藤丸立香は死に戻る 作:ららら
……待てよ、何か可笑しい。
そう思ったのは、目の前にいるレフに立香が全てを話そうとした時だった。
ずっと目が覚めてから、立香の頭の中には何かが突っかかったような感触が残っていた。
だが、その正体というものが判然としない。もう直ぐそこまで出かけているのに、それがハッキリとした答えとして出てこなかったのだ。
けれど今、その答えに対する思考が一気に深まっていく。まるで深海にでも沈むかのように、立香の頭が暗い場所へと落とされていく。
「そうだ……なんで取り除いたはずの爆発物が管制室にあったんだ」
もとより問題の根底からして可笑しかったことに立香はようやく気がついた。
1回目と同じにならないよう、立香はそれの回避に向けて全力で動いたはずだ。その結果、所長の説得に成功し、レフを通すことで爆発物の撤去は成功した。それは所長自らが謳っていたことである。
ならば、誰かが再度仕掛けたのか?
いや、そんなことしている暇などないはずだ。
中央官制室はレフが極秘に爆発物を取り除いた後、数々の技師たちがファーストオーダー開始に向けて設備の最終チェックを行っていた。自分が廊下を歩いていた時間などから逆算してみても、中央官制室に一人で居られる時間は30分とないだろう。ならば、あれだけの人間に囲まれている中、怪しいものを設置できるものなのか。
いや、だが、それよりも……それよりもっとおかしなことはあったはずだ……。
——あの時、レフ教授は管制室から出て行った……しかも、ドクターを管制室に呼んでから。
確かにこれだけの情報量だと、特段おかしな部分は見受けられないかもしれない。
けれど、2回ともレフはドクターを呼び出していた。しかも、きっちり2分以内に来るようにと念を押した状態で、だ。
その後、レフは何事もなかったかのように管制室を退出している。つまり、あの爆破地点にドクターを呼び出しつつ、自分は巻き込まれないように——。
——いや、いやいやいや! 考えすぎだ! 流石に、流石にこのレフ教授がそんなことするはず……!
どうして無いと言えるのだろうか。
立香とレフは出会ってからそこまで親睦を深めていない。それどころか、立香からすればカルデアの職員全てが他人である。唯一、彼が自身を持って相手のことを信用できる人物がいるとすれば、それは先輩と己を慕う少女くらいであろう。何より、彼女は2回も爆発に巻き込まれ己の目の前で死んでしまう、絶対的な
それに比べれば、レフという人物をあまりにも立香は知らなすぎる。ロマニから彼の実績について聞かされてはいるものの、彼の為人については何も知らない。それなのに何でも分かった気になって、頭ごなしに否定ばかりするのは間違いだ。
「あ、あぁ、あの……」
舌が回らない。脳みそも回らない。
訳のわからない言葉やら情報が溢れかえっている。どうしようもないほどに、様々な感情が呼び起こされている。
さっきまでの、カルデアで一番話が通じそうな人、と言う認識は塗り替えられた。
目の前にマシュを殺している人物が立っているかもしれない。
目の前に所長を殺した犯人が立っているかもしれない。
目の前にカルデアを潰そうと目論んでいる男が立っているかもしれない。
そう考えれば考えるほど、立香の額に脂汗が滲み、口からは水分が消失する。唾液の少ない口を無理やり開いてみれば、ねちゃり、と言った汚い音が響いた。
「藤丸くん、顔色が本当に悪いようだね。あまり無理をしない方がいい」
気がつけば、レフが近くにあった白いタオルで立香の汗を拭き取ろうとしていた。
だが、今はそんなことをされている場合じゃない。
——早く逃げなければ!
そんな不自然としか言えない言動を浮かべるほど、今の立香は混乱している。
だって、そうだろう。レフ教授といえば、オルガマリー所長がもっとも信頼しており、ドクター・ロマンすら一目置いている人物だ。こんな人が、2回もカルデアを陥れようとしていたなんて……彼の笑顔を見れば見るほど、立香の中に困惑の感情が支配した。
だが所詮、これらは全て立香の妄想の範疇を出ていない。
確かに立香の考える通り、レフが爆発物を仕掛けた人物であるならば、彼が「撤去したと嘘をついて」、再度爆発させることは容易にできるであろう。
けれど、その考えが外れている可能性だってある。
このカルデアは立香の知らない知識の宝物庫とも言える場所だ。魔術やら未来的科学やら、そんなものが結集してできている。そんな場所で不可解なことが起こったとして、それを立香は観測することはできなかった。
であれば、此度のレフに向けられている容疑も、所詮は立香の知識内で最も整合性が取れた人物なだけとも言える。
実際には他にも多くの容疑者がいて、あの多い人の中でも爆発物を仕掛けることができた人間がいるかもしれない。レフがドクターを呼んだのも、ただの偶然かもしれない。それなのに、立香が頭ごなしにレフを犯人と断定するのは間違っている気がした。
「中央官制室……そこに爆発物があるかもしれません」
乾いた口で立香は朧げにそう告げた。
これは願いだ。
所長からも、ドクターからも、マシュからも信頼されているレフが敵であるはずがないという望み。
この望みが叶わなければ、立香はとんでもないトリガーを引いてしまうかもしれない。それこそ、管制室を爆破するほどの危険思考をした人物だ。今この場で立香は命を落とす危険性すらもあった。
だが、立香はどうしても目の前のレフを敵としては見たくない。
前回の時に爆発物を撤去してくれたであろうレフ。
前々回の時に優しくカルデアについて教えてくれたレフ。
今回もマシュの要請を聞いて、こうして自分を心配してくれている。
そんな彼が——そんなレフ・ライノールと言う男が、自分たちを殺している人間だとは考えたくなかった。
「なるほど、爆発物か」
先ほどと変わらぬ様子でレフは腕を組んだ。
帽子の奥から覗かせる彼の表情に焦りもなければ、驚きの表情も浮かんでいない。それどころか、波紋すら起きていない水面のような静けさがあった。
「その根拠みたいなものはあるのかな」
「根拠は……ありません。ただ、コフィンがある管制室を爆破すれば、ファーストオーダーが中止となり、喜ぶ人間がいると思いました」
「喜ぶ人間ねぇ。特異点の原因となっている者であれば、確かに君の言う危険性は十分にあり得るな」
思ったよりもあっさり認めるレフに立香は拍子抜けする。
本当にレフが爆発物を仕掛けた犯人なのだとすれば、このような反応を返してくるのは些か不可解なことだ。それこそ、立香に逆上して口封じのため殺しても不思議ではない。なのに、レフはそう言った挙動や表情を一切見せない。
違うのか、と立香は思う。本当にレフ教授とは別に、誰か爆発物を仕掛ける人間がいるのかと考えが過ぎる。
だが、一度生じてしまった疑いは、そう簡単には拭い取れないらしい。頭の中でレフは犯人じゃないといくら唱えても、心のどこかでレフが犯人だと囁く何かがあった。
決定的となる物的証拠がない以上、判断を任せられるのは状況証拠のみだ。
状況証拠だけで言えば、爆発物を仕掛けていそうなのは技師の人間たち。その中でもレフはやはり群を抜いて犯人である可能性が高かった。
「藤丸くんは、他の誰かにそのことを相談したかい?」
ここで初めてレフは藤丸の底を探るような目で見た。
「……あります」
嘘ではない。
前回の時、オルガマリー所長にはきっちりと相談した。
だが、今回は当然のことながら立香はマシュとレフ、それにフォウ君以外と出会ってすらいない。そのため、これはある意味ただのハッタリだった。レフがもし犯人だった場合、自分意外にも気づいている者がいるという、そういうハッタリだった。
「ふむ、そうか。ならばとりあえず、その人にも協力を頼もう」
その瞬間、ぞわりと総毛立つ感触に襲われる。
寒いとか、冷えるとか、痛いとか、そういう感覚ではない。ただひたすら、不気味ななにかが己の身を纏っているように感じるのだ。
とにかくこの場から立ち去りたい。その一心が立香の胸中を支配する。
「あ、あの! 俺、その……トイレに行ってもいいですか!?」
側から聞いていても見苦しい言い訳だっただろうか。ベッドから勢いよく立ち上がり、直立不動でレフ教授を見下ろす。
ここで自身が彼へ恐怖を抱いているとばれれば、即座に殺されるかもしれない。そんないいしれぬ不安感が寂寞に襲ってくる。
タイムスリップできそうな条件は、今のところレイシフトが行える中央官制室だけ。タイミングももしかしたら大事かもしれないが、そもそも場所が整っていなければ過去に戻ることはもうできない。
そうなれば、藤丸立香の命は本当の意味で息絶え、マシュや所長、カルデア職員たちの未来も暗く閉ざされてしまうだろう。
誰か代わりに自分と違う者がタイムスリップして、過去を改編してくれるとは思えない。
それに少々驚いた様子を見せるレフは、ふっと短い息を漏らすとタオルを持っていない手で、どうぞと言う手つきをした。
「生理現象だ。気にすることはない。場所は分かるかね?」
「は、はい。ここに来るまでに見かけたので」
「そうか。なら私はここで待っているよ」
レフはそれだけを言うと、手につけていた腕輪の端末を起動させた。
立香がディスプレイを眺めてみれば、どこかで見覚えのあるものが映っている。
とりあえず、レフは自分に何か危害を加えるつもりはないのだと思い、立香は安心した足取りで扉へと向かった。
「あれ——」
だが、それが開くことはなかった。マシュが出入りするときは、なんの問題もなく自動開閉していたはずだ。試しに手で開けてみようとするも、まるで地中深くまで打たれた釘のように扉はびくともしない。それどころか、力を入れれば入れるほど、扉の堅牢さが増しているような気さえする。
「なんで」
それと同時だった。
唐突に立香の体は膝から崩れ落ちた。重力に逆らうため、咄嗟に利き足でたたらを踏もうとするも、今度はその足の力が抜けてその場に跪いてしまう。
「えっ……」
口から飛び出す鮮血。床に敷かれる赤い絨毯。
目の前に佇む扉は、いつの間にか真っ白いキャンバスから、真っ赤な果実のような色へと変色していた。
そうすれば、今まで感じたことのない痛みだけが全身を駆け巡る。跪いていた体に襲ってきたその痛覚は、まさに驚愕と痛みで思考を埋め尽くした。
「なんで……」
喋るだけで喉から血が競り上がってくる。口内に広がる鉄の味がひどく不愉快で、思わずありもしない胃の中のものが逆流しそうになった。
霞んだ視界を下に下げてみれば、熱の発信源と思われる胸部には大きな棒状のナニカが胸を貫いている。どうやらこれが立香の死因らしい。それがわかると、手足から力が抜けた無抵抗なまま硬い地面へと体を預けた。
「聞いてない、こんなの……」
そうして口から出てくるのはただの皮肉だった。自身の無力さを嘆くことすら今の自分にはできない。理不尽な現実に、不可解な幻想を押し付けてもなんら未来は変わったりしないのだろう。ならばこれはどうしようもない。胸部からじんわりと伝わる熱量が、己の命の残量をはっきりと伝えてくる。
「なん、で……マシュや、所長が……貴方を信じて、いたのに……!! 貴方が、なんでカルデアに……!」
「ふ、ふははははははははは! 信じていた? 信じていただと? 何を馬鹿なことを言ってるんだ、お前は。あれは信頼などではない。もっと気持ちの悪いものだ。全く——耳障りな小娘だったなぁ、アレは。だから、爆破の際には一片たりとも肉を残さないように殺すつもりだよ」
——ふざけるなよ! ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな。
頬に涙が伝う。
これをした人物は首を回さなくてもわかる。己を部屋へと閉じ込め、油断した隙に背後から一突き。
最初にあった時の笑顔も、自分に優しくしてくれたあの言葉も、全部が全部嘘だったのだ。この男——レフ・ライノールこそが紛れもない爆破事件の犯人だったのだ。
そう思うと悔しくて堪らない気持ちになった。
だが、それでも諦めるわけには行かない。
犯人がわかった手前、何もせずにこの世を去るなど立香にはできなかった。
諦めたくないと言う感情ではない、ただあの少女の笑顔をもう二度と失いたくないのだ。青空を見せてやりたい。幸せになってほしい。ずっと笑っていてほしい。それを汚すものがたとえどんな者であろうと、立香はそれを許すつもりなどなかった。
「ほう、まだ動くのか。魔術師でもない人間にしてはよく堪える」
人を殺そうとしておいて、出てきた言葉がそれなのかと飛びそうな意識の中で文句を垂れる。
後ろに立っているであろうレフに向けて、憎悪の気持ちを向けなければ、今すぐにでも現世との繋がりが消え失せてしまいそうだった。
「まぁ、無駄なことだがな」
「————ごふっ」
跪いて低くなっていた頭部に、無慈悲な蹴りが加えられる。
頭部への痛みなどすでに感じない。ただ、さっきまで行おうとしていた手足への行動命令が、全て解除されてしまった。
「あ、ぁ………………」
「全く、嘘をつく……もっと上手い……をつけ。君が誰に…相談し……ないこ………、館内…入出履歴…見れ…明ら……」
次第に聴覚が失われていっているのが分かった。この忌々しいレフの声ですら、今は縋りたくなる。
胸を貫かれ、頭部を蹴られ、今自分がどのような体勢でいるのかも立香には分からない。跪いているのか、はたまた仰向けに倒れているのかもしれない。視力は聴力とともに消え失せかけている。
そんな状態でも、レフの怒鳴り声らしきものを肌で感じ取ることはできた。なんと言っているのか分からないが、きっと、なぜ爆発物のことを知っているのか問いただしているのだろう。
入室履歴を見て、立香が誰とも接触していないことが分かった今、レフはそのことに固執しているに違いない。
だから立香は、ふっと最後に笑みを漏らした。最後の最後でレフに一矢報いたことが嬉しかった
もう立香が生き残る選択肢はすでに閉ざされている。レフへの対策を怠ったことが一番の原因だ。そんなのは誰に言われるまでもなく自分が一番理解していた。
前回も感じた死の感覚。
今回は当たり前の話だが、あのアナウンスは聞こえない。
レイシフトできる場所でも時間でもないこの状況、もう自分が目を覚ますことはないなと立香は覚悟を決める。
声が、言葉が、自然と消え失せていく。
体の機能が失われていく。
命の灯火が消えていく。
先ほどまで熱かった熱量さえも段々と失せて、視力も聴力も体からは綺麗に削げ落ちてしまった。
「マ……シュ…………」
死にゆく時に願うのは少女の明るい未来だ。
自分が死んでも彼女が生き残り、いつか見たいと言っていた青空の下を歩いていればそれでいい。
どうあれ今の事実は変わらないのだ。自分が死ぬことなんて変えられない。どれだけ天才な医者が来ても、どれだけ凄腕の魔術師が来ても、これだけは変える事のできない事実なのだ。甘んじて受け入れるしか立香にはできない。
抜け落ちた温もりにさよならを告げ、最後に少女の顔に優しい笑みを漏らしながら、藤丸立香は三度目の命を落とした。
Ⅰ
——塩基配列 ヒトゲノムと確認
——霊器属性 善性・中立と確認
ようこそ、人類の未来を語る資料館へ。
ここは人理継続保障機関”カルデア”。
どうぞ、善き時間をお過ごしください。
私たちはあなたを歓迎します。
「———フォウ、フォウフォウ」
何度も聞いたアナウンスと鳴き声が耳に入ってくる。
闇を振り払うように目を開ければ、白く輝く照明が立香の目を焼いた。すっと手で影を作り、目を細めながらフォウくんの頬を撫でる。
ここは地獄でもなければ、天国でもない。
そんなことを立香はぼんやりと理解していた。
「戻れたんだ……」
理由など聞くのは無粋だろう。
ここまで材料を提示されれば、どれだけ平凡な少年でも答えが頭に浮かんでしまう。
思えば、立香は元々それに気がついていたのかもしれない。それこそ前回の時か、それとも前々回の時か……けれど立香はそれに至っていながらも、あえて無視していたのだ。
————自分が死んで戻っているという事実。
レフに殺害されて、中央官制室ではない医務室で殺されて、初めて立香は現実を直視した。
なんという負け犬根性の染み付いた能力だろうか。どこまで行っても平凡だった少年は、ここにきて初めて非凡なる能力を手に入れた。
それが「死に戻り」。違う言い方をすれば「タイムトラベル」。
どうやって立香に備わったのか、いつからその能力を持っていたのかは知らない。
なんにしても……。
「…………あの、質問よろしいでしょうか?」
この無垢な少女だけは絶対に守ると、立香は心に固く誓った。
こんにちわー! みんな元気にしてるかな?
小説は一日一時間、サクッと死亡した君に体罰直撃、悩みを即時解決するお助けコーナー・タイガー道場でーす。
さて、今回の立香は……
あっちゃー、怪しげなシルクハット男にぶすっと一突きされたかぁー。
まぁ、あんな怪しげな男を容易に味方だと信じちゃったら仕方ないわよねー!
所長から行かず、所長に信頼されている男から攻略しようとするからこうなるのだー。
今後、このような男を見かけたらじゃんじゃん構いに行きなさい。死ねるから。
それじゃ、今回の稽古はここまで!
次の稽古で君を待つ!