藤丸立香は死に戻る   作:ららら

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第八話 手繰り寄せていく

 管制室の前に着いた立香は、早々に自身の運命を呪うことになった。

 

(まだ終わってなかったのか、説明会)

 

 二巡目の時の記憶が正しければ、現時刻には既に説明会は終わっていたはずだ。それなのに何故か、現在進行形で進められている説明会はカルデアスの説明途中。これでは、わざわざ人が少ない時間帯を狙った意味がなくなってしまう。立香は必然的に管制室から一度遠ざからないといけなくなった。

 

 デイビットから貰った端末を弄り、時間を見る。

 そして、そこから逆算。

 カルデアスの説明は終盤辺りだったと記憶している為、説明会の終わりまでざっと30分くらいだと推測できた。

 

(こんなところ見つかったら所長になんて言われるか分からないし、早く離れないと)

 

 今周の立夏は新任のスタッフでありながら、説明会をボイコットした人間だ。さぞかし所長から悪感情を持たれていることだろう。好感度パラメータがこの世に存在するのなら、迷うことなく底値を更新しているに違いない。

 そんな状況下で所長に出くわしたらと、立香は己の未来を想像して身を震わせた。

 まず間違いなく雷は落ちる。さらにビンタも繰り出される。しまいには新しくオーダーした魔術礼装を着こみ、全力の魔術を撃ち込まれるかもしれない。

 待っているのは半殺しどころではなく、5分の4殺し。呼吸さえできていれば僥倖だと、そうむせび泣くほどの制裁が待っている気がした。

 

 そんなとき、

 

「キミ、どうしたんだいこんなところで」

 

「ひぃ!!? すみません、所長!! わざとじゃないんです! わざとじゃ!!」

 

「うぉ、いきなり跪いて頭を地面に押し付けるなんて、びっくりするじゃないか」 

 

 変な妄想を膨らませていたせいか、唐突に後ろから声を掛けられた立香は肩を大きく跳ねさせ。その反動のまま、無駄の一切ない身のこなしで、彼は誰もが褒めたたえるほどの土下座を披露してみせた。

 

 しかし、立香に声を掛けた男性――ダストンといえば、その珍妙にして滑稽な恰好に驚きの声を漏らしてしまう。

 

「え、あれ? 所長じゃ、ない……?」

 

「ふぅ、やれやれ。君は日本人なのか。それが所謂、あー、DOGEZAってやつだろ? とりあえず立ってくれ。私は所長でもなければ、トノサマでもないんだ」

 

「す、すみません。取り乱してしまって」

 

「いや、こちらこそすまない。だいぶ、あの所長に嫌な目に合わせられたんだろう? わかるよ」

 

 ダストンの同類を見るような目を受けながら、立香は乾いた笑みを浮かべ立ち上がる。

 たしかに彼の言う通り、寝起きに素晴らしいビンタをもらったり、熱々のコーヒーをぶっかけられたりしたくらいには、立香は嫌な目にあっていた。

 

「すまない。驚かせるつもりはなかったんだ。ただ見ない顔が管制室前にいたからね、つい話しかけてしまった」

 

「俺の方こそ、すみません……話しかけられただけで、大げさに反応してしまって」

 

 立香には、二巡目のとき、ダストンには所長室を教えてもらった恩義がある。少し話しただけであったが、立香の中でもダストンはいい人の部類に入っていた。

 できれば、あまり不審な人間だとは思われたくない。

 

 ダストンは、そんな立香の平身低頭の姿勢を見て「気にするな」とだけ返し、ふと染みひとつない純白の制服をみやる。

 

「その制服……なるほど、さてはキミが最後のマスター候補生だな? 説明会が始まる直前まで、所長が怒りを覚えていた相手だ」

 

「えっと、ははは……やっぱり怒ってました?」

 

「かなりね。マスター候補生が一人足りないからと説明会が中々はじめられなかったらしい。そのせいか普段からヒステリックな部分のある彼女が、逆に物静かになって不気味だったよ」

 

「ほら」と言われダストンが差し出したのは、ノートパソコンに映し出された管制室の中――その中央で普段より眉間を二割増しで険しくしているオルガマリーの顔だった。

 

 どうやら自分の推測は当たってしまったと、立香はおもいっきり肩を落とす。

 所長に目を付けられて嬉しかったのは、二巡目の時に面倒をみてくれた時くらいだ。あの時の所長を、立香は素直に良い人だと思えたし、実際「普通に女の子らしい一面もあるんだな」と認識を改める機会にもなった。

 しかし、再びこうして所長に悪い意味で目をつけられたとなれば、立香の気は重くなる。

 

「最悪だよー……所長に目を付けられるなんてぇ。どうしよう」

 

 説明会をボイコットしたことでデイビットと出会えたのは、素直に前進だと思う。

 しかし、それと引き換えに所長から反感を買ってしまったことは、一歩後退したと悔まざるを得なかった。

 

 なんとか打開をしなければ。そう考えてみるも、ぐるぐると思考が回るだけで、これといって良い案が思い浮かばない。

 話せば分かってくれる人間ではあるが、それは逆に言うと、話しあわなければ一生仲良くなれないのがオルガマリーという少女である。二巡目のときは、あまり角を立てず所長と関わったからこそ、立香も仲良くなれたわけで、今回に限って言えば、完全にオルガマリーの敵として立香はスタートをきることになった。

 

 できれば関係は良好にしておきたい。管制室爆破を阻止するという意味でも、立香個人としての願いでも、だ。

 なんだかんだ言いつつも、立香はオルガマリーに恩義やら親しみやらを感じてしまっているのである。

 

「なんだか君は魔術師らしくないね」

 

 そんな立香を不思議なものでも見るような眼で眺めていたダストンは、手で顎をさすり言った。

 二巡目の時もあわせて、この反応は二度目である。だから立香も肩の力を抜いて応えられた。

 

「えっと、まぁ、俺は魔術師ではないので。たしか一般協力者って位置づけだったと思います」

 

「――なんだって? それは本当かい?」

 

 ダストンはふいと立香の身分をノートパソコンで確かめる。

 そして少しだけ眉根を上げた後、パソコン画面と立香の顔とで視線を行き交わせた。

 

「これは驚いた。まさかマスター候補生に一般人がスカウトされているなんて。どんな経緯をすれば、そんな事になるんだい」

 

「いやー、それが俺もなにがなんだかって感じでして……献血の帰りに変な外人さんにスカウトされて、あまりに勢いがすごかったから、ついOKしちゃったんですよ。そしたら、いきなりアイマスクとヘッドフォンを付けさせられて、ここへって流れです」

 

「……それって、普通に拉致事件じゃないか?」

 

「はははー……そうとも言いますね」

 

 まったくもって正論である。立香が思い出しただけでも、あれはほとんど拉致事件と言っても差し支えない事案だった。

 

「くくっ、はははは! す、すまない。私も元一般人だからね、藤丸候補生のようなハリウッド顔負けの境遇には、つい面白可笑しいと感じてしまうんだ、ははは!」

 

 堰を切ったように笑い声をあげるダストンに、立香もつられて笑みを浮かべる。

 魔術師やらなんやらと、自分とは一生かかわることがなかった人間があふれているカルデアで、ダストンのように親しみを覚える会話は、自然と心を軽くしてくれた。

 

「ふぅー、悪いことをした。いい大人が君のような好青年の不幸を笑い種にするとはね。私もだいぶ魔術師に毒されているらしい。私は技師のダストン。君たちマスター候補生を補助するポストだ。よろしく頼むよ」

 

「いいえ、逆に笑ってくれて嬉しかったです。俺は藤丸立香って言います。もう調べて知っていると思いますが、改めて」

 

 そう言ってダストンから差し出された手に応え、立香は固い握手を交わす。

 二度目の自己紹介。二度目の会話。思わず眼がしらが熱くなっているのに気が付いた。

 

「お詫びに何か手伝えることはあるかな? 所長に取り次ぐのは無理だが、私もここに努めて13年になる中々の古株だ。ある程度の人間には、私から口添えをしてあげられると思う」

 

「口添え、ですか? んー……なにかありますかねぇ」

 

 と顎に指を当て考えてみる。

 口添えと言われても、あの所長が誰かの意見を聞いて、素直に説明会をボイコットした自分を許せるとは思えない。

 それに今の立香の目的は、徹頭徹尾「カルデアスタッフを殺させないこと」である。自分がどれだけ所長に疎まれようとも、目的に支障がでないのであれば、優先すべき事項ではないと割り切れてもいた。

 

「なにも思いつかないので、また考えておきます。今は別にやるべきことがあるので、そっちに集中したくて」

 

「ほう、あのヒステリックな所長を宥める以上に、やるべきことが?」

 

 立香が口添えの件を一旦保留にすれば、ダストンは別のほうの話題へと食いつきを見せた。

 

「少し話を逸脱してしまうが、君はなんでボイコットをしたんだい。その別のことに起因しているのかな」

 

「え? あー、まぁ、そうですね」

 

 そこで、ふと考えがよぎる。

 たしか二巡目のときダストンは、説明会終わりにコフィンを最終チェックをすると言っていた。つまり立香が管制室を探す際、否が応でもダストンは管制室にいることになる。

 

 レフの共犯者はいないと立香は考えている。

 それは三巡目のとき、レフが立香をすぐさま殺したからだ。

 

 であれば、ダストンを協力者に引き込めば、かなり捜索が楽になるのではないか? 最低でも、ダストンに捜索を妨害されるという危険はなくなるだろう。

 問題はどのように協力を仰ぐかだ。むしろ、それこそが最大の壁と言ってもいい。

 爆破物を探したいと正直に言えば、ダストンは混乱してしまうかもしれない。そもそも爆破物に関して信用してくれるかが怪しい所ですらある。ドクターを説得する時は、デイビットの機転と並外れた証拠収集能力があったから、事をなせたのだ。立香単身でそれをなせるとは思えない。

 

 だが不意にどうしたものかと頬をかいたとき、立香はある事に気が付いた。

 

「……すみません。やっぱり、お願い事を思いつきました」

 

「それは別にやるべきことと関係があるのかな」

 

「はい」

 

 立香は短く返すと、デイビットから預かった端末を操作する。

 呼び出したい画面の操作は、すでにデイビットが見せていた。

 

「これを見てくれれば、技師のダストンさんなら気づくと思います」

 

「ん? …………おいおい、これってまさか」

 

「分かりますか?」

 

 ダストンは立香の見せた画面を、堀の深い目で凝視する。理解するのに一瞬、そして信じられないという感情が滲んで一瞬、さらに確かめようとするため一瞥するのに一瞬、ダストンは計三度、言葉を詰まらせた。

 

「これは――……改竄の痕跡だ。私も魔術は門外漢だが、それでも技術者として、なにより研究者として数多の機器を触ってきたから分かる。一か月前に管制室で何か行われていた。それを隠している」

 

 ダストンはさきほどまでの一般人に寄せる親しみの目ではなく、技師として鋭い目を立香に投げかけた。

 

「藤丸候補生、どうやってこれを? ここまで深い領域のログを漁れるのは、カルデアの技師スタッフでも一部だけだ」

 

「実はこれ、俺のじゃなくて、デイビットさんから預かったものなんです。……この改竄が本当なら、俺はこの一か月前に行われたであろう不正行為を、確かめないといけない」

 

「デイビット? もしかして、デイビット・ゼム・ヴォイドのことか?」

 

「はい」

 

 声音もいくばくか下がっているダストンに、立香は物怖じせずに返す。

 今の彼にうしろめたさというものは存在しない。ダストンがどのように裏を取ろうとも、出てくるのは立香が白という事実だけであろう。

 ゆえに、彼も技師として真摯に対応する姿勢を取った。

 

「今この話をしたということは、私に君の手伝いをしろということだろ。違うかい?」

 

「……恥ずかしながら、その通りです。俺はダストンさんを巻き込もうとしている」

 

「君が気にすることはない。ゼム・ヴォイドが持たせたということは、これも彼の計算のうちなのだろう。私だって、これを見たからには簡単に引き下がることはできない……だが、2つ質問がある」

 

「どうぞ、ダストンさんには聞く権利があります」

 

 立香がそう言えば、ダストンは指を2本立てた。

 

「まずひとつめ、君とデイビット・ゼム・ヴォイドはどのような関係なんだ? 今日、新任してきたばかりの君と彼の接点があまりに見えない」

 

「協力者……でしょうか。俺も良く分かっていませんが、彼はそう言っていました」

 

 なるほど、と立香の曖昧な返答に、ダストンはなぜか納得の感嘆符を漏らした。それだけでデイビットという人物は、謎多き男なのであろう。まるで立香が理解できていないことこそが答えなのだと、ダストンは認めているようにすら思える。

 

 指は、一本下げられた。

 

「ではふたつめ。改竄してまで隠匿された行為とはなにか見当は?」

 

「ついています。十中八九、爆発物でも仕掛けられたのだろうと、”デイビットさんが”言っていました」

 

 ここで、ダストンの指が止まる。

 

「……では、その犯人に心当たりは?」

 

「……レフ・ライノール。彼が犯人だと、そう聞いています」

 

 

 

 少しの間、静寂だけが通路に残った。相変わらず、ダストンがあげている指は、手のひらの中へと戻ろうとはしない。

 外国人特有の碧眼と、日本人特有の黒目が交差する。

 かわす言葉もなければ、互いに表情をぴくりとも変えはしない。

 

 けれど、ダストンが先に手を降ろした。

 

「はぁ、だと私も思う。こんなことができるのは、いやこんなことに気が付かないのは可笑しいことだ。あえて見て見ぬふりをしていると思える。……いいだろう、私も君とデイビットに協力する。その爆破物を探すために力を貸そう」

 

「ダストンさん……!」

 

「喜ぶのはまだ早いよ、藤丸候補生。言っておくが、君を完全に信用したわけじゃない。万が一、レフ教授が白だと分かれば、その時はどうなるかわかっているな?」

 

 持っていたノートパソコンを、軽く持ち上げるダストン。その行為には、己の主戦場がどこかはっきりと理解させるような素振りに思えた。

 すべて録音されている。

 彼は立香が黒だった場合、容赦なく今回の証言を売ることで保身をかけたのだ。自分は騙されたのだと。立香が黒である証明のために手伝ったのだと。

 

「だから、必ずその爆破物とやら見つけてくれ。私たちのためだけではなく、君のためにも。私が、君を信じてよかったと、心から言えるように」

 

 そう言ったダストンは、力強く立香の肩を叩くのだった。




久々に書きたくなったので、舞い戻ってまいりました。
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