鋼鉄の鶯   作:近藤さん

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第三話 キリハ②

「ミラ、金の雛鳥が逃げた。ラービットを数体連れていって。そう、あの白い服のちっちゃい子。眼鏡の人に手を引かれてる」

 

 ミラに話しながらも風間のスコーピオンを脚で捌く桐葉。

 両手を地面に置き、その小さな体躯で『鉄の脚』を振るう。スコーピオン一つでは防ぎきれない。シールドを幾つも分割して衝撃を殺しながら下がり、歌川を菊地原が桐葉の背中からスコーピオンによる連携斬撃を繰り出そうとし、『剣の羽』で双方共に弾かれた。

 

「あー、何なの、こいつ……。奇襲全然通用しないし……」

 

 菊地原が苛々したような声をあげる。確かに隠密、連携を基本とした風間隊は相性が悪い。その上、カメレオンも通じないどころか寧ろ居場所を発見される。

 

『弱音を吐くな、菊地原』

『吐いてませんよ、別に。ただこいつ僕たちと相性悪すぎでしょ』

『問題ない。こいつの手札を少しでも晒す事と、時間稼ぎが目的だからな』

 

 その言葉に、菊地原はまたも何か言いたげだったが、無視して風間は桐葉へ突貫した。

 嵐の塔(オルトロス)の剛脚が振るわれる寸前、風間は空中では有り得ない機動で上空へと跳んだ。

 

「…………今のは」

 

 桐葉は知らないが――グラスホッパーだ。

 侵攻が始まる少し前、未来視持ちの迅が風間隊にぽんち揚げを手土産に訪れ、とあるトリガーを入れるよう頼んでいた。

 

 脚を振るい、空へ跳んだ風間に風の刃を飛ばすが――、またしても土台のようなもので跳躍。回避された。菊地原が懐に忍び寄り、迎撃しようとして、再び避けられる。

 

(……トリオンが少なくて、予測が上手くいかないな……)

 

 そう、迅が注目したのはそこだ。

 桐葉のサイドエフェクトは、桐葉が旧ボーダーにいた頃、まだ玄界(ミデン)の子供だった頃から存在は把握していた。

 切っ掛けは、複数人で病室にお見舞いに来た時。まだ姉しか部屋に入っていないのに、部屋の外にいた林藤やレイジの存在を言い当ててみせた事だ。

 当時の彼はそれが当たり前、誰もが持っている能力だと思っていたようだが――、幾つか検査を受けた後、それが特異体質である事がわかった。 

 

(僕の能力の対策がもう施されている……?)

 

 速過ぎる。或いは偶々そのトリガーを使用していたのだろうか。と桐葉は考えるが、そんなことを考えてもジリ貧だ。まさか未来を読める男がいるとは思うまい。

 

 風間が上空後方、手裏剣型のスコーピオンを飛ばす。桐葉はそちらを見る事なく首を傾げて躱し、それを人差し指と中指で挟む。これも消費トリオンが少ない。

 同時、一人体格の良い男が建物の上から幾つもの散弾を飛ばしてきた。それも羽で弾く。羽の強度は尋常ではない。その程度ならばいくら当てても破れはしない。が、銃撃の手は緩めずに攻撃は続けてくる。

 

(少しずつ距離を取ってる。成程、感知の精度や範囲を知りたいのか)

 

 羽で同い年くらいの少年と弾の男の相手をする。

 

「…………いいよ。乗ってあげる」

 

 桐葉は一つ、()()()()()()()()()()()()()()

 羽は常に高速移動しているので、停止しないと気付かないが――、西洋剣のような取っ手がついている事がわかる。

 ボッと、脚の踵と羽からトリオンを噴出し、一人、髪の長い少年に向かった。

 

「えっ――」

 

 あまりにも速過ぎる移動。レイガストのスラスター以上の高速機動。菊地原の耳が一切意味を持たない程のスピード。

 右手に持った羽を振るい、少年の首を斬断する瞬間、身体を捻って躱された。

 

「!」

「風刃に比べればとろいよ」

 

 意外に思いつつ、追撃する。

 二の太刀を体勢が崩れた菊地原に、上段に斬撃を振るう。シールドを展開するが、大して意味はない。

 

「菊地原! ――くっ……!」

 

 シールドが遠隔操作できるのはもう知っている。風間と歌川に三枚ずつ羽を送り、味方からの援護を途切れさせる。

 一瞬、シールドで剣の羽を受け、そこから更に加速。菊地原の身体を三つに分断した。

 

「ッ……」

 

 緊急脱出(ベイルアウト)。流星の如くトリオン体が本部へと帰還する。

 

「次」

 

 陣形が崩れた隙を逃さず、畳みかける。鉄の脚がヒュッと風を切りながら歌川に振るわれる。

 ――その寸前、菊地原の置き土産、スパイダーが瓦礫の中から飛び出し、桐葉の身体に絡みついた。

 

「鋼線――」

 

 動きが止まった一瞬。背後に気配。

 風間がスコーピオンを二枚握りしめていた。

 

(羽を全て壊した……?)

 

 三枚程度ではこの少年を止め切れなかったという事か。確認は出来ないが、恐らくそう言う事だろう。予想以上に単独での突破力が強いらしい。しかも、距離を取って破壊する事で、桐葉のサイドエフェクトの範囲から逃れたのか。中々どうして、機転が利く。

 だが、それはこちらも同じ事。

 風間と歌川がスコーピオンを構え、挟撃する形となった。

 

 二人が桐葉に接近した瞬間――ブツッと。

 

 風間と歌川の二人の身体が、縦に真っ二つになっていた。

 

「なっ」

「これは――」

 

 何が起きたかもわからず、トリオン体が崩壊していく。風間は落ちる直前、鉄の脚の脛から僅かにトリオンが漏れている事を視認した。

 

(振りなしでも斬撃を放てるのか……!)

 

「さようなら、玄界(ミデン)の戦士たち」

 

 もう終わりだ、と。桐葉は宣告する。

 しかし、風間は非常に諦めの悪い男であった。

 緊急脱出(ベイルアウト)一歩手前、まだ動く左腕で、一瞬油断した桐葉の腕を掴んだ。そのままスコーピオンを突き刺し、再び行動を制限する。

 自分たちの役目は終わりだ。後は――

 

 

「木崎!!」

 

 

 あの男に任せる。

 桐葉のサイドエフェクト『トリオン感知体質』が通用しない程遠くに、一人の体格の良い男が機関銃(ガトリングガン)を両手に持って構えていた。

 ――味方ごと撃つつもりか。

 

「…………!!」

 

 もう一度、振りなしの斬撃で風間の腕を斬り落とし、そして、トンッと跳躍し、ブーツからトリオンを噴出させ、昏い夜の空へ()()()()

 つまり、空を飛んだのだ。

 レイジの銃弾は僅かにブーツをかすっただけで、風間を蜂の巣にするだけで終わった。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

「後は俺達に任せろ、風間」

 

 レイジはそう言って、建物に着地した桐葉に視線を向ける。

 それは、実に四年ぶりの再会であった。

 

「久しぶりだな――桐葉」

 

 身長はあの時よりも高くはなっているが、矢張り十四歳男子としては小柄な方だろう。血赤の瞳、血筋によって継承された鳥の羽のようなアホ毛。かつて、守るべきだと思っていた。

 決定的に違うのは漆黒の外套と(ブラック)トリガー、『嵐の塔(オルトロス)』。

 迅の予知は幸か不幸か、レイジの戦場へと送り出した。

 

 四年前、桐葉はレイジによく懐いていた。レイジの剛毅な体格を見ていつも「羨ましい」と呟いていた。

 そんなレイジを見て、桐葉は一言。

 

 

 

「……あなたは、誰?」

 

 

 

 ―――――――

 

 

 

 淡雪のような少年だと思った。

 

 如何にも病人だと主張しているような色白の肌。その細い体躯は、レイジとは正反対と言える枯れ枝の如くで、少し力を加えればぽきりと折れてしまう気がした。

 

 いや、事実それほど弱かったのだろう。定期的に体調を崩し、その度に市販では見たことのない形の薬を飲み込んでいた。タンスの中には常人では信じられない量の薬が常備してあった。インフルエンザ一つ罹患しただけで死にかけた。一度発症した風邪や発熱が長期間続く事もざら。

 

 いつ死んでも可笑しくない子供だった。

 

 彼は、弱かった。

 

 しかし希望はあった。トリガーによるトリオン体だ。

 

 トリガーで新しく身体を生成すれば、健康体が作れるのでは、という発想の下、研究が進められた。アリステラからは病弱な人間を治すという話は聞いてなかったが、理論的に可能だと証明された。

 

 一番その研究に乗り気だったのは当然、姉の小南桐絵だ。無論、レイジも惜しみなく協力に身を費やした。決してゆりに気に掛けられている桐葉に嫉妬したとかではない。早く治ってもらってゆりからの気遣いがなくなってほしいとか。

 

 侵攻が来る少し前にトリガー自体は完成していたが、実証はまだ済んでいなかったため、そして病人が唐突に外出する時間が増えたりすると、病院に怪しまれるという事で、ボーダーが世間に認められてからにする事とした。

 

 そして、桐葉専用トリガー『ガイスト』が開発された。ガイストはトリオンを戦闘体に過剰に流し込んでその部位を強化するトリガーだ。しかし彼のサイドエフェクトがあれば、不安定なトリオン体の操作が容易くなるのでは、という考えからである。

 

 それは試す事なく終わる。

 

 桐葉は攫われた。異界からの侵略者、近界民(ネイバー)によって。

 

 小南の弟が誘拐されたと知り、旧ボーダーの隊員たちが一時期険悪な雰囲気になり、関係が悪化しかけたが、それ以上の小南の荒れように段々と冷静になっていった。具体的には噂を聞いたC級隊員がもう死んでるだろみたいな話を小南が聞き、生身で半殺しにしかけた事、軽く小馬鹿にした太刀川がズダズダにされた事など。

 

 小南は迅から予知を告げられても諦める事はなかった。認める事はなかった。

 

 ――あの子は生きてる。

 ――身体の弱いあの子はきっと何処かで泣いてる。

 ――あたしが助けないと。

 ――絶対、絶対に助ける。

 

 彼女は一度でも、弟が死んだとは思わなかった。絶対に生きているのだと信じてやまなかった。泥沼のような日常が終わらず、小南は桐葉の捜索に明け暮れた。

 

 レイジもまた、深い後悔に苛まれた。

 

 そんな絶望も今はもう遅い。

 

 傷だらけ煤だらけの小南を見ても。誰もいない所でひとり頭を抱える迅を見ても。静かに涙を流すゆりを見ても。

 もう、もう、遅すぎたのだ。

 

 遠征にも向かったが、桐葉の手がかりなど一文字も発見できず、帰還した。小南が一人で残ると喚いていたが、何とか阻止出来た。

 

 桐葉は四年間行方不明だった。何の手掛かりも、片鱗さえ見つからないまま。

 

 宇佐美や烏丸など隊員が増えて、小南の精神も大分安定してきたが、それでも弟の事になると暴君のように豹変する。レイジもまた、冷静ではいられない時はある。

 

 きっと、彼のような子を守るべきだったのだろう。

 

 彼のような弱く、小さく、幼い少年を守るべきだったのだ。

 

 だから、今度は必ず。いつどんな時どんな場所で再会しようと、彼を必ず救おうと決めていた。

 

 

 

 

 ――なのに。

 

 

「ごめんなさい。僕の知り合いらしき人」

 

 

 

 ――何を言っているのかわからない。

 

 

 

玄界(ミデン)のことはあんまり覚えていないんだ」

 

 

 

 ――再会を果たした彼の言葉、頭に生えた漆黒の一本角。

 

 

 

「あっちに行った時のショックみたいで、記憶があまりない。」

 

 

 

 ――そんな訳あるかと叫んでしまいたい。

 

 

 

「本当にごめんなさい」

 

 

 

 




『トリオン感知体質』
 トリオンを感知するサイドエフェクト。レーダー以上の精密な索敵が可能。半径三十メートルくらいは常に感知状態。
 長距離でも感知可能。「攻撃前はトリオンが膨れる感じがする」とのこと。半崎や奈良坂が一キロぐらい先からイーグレットを使って撃ったら当たるかも。
 フェイクか否かも解るし、基本奇襲は無意味。カメレオンも見えるし、バッグワームだったら「バッグワームで消費しているトリオン」を感知する。狙撃手と隠密の敵。
 目に見えない臓器が唯一見える男。人のトリオンを見る際は、トリオン器官を中心にオーラみたいにトリオンが見える。修は小さすぎてよくわからず、千佳は大きすぎて「?」ってなった。



嵐の塔(オルトロス)
 とある少女の成れの果て。
「剣の羽」はレイガスト並の耐久力でスコーピオン並の軽さの弧月並の攻撃力という化け物性能。柄のような部分があり、そこを持って剣戟に持ち込む事もよし。桐葉のSEでそれなりの距離でも操れる。
「鉄の脚」は空中機動を主としたもの。機動力ならランバネインの雷の羽を軽く超える。踵と靴底から風を噴出する。
「風の刃」は脛から発射する目に見えない斬撃。振る力が強ければ強いほど威力も上がる。ただ風刃よりは遅いので、見切る事はまあ出来なくはない。ただ集中シールド一枚二枚じゃ普通に砕く。
 トリオン効率が滅茶苦茶いいトリガー。SE もあって、低トリオンで強力な兵器となる。
 つまり小南の双月(斧)とは真逆。
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