かつての悪は愉しみたい   作:ゴマ醤油

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二章 宵闇
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 茜色などとうに越え、欠けた月と星々が鏤められている黒の空。

 活気に溢れる自由時間(ピークタイム)すら過ぎ去り、多くの人々は休息を取るため就寝するであろう人の活動範囲外。

 

 ──そんな闇夜の街中には相応しくない人影が二つ。

 

『これであの娘の家に飛び込め──ギャッ!!』

 

 欲望のままのにやける禍々しい気配を漂わせる人影。だがその笑みは続くことなく上下二つに真っ二つに切断され、刃に触れた切断面から伸びる白光が人影を包み光と共に霧散していく。

 

 もう一人は付いていない血を払うかのように剣を軽く振り、一息つく間もなくその場から姿を消す。

 

 肩に小さな黒猫を乗せ、真夜中には相応しくない──まるで夜景の星が降りてきたと思えてしまうかのような淡い白光を纏う少女。

 路を駆け屋根を飛び移す光の軌跡。何度も何度も刃を振るい、先ほどと似通った存在を次々と切り払っていく。

 

 藻掻くのも一瞬。切られたものから次々と消失していく様は天使によって天に還されるかのような神秘に満ちた光景、人が見ることを許されない生と死の境目の可視化だ。

 

『グギヒァ──!?』

「煩いっす」

 

 最も色の濃く、おどろおどろしい邪念の影を鬱陶しそうに切り払いながら片手に持つ真っ白な剣を銃の形に変え発砲した。

 影は光の弾丸に呑まれ、まともな言葉すら残す間もなく一瞬で消失させられる。

 

 最早人影はおろか気配すらその少女のもの一つ。

 少女は軽く息を吐きながらも警戒を緩めることなく、両の手の武器の形を変えて腕に巻き付かせる。

 

「眠いなぁ……」

 

 休息ではなく嘆きのため息を吐きながら目を擦る少女。

 そんな少女を咎めるかのように、黒猫は掌に付けた肉球で頬を軽く小突いてくる。

 

「……わかったっす、わかってるっすよ。帰るまでは気を緩めない……ふわあ」

 

 気を引き締めるために軽く頬を叩く少女は、地面を蹴り空に跳ぶ。

 次の瞬間にはもう少女の姿は何処にもない。残るのは禍々しさの消えた平穏のみであった。

 

 

 

 

 付いているテレビの音をぼんやりと耳に入れながら、大きく口を開き我慢することなく欠伸を漏らす。

 嗚呼眠い、実に眠いすごく眠い本当に眠い。今すぐ布団に戻りもう一睡しても良いくらいには抜けない眠気がこの上なく憎たらしい。

 だがまあ今は夏休み。せっかくの長期休業だし朝から活動するのも悪くはないというもの。

 

 気を紛らわせるため、机に置いてある湯気の昇るカップを取り黒色の液体を口に入れる。

 うん上手い。自分で入れたという点が最大の減点ポイントである自宅コーヒーだが、今回はまあそこまで失敗しなかったな。

 いっそのこと粉入れすぎて失敗してくれた方が目は覚める。だがそんなのは寝起きの俺の感覚次第で体調と噛み合うことなんてあんまりない。

 

 あーコーヒー入れてくれるメイドが欲しい。無料で朝の一時を整えてくれる従者とかいたりしないかな。

 

 ……いないか。あの馬鹿(なるみ)はいるだけで煩そうだし他に当てがあるわけでもない。

 誰が言ったかひとりぼっちの(シャドウ)とは俺のこと。部下がいない俺にはこれ以上無いくらいお似合いの蔑称だ。

 まあ組織立って何かしたいとかそういう悪党じゃなかったからいても迷惑なだけだったけど。

 

『今年も神月祭(しんげつさい)まであと一月となりました。今年は三百回目ということで通常よりも規模を拡大して行われるとのことですが、何か特別な催しでも考えていらっしゃるんでしょうか?』

『──もちろんです。我らが天那岐(アマナギ)様が降臨されて三世紀、今年の大神月(だいしんげつ)は過去類を見ないほどの威光を示すことは間違いないでしょう。その光を目に出来る幸福を強く噛み締めながら私たちは祈らねばなりません。当然──』

 

 朝からは重いインタビューが若干鬱陶しくなってきたので、テレビの音量を下げコーヒーを一口飲み込む。

 チンッと共にトースターから飛び出てくる食パンを皿に乗せ、市販のピーナッツバターを適当に塗りたくり一口。

 

 うん旨い。やっぱ朝は静かな環境で優雅に朝食、やっぱりこれに限る。

 なんで毎年やってるイベントでこんなに盛り上がれるのか。どうせ天那岐(アマナギ)は出てくることなんてないしただちょっと光る月を眺めるだけだというのに。

 

 ……いや、今年は出てくるかもしれないからこんなに盛り上がっているのか。

 

 神共の再臨により非科学の存在が肯定されて約三百年。

 超常に遭遇する機会はぼんやりと増えた。それでもやはり会う機会のあまりないんだけど、そんな中で最も人とは違う感を出しておきながら会いにくいののが神というもの。

 

 祈られれば力を増すが、祈ったところで別に何かが変わるわけでもない。

 気に入られなければ見返りはない、(ヴィラン)よりも欲塗れでたちの悪い生き物共。それが神とかいう奴らの正体だ。

 

 ……ま、酔狂故日常に紛れ込んでいる奴らとかいるけどな。

 

 最後の一口を口に放り込み、電気ポッドのお湯をコップにつぎ足し二杯目のコーヒーに舌鼓を打つ。

 嗚呼苦い、絶対入れる量間違えたわ。

 

「……ん?」

 

 時計を見ようと側にある携帯を手に取った時、勝手に画面に光が灯る。

 特にいじってない初期画面には、最近よく使われている会話アプリのアイコンと一言が乗せられていた。

 

『すぐに来て欲しいっす!! 進展ありました!!』

 

 成美からの連絡。この心地良い一日の始まりを一気に崩す面倒への誘い。

 だがそんなことはどうでも良かった。そんなスルーして良いことよりももっと深刻な事実を突きつけられた。

 

 時計に示されていた時間は十三時二十五分。テレビの画面をこれっぽちも見てなかったから気づかなかったけど、もう朝ではなく時計の針も落ち始めた真っ昼間も良い時間だった。

 

「……寝坊した」

 

 ここ最近で一番と言えるくらいには重みのあるため息が漏れる。

 ああ最悪。見たいアニメ見損ねたんだけど……はあっ。




 二章開始です。見ている人もほとんどいないので書けるところまでは頑張る方針でいきたいと思います。
 毎日投稿は無理ですが、投稿時間は揃えますので見てもらえれば嬉しいです。
 感想や評価は参考になるので頂けると力になります。
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