んできた様子はなかった。

 また、前回は立香とドクターは知り合ってもいない。前々回であれば納得できるが、前回に関してだけで言えば、彼が立香をタイムスリップさせるとは思えなかった。

 となれば、最早誰が立香を過去に送り出しているのかは謎のままである。

 実際こうして過去に戻れているのだから、その事実だけは受け止めるが、何分わからないことが多すぎた。

 

「先輩、お水です」

 

 そこまで考えているとマシュが甲斐甲斐しく水を持ってきてくれた。

 立香はそれを「ありがとう」と言いながら受け取る。乾き切った喉を潤すために、それを口へ流し込めば、胃の中に冷たいモノが流れ込む感触がした。

 

「ありがとう。マシュは本当に優しいね」

「いえ、そんなことは……」

「謙遜しなくてもいいよ。実際に俺は助かってるんだから」

 

 飲み切ったガラスコップを台に置き、立香は礼を述べた。

 冷たい水を飲んだおかげか、いくらか沸騰していた思考も平常に戻りつつある。

 マシュもそんな立香の様子に安心したらしく、柔らかい笑みを貼り付けた。

 

「とりあえず、先輩はここで休んでいてください。私が医療部門の方を呼んできますので。……健診を受けるまでは絶対安静ですよ?」

 

 どこか照れた様子のマシュは、そう言って医務室を後にする。

 その背中をベッドに横たわったまま見送り、立香は深い息を吐いた。

 目覚めた時に比べれば、幾分か気分は楽になった。もう目眩を起こしたり、吐き気を催したりはしないだろう。マシュのおかげで管制室のフラッシュバックも収まりつつあるし、何より彼女と話していると心が安らいだ。

 となれば、立香は動かなければならない。誰の仕業か知らないが、2回もチャンスを与えてくれたのだ。それを棒に振っては男が——いや、人間が廃るというもの。

 

 だけど、立香の体は心に反して動こうとしなかった。

 あの爆発で覚えた痛みが、苦しみが、無意識にそれらから遠ざかろうとしている。もう楽になってしまえよ、と悪魔のような囁きが耳の奥で聞こえる気がした。

 

「ビビってるのか、俺」

 

 手を眼前へと持っていき、立香はそれを睨みつける。

 何も近づけていないはずなのに、立香の指先は細かに震えていた。それは次第に腕に伝わり、そして肩から胴体、そして爪先へと伝わって、全身に悪寒が走る。立香の体に恐怖が刻み込まれた瞬間だった。

 

「今頃は説明会か……」

 

 カルデアでは珍しいアナログの時計に目をやる。

 再び自分を殺した管制室へ行くのが素直に怖かった。自然とあの常軌を逸した場所に身を投じる勇気が立香に湧いてこない。

 何十人という人間が死に、自分を慕う後輩までも紙屑のように吹き飛ばす爆発——。除去したと思っていた手前、あのような惨劇を起こされたら、いくらポジティブな立香でも堪えるものがある。

 ベッドの中で縮こまることしか出来ない己を恥じながらも、立香はそれでいいと己を甘やかし続けた。

 

「どうにもならないんだ……所長を説得しても、爆破物を取り除いても、未来は変えられなかった……。死ぬんだ、あんなの。死ぬしかないじゃないか——」

 

 誰にともなく同意を求め、立香はベッドを力強く殴る。

 脳裏には、爆発に巻き込まれて死んだマシュと、瓦礫に圧迫され徐々に命を奪われるマシュの両方が再生される。

 青空を見せてやりたいと願った気持ちは嘘ではない。

 本当に、心の奥底から、確かに立香はそれを望んでいた。だが、どうしようもない現実というものは存在する。非力な自分にできないことは、いつだって出現するものだ。今回はたまたまそれが、このタイムスリップによる過去改編だったに過ぎない。

 もう忘れてしまおう。

 カルデアに来ても、管制室にさえ近づかなければ殺されないで済むだろう。自分が助かるだけの道ならば幾らでも用意できる。このまま布団に包まり、この後来るであろうドクターと談笑をしているだけで、助かるのだ。

 そうだ、そうやって助かって、生き延びたあとは——、

 

「何も残ってない……」

 

 考えないようにしていたことが、頭の中で騒ぎ続ける。

 一度助けたいと願っていた思いが、消し去ろうとするたびに再燃する。

 もともと、タイムスリップすること自体が豪運なのだ。本来であれば、立香の命は1回目の時に途絶えていたっておかしくはない。

 未だにこのタイムスリップの原理は分からないまでも、それでもこのチャンスを棒に振っていいのか。そのままマシュという少女を——なんの罪もない少女を見殺しにしていいのか。

 

 ……気がつけば、ベッドから立香は這い出ていた。

 思考は負の螺旋を繰り返しているままだ。震えは止まず、堂々巡りを続ける。

 それでも助けたい命があった。マシュだけじゃない。前回、なんの証拠も持たなかった己の意見を、渋々ながらも受け入れてくれた所長。魔術師上がりじゃない立香を心配してくれた技師のダストン。それに初対面の人間にも関わらず、柔和な笑みを浮かべ優しくしてくれたレフ教授。

 彼彼女たちが死ぬのを自分の力で防がなければならない。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……んぐっ」

 

 ふと気がつけば、洗面台に吐瀉物が撒かれている。誰が出した物なのかなど、考えるまでもなく分かった。口内に広がる酸っぱい味が、立香の喉を刺激し再び胃の中を掻き乱す。巨大なプレッシャーが彼の精神のみならず、肉体的にも負荷をかけたのだ。

 

「大丈夫ですか、先輩!?」

 

 するといつの間にか戻ってきたマシュが立香に駆け寄ってきた。そのまま背中を優しく摩れば、心配そうな瞳で立香を見つめる。

 立香はそれを弱り切った表情で眺めながら、「大丈夫」と言ってベッドに腰掛けた。あまり弱ったところを見られるのは、男として嫌だったというのもある。マシュの目の前でくらい立香は強がりたかったのだ。

 

「シミュレーションの影響が残っているのかもしれませんね。とりあえず、急を要するかもしれないと思い、医療部門の方では無いのですが、近くにいた人をお呼びしました」

 

「近くにいた人……?」

 

「ええ。ですが、安心してください。腕は確かだと私が保証しますので」

 

 マシュのその言葉に立香は怪訝な表情を浮かべつつ、医務室の扉へと目線を投げた。

 そこに居たのは——、

 

「やぁ、君は一般枠の藤丸立香君だね? 体調がよろしくないみたいだけど、大丈夫かい?」

 

 先の件で爆発物を取り除いてくれたレフ教授であった。

 

 

 

 

 

 

「先輩、顔色が本当に悪いようです。あまり無理をしないでください」

 

 マシュがそう言って立香の身体を寝かせようとする。彼女からすれば、病人もびっくりするくらい立香の顔色が真っ青に見えるのだろう。立香もそれは理解できており、自身の体調が今なお最低ラインをキープしていることは自覚していた。

 だが、ここで休むという選択肢を立香に取れるはずもない。

 幸か不幸か、マシュは前回爆発物を撤去してくれたレフ教授を目の前に呼んできてくれたのだ。この機会を利用すれば、前回と同じように第一の爆発物は撤去できるかもしれない。

 そのため立香は、今回初対面となるレフに向かってゆっくりと頭を下げた。

 

「あの、レフ教授。お願いしたいことがあります」

 

「ん? 何かな、急に改まって」

 

 立香の行動に眉を下げるレフ。しかし、話を聞く体制には入ってくれた。

 

「ファーストオーダーまでに、コフィンのみでなく、中央官制室を再度点検してもらえないでしょうか」

 

「………………」

 

 レフから返ってきたのは意外にも沈黙だった。

 立香からしてみれば、レフ教授はオルガマリー所長よりも話を聞いてくれる人物という印象だ。そのため、所長の時のように回りくどい言い方はやめ、単刀直入に切り出すのを選んだのだが……残念なことにレフは、何かを推し量るように帽子のつばを弄っている。

 

「一応聞かせて欲しいのだが、それはなぜだい?」

 

「えっと、念の為です。管制室の機器だけではなく、部屋自体に問題がある可能性も否定できないと考えました」

 

「ふむ、例えばどのような問題があると思う?」

 

「それは……磁気の問題とか、もしかしたら何か危ないものがあるかもしれないと思いました」

 

 身振り手振りでどうにか説明をする立香。

 だが、立香のこの言動には、レフだけでなく隣で聞いていたマシュも渋い顔をしていた。

 まぁ、それもそうだろう。突然、新人としてやってきて倒れた奴が、起き上がるなり可笑しな発言をしているのだ。頭でも打ったのかと疑いたくなる気持ちは分かる。

 しかし、立香からしたら本気も本気の説得だった。前回は所長に爆発物のことを赤裸々に話して失敗してしまった可能性もある。爆発物を仕掛けた人間がどこにいるか分からない現状、下手に爆発物のことは喋れないのだ。

 

「……とりあえず、所長に相談してみないことには私の権限ではどうにもできないな。中央管制室を点検し直すとなれば、ファーストオーダーの予定開始時刻がズレるし、何より彼女はアクシデントに弱い。突然の提案をうまく飲み込めるかも怪しいところだ」

 

「教授は行うつもりなのですか?」

 

「まぁ、彼の言っていることも分からなくはないからね。念の為というのは大事なことだ、マシュ」

 

 レフがそうマシュに告げれば、最後に立香の目を見て微笑んだ。

 ——よかった、レフ教授はやっぱり話の分かる人だ。

 立香は内心そのように喜悦に満ちた。どこぞのヒステリックな人とは大違いと思ったのは内緒である。バレたら次こそ指の一本は持っていかれるだろう。

 

「じゃあ、体調が優れないところ悪いが少しついてきてくれるかい? マシュは先にAチームのみんなと合流していてくれ。私は彼とマリーに会ってくる」

 

「はい、分かりました。先輩、くれぐれも無理しないようにしてくださいね」

 

「あははは、善処するよ」

 

 最後に立香へ「安静」という釘を打ち込んだマシュは、満足そうに医務室を出て行った。

 それを微笑ましげに見送るレフ。マシュが出て行った扉が閉まると同時、そこへ見たことのない文字を描いた。

 

「何をしてるんですか?」

 

「ん? ああ、少し盗聴防止の魔術をね。君の真意を聞きたいんだ」

 

 レフがそう言うと、近くに置いてあった椅子を引っ張り出して腰掛けた。

 立香は一瞬、なんのことだろうと疑問に思うも、すぐに「管制室の再点検の話だ」と理解する。どうやらレフには、立香が何かを隠しているとバレているらしかった。

 

「え、えーと、本当に盗聴されませんか?」

 

「ああ。そこに抜かりはないよ。誰かが解除しようものなら私が先に気づく」

 

「そうですか、それは良かった……」

 

 ほっと胸を撫で下ろした立香。

 誰にも盗聴されないと言うのであれば、爆発物に関して喋っても問題ないだろう。仮に誰かが盗聴しようとしたら、レフが先に気付くのだしそのまま黒幕を捕まえられるかもしれない。

 そこまで思考をした立香は、中央官制室に爆発物があることをレフに告げようと口を開く。

 

「実は——」

 

 しかし、そこで立香の口は止まった。目は瞬きすることすら忘れ、手足は鉛のように重く動かない。

 なんのことはない現象だ。別に誰かに攻撃を受けたとかではない。

 ただ、立香の脳裏に一瞬、何かいけない考えが過ったのである。

 そう、とてつもなく不気味で、しかしそれは非常に現実味のある考えだった。

 

「どうしたんだい?」

 

「え、いやっ」

 

 立香の様子を訝しんだレフは目尻を下げて、小首をかしげた。その何気ない一挙一動が己の心臓を鷲掴みにするかのように錯覚してしまう。

 息がだんだんと荒くなる中、立香の思考は冷めていた。

 沸騰する表情筋とは別に、立香の心は冷えていた。

 たった一つの考えが過っただけなのに、思考の海へと埋没すればするほどそれが明瞭になる。それが正しいと思えてくる。

 

 そんな立香の頭に過った恐ろしい考え。

 身の毛もよだつほどの悍ましい推測結果とは——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レフ教授自体が爆発物を仕掛けた犯人ではないか、と言うものだった。




やめて! 爆発物を仕掛けたかもしれないレフに真向面から挑んでしまったら、ただの一般人である立香は普通に殺されてしまう!

お願い、死なないで立香! あなた今ここで倒れたら、マシュや所長も殺されちゃうのよ! ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、レフに勝てるんだから!

次回、「藤丸死す」。デュエルスタンバイ!
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