藤丸立香は死に戻る   作:ららら

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第七話 秘匿者との共闘

「手に火傷、なし。体に穴も、開いてない。服に汚れ、なし。そして当然……」

 

 立香はそう言って、目の前で不可解そうな表情を見つめるマシュに顔を近づけた。

 頭のてっぺんから爪先に至るまで、上から下へと滑らかに視線を動かせば、一人満足げに頷く。マシュの体に異常という異常が見当たらなかったことが、たいそう嬉しいのだ。

 

「君にも異常なし! よかった」

 

「あの、えっと、先輩……?」

 

 当然、このような対応をされたマシュは当惑の表情を浮かべてしまう。

 さっきまで寝ていた青年が、いきなり立ち上がって自分の状態と他人の状態を調べ始めたのだ。いくらシャーロキアンのきらいがあるマシュでも、流石にこれには何と言えばいいのか分からなかった。

 立香はそんなマシュを見て「あはは、ごめん」と嬉しそうにはにかむ。

 

「つい、嬉しくてさ。本当にごめん。でも、これでようやく君に——を見せてあげられる」

 

「え?」

 

「じゃあ、俺はそろそろ行くよ!」

 

 ここで済ませたいことは、もうない。

 立香はマシュの混乱に乗じて、さっさとその場から離れることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「死に戻ったとしても、まずは状況の整理かな……マシュには悪いことしちゃったけど」

 

 立香はそうぼやきながら、誰もいない廊下を歩いていく。マシュと四回目の会合を果たして直ぐ、立香は自身の名前を教えて立ち去った。

 理由は至極単純だ。自分を3度も殺したレフ・ライノールに会いたくなかったから。一回目の時といい、三回目の時といい、必ずレフはマシュの近くに姿を現す。あのまま、マシュと共に行動をすれば、立香とレフの会合は避けられないものであった。

 

 唯一の心残りとして、マシュとレフを一緒に行動させたくないという思いはあったが。それでも、その思いを突っ走らせてしまえば、此度もマシュの死を回避させてあげられない。ひいては、管制室の爆破が確定事項となってしまう。三回目で殺された時にレフと対話して分かったが、相手は馬鹿ではないのだ。なんの理由もなく、マシュへ危害を加えるこもないだろう。

 

「逆に敵愾心を持っている俺がマシュを逃がそうとする方が……不自然だし、危ないよなぁ」

 

 そんな冷めた思考をしていることに、幾分かの嫌気が差しながらも、立香は思考をぶん回す。

 

「管制室爆破の犯人はレフ教授……多分、単独犯のはず。協力者がいるなら、あの場で俺を急に殺したりしない……」

 

 となれば、立香の勝ち筋は自然と見えてくる。

 レフ教授を敵として吊し上げ、なおかつ爆破物をファーストオーダー開始前までに取り除ければ立香の勝ち。

 逆に、それができなければレフの勝ち。

 状況は至ってシンプルだが、シンプルすぎるが故に攻略が難しい。

 

「必要な手順……というより、やってはいけないことは所長にお願いすること、あとは自分から詰問しにいくこと……他に何かあるかな」

 

 二巡目の時の失敗理由は、所長経由でレフ単体に爆破物が伝わったことだ。オルガマリー所長は、あの気難しさゆえか、カルデア内でも頼れる人材が極端に絞られてしまっている。再度、彼女のところに駆け込んだところで、二の舞を演じる結果となるだろう。となると、所長を頼る案は自然と棄却される。

 

 三巡目の時の失敗理由は簡単だ。立香がレフ教授を頼ってしまったこと。その途中で、二巡目の際に起きた不可解な点に気づいてしまったことだろう。あそこで何も気が付かなければ、二巡目の時と同じようなことになっただけかもしれないが、そもそもレフに爆破物の話をすること自体が危険でしかない。

 

「つまり、管制室を調べるにしても、レフ教授にバレたらダメなのかぁ……」

 

 わしゃわしゃっと立香は髪の毛を掻きながら、廊下で蹲る。

 どうやっても無理なような気がしてきたのだ。カルデアでもかなり上位の役職にいるレフを差し置き、勝手に、それも独断で管制室を調べるなど、不可能としか思えない。そもそも管制室はファーストオーダー前ということもり、ただでさえ人の出入りが多いのだ。技師スタッフでもない立香があちこちを調べていると、どんな難癖をつけられるかわかったものじゃない。その騒ぎを聞きつけてレフが管制室に来ようものなら、それこそデッド・エンドだ。

 管制室にできるだけ人がいない時間を狙うしかない。

 二巡目の時のことを思い出すなら、今ごろ管制室で新任向け説明会が行われているはず。説明会終了後、30分の休憩を挟み、それからBチームからDチームがコフィン登録作業を行う予定だ。

 つまりこの30分の間だけ、人が少なくなり、かつレフもいないと思われる時間帯。フルに使えるはずもないため、多く見積もっても20分弱の猶予だろう……あまりに少なすぎる。

 

「どうすればいいんだ、こんなの! バカじゃないか!? 無理だろ、絶対!?」

 

 鬱屈した気持ちを跳ね飛ばすためにも、立香は立ち上がって弱音を叫んだ。

 普段であれば絶対にしないだろう行い。誰かに聞かれているかもしれない、なんて考慮は一切しない。そんなことをしている余裕すら、今の立香には存在しないのだ。もうレフにさえ聞かれなければ誰にどう思われようと関係ないと、立香は開き直っていたのだ。それほどまでの絶望に立たされているのだから。

 しかし、その弱音こそが運命の分岐点であったことは間違いない。

 

「何を叫んでるんだ」

 

「え?」

 

 かつんかつんと、街中を歩くかのようなブーツの足音。音の感覚から分かる歩幅を推測するに、かなり偉丈夫の男だろう。

 立香は慌てて後ろを振り向いた。かけられた声に聞き覚えがないため、恐怖までは感じなかったが、唐突に弱音を吐いたことへの後悔が押し寄せた。

 そうして、そこに立っていたのは……。

 

「確か、Aチームの——」

 

「見ない顔だ。君は新任スタッフか」

 

 デイビット。

 二巡目の際、Aチームで唯一ファーストオーダー開始に遅れてやって来ていた男だった。

 

 

 

 

「……ついてこい」

 

 自己紹介するよりも早く、デイビットは立香にそう告げて踵を返した。

 説明などない。「君は新任スタッフか」と勝手に納得された後、数秒もしないうちにさっきのセリフを吐かれたのである。

 

「え? ちょ、ちょっと待って!」

 

 流石に立香も、これにはたじろいでしまう。

 まさかレフの仲間か、なんて思ったりもしたが、その懸念よりお早くデイビットが振り返った。

 

「心配いらない。俺は君の敵じゃない。むしろ今は逆だ。遠回りするしか方法がない今、協力する」

 

「いや、ますます意味が分からないんですが」

 

「協力者が欲しいんだろ? 俺がなってやるということだ」

 

 デイビットはそれだけを告げると、先ほどと同じような大股で歩みを再開させる。これ以上、聞いてもまともな回答が返ってこないな、と思った立香は、おとなしくデイビットについて行くことにした。

 Aチームは癖の強い人間が集まっているという言葉。今更ながら立香は、その意味を強く実感させられた。

 

「えっと、デイビットさん? でいいんですよね。俺の協力者になってくれるって、俺が何をしようとしてるか知ってます?」

 

「知らん。だが、やるべきことは分かる」

 

 デイビットは腕に巻かれた端末を操作すると、空間ディスプレイが投影された。

 出力されている画面は立香には意味が分からないグラフや図形などが大量に並べられている。文字の羅列も全てアルファベットのため、日本語に翻訳できない。言葉は魔術礼装とやらでなんとかなるのに、なんとも不便だと思った。もしくは、デイビットがわざと魔術による翻訳を弾いているのかもしれないが。

 

「歩きながらでいい、知りうる情報を全て話せ。2分以内でまとめろ」

 

「じょ、情報とは?」

 

「今日起こるだろう、未曾有の災害についてだ」

 

 金色の双眸が立香を睨む。今の問いかけで数秒は無駄になったぞ、と眼で語られているようだった。これ以上へんに質疑なんてしようものなら、間違いなくデイビットから怒りの制裁が飛んでくる。直感でも論理的にでもなく、本能が危険を察知した立香は、大人しく管制室の爆破物と、その犯人について語った。

 

「——なるほど。犯人はレフ・ライノールか」

 

「信じてくれるんですか?」

 

「ああ。仔細までは分からなかったが、今日ナニカが起こることは予期していたからな」

 

 デイビットはそう言って、ある部屋の前に立ち止まった。

 

「犯人が分かった今、プランに変更はない。ヤツを頼れ」

 

「え、あ、はい?」

 

「……あとその丁寧な口調はやめておけ。それでお前は十秒も無駄にしていた」

 

 それだけをデイビットは告げれば、立香の背中を押す。暗に部屋に入れと言うことだろう。今こうして四巡目を迎えた立香でも、カルデアの内装全てを把握できているわけではない。故に、ここがどこなのかあまり判然としていないのだが、デイビットの視線から逃れるためにも、今は言うことを聞くのが最善だろうと、脳みそが即決した。

 脊髄反射とも言えるスピードで、背中を押された立香は部屋に入る。

 開いた自動ドアを通ってみれば、まさにそこにはデジャヴと呼ぶに相応しい光景が広がっていた。

 

「はーい、入ってまっ————、って、うぇええええええ!? 誰だ君は!?」

 

「あ、ドクター」

 

「なんだか凄い軽いノリで返された!?」

 

 部屋の中には、一巡目の時に出会ったロマニ・アーキマン。通称、Dr.ロマンが、立香の部屋になるであろう場所を占拠し、甘いスイーツに舌鼓を打っていたのだった.

 

「って、そっちにいるのはゼム・ヴォイドじゃないか? なんだって、そんなヘンテコ組が結成されてるんだい?」

 

「質問は後にしてくれ、Dr.ロマニ。今は時間がない」

 

「うーん。どうやら訳ありのようだね」

 

 デイビットの視線が再びロマニから、立香へと浴びせられる。

 事情はお前から話せ、ということなのだろう。ここまで連れてきておきながら、肝心の交渉については他人任せらしい。立香は急展開に次ぐ急展開に、なんとか心を落ち着かせながら大きく息を吐く。

 爆破の犯人はレフで確定し、ロマニは第三者であるにしても、やはり少しだけ緊張してしまうのだ。

 なんせ、三巡目の時にそれを説明して殺されてしまったのだから。トラウマになっていない方がおかしな話である。デイビットの時は、睨まれるというイレギュラーがあったため、スムーズに話せた(と言うより、話をさせられた)が、ロマニは焦らせることなくベッドに腰掛け言葉を待っている。その状態こそ、あの時のレフと重なってしまうのだ。

 それでも、あの無垢な少女の死体を思い出せば、不思議と勇気は湧いてきた。から元気なだけかもしれないが、ぽっかりと穴に水を注がれるかの如く、立香の中で何かが満たされていく。数秒も経たないうちに、立香の唇からは自然と言葉が溢れていた。

 

「管制室に何かしらの爆破物があると思われます……それを仕掛けた犯人はレフ・ライノール。どうか教授の計画を阻止するために、俺に力を貸してください!」

 

 前もってデイビットに説明しておいてよかったと思った。

 ここまで簡潔に要点だけ絞って伝えられたのは、先に一度説明をしていたおかげだ。死に戻りなど、今は混乱を招くだけの情報は排泄し、これから未来で起こるであろう危険因子だけを率直に伝える。

 できる限り、混じりっ気ない情報をロマニに提示するだけに留めたが、されどその嘆願は、良い返事を生むに至らなかった。

 

「ごめん。とてもじゃないが、信じられないって言うのが僕の率直な感想だ。確かに、ファーストオーダー前に何かしらの先制攻撃はあるかもしれない、とは思う……だがレフ教授は近未来観測レンズ・シバを作った魔術師っていうのは知っているかい? そんな彼がカルデアを害する意義が見当たらないんだ」

 

「————っ」

 

 ロマニの言葉に思わず息が詰まる。

 わかっていた事ではあった。新任の立香と、古株のレフとでは、そもそも積み上げてきた信頼の数が違う。どちらの言葉を信じるかと聞かれれば、間違いなくカルデアスタッフ全員がレフ教授と答えるであろう。

 例え死に戻りのことを伝えようとも、結果は変わらない。否、伝えることで逆に信用度を下げてしまう可能性の方が大きい。相手が魔術師であれば魔術師であるほど、「死に戻り」などという魔術/現象を信じることができないのだから。

 結局のところ、この問題は藤丸立香では詰みなのである。彼ではロマニ(カルデアスタッフ)の意見に反論できるほどの材料を提示することもできなければ、用意することすらもできない。他の誰かであればクリアできたかもしれない問題だが、藤丸立香だからこそ、ここを——レフを敵として認識させる段階を、クリアすることができない。

 そう藤丸立香だけであれば。

 

「それはカルデア医療部門リーダーとしての発言か、ロマニ・アーキマン。それとも、かつての学友に対しての慈愛からくる発言かな?」

 

「ゼム・ヴォイド?」

 

 いつの間にか下がっていた頭を立香があげれば、後ろに佇んでいたデイビットが腕輪の端末を操作していた。

 ここに来るまでの道中、横目で眺めた空間ディスプレイ。それをデイビットはロマニの眼前へと投げ渡す。

 

「近未来観測レンズ・シバはカルデアほぼ全域の監視も行なっている。つまり、不穏物質があればすぐに分かるはずだ。俺がさっき調べたが、うまく隠していた」

 

 立香はそれを聞いて、ロマニの横へと駆け出しディスプレイを一緒に覗き込む。

 残念ながら、システム系統の知識も魔術の知識もからっきしの立香では、何をどう隠されているのか分からなかったが、隣で見ているロマニは絶句したまま目を見開いていた。どうやら、デイビットの言わんとしていることがわかったらしい。

 

「一ヶ月前から、何かを隠している痕跡がシバの履歴に見える。こんなものを開発者であるレフ・ライノールが見逃すはずもない」

 

「嘘、だろ……まさか本当にっ?」

 

「ヤツを引き摺り下ろすためにも、物的証拠を揃える必要がある。藤丸に協力しろ、Dr.ロマニ」

 

 そう言って、デイビットは藤丸を顎でさす。

 なぜか頑なに自分を矢面に立たそうとしている気がしなくもないが、立香はそれでもいいと思えた。たった十数分前まで手詰まりだったのだ。ここまでことが進むのであれば、鬼だろうが悪魔だろうが、その策に乗っかってやる気概である。

 全ては、たった一人の少女を救うため。たった一人の少女の夢を叶えてやりたいがために。

 

「お願いします、ドクター! 俺に力を貸してください! 俺だけじゃ、これ以上は進められない! 俺だけじゃ、みんなを救えない! ドクターやデイビットの力が必要なんです!!」

 

「……」

 

 頭を下げ、必死に嘆願する立香を見て、ロマニは閉口したまま天井を見上げた。

 思い悩む部分があるのだろう。デイビットは、レフとロマニの関係を「かつての学友」だと言った。きっと因縁浅からぬもの二人にあるだろうことは、立香にも理解はできる。

 しかし、デイビットが選んだように、ロマニほど信用できる協力者になれる人物がいないのも確かだ。

 一巡目の時に、少し話し相手をしただけの関係ではあるものの、立香はロマニの善性を信じている。抜けている部分や、多少緩すぎるところはあるものの、それらを踏まえたとて、ロマニは優秀であり、何より背中を任せられる人間だ。

 ここを逃してはならないと、必死な思いで頭を何度も下げる。

 

「よしてくれ。君がそこまで頭を下げることはないよ。一抹でも不安材料があるのなら、全力を尽くすのは当たり前のことだ……僕こそ悪かった。君らを疑ったりして」

 

 ロマニはそう言って、立香とデイビットに向け、それぞれに頭を下げた。

 

「さて、僕は何をすればいい? 悪いけど、システム方面は僕だけじゃどうにもならないよ。そちらに関してはレフの方が何枚も上手だ。履歴を漁るぐらいは僕もできるけど、専門的なことになるとレフに勘付かれてしまう」

 

「問題ない。まずは彼を叩き起こせ。技術戦争には、万能の天才をぶつける」

 

「……えぇ、僕が彼、いや彼女……? えっと、ダレ……アレ、と話すのかい?」

 

「ああ。そしてシバの履歴から決定的証拠を見つけろ。出入ログも洗え」

 

「はいはい。君ってそんなに人遣い荒かったっけ……?」

 

 そう言って頭を掻きながら退出するロマニを見送り、立香はデイビットに向き直る。

 結局、ここまで流れに身を任せて進んできたが、具体的にこれからどうするべきかを立香は分かっていない。なんとなくは分かるのだが、具体的な手順が見えないと言った方が正しいだろう。

 デイビットも最初からそこは期待していないらしく、付けていた腕輪の端末を外し、立香に渡す。

 

「お前は管制室の爆破物を見つけろ」

 

「それなら、デイビットが探した方が早い気がするんだけど……」

 

「俺は爆破物の解体剤を見繕う役目だ。発見は、お前しか適任がいない」

 

 それだけを命じると、そそくさと部屋を出て行こうとするデイビット。

 いきなり見つけろと言われても、さっきその問題について考えていた立香にとっては、かなりな無茶振りだ。なんせ管制室をくまなく探せそうな時間は、説明会終わりの20分くらいしかない。それを終えたら、レフに見つかるか、他スタッフに妨害されるのがオチだ。

 どうしたもんかな、と立香が思案していると、部屋を出ていきかけていたデイビットが振り返る。

 

「隠されたものを探すときは、隠したヤツの気持ちを知ることだ」

 

「え?」

 

 ヒント、だろうか。

 立香はデイビットの言葉を何度も咀嚼しながら、重い足取りで管制室へと向かうのだった。

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