そこにいたと認識したときにはもう、周囲を切り刻みながら別の方向から迫りくる斬撃。
距離を詰められたときに放たれる、さっきまでの連中で慣れたはずなのに、どうしてか対処出来ない特殊な徒手空拳。
見てからでは追いつかない。そこにいると感じてからではもう間に合わない。
今の成美では動こうと思う前に動かなければ対応出来ないと確信したからこそ、例え何度斬られようと羽虫のように逃げ続けるしかなかった。
(速……すぎっ!!)
「乱射か。無駄なことを」
成美にとっては人生の中で初めての自身の動体視力を越えて襲い来る、あの忌まわしき
呼吸は愚か一瞬でも動くのを躊躇えばそれで終わりだと、そう考えた成美は直感のままに回避に全力を注ぎながらも、どうにか忍──滴の隙を作るために銃を放ち続けた。
けれど銃弾は一度も当たることはなく、滴を捉えることなくあらゆる方向に飛び去り続けた。
「遅い」
「──ぐっ!!」
再び、不可視の一太刀が部屋を駆ける成美の肩を撫でる。
斬痕から血は零らし噛み締めるようにくぐもらせた悲鳴を漏れながらも、それでも動きを止めることなく距離を離す。
「ぎ、いったいっすねぇ……」
「この程度か。少しは期待できるかと思えば……む?」
風刃を悲鳴を堪えながら手で肩に触れる成美を前に、距離を詰めようとしてその変化に気づいて留まる。
肩を抑えていた手から漏れる白い光。白光は傷口に吸われていき、まるで時間でも巻き戻ったかのように瞬く間に塞がれていた。
「はっ、はっ──」
「……五度目か。確かに治癒の練度は高い、だがそれがどうした?」
何度も傷を治し食らい付く成美の手腕と僅かな賞賛を述べながらも、幾度と見た光景に驚くことなく三度地を踏み、未だ折れぬ闘志を秘めた目をした成美との距離を詰める。
成美を抉らんと迫る鋭敏な一刺し。触れずとも傷を負わせる暴風の塊が今度こそ、その心臓を無残にも散らそうと突き抜け──。
──自らの予想に沿わないその光景に、滴は少しの感嘆を心で漏らす。
先ほどまでに認識できなかった忍の突き。それを成美は僅かに身を動かし刃のみを躱した。
だがそれがどうしたと、何ら戸惑うことなく続く無数の連撃。
例え一突きを避けれたとして、それは所詮偶然のこと。ついさっきまで逃げることしか精一杯だった小娘がたまたま逃れただけの話だと、滴は柄を持つ手にを入れながら振るい続ける。
──しかし。
「なっ」
何度振るおうとその刃は目の前の小娘を捉えることなく、すべてが空に吸われていく。
通り抜ける風刃の破片が成美の五体に傷を付けるも、そんなちゃちぃな傷は攻撃の刹那の間に塞がれ続け続ける。
滴は確信した。
これは偶然じゃない。この小娘はこの速度を認識しながら刃を捉え、致命傷にならないよう回避していると──!!
「馬鹿なっ!!」
少しの戸惑いとそれ以上の困惑を見せた滴。だがその僅かな隙を、不意に訪れた僅かな好機を今の成美は見逃さない。
僅かに緩んだ刃を白で覆った拳で刃を鍔迫りながら強引に逸らし、もう一方に持つ白剣を滴の胴体に叩き付ようと振りかざす。
「──なっ!?」
今度は成美が、純白の剣を滴へ届かせる前に驚愕を露わにする。
直撃すると確信していた一撃。それを目の前の忍は成美を蹴って後ろに跳ぶことで、刃の間合いから強引に逃れたのだ。
そのまま追撃しようとして膝からじんわりと感じ始めた痛みが、成美の足を踏みとどまらせる。
──何かを刺したような痕。……足にも仕込んでたのか。
治癒しながら絶え絶えな呼吸を整え、それでもはっきりと滴を見据えて離さない成美。
「……なぜだ。何故いきなり動きが良くなった? 逃げることしか出来なかった貴様が何故──!!」
そんな成美に、抑えきれない疑問をぶつけるかのように吠える滴。
滴にとってもそれが愚行だと分かっているはずだ。会話の一刹那が成美にとって貴重な回復時間になることは容易に理解できることのはずだ。
土壇場で成長するなどあるはずがないと、そんな奇跡はありえないのだと嫌と言うほど理解している滴の
「……簡単っすよ。ようやく慣れた、それだけっす」
「──はっ?」
「速さだけならまだしもやたら掴みにくい戦闘術だったから、大分手間取ったすよ」
拳を覆っていた白を再度銃に姿を変えながらそう言った成美に、滴は時間が止まったように目を見開く。
やっていることは実に簡単で見て慣れて適応する、ただこれだけだ。
だがこれがどんなに難しく、どれほど血を滲ませるような所業であるのか。少なくとも、並の天才では戦闘中にやってのけるなんてことは出来やしないだろう。
言うは易く行うは難し。だがそれは、成美にとって特におかしくないこと、幼少の頃──
──滴の肌が警告しているかのようにざわつく。こんなこと、私がこの組織に杭を打たれたあの日以外にはなかった。
「最早これまで。死ぬが良い!!」
流れる力の全てを強化と刃に維持のみに注ぎ、己の身を風の化身へと研ぎ澄ます。
こいつはここで消さねばならない。そうでなければきっと、こいつは私の手の届かないところにまで辿り着くと。
収束する暴風。先度までとは違い、その欠片は周囲を無差別に切り裂くことはない。
けれど成美は直感した。目の前にいるあの女は今、紛れもなく嵐の具現に等しい怪物であると──!!
「──
──斬られた。成美がその衝撃を感じたのは、滴が通り過ぎ刀を振り切った直後。
斬撃を浴びた三箇所には衝撃と激痛が走り、そして胴体と左腕からは赤い血が一気に噴き出すと共に、左手から零れ落ちる。
それでも成美は命を落としていない。激痛に顔を引きつらせながら、斬撃を浴びても体を分かつことなく翻って滴に銃を向け打ち続ける。
「馬鹿なッ!! 何故死なないッ!!」
手と首を落としたはずだ胴を裂いたはずだ。それなのに何故死なない、何故私にその銃を放ち続ける!?
滴は頭部に届きそうな銃弾を払いながら、先ほどと同じように構え直す。
手数を優先した三太刀では仕留めきれない。ならば己の最高速で、最も鋭い一撃をぶつけるまでのこと──!!
次が来る。そう直感した成美は回避しようと後ろへ跳ぶが、それでは到底間に合わうわけもない。
「──
音すら置き去りにした一太刀が狙うは首。
認識すらさせずに彼女の身首を切り離し、その命を今度こそ散らすのみだとただ奔り抜けた。
「──げふっ!!」
「……馬鹿な」
それでも成美から漏れるのは鮮血の噴水ではなく、その衝撃に悶える嗚咽だった。
ゴインっと鈍く大きい音を立てながら必殺の刃は阻まれ、滴の体勢は大きく崩れる。
「これで、終わりっ──!!」
「ちぃっ!!」
迫る右手に込められたその魔力量を見て喰らっていけないと悟り、後ろに回避しようと足を上げようとして動かないことに気づく。
滴の足に張り付く白の水溜まり。こんな物をいつから、一体何処から──!!
疑問を振り払う間もなく、忍の顔面に突き刺さる純白の拳。
先ほどまで固定されていたのが嘘のように体は吹っ飛び、その勢いのまま畳を転がっていった。
「魔力は形の他に性質も変えられる。……まあ、そこそこ難しかったすね」
彼女は地面に飛び散る真っ白な液体の池に触れ、銃の形を戻しながらそう呟いた。
書く時間がないので、投稿期間が空くと思います。