英雄に憧れる少年の英雄譚   作:葉振藩

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身の丈に合った勝利

 理性なき喧嘩ではなく、理性ある立ち合いである以上、きちんとした場所で一戦交えるに限る。

 

 そういうわけでリンフーとフイミンは、一番近くにあった小さな円形闘技場に移動した。

 

 遠雷轟く鈍色の空。闘技場の周囲に集まる膨大な人だかり。

 

 人だかりの中には【奇踪拳(きそうけん)】の門人だけでなく、無関係な野次馬も集まっていた。当然である。あの【白幻頑童(はくげんがんどう)】が試合をするというのだから。

 

 果たしてその試合は、観衆全員の予想通りの展開になっていた。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

 リンフーの荒い息遣い。

 

「きゅっふふふふふっ。ほらほらどうした? もうへばったかぇ?」

 

 余裕綽綽なフイミンの、幼い笑い声。

 

 その余裕の笑みを見てカチンときたリンフーは気力を再燃させ、白い幼女めがけて疾駆。一矢のごとく間を潰し、【頂陽針(ちょうようしん)】で打ちかかった。

 

 巨岩の高速移動のごとき術力を秘めたリンフーの正拳。それがフイミンの胴体に突き刺さるギリギリの距離まで迫った瞬間——白い幼女の姿が拳の延長線上から「消失」した。

 

「ほれほれぇ! ここじゃここじゃあ!」 

 

 拳が無を貫くのと、遠く後方からフイミンの声が聞こえてきたのは、同時だった。

 

 鋭く振り向き、再び果敢に突っ込みつつも、心中ではとてつもない焦りと困惑が渦巻いていた。

 

(何なんだ、アレ(・・)はっ!? 意味が分からない!)

 

 【頂陽針】を衝突寸前で回避した。それだけならまだ良かった。

 

 だが、回避の過程が(・・・・・・)全く見えない(・・・・・・)のだ。

 

 まるで「始まり」と「終わり」しか存在していないかのごとき無茶苦茶な移動速度。

 

 それはまるで、御伽噺などでよく見る「瞬間移動」によく似ていた。

 

(違う、そんなわけがない!)

 

 武法は妖術でも何でもない。歴とした「技術」だ。あの移動速度に何らかのカラクリがなければおかしいのだ。

 

 だが、カラクリとやらが分からない以上、結局は妖術と同じ摩訶不思議な現象と変わらない。

 

 そんな決着のつかない思考を打ち切り、リンフーは攻撃を続行した。それしかなかった。

 

「はっ!!」

 

 鋭く深く歩を進め、【頂陽針】。小さな剛拳が風を貫いてフイミンへと肉薄。

 

 だが、またしても直撃寸前でフイミンの姿が消えた。今度はリンフーの真横にいた。当然ながらその過程は見えなかった。

 

 リンフーはめげずに攻め手を継続させた。

 

 知っている技を、知っているやり方で幾度も発し、猛烈に攻め立てる。

 

 しかし、いくら発しても、空気を打つだけに終わる。瞬間移動じみた動きによって全て回避されてしまう。

 

「攻撃するぞ、ほれ」

 

 フイミンはそんな気の抜けた声とともに、白いもみじのような平手でリンフーの胴体を張った。

 

 ばんっ!!

 

「ごはっ————!?」

 

 その張り手に込められた術力によって、フイミンより頭ひとつ分大きいリンフーの体が嘘のように弾き飛ばされた。まるで巨大な爆竹が腹で弾けたような衝撃だった。

 

(ふざけろっ……これで「手加減」だって……!?)

 

 これで手加減だというのなら、本気の術力で自分は簡単に死ぬかもしれない。

 

 リンフーはゴロゴロ転がって後退し、やがて壁付近で止まる。

 

 痛みはある。だがその痛みをこらえて立ち上がった。

 

「ほうほう、頑張るのぉ。さすが若人じゃな」

 

 遠くにいた白い幼女が、一瞬で間近へと移動してくる。もちろん到達までの過程など一切見えない。

 

「しかし、所々に拙さが見えるのう」

 

 【頂陽針】を打ち込んでやろうと考えたのと同時に、斜め前の位置へ瞬間移動された。

 

「それでいて、術力はかなり鋭く、強く練りこまれておる」

 

 今度は背後。

 

「もしや、練度はたくさん積んでおるが、経験は乏しい感じかのう?」

 

 今度は右隣。

 

「ならば、もっとたくさんの経験を積めば、光り輝くやものう」

 

 今度は左隣。

 

「それにしても、おぬしの技、初めて見た気がせんのう」「どこかで見たことがあるような」「しかし、記憶を辿っても、ぴったりとは一致せぬ」「知っているようで、知らぬ体術、術力じゃ」「まるで別れている最中に欠けてしまった割符(わりふ)の片割れのようじゃ」

 

 あらゆる場所に瞬間移動しながら、いろいろとしゃべってくる銀色の【亜仙(あせん)】。

 

 その内容について問う余裕は、今のリンフーにはなかった。

 

 ……噂には聞いていたが、いざ目にすると、その怪物ぶりが嫌でも分かった。

 

 今の自分では絶対に勝てない、そう思った。

 

 武法士としてのケタが違う。

 

 手加減されてなお、届かない。

 

 天と地ほどの実力差に、心が折れそうになる。

 

 周囲の観衆の目もすでに諦めに染まっている。勝敗は決したとばかりに。

 

 しとしとと、雨が土晒しの大地に落ち始める。

 

(……ん?)

 

 地面を見て、リンフーは「ある事」に気づく。

 

 リンフーが今いる立ち位置を中心にして、足跡の群れ(・・・・・)ができていた。

 

 どれも足の大きさが小さい。リンフーの足跡ではない。では誰か? ……フイミンしかいない。

 

 フイミンは今どこだろう? いた。右斜め前の少し遠い位置に立っていた。

 

「ほれ小僧、雨が降ってきたぞ? 早うケリをつけようではないか」

 

 次の瞬間、フイミンがリンフーの目の前まで瞬間移動してきた。

 

 璘虎は、目を見張って驚いた。

 

 瞬間移動されたことにではない。

 

 フイミンの二つの立ち位置……「直前までの位置」から「今の位置」までの間に、直前までには無かった「足跡」が刻まれていたのだ。

 

 リンフーはようやく確信した。やはり立ち位置だけを移動させる「瞬間移動」なんかじゃない。ちゃんと「過程」が存在する。それを見せないための技術的カラクリが存在するのだ。

 

「——ようやく気づいてくれたようじゃのう」

 

 そんな心中を見透かしたように、フイミンは口で弧を描いた。

 

 技術の片鱗を見られたというのに、彼女の余裕は崩れていなかった。おそらく、わざと自分に気づかせるようにあちこち動き回り、足跡を残したのだ。リンフーはそう確信する。

 

 さらに言えば、どういう技術であるのかがバレても問題がないということ。

 

「そうじゃ。わしのこの歩法【閃爍歩(せんしゃくほ)】は、瞬間移動などでは断じてない。——人の意識の【空隙(くうげき)】に分け入る歩法じゃ」

 

「【空隙】……?」

 

「そう。人の意識は、川のごとく絶えず流れているわけではない。意識にはところどころに断絶、すなわち【空隙】が存在するのじゃ。その【空隙】は知覚できぬほどの短い時間、それこそ一瞬や刹那よりもずっとずっと少ない時間しかない。そのほんの微かな【空隙】にある間、人はあらゆる知覚が機能しなくなる。言うなれば「意識が静止する極小な時間」じゃ。——わしは特殊な歩法によって生まれる術力を用い、その【空隙】に入り込むことができる。……分かるかのう? おぬしを含めこの世の人間全員の知覚が停止した時間の中、わしだけが好き放題に動けるのじゃ。【空隙】を歩める時間はわしの感覚からして五秒程度(・・・・)じゃが、その間わしはおぬしの体を好きに攻撃できるのじゃ」

 

 話が違う次元に行き過ぎて、全て理解しきれていなかった。

 

 だが、これだけは分かる。

 

 フイミンは、誰もが動けぬ時間(・・・・・・・・)の中を自由に(・・・・・・)動き回れる(・・・・・)ということだけは。

 

 わざわざ【閃爍歩】という技の事を明かしたのは、手加減の一貫ではない。——ネタが分かっても、対処のしようがないからだ。

 

 目の前の白い幼女は、意地悪な笑みを浮かべて煽るように言った。

 

「ほれほれ、わしの顔はここじゃぞぉ。今が好機じゃぞぉ? 殴らんで良いのかぇ?」

 

「このっ——!」

 

 混乱が収まらない中で煽られ、神経を逆撫でされたリンフーは、その苛立ちのまま地を蹴った。

 

 【頂陽針】を放つも、またしても目の前からフイミンの姿が消失。

 

「ごはっ!?」

 

 だが今度は避けられただけではない。左頬、右上腕、左脇腹、右太腿、臀部の計五箇所に、衝撃が同時に叩き込まれたのだ。まるで五方向から同(・・・・・・)時に攻撃された(・・・・・・・)かのごとく、それらの衝撃の来た時機(タイミング)は一致していた。

 

「——このように、【空隙】の中で加えた攻撃は、その衝撃がいっぺんに襲ってくるのじゃよ」

 

 真後ろで説明するフイミンの顔を見ながら、リンフーは倒れそうになった。

 

 ダメだ、格が違うなんてもんじゃない。もはや自分と同じ人間なのか疑いたくなるほどの強さだ。

 

 こんな相手に、どうやって勝てば

 

 

 

 ——いや、待て。

 

 

 

 ボクは今まで、どういう気持ちでこの戦いに臨んでいた?

 

 無論、勝つためだ。勝負する以上、勝ちを目指すのが当たり前だろう。

 

 ……馬鹿を言うな。

 

 ボク自身聞いたことがあるはずだ。【白幻頑童】の数々の武勇伝を。

 

 武法の世界における生ける伝説とうたわれるほど強く、そして武法に長い達人だ。そんな相手に、たった四年鍛えた程度のボクが勝つ? 甘えるな。武法の世界はそんなに甘くない。

 

 そうだ、ボクごときが目指すなど、おこがましいことなんだ。——完全勝利(・・・・)なんて。

 

 ボクは知らぬ間に思いあがっていたんだ。もう少し謙虚になるべきだったんだ。

 

 思い出せ。ボクの勝利条件は何だ? 

 

 少しでも、フイミンさんに傷をつけることだろう。

 

 なら、身の丈に合わない高望みなどせずに、その勝利条件を目指せ。それが今のボクにできる最善の勝ち方だ。

 

 リンフーは己の為すべき事を見つけた。

 

 心の迷いが消え、四肢が為すべき事を成すために気力を充実させた。倒れず、足で踏ん張って、また体勢を取り戻す。構える。

 

「……ほう? 何やら変わったのう? さっきまでは迷子のようだったのに、今ではしっかりと目的地を見据えたような目をしておるわい。きゅふふ、さっきより少しは楽しめそうじゃのう」

 

 フイミンは猫のような微笑みを浮かべる。幼い顔立ちなのに、どこか色っぽさを感じた。

 

 ——落ち着け。なにも必ず当てる必要はないんだ。あの体に、いや、布一枚にさえ傷を付けられればいいんだ。そのことにのみ意識を集中させろ。どれだけカッコ悪くても、身の丈に合った最善の勝利を目指すんだ。

 

「……いくぞっ!」

 

 リンフーは最後の力を振り絞り、飛ぶような勢いで走り出した。

 

 鋭く身を進め【頂陽針】を放った。強烈な術力を込めた拳が突き進むが、またも軽い挙動で回避される。そこからまた【閃爍歩】で一瞬で背後に回り込むフイミン。

 

「はっ!」

 

 リンフーは後方へ退きながら【移山肘(いざんちゅう)】へと転じたが、その肘打も体を捻って避けられた。そのまま背後を取られ、術力を込めた掌底を打たれて吹っ飛んだ。

 

「ぐあっ……!」

 

 横向けに寝た体勢のまま地面を滑るリンフー。しかしすぐに受け身をとって立ち上がり、もう一度フイミンへと肉薄した。

 

 【頂陽針】——と見せかけて、術力を込めた蹴りを真上へ爆発的に持ち上げた。【升閃脚(しょうせんきゃく)】である。

 

 しかし、後ろへ下がって回避された。かすりもしていない。

 

「まだまだぁ!」

 

 リンフーはめげずに続けた。垂直に蹴り伸ばした蹴り足の踵へ術力を込め、真下のフイミンめがけて思いきり振り下ろした。巨人の斧のごとき重厚な術力を内包したその踵落としの名は【天王劈山(てんのうへきざん)】。【升閃脚】が避けられた後に繋げる技である。

 

 だがそれも、横へ滑るような足さばきで回避された。

 

 標的を失ったリンフーの踵落としが地面に落下。

 

 激震、そして爆砕。

 

「むっ……?」

 

 巻き上がる大量の土砂。その砂がフイミンの顔に襲い掛かった。

 

 狙い通りだ。目を一時的に潰して視界を奪い、その隙を狙う。たとえ目以外の感知方法があったとしても、目に砂が入ったというだけで痛いはず。そこが一瞬だが隙になるだろう。

 

 足先から手先までに強い捻りを加える。その捻りの軌道に沿った螺旋状の術力がリンフーの全身に巻きつき、突き出した正拳に力を与えた。【纏渦(てんか)】だ。

 

 台風のごとき術力をまとった拳が疾る。

 

 フイミンの胴体に突き刺さる僅差(きんさ)

 

「——なんてのぅ」

 

 悪戯っ子のようにチロリと舌を見せ、その姿を消失させたフイミン。同時に、離れた位置にパッと出現した。立ち位置だけを入れ替えたような【閃爍歩】の移動。

 

「今一歩じゃったな。地形を利用するのも大事じゃが、相手が逆にそれを利用して欺いてくることもある程度警戒せねばならんぞ? きゅふふふ。何にせよ、惜しかったのう」

 

 フイミンの言うとおり、確かに攻撃は当たらなかった。

 

 けれど——

 

「惜しい? なに言ってる? この試合、ボクの勝ちだぞ」

 

「ぬ?」

 

 何を言っているんだと言いたげなフイミン。

 

 リンフーは、手中に握っ(・・・・・)ていたモノ(・・・・・)を露わにした。

 

 一枚の、白い布切れだった。

 

「右足の裾、見てみなよ」

 

 リンフーに言われた通りの箇所を見て、フイミンの顔にほんの微かな驚きが浮かんだ。

 

 右足の裾となっている布の一部が——破れていた(・・・・・)

 

 フイミンはすぐにその理由に気付き、その猫のような銀眼をかすかに鋭くした。

 

「……あの渦上の術力かのう?」

 

「そうだ。ボクの目的は最初から、あんたの服を少しでいいから千切ることだったんだ。ボクの【纏渦】はあんたには当たらなかったけど、あんたの服の裾はその螺旋の術力が巻き取り、引きちぎった。——少しでもあんたを傷つけたら勝ち、って条件だったよな? お婆ちゃん(・・・・・)

 

 最後にほのかな煽りも交え、タネを明かすリンフー。

 

「…………きゅふふっ……きゅっふふふふふふっ……!」

 

 フイミンはうつむき、肩を小刻みに揺らしながら笑い声をこぼす。

 

「きゅっふふふふふふははははははははははははははっ!!」

 

 やがて大笑したかと思うと、瞬時にリンフーとの距離を詰め、頭へ平手を叩き下ろした。

 

「ほぶっ!?」

 

 術力が込められた強烈な張り手に、リンフーの顔面が地面に叩きつけられた。

 

「きゅっふふふ、生意気な小僧じゃわい。だが……気に入ったぞい。小僧、名乗るがよい」

 

 口に入った砂を吐き出し、上目遣いで白い幼女を睨みながら「……汪璘虎(ワン・リンフー)」と名乗った。

 

汪璘虎(ワン・リンフー)、か。覚えておくぞ、その名前。よくぞわしを出し抜いてみせたのう、褒めてやろう。そして——「おめでとう」と言おうではないか」

 

「はっ?」

 

 何がめでたいのか、とリンフーは思った。

 

 フイミンがねぎらうような微笑みをたたえ、次のように言った。

 

「おめでとう。おぬしが十六人目(・・・・)——今年の【槍海大擂台(そうかいだいらいたい)】の最後の参加者(・・・・・・)に決定じゃ!」

 

 ………………え? なんで?

 

 




 この銀色のロリババアが使う【閃爍歩(せんしゃくほ)】は、ざっくり簡単に言うと「時を止めないザ・ワールド」です。

 ……いや、分かりにくいかも。
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