英雄に憧れる少年の英雄譚   作:葉振藩

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恥の上塗りを繰り返す

 ——リーフォン、お前を一緒には連れて行けん。

 

 ——確かにお前は腕が立つ。だがあまりに血の気が多い。

 

 ——それでは鏢士(ひょうし)として、いつか取り返しのつかぬ間違いを犯すことだろう。

 

 以前、【吉剣鏢局(きっけんひょうきょく)】の頭である父から言われた言葉だ。

 

 リーフォンは昔から血気が盛んで、よくケンカをした。

 

 挑発されればすぐに乗って、そいつを叩きのめして後悔させてやった。

 

 戦っている時は、楽しかった。

 

 リーフォンは生来の戦士だった。戦国の世であったなら数々の軍功を挙げ、勇猛な将に成り上がれたであろう気質の持ち主だった。

 

 ……だが、鏢士の世界に「勇猛な戦士」はお呼びではない。

 

 鏢士の活躍を語った数多くの武勇伝が存在するものの、そんな風に大立ち回りを演じる鏢士はほんの一部だけだ。

 

 そもそも忘れてはならないのは、鏢局の仕事が「荷物の運搬」であるということ。鏢士はあくまで荷を守る盾と剣に過ぎないということ。

 

 ゆえに、賊と戦うよりも、穏便に物事を解決して、争い無く道中を進むことが求められる。そのために、その土地を縄張りにしている勢力の頭目に金を握らせて大人しくさせたり、武器や威力を見せつけて賊たちに示威をしたりなど、そういった強かさや世渡りの巧さが強く求められるのである。

 

 むしろ、リーフォンのような血気と勇猛さは、余計ないさかいを生み、任務に大きな支障をきたしかねない。容赦の無い言い方をするなら「邪魔」なのである。

 

 リーフォンは鏢士である父に憧れ、己もまた鏢士として活躍したいと願って武を練っていた。けれど、その夢を否定された。

 

 それが悔しくて仕方がなかった。

 

「くそっ、くそっ、くそっ! ちくしょうっ!」

 

 今その苦い思い出が蘇り、ただでさえ惨めったらしい気分がさらに重々しく、恥ずかしいものになる。

 

 ひたすら走っていた。都の中を。

 

 目的地などない。ただただ走り続けるだけ。

 

 空の上では、先ほどまでの青空が、濃厚な鈍色の雲に覆われていた。まるで自分の心中を表しているかのようだった。

 

「くそっ! くそがっ! なんで俺ばかりがこんな思いをするんだっ!?」

 

 しきりに毒づくリーフォンの脳裏には、先ほどのチウシンの微笑みが浮かんでいた。

 

 いつもなら胸が高鳴り、幸せな気分になれるはずの幼馴染の微笑は、今ではただただ辛かった。

 

 自分は昔から、チウシンが好きだった。幼馴染としてでは無く、女として。

 

 そんな女の前で、二重の恥を見せてしまったのだ。思わず剣を喉元に突き刺してしまいたくなる。……その剣は砕かれてしまったが。

 

 自分にこんな屈辱を与えた人物の姿が脳裏に蘇り、思わず切歯する。

 

 ——汪璘虎(ワン・リンフー)

 

 女物の服を着せても違和感が全くなさそうなほど、華奢でチビで優しい顔立ちをした少年。

 

 そんな小さな少年が放った、桁外れの術力。

 

 食らった瞬間、まるで全身を巡る血が一気に沸騰して体の外へ飛び出しそうな感じがした。痛いを通り越して気持ちが悪いといえる一撃。今なお蹴られた箇所がジンと重く痛む。

 

 今まで多くの武法士と交流、もしくは喧嘩をしてきたが、あんな力が出せる武法は知らない。少なくとも、十を過ぎて半ばほどの少年が出していい威力ではなかった。

 

 リンフーのことは今なお憎たらしい。

 

 だがそれと同時に……あの少年の放つ技に対して恐怖を抱いていた。

 

 その事実が、なおも自分を惨めにする。

 

 空が一瞬光る。数秒遅れで、遠雷が轟いた。空気をビリビリと揺らす。

 

 リーフォンは構わず、走り続けた。

 

 だが、途中で人とぶつかり、転びそうになった。

 

「おいお前、ちゃんと前を見て歩け!」

 

 ぶつかった男が、そう悪態をついてくる。

 

 普段なら謝罪の一つもできたのだろうが、今のリーフォンはひどく機嫌が悪かった。触ってくるもの全てに噛み付かんばかりに。

 

「貴様がそんなデカイ図体をしているのが悪いのだろう?」

 

 そう言い返してしまった。

 

 すると、男と、その連れ四人が顔に険を浮かべた。

 

「……なんだと? 小僧、もう一度言ってみろ」

 

「貴様が図体のデカさが悪い、と言ったはずだが? その若さで耳まで悪いときたか」

 

「俺を侮辱するか! 痛い目を見せてやろうか!?」

 

「なんだ? お前も武法士なのか? なら見せてみろ、お前の垢抜けない田舎拳法を」

 

「貴様ぁっ!!」

 

 ぶつかった男は激昂し、腰の剣を抜こうとした。

 

 だがそれよりも速く、リーフォンが蹴りを叩き込んで吹っ飛ばした。

 

「おのれっ! よくもやってくれたなぁ! 思い知らせてやる!」

 

 残り四人も激昂し、拳法の構えを取った。

 

 群青色の長袖、白一色の長褲(長ズボン)——彼ら計五人は、みな同じ衣装を身につけていた。

 

 この【槍海商都(そうかいしょうと)】で最大級の規模を誇る流派の一つ、【奇踪拳(きそうけん)】の稽古着だった。

 

 そのことに配慮する余裕も冷静さも、今のリーフォンにはなかった。

 


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